★ビートルズを誰にでも分かりやすく解説するブログ★

ビートルズを誰にでも分かりやすく解説するブログです。メンバーの生い立ちから解散に至るまでの様々なエピソードを交えながら、彼らがいかに偉大な存在であるかについてご紹介します。

(その98)ジョージ・ハリスンのギター・テクニックについて(その2)

1 年齢からくるハンデ

案外、盲点だと思いますが、ジョージは、レコード・デビューした時点ではまだ19歳でした!この年齢は、プロとしてはかなりのハンデです。ジョージは、メジャーデビューするや、いきなりスターダムに駆け上がってしまいました。いかに下積みの時代を経験していたとはいえ、これは彼にとって相当なハンデだったといえるでしょう。

 

しかも、デビューしてからは、毎日がライヴ、レコーディング、リハーサル、打ち合わせ、インタヴューなどの連続で、殆ど寝る暇もありません。自宅やホテルを一歩でも出れば、ファンやマスコミに追いかけ回され、彼らがプライヴェートでいられる時間は、部屋の中に閉じこもっている間だけでした。この辺りの事情は、2016年に公開されたドキュメンタリー映画「エイト・デイズ・ア・ウイーク」でも描かれています。

 

そのワンシーンでジョージが、「自分たちは促成栽培されたみたいだった。」と語るシーンがありました。普通の人が成長する何十倍、何百倍ものスピードでバンドが成長していったのです。

 

しかも、彼の所属していたバンドは、ビートルズという誰もが作り出したことのないサウンドを次から次へと作り出したとてつもないスーパー・バンドです。聴いたこともない新しいサウンドにどんなギターを合わせれば良いのか、それを考えただけでもプレッシャーに押し潰されそうになります。

 

だって、誰のマネもできないんですから。カヴァー曲ですら、彼らは、独自のアレンジを加えて自分たちのカラーを前面に打ち出していました。つまり、ジョージは、ビートルズが成長するとともに自らも成長していたのです。ビートルズも終わりが近づくにつれ、ようやくジョージの才能が成熟してきたのです。

 

彼のスライドギターのテクニックは高く評価されましたが、それが発揮されたのはビートルズの解散後であり、このことからもビートルズ時代の彼のテクニックは、発展途上だったといえるでしょう。1966年にビートルズが一切のライブ活動を中止して、スタジオでのレコーディングに専念するようになってから、やっと彼は、じっくりと自分のサウンド作りに取り組むことができるようになりました。

 

ジョージのテクニックを批判する人は、上記の点を見過ごしてしまっています。あの天才ギタリストのジミー・ヘンドリックスですら、プロとして注目され始めたのは23歳頃になってからです。そして、ビートルズが解散した時点でジョージはまだ27歳でした。ギタリストとしていよいよこれからという時期に、肝心のバンドが解散してしまったのです。

 

2 サウンドの質の高さに拘った

名ギタリストと呼ばれるプレイヤーは、目にも止まらぬ高速でギターのフレットを縦横無尽に左手の指で押さえ(右利きの場合)、それに合わせて右手の指でピッキングします。聴衆は、どうしてもこのような高速のフィンガリングやピッキングに着目しがちです。 

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しかし、ジョージは、そのようなテクニックよりサウンドの質の高さに拘りましたジミー・ヘンドリックスさえ、影響を受けたアーティストの一人としてジョージの名を挙げているのです。

 

高速のフィンガリングとピッキングが名ギタリストと称される一つの要素には違いありません。しかし、それだけが全てではなく、フィーリングとメロディーも重要なのです。いくら高速のフィンガリングとピッキングができたとしても、それが曲にマッチしていなければ何の意味もないどころか、ぶち壊してしまいます。

 

この辺りは、ビートルズ4人のそれぞれの役割が明確になっていた所かもしれません。ヴォーカルを中心にギター、ベース、ドラムがそれぞれ与えられた役割をしっかりとこなしていたのです。

 

3 独創的なフレーズを生み出した

ジョージは、曲の魅力を最大限に引き出す、フィーリングとメロディーを演奏したのです。彼は、プロとして基本に忠実なプレイを心掛け、大観衆の絶叫の中でも決して揺るぎませんでした。それでいながらユニークなコードを自ら作って、しっかりと曲に貢献していたのです。

 

確かに、ヘンドリックスはトップ・ギタリストに違いありません。しかし、彼の奏法は、一つのパターンが決まっていて、そこから踏み出すことはありませんでした。他方、ジョージは、より精緻な奏法で、他の同世代のギタリストが見つけることができなかった新たなコードを開発して、よりギターを進化させ新しい時代を築いたのです。

 

現代のアマチュアでもジョージのギターをコピーすることは、スキルのあるギタリストならそれ程困難ではないかもしれません。しかし、重要なのは、その当時、彼以外の誰がそのフレーズを、奏法を思い付き、実際に演奏することができたかということです。もちろん、答えは「ノー」です。

 

4 ジョージが導入した12弦リッケンバッカー

ジョージのギターにおける歴史的な転換点といえば、何といっても初めて12弦リッケンバッカー360/12を導入したことでしょう。これであの「ア・ハード・デイズ・ナイト」のスリリングなイントロが誕生したのです。また、エンディングのキラキラしたアウトロもそうですね。

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彼は、そのキラめくようなメタリックなサウンドに取り憑かれ、このギターで様々な作品を演奏しました。そして、それは、他のアーティストにも多大な影響を与えたのです。

 

例えば、ザ・バーズのロジャー(ジム)・マッギンは、ジョージの影響を受け、12弦リッケンバッカー「ミスター・タンブリン・マン」ボブ・ディランのカヴァー)「ターン・ターン・ターン」ピート・シーガーのカヴァー)などの名作を誕生させました。

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しかし、逆にマッギンのうねるようなギターサウンドは、ビートルズに影響を与え「リヴォルヴァー」の制作に繋がりました。

 

バーズは、ディランがフォークからロックに転向した影響を受け、いわゆる「フォークロック」と呼ばれるフォークとロックの中間的なサウンドを志向しましたが、ジョージの作品やサウンドの多くもその傾向が窺えます。何となく彼の優しい人柄にもマッチしている気がします。

 

5 ジョージらしさを感ずるギター・プレイといえば?

これまでお話ししてきたように、彼は、前に出てガンガンプレイするタイプではなく、バックでさり気なくサポートするタイプのプレーヤーでした。なので当時の映像ではなかなか抜かれることが少なかったんですが、いくつか彼らしさを感ずるギター・プレイを見てみましょう。

アイ・ソー・ハー・スタンディング・ゼア

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ビートルズのオリジナルの中でもレコードデビュー前のキャヴァーン時代から既に演奏されていた曲です。ジョージのギターがビートルズのオリジナルで最初に貢献したのは、恐らくこの作品でしょう。ここで彼のキャッチーなギター・ソロを聴くことができます。

 

これは、ビートルズのファースト・アルバム「プリーズ・プリーズ・ミー」に収録されましたが、彼らは、この作品だけは長めのギター・ソロを入れようと考えていました。その真意は分かりませんが、ロックバンドなんだから、1曲位長めのソロがあっても良いと思ったのかもしれません。

 

この作品をレコーディングする時、ジョージは、ソロをアドリブで入れていました。ですから、テイクの度に違うソロを演奏していたんです。動画サイトで聴き比べてみて下さい。例えば、テイク2はこんな感じです。

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ジョージは、ライヴの時はソロで結構アドリブを入れていました。楽しかったと思うんですが、「ステージでアドリブは入れるな。」とブライアンに釘を刺されてしまいまいした。さぞ悔しかったでしょうね。

 

ビートルズ時代の彼のソロは短めで、始まったかと思うとスッと引っ込んでしまうんです。初期のビートルズの曲は3分にも満たない短い曲が多かったので、ソロをあまり長く入れてしまうとバランスが悪かったこともあるのでしょう。

 

ジョージのしっかりとしたギターフレーズは、まるで洞窟の中のようなエコーがかかり、ジョンとポールの高音域のヴォーカルとは対照的に唸るような独創的なサウンドを奏でています。

 

今回は、作品の紹介が1曲だけになってしまいました(^_^;)次回は、作品を中心に解説します。 

(参照文献)Guitar Player, GUITAR WORLD, RollingStone, Beatlesbooks, BEATLES MUSIC HISTORY

(続く)


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