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★ビートルズを誰にでも分かりやすく解説するブログ★

ビートルズを誰にでも分かりやすく解説するブログです。メンバーの生い立ちから解散に至るまでの様々なエピソードを交えながら、彼らがいかに偉大な存在であるかについてご紹介します。

ビートルズの足跡を訪ねて〜リヴァプールとロンドン一人旅日記〜 (その24) 全米を熱狂させたエド・サリヴァン・ショーへの初出演

ビートルズ ポップス 洋楽

ジョージはまだ体調が回復していなかったので、彼を欠いたままビートルズは、2月8日午後1時30分に、エド・サリヴァン・ショーへの初出演のリハーサルをするために、BBCスタジオへ向かうリムジンでブロードウェイを走っていました。彼らの車は、ファンに追いかけられ、大勢の警官が安全のために護衛しなければなりませんでした。ビートルズがスタジオにいる間、ずっと、52箇所の所轄の警察署から派遣された警官が彼らをガードしていました。

 

ロード・マネージャーのニール・アスピノールは、ディレクターの指示に従い、本番のカメラ位置を確認するためにジョージの代わりに立っていました。彼は、こう語っています。「僕が彼の代わりに彼の立ち位置に立ったので、他の人は、誰がどこに立つのか分かった。僕は、ストラップを付けてコードを繋いでないギターを構えたんだ。誰も何の演奏もしてなかった。そしたら、数日後にアメリカの有名な雑誌に、僕が凄いギタープレイをしてたって載ったんだよ。」

 

ADのヴィンス・カランドラも、同じように立っていました。彼はこう語っています。「私のビートルズに対する第一印象は、彼らがとても丁寧でプロフェッショナルだったということだ。私が覚えているのは、病気でジョージがリハーサルを欠席した時に、エド・サリヴァンがビートルズのカツラを持って、『僕が今日は4番目のビートルになるから、明日は彼にもっと上手くやってもらわなきゃな。』と言っていたことだ。彼はカツラを被り、そして、私もカメラリハーサルのためにジョージの代わりに立った。」

  
リンゴは、こう語っています。「初めてエド・サリヴァン・ショーに出演した時のことで最もよく覚えているのは、午後の間中ずっとリハーサルをしていたことだ。テレビの音響は良くないんだ。今でもそうだけど、特にこの当時はね。だから、僕達は、演奏をテープに収録して、後でそれを編集したんだ。僕らは、皆でレコーディング・エンジニアと一緒に編集作業をやって、それが終わってから休憩した。
 
僕たちが外出している間、清掃員が入ってきて部屋とか機器を掃除したんだけど、その人たちはいつも不思議に思うんだ。『このチョークで付けた印は何だろう?』って。そして、汚れていると思って綺麗にそれを消しちまう。それで、僕たちがやってきたことは全部水の泡さ。だから、僕たちは、怒りながら全部一からやり直さなきゃならなかったんだ。」
 
「チョークで印を付けた」って、どんな作業をしてたんでしょう?今でいうところの、「バミリ(舞台上で、人や椅子、マイクなどの位置を示す目印)」のことですかね?今なら粘着テープなどを用いますが、まだこの頃は無かったと思います。もし、そうだとしたら、例えば、曲目毎に立ち位置とかマイクスタンドの位置などの印を付けていたんでしょうか?確かに、彼らのコンサートの映像を観ると、曲目毎に立ち位置やマイクスタンドの位置を変えてましたね。リード・ヴォーカルやコーラスは、曲目毎に代わりましたから。
 
でも、それならそれで、スタッフにここは掃除しなくていいと言っておいてもらうとか、貼り紙をしておけば良かったんですよ。まあ、その後は、当然そうしたんでしょうけどね。ただ、このエピソードから、彼らがいかに真剣にコンサートに取り組んでいたかが垣間見れます。
 
今のコンサートは、事前にスタッフと衣装、舞台設営、構成などを十分に打ち合わせして、リハーサルでサウンドチェックなどを念入りにやることは当たり前ですよね。でも、この当時は、ミュージシャンは、ただ演奏すれば良いだけであって、それがどんなふうに観客に聴こえるかは、あまり気に留めていませんでした。
 
私は、何でもビートルズに結びつけてしまいがちですが、コンサートをただ観客に音楽を聞かせるだけではなく、一つの大きなイベントと捉えてスタッフと共に演出に取り組んだのも彼らが初めてです。
 
ビートルズは、リハーサルが終わると、その様子をプレイバックしてくれとスタッフに要求しました。サリヴァンがカツラを被ったまんまだったんですけどね(^_^;)そのようなことは、それまでのミュージシャンはやらなかったのです。 この辺りが「ミュージシャン」と「アーティスト」との違いなんでしょうね。要するに、普通のミュージシャンなら、自分の演奏がうまくできたかどうかだけを気にしますが、彼らは、自分たちのサウンドがどのように観客に伝わっているかを入念にチェックしていたわけです。 
 
ビートルズがリハーサルを終え、本番を迎えたのは翌日の2月9日です。収録が行われるニューヨークのCBSスタジオには、728枚のチケットを求めて55,000通もの申し込みがありました。
 
電話でサリヴァンから彼らのことを尋ねられたジャーナリストのウォルター・クロンカイトは、女の子に頼まれてチケットを入手しました。これは多分、サリヴァンのコネでしょうね(笑)だって、彼自身何枚かチケットを余分に持ってましたから。後のアメリカ大統領となるリチャード・ニクソンの15歳の娘のジュリーは、ラッキーなことに入手に成功しました。
 
反面、ニューヨーク・フィルハーモニー交響楽団(現ニューヨーク・フィルハーモニック)の音楽監督だったレナード・バーンスタイン(名指揮者カラヤンの最大のライバルでした。因みに彼は、ビートルズのアルバムの中ではリヴォルヴァー」が最高傑作だとしています。やはり、クラシックの人らしく、バラードがお気に入りだったようですね。)は、子どもたちが大ファンだったので手に入れようとしたんですが、これはダメでした。 
 
何と驚いたことに、あのスーパースター、エルヴィス・プレスリーから番組に電報が届いたのです。それにはこう書いてありました。「エド・サリヴァン・ショーへの初出演とアメリカへの初訪問おめでとう。アメリカでの成功とこれが君たちにとって楽しい訪問となることを祈る。」ビートルズは、この電報を出演の30分前に受け取りました。 ジョージは、それを読んで大マジメに言いました。「エルヴィスって誰?」え、それマジ?それともボケたの、ジョージ?君達が憧れてたあのプレスリーだよ。それともショーのことで頭が一杯だったのかな?
 
皮肉なことにビートルズの登場により、彼の人気は、急坂を転げ落ちるように失われていきます(もっとも、その後「エルヴィス・オン・ステージ」という記録映画で奇跡のカムバックを果たしますが)。

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サリヴァンがステージに登場し、ビートルズの登場を待ちかねて興奮する観客に向かって両腕を大きく広げました。これは、「これから司会を始めるから静かにしてね。」という世界共通のジェスチャーです。観客が静かになると、彼は、話し始めました。「ありがとう。先程、とても素敵な出来事がありました。エルヴィス・プレスリーからこの番組に、ビートルズの成功を祈るという内容の電報が届いたのです。」「皆さんは、イギリスからやってきたグループのとても素晴らしい音楽を今から聴くことになります。」お、いよいよビートルズの登場か?と期待すると、CMへ。「何じゃ、そら?ズデデデデデェ~~ン!(椅子から転げ落ちる音)」
  
現代の日本のバラエティー番組でも「CMまたぎ」ってのが良くありますね。番組でいよいよクライマックスだと視聴者を散々煽っておいたところで、パッとCMに切り替えるって手法です。もうこの頃からやってたんですね(;'∀')
 
CMが終わると、再びサリヴァンの音楽史に残る司会が始まりました。「昨日と今日、この劇場には全米各地から何百人ものカメラマンと新聞記者が押しかけました。彼らも私もリヴァプールからやってきた、自らをビートルズと名乗る若いスター達によって、街がこんなに興奮しているのを見たのは初めてです。皆さん、今夜2度目のお楽しみですよ。さあ、ショーの後半の始まりです。レディース・アンド・ジェントルマン、ザ・ビートルズ」という紹介で一斉にビートルマニアの絶叫が上がる中で演奏が始まり、会場は正に興奮の坩堝と化しました。
 
彼らは5曲を演奏しましたが、オープニングの曲は、パンチの効いたロックかと思いきや、意外にもバラードの「All My Loving」でした。そして、次にポールが「Till There Was You」を歌っている間、テレビカメラは、彼らを一人一人アップにしました。その時、彼らの名前がテロップで流れたのですが、ジョンのところだけ「ごめんね、女の子達。彼は結婚しています。」と流れました。デビュー当時、既に彼は結婚していたのですが、ファンが離れることを恐れて公表していなかったのです。しかし、さすがにもう隠しきれなくなったので、ここで公表しました。
 
この放送は、全米2,324万世帯、7,300万人をテレビの前に釘付けにしました。視聴率は何と72%(‼︎)という驚異的な記録に達し、彼らが番組に出演しているその時間、ニューヨークでの青少年による犯罪発生率はほぼ0を記録したといわれています。たった一つのテレビ番組がアメリカに衝撃を与えた最も印象的な瞬間であり、ロック・シーンにとっても決定的な瞬間であったことは間違いありません。その後、1969年にアポロの月面着陸を放映した時に全世界に与えた衝撃と同じ位のインパクトだったでしょう。

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アメリカの若者の中には、この番組がきっかけでミュージシャンの道を選んだ人達も少なくありませんでした。例えば、ブルース・スプリングスティーンビリー・ジョエルです。彼らは、この放送を見終わるや否や、楽器店に駆け込んでギターを買いました。彼らも後にビッグ・アーティストに成長します。

 

そして、後年、大成功を収めた彼らは、自らのコンサートにポールをゲストとしてステージに招き、一緒にセッションをやりました。奇しくもその曲はいずれもこのエド・サリヴァン・ショーの初主演の時に演奏した「I Saw Her Standing There」でした。これは、ポールがリード・ヴォーカルをやった曲ですし、会場が盛り上がるロックンロールですからね。このように、ビートルズは、正に乾いた大地に恵みの雨を降らせ、ありとあらゆる種類の植物を誕生させたのです。

 

この番組をリアルタイムで観たのは、いわゆるベビーブーマー、日本でいうところの「団塊の世代」の人達が中心です。そして、彼ら同士が出会ったときに決まって交わすセリフは、こうです。「ビートルズがエド・サリヴァン・ショーに初めて出演した時、君はどこで観てた?」

(参照文献)THE BEATLES BIBLE

(続く)