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★ビートルズを誰にでも分かりやすく解説するブログ★

ビートルズを誰にでも分かりやすく解説するブログです。メンバーの生い立ちから解散に至るまでの様々なエピソードを交えながら、彼らがいかに偉大な存在であるかについてご紹介します。

(その43)リンゴのドラミングの凄さについて(その1)

ビートルズ ポップス 洋楽

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「ア・ハード・デイズ・ナイト」に関する記事を書いている途中で、ビートルズのローディーだったスチュアート・ケンドールさんとのやり取りが入り話が脱線したところへ、また脱線です(^_^;)


実は、リンゴのドラミングについては、ホントは別のブログで紹介するつもりだったんです。しかし、最近のテレビ番組で、ゲストから「リンゴのドラム・テクニックは大したことなかった。」的な発言があったと耳にし、未だにそんな俗説がまかり通っていることに驚きました。しかも、著名人ですらそんな俗説を信じているということは、現在の若い人々、あるいは将来ファンになってくれるかもしれない人々に誤った情報が伝わっていく可能性があります。なので、予定を変更してこの記事を投稿することにしました。

 
 
はなはだ残念なことですが、ビートルズ・ファンを自認している方の中ですら、彼のドラム・テクニックを評価していない方が少なからずおられるようです。なぜ、そういえるかというと、ネットで様々な質問を投稿できる掲示板を見ると、「なぜ、リンゴのテクニックで彼がビートルズのメンバーになれたのか?」「リンゴのテクニックは大したことないんじゃないか?」的な質問を結構見かけるからです。
 
 
実は、かく申す私も以前はそんなイメージを持っていました(^_^;)自分でドラムをやらないから分からないんですよね、彼の凄さが。それに、若い頃読んだ雑誌に同じような記事が掲載されていて、何となくそうなのかなあと信じ込んでいました。どうもいつの間にか根拠のない俗説が定着してしまったようです。もっとも、これは日本に限ったことではなく、世界でも同じような傾向があったようです。酷いのになると、「レコーディングに参加したのはリンゴではなく替え玉だった。」などという噂話まで出る始末です。
 
 
確かに、ギターやキーボードに比べると、ドラムのテクニックって分かりにくいところがありますよね。ギターやピアノのような華麗な指さばきもないし、コードがあるわけでもない。おまけにドラマーは、一番後ろに座っていて動かないし、キットで殆ど姿が隠れてるし。それでもまだソロ・プレイをやるドラマーは目立ちますけど、リンゴはそれが嫌いでやらなかったんです(^_^;)
 
 
こういう世界的な傾向を指摘したものとして、シカゴ・トリビューン紙で音楽の批評をしているグレッグ・コットの2014年10月21日のBBC.COMへの寄稿を取り上げてみましょう。彼は、リンゴ・スターを再評価すべき時が来たのではないか?」と題し、次のような記事を掲載しています。

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ビートルズと同じくらい大きな問題の一つは、この2,30年間に亘り、ある俗説が繰り返され、浸透してきたために、あたかもそれが事実であるかのように扱われてきたことである。」
 
リンゴ・スターは、ロックンロール・バンドとしてプレイした最も有名な4人の内の1人であったかもしれない。しかし、彼はまた、ジョン・レノンポール・マッカートニー、そしてジョージ・ハリスンという伝説的な遺産といえる偉人達に貢献をしたという意味で最も幸運な人物の一人として、一般的に彼らより過小評価されてきた。
 
「誰かがあらゆる時代を通じて、最も有名なロック・バンドで再評価をするとすれば、それはリヴァプールに73年前に誕生したリッチー・スターキー(リンゴ・スター)である。」
 
「そして、マーク・ルイソン(ビートルズに関する伝記を数多く書いています)は、数週間前に初めて三部作として出版されることが予想される『TUNE IN-The Beatles: All These Years, Vol 1』と題するビートルズの伝記において、リンゴの貢献について多くのページを割いている。これは、私が一番好きであるものの一つであるが、それまでのビートルズに関する古い記事を焼き直きしたものではなく、それらを再度分析して、修正し、場合によっては反論するものである。」
 
(中略)
 
「『リンゴは、ビートルズが常に求めていたメンバーだった。』とルイソンは、最近のインタビューで私に語った。」
 
「『彼は、ピート・ベストが持たないものを全て持っていた。彼は安定していて、あらゆるスタイルでプレイできた。彼のプレイスタイルは、他のメンバーのプレイにとても良くマッチした。その上、彼らが完璧だと考えていた曲でも、リンゴは、さらに別の要素を持ち込んだのだ。』」
 
「例え、プロデューサーのジョージ・マーティンがすぐに気が付かなかったとしても、彼はビートルズにとってなくてはならない存在だった。彼らが最初にEMIでシングルをレコーディングする際、マーティンは、ビートルズのバックアップのために、セッション・ドラマーのアンディ・ホワイトをスタンバイさせた。デビュー・シングルのA面としてリリースされた『Love Me Do』はリンゴが演奏したが、B面の『PS I Love You』は、アンディ・ホワイトが演奏した。このことで長い間、マーティンとリンゴの仲はしっくり行かなくなった。」
 
「マーティンがそうしたのは、当時、彼は、リンゴのテクニックが不十分なのではないかと不安を抱いており、また、彼がメンバーに加わっていくらも経っておらず、前面に並ぶ結束の固い3人のメンバーにまだ馴染んでいないという事実が、さらにその不安を拡大させたことによる。」
 
「しかし、『Please Please Me』をレコーディングするために2ヵ月後にアビイロード・スタジオに戻ったとき、そういった疑いは消え去った。今度はスタジオ・ドラマーは存在しなかった。他の3人のメンバーと一緒に行ったリンゴのスタジオでのライヴ・パフォーマンスは、スピーカーから炸裂したのだ。マーティンは、チャートナンバー1となるレコードが完成したとビートルズに告げた。普段、彼は、滅多にそんなことは言わないタイプだったのだが、彼の予測は正しかった。」
 
「例え、リンゴが、他の60年代を代表するドラミング、例えば、ザ・フーのドラマーのキース・ムーンのノンストップで燃えるようなドラミング、クリームのジンジャー・ベーカーのアフリカの感化を受けた妙技、レッドツェッペリンジョン・ボーナムの稲妻のようなスウィングの域を超えなかったとしても、ビートルズのレコーディングにおいて彼が果した功績は驚くべきものである。」
 
「彼は、ソロ(1969年にリリースされたアビイロード・アルバム中の『The End』における洗練されたドラム・ブレイクを除いて)をやらなかったが、これが革新的なドラマーとして殆ど名前を挙げられることがなかった一つの要因といえる。」
 
「しかし、ここで考えてみて欲しい。ビートルズにおける彼がやってきた仕事の数々を。『Here Comes the Sun』では複雑な曲の変化にもかかわらず、易々とそれに対応し、『Rain』では転がるような、初期のメタルともいえる心地良いタムタムのサウンドを編み出し、『Tomorrow Never Knows』では部族のダンスのような力強いドラミングをやってみせ、『Come Together』ではハイハットを巧みに操り、そして、『Ticket To Ride」ではシンコペーションを使った進行をやったのである。」
 
リンゴは、それぞれの曲にピタリと当てはまるサウンドを編み出した。しかし、そんな中でも、彼は、自分自身に注目を集めさせるようなことはしなかったのである。リンゴが注目を集めた唯一のものは、彼のリンゴというニックネームの由来になった指のリングと、彼がステージで見せた満面の笑みであった。」
 
「『彼は、多くのドラマーのように派手ではないが、それはミュージシャンとしての彼が望んだものではなかった。』とルイソンは私に語った。『彼は、ドラムキットに個性を持ち込んだが、目立たなかった。ビートルズは、1962~1970年の間に215本のトラックをすべ異なるスタイルでレコーディングした。そして、その内どれくらいのトラックのドラムがまずかっただろうか?答えは、ゼロだ。』」
 
 
この記事が雑誌に寄稿されたのは、私がこのブログを書いている僅か1年半前です。ということは、未だにリンゴのテクニックについて、世界のプロの間でも議論があったということですね。日本だけでなく世界中のSNSで話題になっています。
 
 
ところで、このブログを読んで下さっている皆さんは、リンゴが左利きだということをご存知でしょうか?これは、多くのビートルズファンが知っていることなんですが、ビートルズを知らない方は動画を見てもまず気が付かないと思います。そりゃ、そうですよね、ドラムは両手で叩きますから。まあ、キーボードも両手ですが(^_^;)ポールが左利きなのはベースを逆に構えてますから、誰が見たってすぐに分かりますけどね。
 
 
あ、でも、彼が特殊なのは完全な左利きじゃないってことです。紙を切ったり、文字を書いたりするのは右手で、ボールを投げるときは左手を使ってました。それから、ゴルフも左でやります。つまり、正確に言うと「両手使い」なんです!リンゴ自身もそのことが彼のユニークなドラム奏法を生んだと言っています。これもついでですが、彼がそうなったのは彼のおばあちゃんが原因です。彼は生まれつき左利きだったんですが、おばあちゃんがそれは良くないと右利きに直そうとしたんですね。何と「左利き=良くない」なんて俗説がイギリスにもあったんですね( ̄◇ ̄;)
  
 
しかも、彼は、左利きであるにもかかわらず、ドラムキットのセッティングを左利き用ではなく右利き用にして演奏していたんです。ドラムキットのセッティングは、左利きと右利きで正反対になります。ドラムキットのセッティングが決まっているのも、右利きのドラマーが演奏しやすいように自然に決まったものですから、当然、左利きのドラマーには不利になります。
 
 
それでもそのセッティングのままで演奏する人も多いです。何故なら、もし、ライブハウスなどで複数のバンドが演奏する場合、当然ドラマーも交代しますから、その度にセッティングを変えるのは大変な手間だからです。
 
 
しかし、逆に、右利きのドラマー用にセッティングされたドラムキットで左利きのドラマーが演奏すると、左利きのドラマーならではの演奏が可能になります。リンゴは、これを上手く使って、右利きのドラマーが出せないような独特なサウンドを出していたんです。右利きのドラマーだと、右手でリードしながら、左側のスネアからスタートして右回りにタムへと自然にドラミングできます。
 
 
しかし、動画を見ればわかりますが、リンゴがそれをやる時は左手でリードするため、上半身を左側に傾けて二つのスティックで三角形のような形を作って、こねるような感じでタム回しをやるんです。これはかなりしんどい動作ですし、モタついてしまいます。そのためにサウンドに微妙なニュアンスの違いが生まれました。あるいは、意識的に逆にして左回りにしてみたりもしました(例えば、Straberry Fields Forever)。これはこれで「クールだ」と本人が言ってます。


右利き用にセットしたドラムキットで、自己流で利き手と反対の左手でリードしながらプレイすることを習得したドラマーだけが、そういった微妙なニュアンスの違いを出すことができるんです。こういったスティック裁きのニュアンスの違いは、何度も繰り返しビートルズのレコードで表現されています。また、リンゴのスネアサウンドの特徴は、必ずレコードとライヴショーの両方で表れていました。


 
おまけになおたちの悪いのが(^_^;)、彼は理論ではなくフィーリングで演奏していたことです!だから、同じことをもう一度やってくれと言われてもできなかったのです。一度やったプレイは完全に彼の頭の中から消え去って、本人ですら再現できませんでした。
 
 
もう一つおまけに、リンゴは、練習が大嫌いでした!5分も練習すると飽きてしまうと本人自らが語っています。他の3人が朝から晩までアマチュアの時から必死で練習してたのに、彼は全然練習しなかったんです。なのに、ドラムキットに座って他の3人のガイド演奏を聴き、こんな感じでやってくれと指示されると「OK!」と言って、いとも簡単に演奏してしまうんです。これを天才と呼ばずして何と呼ぶのでしょうか?
 

(参照文献)BBC, DRUMMERWORLD, Greg Kot (@gregkot) | Twitter, OMG FACTS, TOM MENDOLA, YOUTUBE.COM

(続く)