★ビートルズを誰にでも分かりやすく解説するブログ★

ビートルズを誰にでも分かりやすく解説するブログです。メンバーの生い立ちから解散に至るまでの様々なエピソードを交えながら、彼らがいかに偉大な存在であるかについてご紹介します。

(その143)ジョン・レノンのヴォーカルの魅力について(その5)

【2】 パワフルな楽曲部門

1 ツイスト・アンド・シャウト(続)

(6)渾身のレコーディング

「beatles 1962 studio」の画像検索結果

この曲をレコーディングしたのは1963年2月11日、午後10時頃でした。この日は、午前10時からずっとレコーディングしていたので、12時間レコーディングしていたことになります。もちろん、何度か休憩は入れていましたが。

タフな彼らも流石にかなり疲れていました。なぜか分かりませんが、ジョンは、シャツを脱いでこの曲をレコーディングしました。おそらくこれで最後だという気合を入れるつもりだったのでしょう。

ジョージ・マーティンが驚いたのは、ジョンが喉の調子が悪いにもかかわらず、テイクを重ねるにつれ、どんどん調子を上げていったことです。  

そして、ツイスト・アンド・シャウトという一番喉に負担がかかる曲を最後に持ってきました。マーティンは、この曲を先にやってしまうと他の曲がレコーディングできなくなってしまうと考え、最後に回したのです。2テイクをレコーディングしたところで、予想通りジョンの声が出なくなってしまいました。

マーティンは、「あれで良かった。布を引き裂くような声が必要だったんだ。」と語っています。しかし、今ならこんな無茶なことは絶対やらせないでしょう(^_^;)

ジョンは、1976年にこう語っています。「最後の曲で死にそうになったよ。長いこと声が戻らなかった。何か物を飲み込むたびに喉にヤスリをかけられているみたいだった。ずっとあれが恥ずかしくてたまらなかった。もっと上手く歌えたのになって思ってさ。でも、もう気にならないよ。必死になってやったってことが分かるだろう。」

レコーディングエンジニアのノーマン・スミスによれば、ビートルズも体力の限界に来ていて、1発でレコーディングを終わらせないともう無理だと分かっていたのです。それで、彼らは、コントロールルームにいるスタッフを観客だと想定して、ライヴのつもりでレコーディングしました。

ジョンの数多くのパフォーマンスの中でも、喉が潰れるほど歌ったのは、この曲が最初で最後ではないでしょうか?ビートルズの圧巻のパフォーマンスに、スタジオにいたスタッフ全員が感動しました。

演奏が終わった後で、ポールが、思わずライヴが最高潮に達して成功した時のように「ヘ~イ!」と叫んでいます。それは「オレたちはついにやり遂げたぞ!」という勝利宣言だったのです。

クリス・ニールという、エンジニアがこう語っています。「翌朝、ノーマン・スミスと私は、このテープのコピーを持ってスタジオ中のスタッフに言って回ったんだ。『こいつをどう思う?すごいぜ!』ってね。」

結局、テイク1がアルバムに収録されました。

1曲のそれもヴォーカルだけで、こんなにページを割いてしまいました(;^_^Aそれ位、すごい作品なんです。

それではお聴き下さい。

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2 レヴォリューション

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(1)プロモーション・ビデオ

今度は一転して後期の曲に飛びます。ライヴを止めてしまった後期にしては珍しく、動画があります。このプロモーション・ビデオを撮影したのは、マイケル・リンゼイ・ホッグでビートルズから依頼され、「ペイパーバック・ライター」「レイン」「ヘイ・ジュード」を撮影しました。あのルーフトップ・コンサートを撮影したのも彼です。

「Michael Edward Lindsay-Hogg 1968」の画像検索結果

プロモーション・ビデオの撮影を開始する前に、ホッグがスタジオに入ってきたジョンを見かけると、夜更かしをしたせいかちょっと疲れていて、顔色が青白く見えました。

それで、ホッグは、ジョンと廊下を歩きながら「メイクアップしたいかい?」と尋ねました。するとジョンは「何のために?」「その方が見た目が良くなるからさ。」「必要ないよ。オレはジョン・レノンだからね。」

ホッグは、それで全てを理解しました。彼らは、ビートルズであって俳優じゃないんだ。ビートルズを演じる必要なんかない、そのままで良いんだと。ポールも歯が欠けていましたが、そのまま撮影することにしました。

 

ホッグは、後にインタヴューで、このビデオではメンバーのクローズアップ・ショットが何度も出てくるが、彼らが何をしようとクローズアップを撮影しようと決めていたんだそうです。

特に、Chairman Mao(毛書記長。中国で社会主義革命を成功させた伝説的な人物とされている)You ain’t going to make it with anyone anyhow(革命なんておぼつかない)というところはアップにしようと考えました。そこがこの曲の重要な部分だからと考えたからです。

そして、ホッグは、あえて薄汚れたラフな画像に仕上げるという自分の考えを彼らに伝えたと語っています。スタジオの照明も落として薄暗い中で撮影しました。

私は、ホッグの試みは成功だったと思っています。キレイごとではなく、本当に世の中を変えたい、でも、暴力はダメだ、というジョンの強い想いを強調するには、これが最も適切な撮影方法だったでしょう。

ジョンの顔のドアップがとても迫力がありますね。普通に引いた画面では、この迫力は出なかったでしょう。

そして、ホッグ自身が歌詞の意味を良く理解し、世の中を変えるには暴力的な革命じゃダメだ、平和的な改革でやるべきだというジョンの一番言いたかったことを映像で的確に表現したと思います。

ですから、一般のPVに比べるとコマーシャリズム性が薄い半面、政治的なメッセージ性が強く、平和を訴えるジョンが大きくクローズアップされています。数あるPVの中でも出色の出来映えだと思います。

ホッグは、ジョンは、ストレートに歌っていたが、歌詞を暴力的な活動に自分をout(入れないでくれ)とin(入れてくれ)のところは、どちらにするかかなり迷っていたようだと語っています。

(2)ジョンの悩み

ジョンが悩んだのもムリはありません。この当時は、世界中の若者の多くが暴力的な破壊活動に走る風潮にありました。そんな時にジョンがそれを否定するのは、相当に勇気の必要なことでした。

マネージャーのブライアン・エプスタインが生きていた頃は、「絶対にベトナム戦争の話はするな」と固く口止めされていたのですが、彼が亡くなった後、ジョンは、反戦のメッセージを歌にしてリスナーに伝えたいと思いこの曲を作ったのです。

ちょうどベトナム戦争が真っ最中の1968年の作品で、世界中で若者たちが街頭でデモを行い、警官隊と衝突していました。

「1968 demonstration pieceful anti-waw」の画像検索結果

ただし、タイトルこそ「革命」と物騒ですが、歌詞では暴力主義的な革命を否定しています。もっとも、この歌詞については、ジョンも暴力に反対するのか賛成するのかかなり悩んだようです。そのため、歌詞も暴力的な活動に自分を「out(入れないでくれ)」「in(入れてくれ)」という二種類があります。

ホワイトアルバム」に収録されたレボリューション1の方は、両方が入っていますが、レボリューションの方は、入れないでくれだけになっています。

過激な行動に走る若者たちに「暴力はダメだ!」とメッセージを送ることは、「ビートルズは権力に日和った」と反発される危険もありました。何しろジョンは、過去に「キリスト発言」でかなり痛い目に遭っていましたから。

曲調も激しく、ギターもディストーションをかけてかなり歪んだサウンドを出していますが、ヴォーカルは激しくシャウトするというよりは、過激な行動に走ろうとする若者たちに、もっと頭を冷やして地道に行動するよう、冷静に語りかけるような感じになっています。

若者たちが街頭で警官隊に投石したり、火炎瓶を投げたりするなどの過激な行動に走るのを黙って見ていられなかったんでしょう。 

すいません。この曲も長くなるので、続きは次回に回します(;^_^A

(参照文献)The Beatles Music History

 

(続く)

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