★ビートルズを誰にでも分かりやすく解説するブログ★

ビートルズを誰にでも分かりやすく解説するブログです。メンバーの生い立ちから解散に至るまでの様々なエピソードを交えながら、彼らがいかに偉大な存在であるかについてご紹介します。

(その125)ビートルズに影響を与えたアーティストたちーエルヴィス・プレスリー(その1)

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やはり、この男の存在抜きにビートルズを語ることはできません。そう、キング・オヴ・ロックンロール、エルヴィス・プレスリーです。

1 キング・オヴ・ロックンロール

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エルヴィス・プレスリーは、「キング・オヴ・ロックンロール」と呼ばれ、ビートルズが登場するまでは、彼がロックンロール界を支配していました。

彼は、ゴスペル、リズム&ブルース、カントリー、ポップスといった様々な音楽スタイルを取り入れ、それらを合成して「ロックンロール」を誕生させたのです。

エルヴィスは、「好きにならずにいられない」「監獄ロック」「ハウンドドッグ」「ラヴ・ミー・テンダー」「ブルー・スエード・シューズ」など数々の名曲を残し、また「ブルー・ハワイ」などいくつもの映画に主演しています。

これが代表作の一つである「ハウンドドッグ」です。ワイルドでありながらあくまでルックスも歌声も甘く、セクシーな腰の振りと軽やかなステップ!正にロックンロールですね。テレビが一般の家庭に普及するようになり、歌手にはルックスやスタイルも要求されるようになったのです。

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2 ロックンロールを白人がやった!

エルヴィスは、1950年代後半から60年代前半にかけて若者を熱狂させました。彼が若きビートルたちの心を掴んだのは、白人でロックンロールを歌った一人が彼だからです。彼は、白人でも黒人が発明したロックンロールを歌えることを証明したのです。

ビートルたちは、チャック・ベリーによってロックンロールを教えられ、さらにエルヴィスによって、白人の自分たちもロックンロールを歌えることに気づかされ、ジョンは、彼を知ったことをきっかけにバンドを結成することを思い立ったのです。

チャック・ベリーが黒人におけるロックンロールの創始者の一人であるとすれば、エルヴィスは白人におけるそれに当たるでしょう。その上、彼は若く、イケメンでセクシーでした。ですから、若い女性たちは、たちまち彼の虜になったのです。

当時、黒人と白人は、音楽のジャンルでも明確に区別されていました。その壁を打ち砕いたのは、黒人の側の代表がチャック、白人の側代表がエルヴィスでした。エルヴィスもデビューした頃は、「白人のくせに黒っぽい音楽をやっている」と批判されたのです。それ程、当時の人種差別は酷いものでした。

ただ、皮肉なことに彼が白人であったからこそ、ロックンロールが一部のファンだけではなく、広く若者の心を捉えたともいえます。「チャックが白人だったらエルヴィス並みの人気を得たはずだ」と語られたことも、それを裏付けています。

3 若きビートルたちがエルヴィスから受けた衝撃

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ジョン・レノンは、16歳でエルヴィスに出会い、「私は、ハートブレイク・ホテルを聴いたとき、たちまちその虜になってしまい、自分の人生で他には何もいらない、あれこそロックンロール以外の何物でもないと思った。」と語っています。また、1980年のインタヴューでは、「エルヴィスを聴くまで何も魅力的だと思ったことはなかった。エルヴィスがいなければビートルズは存在しなかった。」とまで語っています。

 

4人の中でもジョンが特に強い影響を受けました。2010年の映画「ノーウェア・ボーイ」でも、ジョンがエルヴィスの影響でクオリーメンという彼の人生にとって初となるアマチュアバンドを結成するシーンが出てきます。

彼は、母親のジュリアに「どうして神様はオレをエルヴィスにできなかったんだい?」と尋ねたほどです。よほどエルヴィスになり切りたかったんですね。

また、ポール・マッカートニーも同じく「ハートブレイク・ホテルのポスターに写っていたエルヴィスは、とてもいかしてた。あれこそ彼そのものだった。救世主が現れたと思ったよ。曲がその証拠だった。それから、彼の最初のアルバムがリリースされた。私は、未だにそれが彼の最高傑作だと思っている。私たちは、それを何度も何度も聴いてはすべて身につけようと練習した。私たちのベースは、あのアルバムにあったんだ。」と語っています。

ティーンエージャーだったジョンとポールが、いかにエルヴィスに熱狂したかが伝わってきますね。ビートルズがエルヴィスから受けた影響は、音楽だけに留まらず、彼の大人に対する反抗的な態度、女性へのセックスアピールといったスタイルでした。

若きビートルたちは、エルヴィスを真似て髪をリーゼントにし、黒の革ジャンに身を包んでロックンロールに熱狂しました。彼らにとってエルヴィスは、ロックンロールの世界で成功した偉大な人物であり、憧れだったのです。「いつかエルヴィスを超えてやる!」それが彼らの目標でした。

4 なぜ公式にカヴァーしなかったのか?

クオリーメン(ビートルズの前身のアマチュアバンド)、ビートルズを通して、ライヴでエルヴィスを少なくとも31曲は演奏しています(マーク・ルーイスンによる)。これは、他のアーティストの倍以上の数に昇ります。これを見ても、どれ程若きビートルズがエルヴィスに傾倒していたかが窺えます。

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ところが、ビートルズがエルヴィスにこれほど傾倒していたにもかかわらず、公式にリリースされた213曲の中には1曲も入っていないのです!BBCラジオでの演奏を収録したテープを音源に、後年リリースされたアルバム「ライヴ・アット・ザ・BBC」でようやく「アイ・フォーゴット・トゥ・リメンバー・トゥ・フォーゲット」が収録されました。

こちらがオリジナルです。

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これが分からないところなのですが、なぜあれ程傾倒したエルヴィスを公式にカヴァーしなかったのか。資料を探しましたが、今のところ見つかっていません。小林克也氏も「ベストヒットUSA」で同じ疑問を投げかけています。

同じく、「ザッツ・オール・ライト・ママ」もカヴァーしていますが、エルヴィスそっくりですね(^_^;)

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こちらがエルヴィスのオリジナルです。

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このことについて私が所属しているファングループで話題にすると、皆さんから色んな意見が出てきました。いくつかご紹介します。あくまで個人の見解であり、ビートルズが公式に語ったことはないと思います。

(1)エルヴィスは憧れではあったが、カヴァーの対象ではなかった

この辺りは微妙なんですが、若きビートル、特にジョンがエルヴィスにぞっこんだったのは先にお話しした通りですし、メジャーデビューする前は数多くカヴァーしました。しかし、それはあくまで一人のファンとして好きだったのであり、プロとしてカヴァーするとなると話は別だということです。

 

ビートルズは、メジャーな曲ばかりではなく、彼ら独自の感性であまりヒットしなかった曲も選んで、アレンジを加えカヴァーしました。むしろ、オリジナルをいかにビートルズらしくアレンジするか関心がありました。その意味で、エルヴィスはメジャー過ぎて、ビートルズのオリジナリティを発揮する余地があまりなかったといえるかもしれません。

例えば、ツイスト・アンド・シャウトのオリジナルはアイズレー・ブラザーズです。ビルボードのチャートでは17位どまりでした。

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これをビートルズが独自のアレンジを加え、彼らのカヴァー曲の中でも最高傑作ともいえる、素晴らしい作品に仕上げたのです。キャッシュボックスでは1位を獲得しました。

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(2)エルヴィスはコンポーザーではなかった

エルヴィスは、与えられた楽曲を歌う歌手であり、コンポーザーではありませんでした。ここが引っかかったのかもしれません。

ビートルズは、誰よりもオリジナルで勝負することに拘っていました。デビューシングルも、プロデューサーのジョージ・マーティンがわざわざ用意してくれた、ヒット間違いなしの作品を蹴飛ばし、オリジナルのラヴ・ミー・ドゥに拘った位ですから。

「オレたちはエルヴィスと違って自分で作れるんだ。」とアピールしたかったのかもしれません。あるいは、例え、商業的に成功しなかったとしても、オリジナルを自ら制作したアーティストたちをリスペクトしていたとも考えられます。

まだ他にも解釈はありますが、次回に譲ります。

(参考資料)AARON KREROWICZ, Beatles-History, Daytrippin'

(続く)