★ビートルズを誰にでも分かりやすく解説するブログ★

ビートルズを誰にでも分かりやすく解説するブログです。メンバーの生い立ちから解散に至るまでの様々なエピソードを交えながら、彼らがいかに偉大な存在であるかについてご紹介します。

(171)ビートルズのテレビ出演(READY STEADY GO!)(その2)

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今回も前回に引き続いて ビートルズが出演したテレビ番組「READY STEADY GO!」についてお話しします。

1 前回の宿題の答え

さて、前回の宿題の答えはわかりましたか?え?宿題を忘れたって?もう!ピーター・ブレイクというアーティストが誰だったかっていう話ですよ。

そうです。彼は、あの伝説のアルバムサージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」の印象的なジャケット・カヴァーをデザインしたアーティストです。

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もっとも、これは、彼がビートルズとかかわった最初の作品ではありませんでした。その3年前、ポールは、新たに購入したスコットランドの農家に、良い絵を描いてくれと頼んだのです。

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2 マクゴーワンにイタズラしたビートルズ

番組のMCを務めていたマクゴーワンはこう語っています。

「もう一人の司会者がジョンにインタビューしている間、ポール、ジョージ、リンゴは私と一緒にいたの。その間に3人のビートルズに次に何をインタビューしたらいいか、普通の人なら考えるでしょう?私もそれを考えていたの。でも、彼らにそんな思いやりはなかったわ。彼らは、私が次に何を質問しようかと必死で考えいると気づいて、座ってお茶を飲みながら私に話しかけてきたの。彼らったら、私に次から次へと質問してきたのよ。」

British broadcaster and journalist Cathy McGowan (left) and Scottish singer Lulu at the 'Ready Steady Go!' New Year party, January 1966. (Photo by Express/Hulton Archive/Getty Images)

なんだか微笑ましいですね。素人なりに必死で仕事をしようとしている彼女を、ビートルズが面白がってからかっていたのですから(笑)今の日本の芸能界でもありますよね。先輩が後輩を相手にアドリブを入れたり、急に話を振ったりしていじるなんてことが。

でも、それは、ビートルズが彼女のことをとても気に入っていて、可愛がっていたことの証しでしょう。

3 ポールはいずこへ?

これは、ビートルズが初めてこの番組に出演した1963年10月4日に放送された番組です。ヘレン・シャピロが歌っている時に彼女と一緒に登場しています。あれ、ポールがいませんね?💦でも、これにはちゃんと理由があるんです。流石に、よほどのビートルズフリークでない限り、分からないと思いますけどね(^_^;)

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ヘレン・シャピロは、自分の持ち歌である「The Who It Is」をジョン、リンゴ、ジョージの3人をまずカメラに背中を向けさせて、歌詞に合わせて順番に振り向かせながら歌いました。ジョンが相変わらずおどけていますね(笑)

 

シャピロに、なぜ、ビートルズのうち3人しか登場させなかったのかについて尋ねると、彼女はこう応えました。「この曲は、歌詞が3番までしかなかったから、それに合わせたら3人しか登場させられなかった。それで、ポールは登場しなかったの。」なあ~んだ、単純な理由ですね(笑)

4 ポールはどうしていたのか?

(1)審査員をやっていた

じゃあ、ポールは、登場できなくてふてくされていたのかというと、そうじゃないんです。シャピロが歌っている間、彼は、番組に観客として参加した4人の女の子がダンスを踊っているのを見ながら、どの子が一番上手く踊ったかを選ぶ審査員をやっていたのです。

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彼にとっては、こっちの方が楽しかっでしょうね(笑)彼は、右端で踊っていメラニー・コーという名の女の子を選び、サイン入りのアルバムをプレゼントして握手しました。何のアルバムだったんでしょうか?画像からだとちょっと分かりにくいのですが。

ジョン「あっちの娘の方が上手かったじゃないか!」

ポール「いいや、僕が選んだ娘が一番上手かったよ!」

(2)何という偶然!

この数年後、ポールは、「She's Leaving Home」(彼女が家出した)という新聞の見出しにヒントを得て、同名の曲を作曲しました。

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しかし、何とその記事の主人公こそ、彼が数年前に自分が番組の中でレコードを渡したメラニー・コーその人だったのです!彼も作曲した当時、自分の曲のヒントになった主人公が、まさか自分がレコードを渡した女性だとは知る由もありませんでした。偶然とは面白いものですね。

この番組で「She Loves You」は繰り返し演奏されました。1963年11月8日、12月31日の新年を祝うスペシャルショーでも放送されました。よほどリクエストが多かったのでしょう。

5 最高視聴率を叩き出した!

この番組は、1964年3月20日ビートルズの2回目の出演で「It Won't Be Long」「You Can't Do That」「Can't Buy Me Love」を放送したときに、番組史上で最高となる視聴率を叩き出しました。

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その日の放送には、ダスティー・スプリングフィールド、ボビー・ヴィー、アニマルズ、アルマ・コーガン、ミリセント・マーティンも出演しました。番組の人気が高まるにつれ、放送時間が延長され、午後6時08分から開始する50分枠に拡大されました。

収録の間に、ビートルズは、当時流行していたファッションパレードに参加し、アメリカのビルボードから、シングルチャートでトップ3を独占したことで賞を授与されました。

 

ジョージにアメリカへ行った時の感想についてインタビューしているマクゴーワンです。ジョージは、エンターテイメントが何もかも素晴らしかったと応えています。

そして、外出するとパニックになるので部屋に引きこもって、プライベートフィルムを観るのも楽しかったと応えていますが、このプライベートフィルムって何でしょう?ジョージは、ジェームズ・ボンドが登場するスパイ映画みたいなヤツさとごまかしていましたが、これってエッチなヤツじゃないですかね?(笑)

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それまで楽しそうにインタビューに応えていたジョージですが、音楽の話になると急に真面目な顔になりましたね。タムラ・レコード(後にモータウン・レコードと改名し、いわゆるモータウン・サウンドとしてビートルズにも絶大な影響を与えました)のマーヴィン・ゲイがとても印象的だったと応えています。

トークでは得意のジョークを飛ばしながらも、音楽に関してはストイックだった面が窺えますね。

マクゴーワン「じゃあ、新曲を紹介してよ。」

ジョージ「イヤだ(笑)Can’t Buy Me Loveって曲さ。」

「Can't Buy Me Love」は、4月24日の午後6時18分に再び放送され、1965年7月15日には「Pick Of The Songs」という番組で再び放送されました。

1964年3月、ビートルズが出演する朝、収録場所があったキングスウェイに大群衆が集まりました。建物の正面にあった大きなガラスのドアを開けた途端、あまりに多くの人が殺到したため、大きなガラスでできたドアが曲がってしまい、もう少しで割れるところでした。

警察官が呼び出され、ボイラー室から侵入しようとした熱狂的なファンを阻止しなければなりませんでした。

6 3回目の出演

1964年11月23日、ビートルズは、「I Feel Fine」「She's A Woman」「Baby's In Black」「Kansas City/Hey-Hey-Hey-Hey!」の4曲を演奏しました。

この時収録された映像は、11月27日、ITVネットワークで午後6時8分から7時まで放送されました。

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7 貴重な映像

1966年の後半になると、ビートルズがライヴを中止したこともあり、熱狂的だった「ビートブーム」も下火になっていました。そして、ビートルズが出演した放送を含む数多くの収録テープが消去されたのです。

マイケル・リンゼイ・ホッグはこう語っています。「当時、ビデオテープは、とても高価だったので、殆どの収録は消去されてしまった。だから、ジェームズ・ブラウンザ・フーの特別番組のようなものまで消去されてしまったのだ。ビデオテープの保管には1分辺り1ポンドの費用がかかったのだが、私が費用を負担し貴重な記録を残すことができた。」

 

当時の事情で致し方なかったとはいえ、貴重な映像が消去されてしまったのは惜しまれますね。ただ、ホッグがビートルズの記録を残してくれたのは有難いです。

この番組のテープは、合計で178本存在しましたが、その内170本は失われ、3本は不完全なものです。

8 80年代に復刻されリリース

1981年12月、デイヴ・クラーク・ファイヴのドラマー、デイヴ・クラークが元の制作会社で保管されていたテープの著作権を購入し、世界中にリリースすると発表しました。
幸運なことに、ビートルズが出演した回のテープはすべて保管されていたのです。そして、VHSとベータ(これも知ってる人は、段々減ってますね。っていうか、若い人は、テープ自体知らないでしょうね(^_^;))の両方でリリースされました。コンピレーション・カセットには、ビートルズのライヴスペシャルとモータウンスペシャル版が含まれていました。
第1〜3巻のビデオシリーズも、様々なグループやアーティストと共演で収録された数多くのパフォーマンスから集められました。

これは日本版のレーザーディスクです。

 

(参照文献)THE DAILY BEATLE

(続く)