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★ビートルズを誰にでも分かりやすく解説するブログ★

ビートルズを誰にでも分かりやすく解説するブログです。メンバーの生い立ちから解散に至るまでの様々なエピソードを交えながら、彼らがいかに偉大な存在であるかについてご紹介します。

ビートルズの足跡を訪ねて~リヴァプールとロンドン一人旅日記~ (その12) ついにヒット・チャート№1に輝く!

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いよいよビートルズ初のヒットチャートNo.1となったセカンド・シングル「Please Please Me(プリーズ・プリーズ・ミー)」が世に出ることになります。

 

この曲は、ジョンがミミおばさんの家の寝室で作りました。ロイ・オービンソンの曲を聴きながら作ったと語っています。え?ロイ・オービソンを知らない?いやいや、そんなはずはありませんよ。大ヒットした「オー・プリティ・ウーマンは、映画「プリティ・ウーマン」の主題歌として採用されています。皆さん、何度も耳にしたことがあるはずですよ。タイトルに「リーズ」と言う言葉が2回出てきますが、これらはそれぞれ別の意味です。1つ目のプリーズはどうぞと言う意味の副詞で、2つ目のリーズは喜ばせるという意味の動詞です。これは彼女に対し、「もっと僕を喜ばせてよ」と訴えている曲です。彼は、プリーズにこの2つの意味を持たせる事について、往年の大歌手ビング・クロスビーのプリーズという曲からヒントを得たと言っています。彼ほどの天才でもやはり他のミュージシャンから何らかの影響を受けていたんですね。

 

この曲は、既に9月4日のラブ・ミー・ドゥの収録の際に演奏されています。彼らが作った時は、ロイ・オービンソン風のもう少しゆったりしたテンポのブルースっぽい曲でした。しかし、プロデューサーのジョージ・マーティンはそのアレンジが気に入らず、その時は収録せずに次の時に持ってくるよう命じました。そして、彼らはそれをアレンジし直し、11月26日にスタジオに持っていきました。マーティン「テンポを変えられないか?」ビートルズ「え?何ですか?」マーティン「もっとアップ・テンポにするんだ。やらせてくれ」と彼らに言ったんです。ポールは「ああ、いいですよ、どうぞ。」と返事しました。その結果、まるで魔法を掛けたかのように曲調がガラッと変わり、素晴らしい曲が誕生しました。彼らは、自分達が気づかなかったテンポをマーティンが見つけたことに多少戸惑いました。そして、作業が終わると、マーティンがマイクに向かい、笑顔で「おめでとう。これで君達初のヒット・チャート・No.1誕生だね。」と彼らに語りかけました。

 

この時、初めて彼らは、レコーディング技術の重要性に気が付いたんだろうと思います。 もちろん、手を加える前の原曲が重要であることに変わりはありませんが、そこに色々と手を加えることで全く別の曲が出来上がるということを目の当たりにしたわけですから。この後、彼らは、マーティンと二人三脚で次々と名曲の数々を作り、世に送り出すことになります。それまでの常識を打ち破り、レコーディングの技術を飛躍的に進歩させたのは彼らだといえるでしょう。ロックにクラシック的要素やオーケストラを取り入れたり、曲のテンポを途中で変えてみたりなどといったアイディアは、マーティンによってもたらされたものです。これ以外にもビートルズは、実に様々な革新的な試みを行っています。特に、ロックへのクラシック的要素や電子音楽の導入は、音楽界における革命というに相応しく、その後のアーティストに多大な影響を与えました。その功績によりビートルズは1988年、ジョンは1994年、ポールとマーティンが1999年、ジョージが2004年、リンゴが2015年にそれぞれロックの殿堂入りを果たしています。アーティストではなくプロデューサーが選ばれたことは異例です。

 

マーティン自身も優れたミュージシャンでピアノなどの楽器の演奏に秀でたテクニックを持っており、ビートルズのレコーディングにもミュージシャンとして参加しています。作曲のためにピアノを使うことをジョンとポールに勧めたのも彼です。「ギターでも作曲はできるけど、ピアノを使った方がやりやすいよ。」という彼の勧めに応じて、早速2人は自宅にピアノを買い込んで練習し始めました。マーティンもレコーディングに参加する程ですからかなりの腕ですが、彼らは、瞬く間に上達し、あっさりとマーティンを凌いでしまいました。いやはや、天才は違いますねf^_^;

 

レコーディングが終わって、まだリリースされる前に偶々ジョージ・ハリスンと出会った友人は、彼から「今度の曲は凄いんだ。ヒット間違いなしだよ。」と嬉しそうに話していたと語っています。そして、この曲は1963年1月11日にリリースされます。そして、マーティンの予言通りこの曲はヒット・チャート初登場こそ49位でしたが、リリースから6週間後にビートルズ初のチャートNo.1となりました。そのチャートがこれです。相変わらずピントが甘くてすいません(^^ゞ

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もっとも、この頃の音楽界はアメリカが主流で、イギリスの公式ランキングはまだありませんでした。メロディ・メーカー紙などでは1位になったのですが、最も標準的だったレコード小売店チャートでは2位どまりでした。後にUKチャートが公式として認められたのもビートルズのおかげです。

 

ジョンは、1963年にこの頃を振り返り、次のように語っています。「ラブ・ミー・ドゥがチャートの30位以内にランクインした時は天にも昇るような気持ちだった。それでプリーズ・プリーズ・ミーがNo. 1だろ?ワム(≧∇≦)さ。僕達は、できるだけシンプルに作ろうとした。何曲もお蔵入りにしたけど、この曲だけは絶対ヒットさせてやると決めてたんだ。」この曲に限りませんが、ビートルズ時代の曲は、ほとんどが「レノン・マッカートニー」と言うクレジットがついています。つまり、ジョンとポールが共作したということですね。しかし、彼らの一方だけが作った曲もたくさんあります。今となっては、どの曲が共作でどの曲が単独の作品なのかハッキリしないものもあります。ただ、このプリーズ・プリーズ・ミーが彼らの優れた作詞・作曲能力を天下に知らしめた作品であることに違いはありません。それにしても、曲の冒頭からウットリするような美しいコーラスが流れます。ラヴ・ミー・ドゥの時にも既に現れていましたが、この曲ではそれが前面に出ています。それまでの曲はコーラスがあっても、あくまでメインの歌手のバックで「ア~」とか「フ~」とか入れるだけでしたが、ビートルズの場合はメイン・ヴォーカルとサブ・ヴォーカルが歌詞を歌いながら見事にハモっています。しかも、多くの曲でジョン、ポール、ジョージの3人が3声で三重唱したので、実に素晴らしいコーラスになっています。

 

ビートルズは、1963年1月13日に「サンキュー・ラッキー・スターズ」というテレビの人気番組の収録を行い、その6日後に放映されました。そして、ビートルズ初のアルバムもこの曲がタイトルになりました。そして、この曲は、シングルとアルバムで違うテイクが採用されています。 この頃はステレオが普及し始めた過渡期に当たり、一般家庭にステレオが普及し始めるのは1970年代に入ってからなので、初期の曲はモノラルとステレオの両方がリリースされています。この頃は曲の管理も割合ルーズだったのか、色々なテイクがレコードになっていて、耳の良い人は聴き分けて違いを楽しむことができます。残念ながら、私はそこまでできません(T ^ T)希少なレコードは、コレクターの間で高値で取引されています。アルバムでは、プリーズ・プリーズ・ミーの終わりの方でジョンが歌詞を間違えてしまい、サビの「カモン」と歌うところで「(ブフッ)カモン」と吹きそうになりながら歌っています。これ、絶対NGでしょ⁉︎(笑)本人が分かってるんですから、もう一回撮り直しますよね、フツー?何でそのままOKしたんだろう?この曲は最近(2015年)、日本の某自動車メーカーの自家用車のCMのBGMとして使われました。

 

このアルバムは収録済の4曲を除いて、残りの10曲をたった1日で収録しました。ほとんどライブ・アルバムみたいなものです。なんだかやっつけ仕事みたいな印象を受けますが、この頃のアルバムはシングルのおまけみたいなもので、それほど重視されていなかったんです。アルバムが重要な作品として認識されるようになるのはもう少し後になってからですが、それもビートルズがその先鞭をつけたのです。アルバムのトップの曲は、「I saw her standing there (アイ・ソー・ハー・スタンディング・ゼア)」で、初期の数少ないオリジナルです。シンプルでストレートなロックンロールですが、実にノリの良い曲で思わず踊り出したくなります。この曲はポール自身も気に入ってるようで、今でもツアーで度々演奏しています。まだ、この頃は他のアーティストのカヴァー曲が殆どでしたが、カヴァーですらオリジナルではないかと錯覚する位、彼らの卓越したアレンジ能力には感嘆せざるを得ません。中でもこのアルバムの最後の曲の「Twist And Shout (トゥイスト・アンド・シャウト)」は出色の出来です。題名の通り、ジョンのマイクに叩きつけるようなヴォーカルが素晴らしい。もっとも、レコーディングの時、彼は風邪を引いてミルクでうがいをし、のど飴を舐めながら最後の声を振り絞って歌ったんです。レコーディング・スタッフも曲の仕上がりを絶賛しました。初のアルバム「プリーズ・プリーズ・ミー」は、3月22日にリリースされ、4月6日にチャートインし、5月8日にチャートNo.1になり、そのまま30週間No.1に居座り(‼︎)、チャートに70週間留まり続けました。このアルバムは、ライヴ感が良く出ているということで名盤との評価も高いです。

 

ついにチャート№1を獲得しましたが、これはまだ「ビートルズ狂奏曲」の序章に過ぎません。彼らは、ここから爆発的な快進撃を続けることになります。

(続く)