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★ビートルズを誰にでも分かりやすく解説するブログ★

ビートルズを誰にでも分かりやすく解説するブログです。メンバーの生い立ちから解散に至るまでの様々なエピソードを交えながら、彼らがいかに偉大な存在であるかについてご紹介します。

(その79)「THE BEATLES」のロゴは誰が考えた?(その4) ドロップ-T第3号「ア・ハード・デイズ・ナイト・ヘッド」登場

1 ドロップーT第2号はなぜ誕生したのか?
こうしてドロップーT第2号のドラムキットが誕生したのですが、実は、ストークスが下書きした鉛筆の後はそのまま残っていたんです。普通は完成したら消すもんですが、消し忘れたんでしょうねf^_^;


ビートルズは、初のアメリカ・ツアーを行うに際し、できるだけ荷物を軽くしようということで、ドラムはアメリカで調達することにしました。ただし、スネアとシンバルだけはイギリスから搬送することにしました。理由は分かりませんが、やはりリンゴにとって使い慣れた物の方が良いということだったのでしょうか?


ビートルズが新しいドラムキットを購入したのは、エド・サリヴァン・ショーに出演するというのがメインの理由でしたが、それ以外にもありました。それは、イギリスへ帰国したら、初主演映画「ア・ハード・デイズ・ナイト」の撮影が開始されることが決まっていたからです。やはり、第1号は使い慣れているとはいうものの、かなり使い込んでましたし、文字が小さめでちょっとインパクトに欠けていましたから。もっとも、後で解説していますが、映画の撮影用には第3号を登場させることになります。

 

それに、映画の撮影の合間を縫ってサウンドトラックの収録もしなければなりませんでした。ということは、撮影の現場とアビイ・ロード・スタジオの両方にドラムキットをセットしておく必要があったのです。

 

2 初お目見え

マンハッタンの「Manny's Music Store」が、エド・サリヴァン・ショーのスタジオに新しいドラムキットを届けたのは、1964年2月8日の午後1時30分でした。ところが発注を受けた業者がとんでもないミスをやらかしてしまったんですね。というのも、オイスターパールブラックのドラムキットを納品しなければいけなかったのに、間違えてホワイト・マリーン・パールのキットを納品してしまったのです、ってオイオイ(゚O゚)\(- -;。まあ、まだ、アメリカでは爆発的にブレイクする前でしたからね。

 

これがその間違いで届けられたドラムキットです。真っ白でもちろんロゴは貼り付けられていません。2月8日のリハーサルの風景です。リンゴがやりにくそうに見えるのは気のせいでしょうかf^_^;業者は、慌てて翌日オイスター・パール・ブラックのキットを届け事なきを得ました。やれやれ。

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 (beatlesuits.com)

新しいドラムスキンが使用されたのは、アメリカ・ツアー、つまり、3回のエド・サリヴァンショー、2回のカーネギー・ホール、そして彼らにとって初めてのアメリカでの公演となったワシントン・コロシアムのコンサートでした。

 

ただ、アメリカの東海岸を南北に何度もツアーで往復しているうちに、ドラムには細かい擦り傷が付いてしまいました。特にBEとAの文字の間に半月状の傷は目立ちました。その原因は、恐らくバスドラムを運搬する際に、その上に14インチのハイハット・シンバルを重ねたからではないかと言われています。シンバルのフチの形や大きさとキズがピッタリ一致するんです。今と違い、当時はスタッフによる機材類の扱いも、今とは比較にならない位ぞんざいでしたから。

 

このドラムキットは、アメリカツアーが終わってから直ちにアビイ・ロード・スタジオへ搬送されました。しかし、あの「サリヴァン・ヘッド」のスキンは、もうライヴやレコーディングなどの公の場に出ることはありませんでした。これが再度公の場に登場したのは、1984年にサザビーズ・オークションに出品された時でした。ただ、不思議なことにこのドラムキットは、ビートルズのアルバムのカヴァー写真に4回も登場した唯一のものなんです。

 

オークションに出品された時は、オリジナルのドラムスキンのままでした。落札したのは、オーストラリアのレストランのオーナーだったジョージ・ウィルキンスでした。彼は、10年間それを所有していましたが、再びサザビーズに出品し、ラス・リースというコレクターが落札しました。

 

これは、1964年2月11日、ワシントン・コロシアムでのコンサートでドラムを演奏するリンゴです。「THE BEATLES 」のロゴが燦然と輝いています。やはり、凄く目立ってますね。書き換えたのは正解だったでしょう。

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 (beatlesuits.com)

3  ドロップーT第3号「ア・ハード・デイズ・ナイト・ヘッド」登場

ビートルズは、アメリカから帰国すると、初主演映画「ア・ハード・デイズ・ナイト」のサウンドトラックの収録を始めました。収録は、帰国後10日程経ってから開始されました。初めての映画デビューということで、この際、ドラムのロゴも新しいものに変えようということになりました。エド・サリヴァン・ショーに出演した時と同じですね。

 

今回は、ラドウィッグ・ウェザー・マスターのスキンが採用され、ロゴは再び手書きされることになりました。ストークスが書いたのですが、その特徴は、ラドウィッグの「L」の文字の末尾に長い髭のような尾ひれを付けたところです。

 

第3号は、「サリヴァン・ヘッド」よりもDの文字の末尾がドロップーTの下にさらに長くのばされています。「THE BEATLES」の文字の線は少し細くなり、大きさも小さくなりました。このキットは、映画の撮影を通じてずっと使用されました。そして、1964年4月26日に開催されたオールスター・コンサートに出演した時も使用されました。この写真は、映画の撮影の際に撮影されたものです。

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(beatlesuits.com)

このドラムキットが公けの場で観られたのはこの後1回だけで、映画「ヘルプ!」で1965年4月30日に撮影された「You're Going To Lose That Girl」のスタジオ収録の場面です。

 

このドロップ-T第3号のドラムキットは、オークションに出品されることはありませんでした。どうやら映画の撮影が終了した後、スタジオの階の下にあった店に収納されたまま放置されたようです。あくまで映画の撮影用に製作されたものなので、それをその後の収録やライヴで使用することはなかったんですね。

 

つまり、第2号はアメリカツアー、第3号は映画の撮影という特別の目的のために製作されたことになります。それにしても、第3号は一体どこへ行ったんでしょうか?

 

別のHPにビートルズに関する記事を寄稿しています。こちらの方もよろしくお願いします。

https://www.studiorag.com/blog/fushimiten/beatles-eight-days-a-week

(参照文献)beatlesuits.com

(続く)