数々の名曲を生み出したポールのコンポーザーとしての才能は高く評価されていますし、ヴォーカリスト としての才能も高く評価されています。しかし、ベーシストとしての才能は、リンゴのドラマーとしてのそれ程ではないにせよ、あまり高い評価を受けていない感があります。 というか、全体としてビートルズ の演奏の才能そのものがそれ程でもないというのが、一般的な評価のようです。
果たしてそうでしょうか?ジョンは、後年、「ポールは、最も革新的なベーシストだった。彼が今披露している才能の半分は、正にビートルズ 時代に築き上げられたものだ。」と語っています。 彼の言葉を借りるまでもなく、ポールは、ある曲を名曲とするためにはどのようなベースが必要なのか、その素晴らしい基準を創造したのです。
ポールのベースの特徴を一言でいえば「メロディック (メロディア ス)なベースライン」 です。すなわち、まるでギターでメロディーを弾いているかのようなベースです。それまでベースといえば、ルートと呼ばれるコードの最低音を忠実に弾き、コードチェンジの時にネックで指を上下にスライドさせるという、短いパターンを繰り返すことが一般的でした。
もちろん、ポールは、そういう基本的なベースもやっていますが、それに対向する形で、メロディック なベースラインを創造しただけでなく、一つのコードから次のコードへ滑らかに演奏するという優れた才能を発揮しました。間違いなく現代ロックベースの基礎を作ったベーシストです。
メジャーデビューする前に完成させていた「アイ・ソー・ハー・スタンディング・ゼア」のベース・カヴァーです。メインヴォーカルを担当しながら、こんなベースを弾いていたのですから驚きです。しかも、ニコニコ笑いながらですから(^_^;)
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もっとも、メロディック なベースラインを始めたのは彼が最初ではなく、ジャズの世界ではポール・チェンバース という50年代から60年代にかけて活躍したベーシストがいますが、彼はウッド・ベースですし、ジャズですからジャンルが違います。
そこで今回は、ポールのロック・ベーシストとしての才能に注目してみたい と思います。
2 ギタリストからベーシストへの転身
ポールは、ビートルズ に加わった時点では、元々ギターを担当していました。 しかし、彼らがドイツのハンブルク へ巡業した際、当時ベースを担当していたスチュアート・サトクリフ が現地の女性と恋に落ち、そこに留まってメンバーを脱退することになりました。元々彼は画家志望で、音楽にはあまり興味が無かったんです。
ベースがいなくなってしまったので、誰が担当するかメンバーで話し合いました。この時のことについて、彼は、1995年に発刊された「Bass Player」という雑誌のインタビューでこう語っています。
「スチュがいなくなって誰かがベースをやらないといけないってことになったら、皆んなが一斉に私を見たんだ。何だか私に押し付けられそうになったから、『ジョンがやったら良いんじゃない?』って言ったんだ。ムダだとは思ったけどね。そしたら、ジョンは、『冗談じゃない。オレは新品の
イカ した
リッケンバッカー を持ってるんだぜ!』って言うんだよ。私は、その頃ピアノを弾いていてギターすら持ってなかったんだ。ホントは、ギターをやりたいとは言えなかったよ。」結局、彼がベースを担当することになりました。
ここが大きな転機でした。歴史に「たられば」はありませんが、もし、ポールがベースを担当していなかったら、その後の
ビートルズ の
サウンド は大きく変わっていたかもしれません。少なくとも、彼の革新的なベース・ランニングが開発されることはなかったでしょう。その意味において、
ポールがベースを担当したことは、ビートルズ が世界的なアーティストとして君臨する一つの要素となったのかもしれません。
3 ポールが使用したベースのスケールが持つ意味
(1) ヘフナー500/1ヴァイオリン・ベース
ここでいうスケールとは、音階の意味ではなくベースのネック(正確には弦)の長さのことです。 一般的なベースは、もっとサイズの大きいロングスケールかミディアムスケールです。ポールが初期の頃(1962~1965)に愛用したヘフナー500/1ヴァイオリン・ベース は、彼が使用するまではそれほど有名ではありませんでしたが、彼がそれを愛用したことにより世界で最も有名なベースになりました。
彼は、これをドイツの
ハンブルク へ巡業した時に楽器店で見つけて45ポンド位で購入しました。しかし、これは右利き用で彼は左利きでしたから、これをひっくり返して演奏しました。
これはショートスケールのベース で、発売当初は安価なベース でした。 ポールは労働者階級出身であまり裕福ではなかったこともあって、これを選んだんです。普通のスケールのベースに慣れたベーシストならば、ヘフナーを手にすることはあまりありませんでした。ギターがメインで珠にベースもやる人が使うことはありましたが。小さくてとても軽いです。
これを使用すると、速くて小刻みなラインを刻む傾向があります、ポールが使用しなかったなら多分誰も使用しなかったでしょうし、小さくて扱いづらかったでしょう。 特に欧米人は体格が良いですから。ただ、そのことが逆にギターのようにベースを演奏できるという有利さを生み出し、ポール独特のメ
ロディック なベースラインを生み出すきっかけになったともいえます。
ポールは、この小さなヘフナーを使用してロックにおけるベースのプレイスタイルを大きく前進させました。 彼は、アルバム「Rubber Soul」の時まであらゆるコンサートとレコーディングでヘフナーを使用し続けました。
それぞれのアルバムのどの曲でどのベースが使用されたかについては様々な論争があります。間違いないとされているのは、「Drive My Car」と「Think For Yourself」で、
1964年製のリッケンバッカー 4001S を使用したことです。
ポールは、次のように語っています。「ヘフナーはとても軽いから、まるでギターみたいに演奏できるんだ。私がよくやっていた高音のトレモロ は、ヘフナーだからできたんだと思う。だから、フェンダー のようなもっと重いベースの時はちょっと座って、ベースらしく弾いたよ。でも、映画の『Let It Be』の時は、ヘフナーを弾き続けて『Get Back』とか色んな曲を演奏した。それは、これがとても軽くてどこへ持って行っても弾けたからさ。ホント、これだとちょっと自由に弾けるんだ。」
ポールがベースを
リッケンバッカー に変えると、効率的にネックを使用して演奏することできました。 ヘフナーのネックは、オーナーがその能力にピッタリと合った最高の感じに仕上げるまでは、製品毎にバラバラで安定していなかったのです。なるほど、だから、安かったんですね(^_^;)っていうか、そんな不安定なベースを使いこなしていたポールが凄いんでしょう。
ポールがベースをリッケンバッカー へ切り替えると、重いので彼は座って演奏しましたが、そのおかげで自在にネックを操り、それまでより遥かに安定した強力なスタイルで演奏できました。 彼の演奏は、「Rain」「Paperback Writer」アンソロジー 2の「And Your Bird Can Sing」で聴くことができます。
(3)的確なベースラインの選択
ポールのベースプレイ全体を通じて見られる面白さは、彼が単なるベーシストではなかったということです(今でもですが)。彼は、曲全体を的確に把握してベースラインを開発したのです。
彼には、ギターやキーボード、ドラムがどんな演奏をすべきかについて確かな考えがありました。 そして、彼は、それらの楽器も何度も演奏したため、適切なベースラインを生み出すことができました。コンポーザーとしての能力が傑出していたことも役立ったのでしょう。
ただし、間違えてはいけないのは、彼がギターのようなベース・
サウンド を出している時であっても、あくまでベーシストに徹していたということです。
あえていえば「リード・ベース」を演奏したのであって、決してヴォーカルやギターの邪魔はしませんでした。
4 ドラムとの関係
(1)ベースとドラムの深い関係
ハンブルク 時代に、
ビートルズ は、トニー・
シェリ ダンの「マイ・ボニー」のレコーディングにバックバンドとして演奏しました。ポールはベーシストとして参加し、この時のドラマーはピート・ベストでした。
とても興味深いことですが、ポール/ピートの
リズムセクション と後のポール/リンゴのそれとは好対照で、そのことが重要な意味を持つことになります。ピートは、ソフトなタッチでドラムを叩き、スネアを多用しました。これに対しポールのベース・スタイルは、それよりもっと重厚な
サウンド を出していたため、リズム・セクションはとてもバランスを欠いていました。
(2)リンゴのドラムと相性がピッタリだった!
未だに
「何故ピートをリンゴに替えたのか?」 という疑問が出されますが、リズム・セクションに焦点を当てて比較してみるとその答えが出ます。
ロックにおけるベースとドラムが固く結合するという重要性 を軽視すべきではありません。この二つは、ロックの
サウンド にエネルギーを与える上で、とても重要な役割を果たすのです。
これを改めて確認することは、ポピュラー音楽におけるベースの役割を見直す良い機会かもしれません。「ベースとドラムが固く結合する」というのは、
両者が相互に協調すること なのです。ベースと
バスドラム は、相当な頻度で正確かつ同時に演奏されます。それだけに留まらず、バンドのノリは、この両者が協調して醸し出されるのです。
「The End 」を例に挙げれば、ギターソロのバックでベースとドラムがいかに相互に協調しているかが分かります。
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とかくそれまでは、「地味で目立たない」印象を与えるベースに光を当て、その魅力を最大限に引き出した功績には多大なものがあるといえます。ポールは、ベースという楽器で
「その曲にピタリと合ったベースを弾き、目立たないように目立った」 というある意味矛盾した神業をやってのけたのです。
次回は、具体的な作品を通して彼のベース・テクニックを分析します。
(参照文献)
abbeyrd.best.vwh.net, Smart Bass Guitar, BASSMUSICIAN
(続く)
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