読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

★ビートルズを誰にでも分かりやすく解説するブログ★

ビートルズを誰にでも分かりやすく解説するブログです。メンバーの生い立ちから解散に至るまでの様々なエピソードを交えながら、彼らがいかに偉大な存在であるかについてご紹介します。

洋楽

(その88)ドキュメンタリー映画「エイト・デイズ・ア・ウィーク」を観た!(その1)

1 映画のレポート及びレヴュー 元々ドキュメンタリー映画ですし、既にファンの方もかなり観たでしょうから、もうネタばらししても大丈夫と思うので、内容と感想を報告します。先行上映も含め3回観たのですが、記憶に頼って書いてますので記憶違いがあった…

(その87)日本のファンは、ビートルズをどう受け入れたか?(その1)

2016年9月25日、京都の七条でビートルズ愛好家の野口敦さん、藤本国彦さんの講演をお聴きする機会に恵まれました。この本を執筆した方です。 貴重なお話を聴くことができましたので、皆さんにお伝えします。まずは、武道館公演についてです。 1 武道館公演…

(その86)ビートルズ・スーツついに誕生!(その2)

1 ビートルズがベノ・ドーン・スーツを初めて着用したのはいつか?(再検討)ビートルズが公式の衣装として始めて採用した「ベノ・ドーン・スーツ」をいつから着用したのかについて再検討してみました。 2 2つの仮説私は、前回の(その85)の記事で「B…

(その85)ビートルズ・スーツついに誕生!(その1)

1 ビートルズ・スーツついに誕生!1962年1月24日、ピート・ベストの自宅でビートルズとマネージャー契約を結んだブライアン・エプスタインは、早速ビートルズを売り込もうと活動を開始します。その手始めとして、彼は、ビートルズにスーツを着用させること…

(その84)ビートルズのラジオ出演について(その3)

1 地道な努力の積み重ね 1962年3月7日の収録は、BBCで翌日の午後5時から5時30分の間に放送されました。もっとも、これで即ビートルズがブレイクしたわけではありません。カヴァー曲ばかりでオリジナルは一つもありませんでしたし、目を見開くほど素晴ら…

(速報)映画「EIGHT DAYS A WEEK -The Touring Years」のワールド・プレミアイベントに参加しました!

1 ワールド・プレミアイベントの開催 大阪のTOHOシネマズ梅田で開催されたビートルズのドキュメンタリー映画「EIGHT DAYS A WEEK -The Touring Years」のワールド・プレミアイベントに参加しました。 そのイベントを盛り上げるために、2016年9月15日、…

(その83)ビートルズのラジオ出演について(その2)

1 メンフィス・テネシーについてビートルズが演奏した曲のうち「メンフィス・テネシー」は、ビートルズが敬愛する偉大なアメリカのロックンローラー、チャック・ベリーの曲です。確かに、ロックンロールというよりはC&Wに近いライトな感覚の曲ですね。ジョ…

(その82)ビートルズのラジオ出演について(その1)

1 ブライアン・エプスタインのメディア戦略ビートルズのマネージャーをアラン・ウィリアムスから引き継いだブライアン・エプスタインは、ビートルズにリヴァプールのクラブから離れた他の地域で演奏させることを計画していました。イギリス国内のありとあら…

(号外)ブログが開設1周年を迎えました!

このブログを開設したのは2015年9月5日でした。そして、2016年9月5日をもって1周年を迎えることができました。その前にも手始めに違うブログを開設していたのですが、そちらはある程度の段階でネタが尽きて店じまいすることになりました。まあ、最初はこん…

(その81)「THE BEATLES」のロゴは誰が考えた?(その6) 第6号そして最後のドロップ-T、第7号「レット・イット・ビー・ヘッド」登場

1 ドロップーT第6号のその後この写真は、1966年6月16日、ビートルズにとってサイトのTV出演となった、イギリスのTV番組「トップ・オヴ・ザ・ポップス」のワンシーンです。 (beatlesuits.com)このスキンは、1967年6月25日に全世界で衛星放送され、ビート…

(その80)「THE BEATLES」のロゴは誰が考えた?(その5) ドロップ-T第4号〜第6号登場 いわゆる「アメリカン・ツアー・ヘッド」の時代

1 ドロップーT第4号「ファースト・アメリカン・ツアー・ヘッド」登場ビートルズは、1964年5月に休暇を取りました。5月31日には、プリンスオブウェールズシアターでコンサートを開催しました。このコンサートでリンゴのドラムに明らかな変化があったのです…

(その79)「THE BEATLES」のロゴは誰が考えた?(その4) ドロップ-T第3号「ア・ハード・デイズ・ナイト・ヘッド」登場

1 ドロップーT第2号はなぜ誕生したのか?こうしてドロップーT第2号のドラムキットが誕生したのですが、実は、ストークスが下書きした鉛筆の後はそのまま残っていたんです。普通は完成したら消すもんですが、消し忘れたんでしょうねf^_^; ビートルズは、…

(号外)「スタジオラグへおこしやす」へビートルズを紹介する記事を寄稿しました

1 スタジオラグへおこしやすへ記事を寄稿しました! 「スタジオラグへおこしやすーバンド・音楽・楽器のお役立ちWebマガジン」のHPにビートルズを紹介する記事を寄稿しました。 今回は、9月22日に全国一斉にロードショーされるビートルズのドキュメンタリー…

(その77)「THE BEATLES」のロゴは誰が考えた?(その2)

1 最初のロゴビートルズのロゴの歴史をもう一度おさらいします。1961年12月17日に写真家のアルバート・マリオンが撮影した時のロゴがこれです。まだピートがメンバーだった頃ですね。1962年8月に彼は解雇されましたが、これは恐らく「THE BEATLES」のロゴの…

(号外)ビートルズのドキュメンタリー映画「EIGHT DAYS A WEEK-The Touring Years」2016年9月22日全国一斉ロードショー!

thebeatles-eightdaysaweek.jp ビートルズの栄光の軌跡を描いたドキュメンタリー映画「EIGHT DAYS A WEEK-The Touring Years」が2016年9月22日全国一斉にロードショーされることになりました。「ダ・ヴィンチ・コード」「アポロ13」「バックドラフト」そし…

(その76)「THE BEATLES」のロゴは誰が考えた?(その1)

1 世界的に有名な「THE BEATLES」のロゴ でっかいBの文字とTの文字の縦の棒が下に長く伸びたあまりに有名なこのロゴ。リンゴのバスドラムにバッチリ表示されているので、ファンでなくても見たことがあるという方は、多いのではないでしょうか?何の装飾も…

(その75)ビートルズの名を生み出した夭折の天才アーティスト、スチュアート・サトクリフについて(その4)

1 アストリッドが残した物ビートルズの元ベーシスト、スチュアート・サトクリフに話を戻します。アストリッドがビートルズに多大な影響を与えたものの1つとして挙げられるのは、「ビートルズカット」として後に有名になるヘアスタイルの原型です。それだけ…

(その72)ビートルズが日本にやって来た! (その1)

1 始めに スチュアート・サトクリフの話を続けていたところですが、ここでまたまた話題を変えます。話がコロコロ変わってすいませんf^_^;)今からちょうど50年前にビートルズがこの日本にやって来たのです。ちょうどいい時期なので、このことを採りあげてみ…

(その71)ビートルズの名を生み出した夭折の天才アーティスト、スチュアート・サトクリフについて(その3)

スチュアート・サトクリフのお話を続けます。彼の作品は、後期に入ると前期の写実的な画風からこんな抽象的な画風に変わりました。1962年の作品でタイトルはありません。この画風だと私は、カンディンスキーやポロックを連想します。 (Judith I Bridgland)…

(その70)ビートルズの名を生み出した夭折の天才アーティスト、スチュアート・サトクリフについて(その2)

1 リンゴ・スターとの出会い 2 アストリッド・キルヒャーとの出会い 3 画家として優れた才能を発揮 1 リンゴ・スターとの出会い ポールは、こう語っています。「スチュは、とてもカッコ良くなっていた。以前よりも少しにきびが増えて、芸術大学の学生み…

(号外)ビートルズのトリビュートバンドのライブに行ってきました

いやあ、とんだ勘違いをしてましたf^_^; 2016年5月21日に開催された「大阪南港ビートルズストリート」の動画をYouTubeにアップしたんですが、バンド名を間違えて紹介してたんです。私が「The Beatles Real Live Band」と紹介してたバンドは、実際は、「The B…

(その69)ビートルズの名を生み出した夭折の天才アーティスト、スチュアート・サトクリフについて(その1)

1 ビートルズの元ベーシスト 2 生い立ちとジョンとの出会い 3 ビートルズの名付け親 4 ドイツのハンブルクへ 5 ジョンはスチュを尊敬していた (AlohaCriticon) 1 ビートルズの元ベーシスト ポールのベース・テクニックについてお話をしてきましたが…

(号外)NHKで「ビートルズ来日の裏側」が放送されました

1 武道館コンサートの裏話 (theguardian) 1966年6月29日、ついにビートルズが初めて日本の羽田空港に降り立ちました。既に世界中のファンを虜にしていた彼ら。ついに夢の日本公演が実現したのです。NHKの2016年6月4日の放送は、この時のドキュメントを…

(その68)ポール・マッカートニーのベース・テクニックについて(その5)

ポール・マッカートニーのベース・テクニックについて、具体的な作品を通じてのお話を続けます。もう5回目になってしまいましたが、まだまだ語りつくせません。でも、あまり同じテーマが続くのも何なので、一旦、今回で打ち切りとしてまた別の機会にお話し…

(号外)スチュアート・ケンドールさんからメッセージをいただきました

ジョンとミックの間に座っているのが若き日のスチュアート・ケンドールさんです。サージェント・ペパーがリリースされたばかりの頃ですね。 彼に5月21日に大阪で開催された「第5回南港ビートルズ・ストリート」でのアマチュアバンドのビートルズナンバーの演…

(号外)スチュアート・ケンドールさんからメッセージを頂きました

2016年5月21日に大阪南港のATCセンターで開催されたアマチュアバンドによるビートルズのカヴァー・コンサート「第5回南港ビートルズストリート」のシーンを動画で撮影しました。そのことをケンドールさんに伝えたら、是非送って欲しいとのことでしたのでフ…

(その67)ポール・マッカートニーのベース・テクニックについて(その4)

ポールマッカートニーの素晴らしいベースラインはまだまだ沢山ありますが、全部はとても紹介し切れないので、主要な作品だけをできるだけコンパクトに紹介します。と言いつつまた長くなりそうですが(^_^;) 1 RAIN(REVOLBER 1966) www.youtube.com (Capit…

(その66)ポール・マッカートニーのベース・テクニックについて(その3)

ポールマッカートニーのベース・テクニックについて、具体的な作品を通じての解説を続けます。 SOMETHING(ABBEY ROAD 1969) www.vidio.com (JamBase) 1 ポールの代表的ベースラインの一つ TAXMANと双璧をなすといっても過言ではない見事なメロディック…

(その65)「FAB4」の名付け親、トニー・バーロウを偲ぶ

1 「FAB4」の名付け親 (The Telegraph) ビートルズの最初の広報担当だったトニー・バーロウが、2016年5月14日、ランカシャーのモーカムの自宅で亡くなりました。80歳でした。彼は、ビートルズ​に「FAB4」という親しみやすいニックネームを付けたこと…

(その64)ポール・マッカートニーのベース・テクニックについて(その2)

1 メロディアス・ベースの極致 2 シンプルながら革新的なベースライン 3 ポールが実際にどう弾いたかは分からない! 4 ポールのベース・テクニックの凄さ 5 ギターソロもポール! 6 4人で作った名曲 それでは、具体的な作品でポールのベース・テクニ…

(その63)ポール・マッカートニーのベース・テクニックについて(その1)

1 メロディックベースの創始者 2 ギタリストからベーシストへの転身 3 ポールが使用したベースのスケールが持つ意味 4 ドラムとの関係 1 メロディックベースの創始者 数々の名曲を生み出したポールのコンポーザーとしての才能は高く評価されていますし…

(その62)初の本格的なワールドツアーへ(その3)~名曲「Blackbird」はこうして誕生した!~

1 闖入者現る 6月20日の夜、ビートルズが宿泊先にしていたシドニーのシェヴロン・ホテルで、翌日にニュージーランドへ出発するためにジョンが荷造りをしていると、窓をトントン叩く音が聞こえました。それで振り返ると、何とリヴァプール出身でオーストラリ…

(その61)「13日間のビートル」ジミー・ニコル

1 ジミー・ニコルのステージ 13日間、リンゴの代役を務めたジミー・ニコルについては、ビートルズ・ファンでさえ、その存在を知らない方が多いと思いますので、もう少しお話しさせていただきます。っていうか、こういうところでしか取り上げられることが…

(その60)初の本格的なワールドツアーへ(その2)

1 香港へ次の行き先は香港でした。 6月8日に、1,000人を超えるファンが、香港のカイ・タック空港でビートルズを出迎えました。彼らは、税関と入国審査をVIPルートで通過し、カオルーンにあるプレジデントホテルに直行して、15階の部屋に宿泊しました。 (LI…

(その59)初の本格的なワールドツアーへ(その1)

1 まずはデンマークから 映画「A Hard Day's Night」の撮影が終了した後、1964年6月からビートルズは、初の本格的なワールドツアーへ出発しました。 ビートルズは、1963~66年にワールドツアーを1回行っただけでした。1964年6月4日にデンマークのコペンハ…

(その58)ア・ハード・デイズ・ナイト(アルバム)(その2)

1 リッケンバッカーのサウンド ビートルズは、1964年2月にアメリカを初めて訪れた時、あの有名なギターの製造元であるリッケンバッカー社の社長のフランシス・ホールに会いました。 ホールは、新しい楽器とアンプのデモをするために、ニューヨーク市で会議…

(号外)スチュアート・ケンドールさんからメッセージを頂きました。

私が参加しているフェイスブックのビートルズのファングループの間で、「ジョンとポールの関係って結局どうだったんだろう?」という話題になりました。その中で、ビートルズが解散した後、ある人がジョンの機嫌を取ろうとして、彼の前でポールの悪口を言っ…

(その57)ア・ハード・デイズ・ナイトのオープニング・コードの謎

1 鮮烈なイントロ 2 長きに亘った論争 3 論争の歴史をたどる 4 数学者による研究 (1)ジェイソン・ブラウン教授の研究 (2)ケビン・ヒューストン博士の研究 5 ついに真相が解明! 1 鮮烈なイントロ 正に名曲の一語に尽きます。リリースから50年以上…

(その56)ア・ハード・デイズ・ナイト(アルバム)(その1)

かなり寄り道しましたが、「ア・ハード・デイズ・ナイト」のアルバムの制作に話を戻します。この写真は、レコーディング・セッションの様子です。 1963年において、イギリス国内でファンのハートを鷲掴みにしたビートルズは、1964年に活躍の場を世界へと拡大…

(号外)リジー・ブラボーさんからメッセージを頂きました

ビートルマニアとして、若い頃にビートルズの追っかけをしていたことで世界的に有名なリジー・ブラボ-さんからメッセージを頂きました。以前からお話ししているスチュアート・ケンドールさんから彼女を紹介してもらっていたんです。 簡単に彼女のプロフィー…

(その55)リンゴのドラミングの凄さについて(その5)

リンゴのドラミングについて最後の解説です。 3 I FEEL FINE(シングル、1964) この作品で、リンゴは、ジョー・チェンバーズに匹敵するテクニックで、シンバル/タムタムでR&Bシャッフルをやってのけました。実際、このドラム・トラックを聴けば、リンゴが…

(号外)スチュアート・ケンドールさんからメッセージを頂きました。

ジョンやポールと親交のあったスチュアート・ケンドールさんからメッセージを頂いたので、ご紹介します。 ジョンは、4人の中で最も繊細な人で、それを隠すために自分が嫌いな相手に対しては、ワザと攻撃的な態度を取っていたという話は以前にしました。しか…

(その54)リンゴのドラミングの凄さについて(その4)

リンゴのドラミングの凄さについて、具体的な作品での説明に戻ります。 2 RAIN www.youtube.com リンゴのドラミングを評価する方で「Tomorrow Never Knows」を一番に挙げなかった方は、この作品の方を挙げたかもしれません。現にリンゴ本人も「The Big Beat…

(その53)ビートルズを育てた名プロデューサー、ジョージ・マーティンの偉大な功績について(まとめ)

ここで、再度ビートルズとマーティンの出会いから解散に至るまでを振り返り、マーティンの偉大な功績を総括します。 1 ビートルズとの出会い マーティンもテープを聴いた時には全く興味を抱かなかったと語っています。雑音が酷いし、サウンドのバランスは悪…

(号外)スチュアート・ケンドールさんからメッセージが届きました

ジョンやポールと親交のあったスチュアート・ケンドールさんからメッセージを頂きました。ジョンの素顔についてのお話です。 ジョンは、世間では「皮肉屋」「辛辣な批評家」などと言われることが多かったのですが、実際の彼は、むしろ繊細で傷付き易い人だっ…

(その52)ビートルズを育てた名プロデューサー、ジョージ・マーティンの偉大な功績について(その3)

ビートルズをスター・ダムに押し上げた名プロデューサー、ジョージ・マーティンの功績を、具体的な作品を通じてさらにご紹介します。 12 I Am the Walrus(1967) この曲のためにチェロを特に有効に利用する譜面を書くことに加えて、マーティンは、ありと…

(その51)ビートルズを育てた名プロデューサー、ジョージ・マーティンの偉大な功績について(その2)

ジョージ・マーティンの偉大な功績について、具体的な作品を挙げながら話を続けます。 5 Being for the Benefit of Mr. Kite!(1967) ポールは、念入りにマーティンと彼の曲のアレンジについて議論しましたが、この作品についてのジョンのアプローチは、そ…

(号外)ビートルズ・ナンバーを交えて天気予報をする気象予報士のオモシロ動画サイト(その2)

前回、ビートルズ・ナンバーを交えて天気予報をする気象予報士のオモシロ動画サイトをご紹介しましたが、皆さん、正解は分かりましたか?正解は全部で20曲です。 もう一度動画をアップしますね。 www.facebook.com 私は、1曲を見つけてジェフ・ベンセンさ…

(号外)ビートルズ・ナンバーを交えて天気予報をする気象予報士のオモシロ動画サイト

面白い動画サイトがフェイスブックで紹介されていました。アメリカのローカル曲の気象予報士のジェフ・ベンセンさんがビートルズ・ナンバーを巧みに交えて天気予報をしているんです。 www.facebook.com 皆さんは、どの曲が入っているか分かりましたか? フェ…

(その50)ビートルズを育てた名プロデューサー、ジョージ・マーティンの偉大な功績について(その1)

ビートルズファンにとって悲しい日がまた一つ増えてしまいました(つД`)ノ2016年3月8日、ビートルズの元プロデューサーであり、育ての親ともいえる名プロデューサーのジョージ・マーティンが亡くなったのです。今回は急きょ予定を変更し、いかにして彼がビー…