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★ビートルズを誰にでも分かりやすく解説するブログ★

ビートルズを誰にでも分かりやすく解説するブログです。メンバーの生い立ちから解散に至るまでの様々なエピソードを交えながら、彼らがいかに偉大な存在であるかについてご紹介します。

ビートルズの足跡を訪ねて~リヴァプールとロンドン一人旅日記~ (その23) ビートルズ・ハリケーン、遂にアメリカ上陸‼︎

ビートルズは国内で成功した後、当然、アメリカへの進出を望んでいました。しかし、ポールは、マネージャーのブライアンにこう語っていました。「僕達の曲が全米チャートNo. 1になるまでは、アメリカへは行かないよ。」ブライアンもビートルズのアメリカへの上陸を引き延ばし、アメリカのファンがビートルズのコンサートを心待ちにして、飢餓状態にさせた上で登場するという戦略をとることで、彼らの人気がアメリカで一気に爆発するだろうと考えていたと言われています。いわば、カラっからに乾いた大地に恵みの雨を降らせるってとこでしょうか?

 

そういえば、1回のコンサートで演奏する曲数も絞り、アンコールに一切応じなかったのも彼の戦略だと言われています。ファンを絶えず飢餓状態に置いて、「もっと聴きたい」と思わせるんですね。いやはや、大した戦略家です。そして、ビートルズは、1964年初頭に「IWant To Hold Your Hand」の大ヒットにより、とうとう念願のアメリカでの成功を収めました。これでようやくビートルズのアメリカツアーのお膳立てが整ったわけです。

 

余談ですが、フォーク・ソングの神様ボブ・ディランビートルズのファンの一人でした。「彼らは、誰もしていなかったことをやっていた。彼らのコードは常識を超えたものだったし、ハーモニーは素晴らしかった。」これは有名な話なんですが、彼は、「IWant To Hold Your Hand」の歌詞中で「I can't hide」(隠しきれない)と歌っているのを「I get high」(気分がハイになってる)と歌っていると聞き間違えていました(って「空耳アワー」かい!( T_T)\(^-^ ))
 
 
もう少し後になりますが、彼は、1964年8月28日に初めてビートルズと会い、マリファナを勧めた時にその勘違いを彼らに指摘されました。マリファナを勧められたブライアンとビートルズは、不安になって顔を見合わせました。「彼らは、マリファナを吸ったことがないんです。」とブライアンがようやく口を開きました。
 
 
すると、ディランは、信じられないという表情で彼らの顔を見比べながら「でも、あの曲はどうなの?ほら、気分がハイになるって歌ってる曲さ。」と聞きました。ビートルズは戸惑い、「どの曲ですか?」とジョンが何とか尋ねました。それで、ディランは、「ほら、『and when I touch you… I get high, I get high』って歌ってるじゃん?」と言ったのです。ジョンは、当惑で赤くなりながら「それ、違いますよ。『I can't hide』って歌ってるんです。」と訂正しました。
 
 
ディランのこの勘違いに一同は大爆笑したでしょうね(笑)だって、彼ほどの天才アーティストが歌詞を聞き間違えていたんですから。しかも、サビの1番盛り上がるところですよ?ってか、ラヴソングで、いきなりマリファナを吸っている場面を歌うはずが無いとは思わなかったんでしょうか?それにこの曲の歌詞は、「ねえ、ちょっと聞いて欲しいことがあるんだ。君の手を握らせてくれないか?」ですよ?シャイな青年がおずおずと彼女に話しかけている感じが可愛いと、当時の女の子達を熱狂させたんです。こんなほのぼのとした歌詞で、マリファナのことなんか歌うはずないじゃないですか!ディランって、ちょっと天然が入ってるんですかねf^_^;

 

ついに、ビートルズは、満を持して1964年2月7日に憧れのアメリカの土を踏みました。午後1時20分、パン・アメリカン航空101便でニューヨークのケネディ空港に降り立ったのです。これは、その当時の彼らが搭乗した座席を再現したものです。

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空港は、一目彼らの姿を見ようとする5千人のビートルマニアで埋め尽くされ、女性ファンたちの黄色い歓声で充満しました。

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記者会見に臨むビートルズです。それにしても、記者が近すぎませんか(^^ゞこの当時は、これが当たり前だったんですかね?

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アメリカに到着した時点では、ビートルズは、既に当時のポピュラー音楽シーンの頂点といえるアメリカをも席巻していました。しかし、彼らがアメリカに現実に姿を見せたのはこれが初めてです。そして、何よりも彼らのアメリカでの人気を不動のものとしたのは、「エド・サリヴァン・ショー」への出演でした。
 
 
これは、1948年からアメリカで放映されていた当時人気絶頂だったテレビのバラエティ番組です(今の日本なら、さしずめ「ミュージック・ステーション」と「踊る踊るさんま御殿」を掛け合わせたようなものでしょうか)。司会者はエド・サリヴァン(今の日本なら、タモリ明石家さんまでしょうね。いや、中居君かな?)で、コメディアンからクラシックやポピュラー音楽のミュージシャンまで多彩なゲストが出演し、彼とのトークを交えてパフォーマンスを披露するという内容でした。今のバラエティー番組の走りといえるでしょう。
 
 
それまでは、歌手は、歌を歌うだけでトークすることはありませんでしたが、サリヴァンの巧みなトークで、ゲストの違った魅力を引き出していたんです。このショーに出演することは、当時のパフォーマーにとって最大の憧れでした。日曜日の午後8時というゴールデンタイムでもあり、全米中のお茶の間で絶大な人気を誇っていたのです。殊に、1956年に当時絶大な人気を誇っていたエルヴィス・プレスリーが出演した時は、驚異的な視聴率を記録しました。それ以来、この番組は野心家のパフォーマーたちの登竜門のような役割を果たすことになります。その当時、最も注目されているパフォーマーにいち早くスポットを当てることが人気の秘訣でした。
 
 
サリヴァンって人も面白い人で、自分のショーで出演者を紹介するときに、名前をド忘れすることがちょくちょくありました(笑)生本番でカメラが回ってるんですよ。まあ、普通だったらありえないですよね。でも、そんなところが却ってお茶目だと人気になっていたんですから、世の中分からないものです。顔も写真を見れば分かりますが、お世辞にもイケメンとは言えませんf^_^;そのせいで、彼は「偉大な石みたいな顔」と呼ばれ、無表情な司会振りとともに、コメディアン達からよく物マネされていました。自分の存在を上手く消してゲストを好きなように泳がせるという手法は、今の日本ならタモリが一番近いかもしれません。
 
 
しかし、彼の優れたところは、才能のあるアーティストを発掘することに長けていたことです。彼が得意としたのは、これからブレイクするかもしれないというアーティスト達をいち早く発掘することであり、彼が発掘したアーティストは数限りなくいます。おそらく、ビートルズは、彼が発掘したアーティストの中でもトップでしょう。それと、もう一つ彼の偉大なところは、アーティストの才能だけに注目し、彼らがどんな国籍であろうが人種であろうが、一切問題にしなかったことです。その当時は、アメリカとソ連が冷戦状態で激しく争っていましたし、まだまだ人種差別も激しかったのです。そんな時にソ連のダンサーや、アフリカ系のアメリカ人アーティスト達を出演させました。だから、スティーヴィー・ワンダーやジャクソン・ファイヴ(子供の頃のマイケル・ジャクソンがメンバーでした)も出演できたのです。当然、保守系の白人たちからは厳しく非難されましたが、彼は、いかなる圧力にも一切屈しなかったのです。
 
 
ビートルズは、この番組に出演することを目指して、まっしぐらにアメリカにやって来たのです。彼らを全米初登場でいきなりこの全米ナンバー1の人気番組に出演させることこそが、ブライアンの最大の戦略でした。彼らは、宿泊先のニューヨークプラザホテルのバロックルームで記者会見を開きました。その後、ジョン、ポールとリンゴは、歩いてセントラルパークまで行き、写真撮影を行いました。その間、400人の女の子達が彼らの一挙手一投足を見つめていました。ジョージは、喉に細菌が感染したため、彼らと同行していた姉のルイーズと一緒にホテルに残りました。ルイーズは、こう語っています。
 
 
「医師は、ジョージが40度の高熱を発していたため、ショーに出演するのはムリだと言ったの。でも、彼らは、色んな手を尽くしてくれたわ。彼らは、何時間も治療に携わり、どうすればいいかをずっと考えていたの。そして、一人の医師が、姉の私が一緒にいるのに気が付き、『君、分かってるかな?街中がビートルズのことで頭がおかしくなっている女の子達で溢れているのに、君がここにいられるということは多分、君がいつも彼らの世話をしている唯一の女の子だからなんだろうね。』と言ったの。」医師もまさか彼女がジョージの本当の姉だとは夢にも思わず、付き人だろうと思ったんでしょうねf^_^;ファンの女の子がジョージの傍にいるはずないですから。しかし、こんな体調でジョージも良くステージに立ちましたね。それこそ「プロ根性」ってヤツでしょうか。
 
 
彼女がジョージの付き添いを終えてビートルズが宿泊しているホテルに入ろうとすると、何と玄関でホテルマンに停められてしまいました。そこで、彼女がホテルマンに自分はジョージの姉であると主張したのですが、「そんなことを言ってホテルに入ろうとする女の子たちが1,000人もいるんだ。」と言われて入れてくれなかったのです(笑)また、ビートルズ自身が帰ってきても、ホテルから追い出される危険がありました。というのも、彼らとそっくりのヘアスタイルをした若者たちが大勢いたため、見分けがつかなかったからです。それで、急遽ブライアンがホテルに戻り、彼らに付き添って何とかホテルに入ることができました。
(続く)