4 お茶目系
ポールが茶目っ気たっぷりのヴォーカルを聴かせます。これは、後期の曲に多く見られます。
1 オブラディ・オブラダ
(1)楽しい曲なのに…
この系列の筆頭に挙がる曲です。聴いていて理屈抜きに楽しく踊りだしたくなります。ポールも肩の力を抜いた感じで楽しそうに歌っています。
しかし、この曲が制作されたころには4人の中はかなりギクシャクしていました。ジョンは、ポールのこの手の曲が大嫌いで、かなり辛辣な言葉で批判していました。ハア~( ノД`)ジョージも同じくこの曲を嫌っていたため、イギリス、アメリカではシングルカットされませんでした。日本ではシングルカットされ、また日本語に翻訳されたヴァージョンが大ヒットしました。
ビートルズが出さないならと、同じイギリスのバンドであったマーマレードがカヴァーし、イギリスでチャート1位を獲得しています。皮肉なことにそれまであまり売れていなかった彼らは、この曲のおかげで一躍有名なバンドになりました。ビートルズさまさまですね。
このヴァージョンは、日本のテレビCMにも使われたので、こちらの方がなじみがあるという方が多いかもしれません。
ビートルズ解散後の1973年にベストアルバムとしてリリースされたいわゆる「青盤」にもしっかり収録されていますから、やはり人気のある曲なのでしょう。もったいないことをしましたね。
ポールは、この曲をジャマイカ風のサウンドに仕上げようと考えましたが、本人曰く「特に理由はない」とのことです。ただ、この作品は、欧米人が初めてレゲエを西欧の音楽に取り入れたとされています。この曲の楽しいノリの良さは、間違いなくそのリズムから生み出されています。
(2)ポールのヴォーカルのテクニック
ポールは、簡単そうに歌っているように聴こえるかもしれませんが、随所に彼独自の工夫を凝らしています。レゲエのリズムに乗せてグルーヴ感を出しているのです。何度も繰り返しますが、ビートルズって簡単に演奏しているようで、実は複雑なテクニックを使っているんです。
具体的に言うと、Aメロの「Market」「Molly」のところを敢えてゆっくりしたテンポで身体を左右に揺らすように(実際に揺らしているかどうかは別として)歌っています。日本語で誇張して書くと「マアーーケット」「モオーーリイ」ってな感じですかね?
それこそ天気の良いジャマイカの海岸でのんびりしている雰囲気で。これを普通に歌っちゃうとあの独特のノリが出ないんですよ。これ、細かすぎて伝わらないかな(^_^;)
「Girl I like~」のところも一旦音程を落とし、すぐに上げてメリハリをつけています。ちょっとした工夫ですが、それでも曲の印象がガラリと変わります。
タイトルをコールする「Ob-la-di Ob-la-da」のところは、勢いをつけて跳ねるような感じで歌っています。
「on」のところでヴィブラートを掛けています。誇張して表現すると「オウオウオウン」ってな感じですかね?前にも書いたように、ポールは、ヴォーカルにヴィブラートを掛けるのが嫌いなのですが、敢えてここで掛けたのは、その方が曲調にマッチすると判断したからでしょう。
そして、「Bra~」で声をしっかり張って一気に高音にスライドします。
最後に「La la~」のところはただ「ラーラ」と歌っているのではなく、「ラウラア~」という感じで抑揚をつけています。このようにヴォーカル一つを取っても、実に多くの工夫がちりばめられているんです。
先ほどご紹介したマーマレードのヴォーカルと比べてみてどうですか?マーマレードもプロですからクオリティーは維持していますが、やはり、ビートルズのグルーヴ感はあまり出ていなくて、ちょっと軽めでフラットな感じに聴こえます。
ビートルズの凄いところは、ジョンが大嫌いな曲だといいながらも、ポールが考えあぐねていたピアノのイントロを「こんなもんは、こうやりゃ良いんだよ!」と鍵盤を乱暴に叩いて見事に一発で弾いてみせてポールを驚かせたり、ジョージと共に絶妙にシンクロさせたハモりを入れているところです。仲が悪くても仕事はしっかり決める。プロ中のプロですね。
2 ウェン・アイム・シックスティ・フォー
「私が64歳になっても見捨てないでくれるかい?」と夫が妻に尋ねる微笑ましい曲ですが、ポールは、何と16歳でもうこんな大人びた曲を作っていたんですね。ビートルズが未だに高い人気を保ち続けている理由の一つには、ロック一辺倒ではなく幅広く色んなジャンルの楽曲を手掛けたことが挙げられます。
こんなほのぼのとした曲をレパートリーに入れていたロックバンドなんて、当時は存在しませんでしたから。彼によれば1920年代に流行したサウンドをイメージしたとか。ラグタイムというスタイルですね。最も有名なのは、おそらくこの曲でしょう。スコット・ジョップリン作曲のジ・エンターテイナーです。
キャヴァーン・クラブでの下積み時代でもアンプが故障したときは、ポールがピアノで歌っていました。ポールの声がすごく若々しく聴こえますが、実は、編集でテープの回転速度を半音上げているんです。レコーディングしたときのキーはCでしたがD♭に上げられています。
マーティンは、ポールが自分のヴォーカルが若々しく聴こえるようにしたかったからと語っていますが、本人は、古めかしい音楽であることを強調するためだったと語っていて食い違っています。
ポールの明るく楽し気なヴォーカルが、ややもすれば暗くなりがちな老後の人生を明るくユーモラスなものに描いています。
3 マーサ・マイ・ディア
マーサと聞くと女性のことかと思いがちですが、実はポールの愛犬の名前なんです。それまでペットを飼ったことがなかった彼が急に飼い始めたので、ジョンがビックリしました。
これもラグタイムっぽい曲調に仕上げていますね。簡単に歌っているように聴こえますが、なかなかトリッキーな曲です(^_^;)冒頭の1小節目Martha my dearが4分の3拍子、2小節目though I spend myが4分の2拍子、3小節目days in conversationが4分の4拍子と、何と1小節毎にリズムが変わっています。また、いつものようにダブルトラックされています。
また、look what you've done when you find yourself in the thick of itの部分もちょっと工夫をしていて、ここは4分の4拍子なんですが、ポールが敢えてリズムを伸ばし気味に歌っているため、イレギュラーなリズムに聴こえます。
look what you've done のところは、普通は2拍になるところをポールは3拍半に伸ばして、次の小節の2拍目の裏のリズムからwhen you find yourself in the thick of itを歌い出しています。ここはリズムに乗って、歌い出しの裏のリズムを意識して歌わないといけません。
ここからがまた複雑です(^_^;)good look a-は4分の2拍子、-round you, take aは4分の4拍子、そしてgood look, you'reでまた4分の2拍子、bound to see, thatで4分の4拍子と目まぐるしくリズムが変化します。おそらくこんな曲も珍しいでしょう。「出来上がったらこんな仕上がりになった」というところでしょうか?
リズムが複雑極まりないためヴォーカルが大変なだけでなく、ピアノもなかなかのテクニックが必要です。ポールは、自分のピアノの腕前を試す意味合いもあったようですが、イントロも含め実に素晴らしい演奏です。今回はヴォーカルにフォーカスして解説しているので、他の楽器についてはまた別の機会に譲りますが、いずれにしても隠れた名曲ですね。おそらくファンも多いと思います。
なお、歌詞中の「silly girl」を「お馬鹿さん」と翻訳している例が多いのですが、むしろ「しょうのない娘だな」という親しみを込めたニュアンスです。友人からこう言われてショックを受ける女性がいるようですが、軽蔑する意味ではありません(もちろん、状況によります)。
この曲が収録された通称「ホワイト・アルバム」は「サージェント・ペパー」と異なり統一感がないため賛否が分かれる作品ですが、実は、名曲ぞろいのアルバムなんです。
(参照文献)THE BEATLES MUSIC HISTORY, Why Evolution Is True, Songfacts、真実のビートルズ・サウンド「完全版」
(続く)