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★ビートルズを誰にでも分かりやすく解説するブログ★

ビートルズを誰にでも分かりやすく解説するブログです。メンバーの生い立ちから解散に至るまでの様々なエピソードを交えながら、彼らがいかに偉大な存在であるかについてご紹介します。

(その47)リンゴのドラミングの凄さについて(その2)

ビートルズ ポップス 洋楽

リンゴのドラミングの凄さについてのお話を続けます。(その43)でご説明したとおり、彼は凄いドラム・テクニックを持っていました。では、なぜ「リンゴのドラム・テクニックは大したことない。」などという俗説が、日本だけでなく世界中に広まってしまったのでしょうか?

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一つには、ジョンが「リンゴは、世界で最高のドラマーではない。彼は、ビートルズにおいてさえ最高のドラマーではない。」と語ったとされたことがより一層この議論を複雑にしたことが挙げられます。この「ジョンの発言」が世界中に拡散してしまったのです。


ビートルズ研究の第一人者であるマーク・ルイソンは、このジョンの発言の存在に疑問を抱き、イギリスのコメディアンのジャスパー・キャロットが1983年にギャグとしてテレビで発言したことがその発端であると主張しました。実際、ジョンがこの発言をしたことを示した記録はどこにも残っていません。しかし、キャロットの当時の台本を見ても、こんなセリフは出てこないのです。つまり、彼がこういうギャグを言ったこと自体も怪しいんです。これがマーク・ルイソンです。
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ただですね、リンゴのドラミングに疑問を抱いていて、それをジョークやギャグで使って笑いを取っていた人が結構いたらしいんです。例えば、「パラレルユニバース」というイギリスで1988年10月11日に放映されたSFコメディー番組のセリフにこんなのがあります。「つまり、例えばだな、この宇宙にはヒトラー第2次大戦で勝利できたかもしれないなんてこともあるってことさ。もっと信じられないことがあるとすれば、例えば、リンゴが素晴らしいドラマーだったなんてことだな。」
 

 

 
つまりですね、「リンゴのドラム・テクニックは大したことない」という漠然とした印象を多くの人々が抱いていて、それをギャグとして使うことが定着してたらしいんです。で、そんな土壌があって、ジョンが上記のような発言をしたという「都市伝説」ができあがったのではないかというのが私の推測です。
 
 
日本でも「SMAPの中居君の歌はヘタだ」って良くオチに使われますよね。でも、これは自他ともに認めてることだから構わないんですが、リンゴのドラミングに関してはそうはいかないんですよヽ(#`Д´#)ノ


もっとも、ジョンがこういう発言を実際にしたかどうかは、実はそれ程問題ではないんです。なぜなら、彼が、時折注文は付けながらも、基本的にはドラムのことはリンゴに任せ、その結果、数多くの名曲を世に送り出してきた事実が厳然として存在するからです。
 
 
付け加えると、ジョンは、彼にとって最後となったプレイボーイ誌の1980年のインタビューでこう応えています。「リンゴは、本当に凄いドラマーだった。彼は常に素晴らしいドラマーだった。彼のテクニックが特別に優れていたというわけではない。しかし、私は、彼のドラミングは過小評価されていると思う。ちょうどポールのベースが過小評価されているのと同じように。ポールもリンゴもどこへ出しても恥ずかしくない一流のロックミュージシャンだ。」


ジョンの言葉を借りるまでもなく、リンゴは、決して高度ではないものの、その革新的なドラム・テクニックとフィーリングにおいて、偉大なロック・ドラマーの1人とされています。2015年4月、リンゴは、ソロアーティストとして、ビートルズのメンバーの最後にロックの殿堂入りを果たしました。
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これは、ビートルズとしてデビューしてから50年以上も経った2015年になってからのことです(ビートルズとしては、1988年に殿堂入りを果たしています)。ジョンが1994年、ポールが1999年、ジョージが2004年にそれぞれ殿堂入りを果たしたのに、彼だけは長い間おいてきぼりでした(バンドに加わった時系列というなら説明が付きますけどね(笑))。これには、前回ご紹介したグレッグ・コットの記事も貢献したかもしれません。あるいは、世界的にそんな機運が高まっていたのでしょう。


ロックの殿堂のセレモニーでは、ポールがリンゴとの出会いについて語りました。
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彼は、ドイツのハンブルクで初めてリンゴとセッションした時の印象をこう語っています。「私達(ジョン、ポール、ジョージ)は、リンゴと親しくなっていました。夜遅く私達が演奏していると彼がやってきて、2曲をリクエストしたので彼と知り合うことになったんです。」

「ある夜、その頃のドラマーであったピート・ベストの都合が悪くなったので、リンゴが代わりにドラムをやってくれました。その瞬間を覚えています。ピートは素晴らしかったし、彼とは良い時を過ごしました。」

「しかし、私と、ジョン、ジョージ(ああ、彼らに神のご加護を)が前に出て歌っていると、一度も一緒に演奏したことのなかった彼が後ろで演奏し始めました。その曲は、レイ・チャールズの『ホワッド・アイ・セイ』だったと記憶していますが、大抵のドラマーが上手くできなかったパート、(スティックでシンバルを叩く真似をしながら)『チン、チック、チン、チック、チン』というちょっと難しいパートをやってのけたのです。そう、彼はやったんです!」

「そして、私は、その瞬間、思わずジョンの顔を、それからジョージの顔を見比べました。その瞬間の私達は、『ちくしょう、何なんだこれは?』という表情を浮かべていたのです。そして、それがビートルズの始まりでした。」


(その10)で書いたことと一部重複しますが、リンゴは、レコード・デビューする以前の時点で、大抵のドラマーが苦戦していた難しいテクニックが必要なドラム・プレイをやっていたのです。


私もレイ・チャールズが好きで、彼の「ホワッド・アイ・セイ」はとても好きな曲です。因みにこの曲は、雑誌「ローリング・ストーン」の「ローリング・ストーンの選ぶオールタイム・グレイテスト・ソング500」のランキングの10位に選出された程の名曲です。そういえば、高倉健が出演した大阪を舞台にしたハリウッド映画「ブラック・レイン」で、高倉健アンディ・ガルシアがこの曲をデュエットするシーンがありました。

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確かに、このオリジナル曲では、ドラマーのミルト・ターナーがルンバ・パターンをドライブ・シンバルのベルを巧みに使って演奏し、ソウルフルで独特な高揚感を与えています。しかし、正確にこのリズムを刻むのは、かなりのテクニックが必要です。


それをリハーサルもせずいとも簡単にやってのけたのですから、他の3人が呆気にとられたのも無理はありません。つまり、彼は、ビートルズのメンバーになる以前から優れたテクニックを持っていましたが、それをひけらかすわけではなく、いわばサッカーのゴールキーパーのように、がっしりと3人の背後を支えていたというわけですね。


ロックの殿堂で紹介された彼に対するドラマー達のコメントをご紹介しましょう。ロックの殿堂では、殿堂入りを果たしたアーティストの功績を紹介するミニ・ドキュメンタリーが会場で放映されるのが一般的でした。


しかし、リンゴを紹介する時は趣向を変えて、数多くの後輩の一流ドラマー達が、当時のリンゴが使用したドラムキットに次から次へと座りながら、彼の偉大さについて語る姿を放映するというスタイルにしました。そうしないと、彼の偉大さが観衆に伝わらないのではないかと主催者が危惧したのかもしれません。そのバックに流れていたのは、彼のテクニックの素晴らしさを証明する名曲の一つ「Rain」でした。彼らは、リンゴの創造的でセンスの良い、ユニークなサウンドを絶賛しました。 
 
 
そこに登場したのは、マックス・ワインバーク(ブルース・スプリングスティーン・アンド・ザ・イー・ストリート・バンド)、クエストラブ(ザ・ルーツ)、デイヴ・グロールフー・ファイターズニルヴァーナ)、テイラー・ホーキンズ(フー・ファイターズ)、スチュワート・コープランド(ザ・ポリス)、トレ・クールグリーン・デイ)、チャド・スミス(レッド・ホット・チリ・ペッパーズ)、ジム・ケルトナービートルズのソロ・レコードに参加)、エイブ・ラボリエル・ジュニア(ポール・マッカートニーのバックバンド)といった現代を代表する一流のドラマー達でした。
 
 
 
マックス・ワインバークは、彼の象徴ともいえるシンプルなドラムキットを示して「彼にはこれだけあればそれで十分だったのです。」そして、その後、「Ticket To Ride」のドラムをデモしてみせながら、リンゴのプレイをクールで独創的だと解説しました。


「最も時間を超えたドラマーは、最もシンプルにプレイした人です。」と、クエストラブは語りました。


デイヴ・グロールは、「世界で最も優れたドラマーとは、熟練したテクニックを持っているか、あるいはキットに座れば独特のフィーリングを持っている人です。」と語り、また、リンゴを「フィーリングの帝王」とも呼んでいます。彼の感性は独特で誰にもマネができなかったんです。


リンゴがこれほど偉大なドラマーと評価されるのは、彼が決してドラムでオーヴァーな表現をしたりせず、他の楽器より目立とうとはしなかったということでした。しかし、その一方で、彼は、単に曲に合わせた基本的なビートを選ぶことで満足するのではなく、その曲にピッタリと合う独創的なドラムのアイデアを絶えず編み出したのです。


ジム・ケルトナーは、「彼は、曲のためのドラマーだったと言えます。彼がドラム・キットに座り、曲を聴けば、その曲に最も適切なドラムを叩いたのです。」と語っています。スチュワート・コープランドは、彼は、キットを普通のドラマーとは異なる独創的な使い方をしました。トレ・クールは、「彼のフィルは、本当に楽しくて早かったんです。こんな風に左手でリードしながら演奏するんです。私は、すぐそばでそれを見ていても、(どうやっているか良く分からず)『ああ、う~ん、OK…』というしかなかったんです。」


チャド・スミスは、「彼は、殆どのドラマーが右手でリードしながらタム回しをするところを左手でリードしたんです。」と語っています。実際、彼は、自分のフェイスブックで、リンゴのドラムについて実演しながら解説しています。彼は、Rainを例にとり、リンゴが右利きのドラマー達と異なり、左手でリードしながらタム回しをやるため、普通とは異なるサウンドやフィーリングが際立っていたことについて説明しています。
 
デイヴ・グロールとチャド・スミスは、当時、多くのプロデューサー達が「リンゴみたいに演奏してくれ」とドラマーに要求したと語りました。そんなことは、それまでにはあり得なかったのです。それ程リンゴがロック界にもたらしたインパクトは絶大でした。それまでのドラマーは、先輩に教えてもらった、あるいは自分で考えた奏法で演奏し、ある特定のドラマーの奏法をマネることはしませんでした。というか、そもそもドラムにそんな革新的な奏法があるとは考えられていなかったのです。


テイラー・ホーキンズは、車のフロントガラスを洗うように、ハイハットをスティックでシャッ、シャッと撫でるというリンゴのプレイスタイルを見事に再現して見せました。エイブ・ラボリエル・ジュニアは、リンゴのプレイスタイルを「じめじめした階段から流れ落ちるようなサウンド」と表現し、これまでで最もクールなものだと賞賛しました。
 
 
スチュワート・コープランドは、リンゴがドラマーとして偉大な貢献をしたのは、彼のタムの使い方が独創的でそれが曲の重要な要素になっていたことを指摘しました。


その後、数名のドラマー達が、誰もが忘れられない「Come Together」のドラム・リフ、そして「The End」のドラム・ソロを演奏しました。これらは、チャド・スミスが語ったように、リンゴがリスナーが一度聴いたら忘れられなくなるような、その曲のカギとなるパートを演奏したことを示しています。
 
そして、デイヴ・グロールは、「Come Together」のドラムを演奏しながら、「もし、あなたがドラマーなら、こんな風に叩けば皆が踊り出し、最高にいかした気分になります。」と語りました。
 
 
最後にチャド・スミスは、リンゴのドラムを「マジック・タッチ」と評し、エイブ・ラボリエル・ジュニアは、「もし、リンゴがいなかったら、私は、ドラマーにはなっていませんでした。私がここでやっていることの全ては、彼のDNAなんです。」デイヴ・グロールは、「このドラミングを聴けば、それを誰が叩いているか正確に分かります。」マックス・ワインバークは、「我々の何百万人もがリンゴ・スターの影響を受けただけでなく、彼になりたいと思ったのです。」クエストラブは、「リンゴ・スターは、最もクールな人だった。」と思い思いに語りました。
 

要するに、彼らのリンゴに対する評価を一言でまとめると「独創的であった」ということです。ビックリするような華麗なテクニックがあるわけではないが、誰もがそれまで出したことのない不思議なサウンドを出す。しかも、それは曲にピッタリ当てはまり、なおかつヴォーカルや他の楽器を邪魔しない。初期の頃の彼のドラム・テクニックは、すぐロックドラムの主流になり、後期になるとさらに進化していったのです。
 
 
次回は、リンゴ本人の意見も聞きながら、具体的な作品で彼のテクニックについて検証してみます。そう、まだ続くんですよ、リンゴのシリーズ(^_−)−☆
  
(参照文献)PINTEREST.COM, rolling storm,com, my times.com, latimes.com, RADIO.COM, YOUTUBE.COM, ZUMIC, DRUMMER WORLD, SOMETHING ELSE, GANYMEDE & TITAN
 (続く)
 

 

 

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