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ビートルズを誰にでも分かりやすく解説するブログです。メンバーの生い立ちから解散に至るまでの様々なエピソードを交えながら、彼らがいかに偉大な存在であるかについてご紹介します。

日本でアーリー・ビートルズを描いた舞台が上演中(号外)

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1 日本でついに舞台化が実現!

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メジャーデビューする前のビートルズ、いわゆる「アーリー・ビートルズ」については、世界中の人々が関心を寄せ、多くの著作物が出版され、映画化もされた歴史があります。メジャーデビュー後のスタイリッシュな彼らと違い、黒の革ジャンに身を包み、粗野ではあるがビッグになりたいというギラギラとした野心を抱き、エネルギーに満ち溢れた若者たちの群像に、多くのファンが魅力を感じるからでしょう。

中でもビートルズの元ベーシストであり、画家を目指してビートルズを脱退した後、若くしてこの世を去ったスチュアート・サトクリフについては、その端正なルックスと悲劇的な最期が多くの人々の心を動かしています。

歴史に「もしも」があれば、スチュがビートルズに加わっていなかったら、あるいは逆にメンバーとしてそのまま留まっていたら、あるいは脱退しても画家として成功していたら、などと色々と想像が膨らみます。

このアーリー・ビートルズの物語が、ついに日本でも舞台化されることになりました。今回は、この舞台についてお話しします。

 

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2 物語の背景

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スチュアート・サトクリフ(愛称スチュ)は、1960年に彼の親友であるジョン・レノンからの誘いを受け、リヴァプール出身のロックバンド、ビートルズのベーシストとしてメンバーとなりました。ビートルズには他にギタリストのポール・マッカートニージョージ・ハリスン、ドラマーのピート・ベストがメンバーとしてすでに加わっていました。

彼らは、西ドイツ(第二次世界大戦後、ドイツは東西に分割されていました)のハンブルクのクラブからのオファーを受け、そこで演奏することになりました。舞台は、この下積み時代のビートルズを描いています。「BACKBEAT」という公演名は、1994年に公開された同名の映画、2010年にイギリスで上演された舞台に基づいています。

舞台の全国ツアーは、東京芸術劇場からスタートします。演出家の石丸さち子が英語の台本を日本語に翻訳し、ステージ上でライヴで演奏されたビートルズの20曲をフィーチャーしています。

3 あらすじ

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スチュアート(戸塚祥太A.B.C-Z))は、ハンブルクに到着後数週間でアストリッド・キルヒャーというドイツ人の女性写真家(夏子)に出会い、やがて二人は恋に落ち、婚約しました。彼は、そのままドイツに残って画家を目指すことになり、ビートルズを脱退することになりました。

ジョン(加藤和樹)とポール(辰巳雄大(ふぉ~ゆ~))は、音楽でスターダムにのし上がろうと意欲を燃やしていましたが、スチュアートは、音楽より絵画の方に関心があったのです。

彼は、ハンブルクのアストリッドの自宅に同居していましたが、1962年4月、21歳の若さで脳出血が原因で亡くなりました。その年の10月、ビートルズはデビュー曲「Love Me Do」で、彼らの最初のチャートトップ20入りを果たすヒットを飛ばしました。

以下は、演出家と出演者に対するインタヴューの内容です。

 

4 演出家石丸さち子

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現在57歳の石丸は、演劇に関して彼女の人生に「もしも」はなかったと明るく語っています。彼女は、まだ小学生だったときに運命の瞬間が訪れたのです。

「私が9歳の時、先生が、私のクラスメートの前にある「Two Years Holiday」という本を日本語のレッスンで読むように言ったんです。私がそれを読み始めたら、私は、自分自身にのめり込んでいきました。それは、パフォーマーとしての私の最初の経験でした。」こんな幼い時にもう自分の才能に目覚めたんですね。

その後、石丸は、出身地の兵庫県の姫路で演劇サークルに参加し、1980年代半ばに東京に引っ越しました。そこで、彼女は、最先端のダンス劇団からアンダーグラウンドの劇団へ転々としましたが成功することなく、その後、蜷川幸雄が運営する実験的劇団でついにブレイクすることになったのです。

「私は、女優として劇団に加入しましたが、それから顔が変形する難病にかかりました。」

「入院してからは、他の俳優に夢を託して、監督として彼らをサポートする方が自分には合っていると思いました。幸いなことに病気は治癒しましたが、とにかく女優は辞めて監督に進む道を変えたのです。蜷川先生もその方が私に向いているとおっしゃっていました。」

5 ジョン役の加藤和樹

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(左から)加藤和樹、上口耕平

(1)演技と演奏を両立させることの難しさ

彼女の隣に座っていた加藤和樹は、カリスマ的なジョン・レノンとして荒っぽい性格を演じていましたが、おそらく普段の彼は、ジョンとは違う性格なのでしょう。インタヴューの様子で記者は、それを感じ取ったようです。

「私は、ミュージシャンとしてソロコンサートツアーを行い、ミュージカルで演奏してきましたが、このボーイズバンドの作品は、私にとってまったく初体験です。」と俳優兼歌手は語っています。

彼は、2005年に「テニスの王子様」で高校のテニス選手として20歳でデビューして以来、映画や舞台、テレビで活躍してきました。そのため、彼は、同年齢の他の人たちのような普通の青春時代を送ることができなかったのです。

「優れた音楽監督森大輔さんとのリハーサルを一生懸命やったおかげで、このバンドでは快適に演奏できましたが、経験不足をどうやってストーリーの中で解消していくかで、2番目の壁にぶつかりました。

「音楽を演技とは別のものとして扱っても、まったくうまくいきませんでした。だから、パフォーマンスシーンをストーリーの流れにうまく乗せる必要がありました。そのためには、10代のジョンになり切る必要がありました。」

ビートルズサウンドを再現しつつ、演技もしなければならない。これは相当に高いハードルです。片方だけでも十分に難しいですよね。しかも、34歳で10代を演じるというのはなかなかキツいです(笑)

「私はジョンが一体何者なのか、どうしたら彼になり切れるかについていつも考えていました。石丸先生は、「あなた自身のジョンを作りなさい」とおっしゃつて下さいました。それは、私にとって素晴らしいアドヴァイスでした」と彼は語っています。

ここが俳優の一番難しいところですよね。その役になり切らなければいけませんが、かといってそれが行き過ぎて演技っぽくなってしまったら、観客がシラけてしまいます。自分の個性を残しつつ役になり切れれば、最高のパフォーマンスとなるでしょう。

(2)自分たちなりのビートルズ

石丸は、微笑みながら語りました。「まず、ジョンとポールは、あまりにも偉大な存在だから、あなたたちが彼らになり切れるはずもない。私たちは、自分たちなりの「BACKBEAT」を作り、彼らの伝説的なキャラクターを念頭に置きながら、ステージに上がるように依頼しました。」

バンドがビートルズを演奏する時も同じですよね。トリビュートバンドは別として、決して彼らになり切る必要はなく、自分たちなりに彼らのサウンドを理解して、自分たちらしく演奏することが大切なのです。

 

6 ビートルズを肌で感じ取った

(1)リヴァプールを訪れた

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ビートルズのスピリットを感じ取ろうと石丸と加藤は、1962年にリンゴ・スターに代わるまでバンドのドラマーだったピート・ベストを演じる上口耕平とともに、リハーサルが始まる前にリヴァプールを訪れました。そして、石丸と加藤は、そこにいくつかの魔法ともいえる瞬間を感じ取ったのです。

石丸は、こう語っています。「地元の人々の話し方に耳を傾けることで、翻訳に活かしてみたかったし、リヴァプールを直接体験したいとも思っていました。」

「もちろん、「Cavern Club」のようなビートルズと縁の深い場所も訪れました。そうすることで私は、街中でビートルズを感じ取ることができ、そのおかげでジュンとスチュが、一緒に学校へ行く途中で冗談を言っているシーンを描くことができました。こういった体験はすべて、台本を翻訳し、この舞台を監督するのに大いに役立ちました。」

「百聞は一見にしかず」とはまさにこのことでしょう。石丸がビートルズを直接見たわけではありません。しかし、彼女は、彼らがいたリヴァプールに身を置くことで、そのスピリットを感じ取ることができたのです。

(2)不思議な体験

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加藤は、ビートルズが現役の頃はまだ生まれてもいませんでしたが、この旅で彼らをずっと身近に感じることができたと語りました。

「私は、彼らの曲のほんの一部を知っていただけでしたが、今でもまだそこにいた時の一種の懐かしい気持ちを感じるんです。」

「特に私がスチュの墓を訪れた時、「Welcome to Liverpool」と話す彼の声が聞こえたんです。驚いたことに、天気予報は雨だったにもかかわらず、とてもよく晴れていました。」

流石にここまで来るとオカルトめいて、ちょっと怖いですけどね(^_^;)ただ、私もリヴァプールとロンドンに行ったことがあるので分かりますが、そこへ行くと全身でビートルズを感じることができるんです。

7 キャストと観客が一体になれる

その一方で、石丸は、彼女の作品が、一握りの人々が多くの人々の人生と歴史を形作ったつかの間の時代を通して、キャストと観客が一体となれることを望んでいると語っています

「「BACKBEAT」では、出演者が音楽を演奏し英語で歌うので、観客は、その度にビートルズの初期のシーンを鮮明に脳裏に蘇らせることができます。」「ステージ上では何が起きるか分かりませんので、5人の出演者には事故を起こさないように気をつけ、彼らのすべてが観客のグルーヴの中に取り込まれていることを感じなければなりません。」

「これはリヴァプールハンブルクで下積み時代を過ごした若き日の、イギリスのボーイズバンドが、ファンと共有したことと全く同じです。それはとてもエキサイティングです。」

ビートルズは、下積み時代にすでに観客達と同じグルーヴ感を共有していたのです。我々は、1960年初期のリヴァプールハンブルクにタイムスリップし、その時に観客達が感じた同じ興奮を味わえる味わうことができるでしょう。それは、生身の人間が作り出した一種のバーチャル体験と言っていいかもしれません。

東京では既に公演がスタートしています。私は、兵庫県のステージに参加するつもりです。どんなアーリー・ビートルズが描かれるのかとても楽しみです。

(参照文献)The Japan Times

(続く)

 

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