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★ビートルズを誰にでも分かりやすく解説するブログ★

ビートルズを誰にでも分かりやすく解説するブログです。メンバーの生い立ちから解散に至るまでの様々なエピソードを交えながら、彼らがいかに偉大な存在であるかについてご紹介します。

(その38)「ア・ハード・デイズ・ナイト」の撮影風景

ビートルズは、1964年3月11日、撮影場所をトゥイッケナム撮影所に移しました。このスタジオは、後に映画ヘルプ、レット・イット・ビーや数多くのPVの撮影やソロ活動にも使われました。
 
 
この日は、午前8時から10時までビートルズが「I Should Have Known Better」を演奏する有名なシーンを撮影しました。「ブレーキ・ヴァン(当時、イギリスの鉄道で良く使用された車両で、列車の最後尾に連結され、主要な目的は、列車が暴走した時にブレーキを掛けてスピードダウンさせることでした。現在では、ほとんど使用されていません。)」と呼ばれる車両という設定でセットが造られ、彼らが演奏に合わせて口パクをしている間、それが走行中の車両のように揺れるんです。というのも、撮影スタッフが歌に合わせてセットを揺すってたんです。手動だったんですね(^_^;)ただ、何分、シーンとサウンドを合わせないといけなかったので、レスター監督は、所々で撮影を止めなければなりませんでした。

 

私は、初めてこの映画を観たとき、「何だ、この檻みたいな車両は?」と不思議に思いました。だって、金網が張ってあって、まるでビートルズが囚人みたいに中に入ってるんですから。要するに、乗客が乗る車両ではないってことです。

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そこで、彼らは、ポールのおじいちゃんを傍らにおいてトランプを始めるんですが、ここでさっきの曲が流れるわけです。で、彼らは、いつの間にかトランプを楽器に持ち替えて演奏してるんです。それを、女の子たちが金網にかじりついて見てるんですね。ただ、後にジョージと結婚するパティだけは、ちゃんと金網の中に入ってビートルズと一緒に座ってるんですよf^_^;
 
 
何だか不思議な光景です。え?いつの間に楽器をセットしたの?何で走行中の車両で演奏できるの?電源はどこで確保したの?ツッコミどころが満載なんですが、まあ、別にそんなことはどうでも良いっていうか、その不自然さがまた映画の面白さを引き立てています。
 
 
さっき、不自然といいましたが、現代のアーティストが当たり前のようにやっているMVやPVの原型は、むしろここにあったのかもしれません。その音源にマッチする映像を撮影したものがMV、宣伝用に作成したものがPVですね。アーティストが演奏しているフリをし、あるいは、バックで音楽を流しながら、様々な動画を視聴者に提供するというスタイルです。ですから、必ずしも映像と音楽が一致する必要はないわけです。
 
 
それまで音楽といえば、実際に生で演奏するか、それを収録したものを放映するしかありませんでした。ビートルズは、やがて一切のコンサート活動を中止してしまいますが、その代わりにMVを制作してファンに彼らの姿を提供しました。彼らが世界で初めてMVを制作したのです。ある意味、この映画がそのキッカケになったのかもしれません。
 
 
ところで、彼らがやってたトランプゲームは何だったんでしょう?カードを表向けにして、数字の順に出しているようなのでページワンっぽいんですけど、良く分かりません┐(´~`;)┌
 
 
翌日の12日、ビートルズは、トゥイッケナム撮影所でホテルの室内のシーンを撮影しました。このシーンでは、ビートルズは、ホテルの部屋でどっさり届いたファンレターの山に返事を書くよう、マネージャーのノームとシェイクの2人から命令されます。しかし、彼らは、それを無視して部屋を抜け出ます。
 
 
13日と14日、同じくトゥイッケナム撮影所でガトウィック空港のシーンを撮影しました。これは、ラストシーンです。ビートルズは、午前10時に到着しました。彼らは、ヘリコプターに乗り込もうと走り、彼らが乗り込むとヘリコプターが上昇し、サインされたプロモーション写真が大量に散らばるというシーンでした。ここで主題歌の「ア・ハード・デイズ・ナイト」が再度流れエンディングを迎えますが、ここは感動でジーンときますねo(*^▽^*)o~♪

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3月31日、ビートルズは、4日間、イースター(復活祭)で休養した後、映画のクライマックスを祝うコンサートのシーンを撮影するために、ロンドンのスカラ劇場に戻りました。公演は、350人のファンの前で行われました。彼らは、ビートルズのコンサートでは標準的な額の料金を支払いました。何と驚くべきことに、ここに後のジェネシスのメンバーで、その後、ソロ・アーティストとしても名声を馳せるフィル・コリンズが、13歳で出演していたんです。


映画の中で、ビートルズは、4曲を演奏しています。といっても実際に演奏した訳ではなく、演奏してるフリをしただけでした。これでコンサートと同じ料金を取るなんて、ちょっと悪どい気がしますけどねf^_^;まあ、普通のコンサートとは違う貴重な機会ではありましたが。それに、彼らをかなり近くで見られたでしょうし。もっとも、このシーンは最終の編集でカットされました。編集でカットされたシーンはこの他にも結構ありました。
 
 
4月5日、ビートルズは、ロンドンのメリルボーン駅で、あの印象的な映画のオープニングシーンを撮影しました。この日は日曜日で、駅は、撮影のために一日中閉鎖されました。そして、ビートルズが必要なだけいくら撮影しても構わないという許可が下りました。彼らがファンに追いかけられ、カメラに向かって走って来る、ボストン・プレイスの場面も撮影されました。日曜日を選んだのは、通勤客が少ないからだと思われます。
 
 
しかし、現代のハリウッド映画でも、流石に公共交通機関である鉄道の駅を閉鎖までしてしまうことはないと思います。終電から始発までの時間帯だけ使用するとか、既に廃止された駅を使用する位でしょう。この頃は、ビートルズなら何でもありだったんでしょうね(^_^;)
 
 
駅の撮影は、少なくとも2週以上連続的して日曜日に行われました。最初の日に100人以上のファンがビートルズを追いかけるシーンが撮影されました。エキストラには、7ポンド10シリングが支払われました。2回目の撮影は、群衆がいない無人の駅で行われました。
 
 
4月7日、ビートルズは、映画に登場する警察署の室内のシーンを撮影しました。この日は、屋外で追いかけ回るシーンも撮影しました。
 
 
4月9日、リンゴだけが撮影に参加しました。彼がテムズ川沿いの曳舟道と築堤に佇むシーンは、彼一人だけで撮影されました。リンゴは、このシーンで演技を褒められました、しかし、彼は、実はこの前日、遅くまで飲んでいて二日酔いだったと後で打ち明けたんです。
 
 
リンゴは、こう語っています。「僕らは、早起きは苦手だったよ。このシーンなんかはそれを良く表してる。カメラで川沿いを歩く孤独な人を演じて演技を褒められたんだ。」
 
「僕は、プロらしくないことだけど、ナイトクラブで夜遅くまで遊んで、そこから直接現場に来て、どう控え目に見てもちょっと二日酔いだった。レスター監督は、共演者と子役を用意してたんだけど、もう頭が回らなくて、どうしようもなかったよ。」
 
「それで、僕達は、色んな方法を試してみた。子役が自分のセリフをしゃべり、カメラから外れた所から誰かが僕のセリフを言ってみたり。それから、子役の演技を僕がやって、子役が『ああだこうだ』って言ってみたり。あるいは、僕が子役に『ねえ、坊や』って言ってみたりした。」
 
「それでもどうしようもなかったから、スタッフが『もう何でもやろう。』と言ったので、僕は『ちょっと歩き回らせてよ。そこを撮影して』って頼んだんだ。そしたら、ああいう仕上がりになったってわけさ。」
 
「僕がとても寒くて、落胆したように見えるのは、ただトイレに行きたかったからなんだ。演技なんて代物じゃないよ。具合が悪かっただけさ。」
 
 
な〜んだ、ネタバらししたら、酷い話ですね。二日酔いで現場に来るなんて、監督に大目玉を食らってるところです。レスター監督は、温厚な人だったので、何も言わなかったんでしょうけど。
 
 
リンゴが築堤でタイヤにつまずくシーンは、上手くできなかったため何度も取り直さなければなりませんでした。結局、そのシーンは、リンゴと川沿いを一緒に歩いたデイビッド・ジャンソンという若い俳優がやることになりました。彼は、最初のテイクで完璧にその役を演じました。
 
 
4月12日、ジョージは、トウィッケナム撮影所で一人のシーンを撮影しました。彼は、こう語っています。「僕のセリフでこんなのがあった。『ああ、そんなの着ないよ。ダサい(grotty)もん!』このセリフは、脚本家のアラン・オーエンが作ったんだ。僕じゃない。でも、今じゃみんな使ってるよね。あれは、グロテスクをもじったんだ。」
 
「彼は、僕がリヴァプールの出身だからユーモアが分かると思ったんじゃないかな。ホントにそのセリフが嫌だったらやらなかったよ。でも、『ヘルプ!』の頃には十分生意気になってて、セリフを勝手に変えたりしたね。」
 
「アランは新聞記者に僕達が質問攻めされているシーンを書いた。実際、毎日そんなインタビューを受けてたよ。彼らはこんな質問をする。『あなたはどうやってアメリカを見つけましたか?』僕はこう答えた。『グリーンランドで左へ曲がりました。』」
 
 
4月16日、室内のシーンをトゥイッケナム撮影所で撮影しました。この日の撮影のために、ビートルズは、ロンドンにあるノッティング・ヒル・ゲートのクラレンドン通り83番地にあるセントジョンズ英国国教会)中学校の校舎の外で撮影しました。
 
 
彼らは、近くのヒースフィールド通りの袋小路で、道の行き止まりに向って走ったり、止まったり、来た道を引き返したりというシーンを撮影しました。これも有名なシーンです。

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4月17日、ビートルズは、ロンドンの閣僚以外の国会議員用が利用するクラブで2回目の撮影を行い、ここでの撮影を終えました。この日は、クラブでダンスを踊るシーンを撮影しました。このシーンは、サウンドトラックの「I Wanna Be Your Man 」と「Don't Bother Me」で使用されました。映画では、リンゴがノリまくって狂ったように踊ってますね(笑)

 
映画撮影を中断している間に、ビートルズは、クラブの壁に囲まれた庭でエド・サリヴァンからインタビューを受けました。これは、5月24日のエド・サリヴァン・ショーで、ビートルズの「You Can't Do That」のビデオ・クリップと共に放映されました。それは、ロンドンのスカラ劇場でのコンサートを撮影したものです。映画でも使用することが予定されていましたが、これもまた最終の編集でカットされました。
 
 
4月18日までに映画で使用されたシーンの殆どが撮影され、後僅かを残すのみとなりました。この日、ビートルズは、カメラの前には立たず、台詞の吹き替えを行いました。
 
 
この日の朝にトウィッケナム撮影所でアフレコをやり、新しいセリフを追加し、レコーディングも再度行いました。ここは、ジョンがその女性からジョンに似てると言われ、人違いだととぼけるシーンです。ジョンがシラを切り通すと、最後に彼女は、メガネをかけて「あなた、ジョンには全然似てないわ。」と言い、ジョンは、その場を立ち去りながらちょっと口を尖らせて、「僕より彼女の方がジョンに似てるけどね。」と呟きます(笑)
 
 
この映画は、初期のビートルズを見事に表現しているとして、現在でも高い評価を受けています。熱狂的なビートルマニアに追い掛け回される彼らの日常をドキュメンタリー風に描きながら、コメディーの要素を加えることで、決して重くならず彼らの魅力をそのサウンドを交えつつ、巧みに表現しています。
 
(参照文献)
THE BEATLES BIBLE,  BEATLES MUSIC HISTORY, Indeiwire, Absolut Eelsewhere.net
 
(続く)