★ビートルズを誰にでも分かりやすく解説するブログ★

ビートルズを誰にでも分かりやすく解説するブログです。メンバーの生い立ちから解散に至るまでの様々なエピソードを交えながら、彼らがいかに偉大な存在であるかについてご紹介します。

アップルがプロデュースしたアーティストたち(314)

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ニューヨークのアメリカーナホテルでアップルの設立を発表するジョンとポール

1 新人アーティストのプロデュースを開始

(1)最初はグレープフルーツ

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中央がグレープフルーツ

Apple Musicが立ち上がったことで、ビートルズは、新人アーティストとの契約を始めました。最初に手掛けたのはグレープフルーツというグループで、ジョンとポールは、1967年11月24日にポートランド・プレイスのIBCスタジオで行われた、彼らの最初のレコーディング・セッションに参加しました。

しかし、バンドが実際に契約したのは12月11日だったんです。契約する前にレコーディングしたんですね(^_^;)アルバム「サージェント・ペパー~」のイギリスでのリリースが6月1日でしたから、その半年後にはもうプロデュースを開始していたことになります。

ジョンは、2か月前にヨーコからもらった同名の本にちなんでこのグループに「グレープフルーツ」と名付けました。師匠が弟子に芸名を付けてやるって、大体こんな感じですよね(笑)

グループのメンバーの大半は、ブライアンがマネジメントしていたグループの一つであるトニー・リバーズとザ・キャスタウェイズの元メンバーでした。残念ながらこのバンドは成功しませんでした。これを知ってたら相当コアなファンですね。 

他のアーティストをプロデュースすることは、彼らの天才アーティストとしての能力を最も発揮できる音楽の分野でした。自分たちの権利は、取り上げられてしまっていましたが、他のアーティストをプロデュースするのは自由でした。

(2)後にビッグになったアーティストもいた

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ジェイムズ・テイラー

特に初期の頃は、レーベルの契約者のほとんどがビートルズが個人的に発掘したり、サポートしたりしたアーティストであり、ほとんどの場合、ビートルズのメンバーの1人以上がレコーディング・セッションに参加していました。

ジェイムズ・テイラー、メアリー・ホプキン、ビリー・プレストン、モダン・ジャズ・カルテット、アイヴィーズ(後にバッドフィンガーとして広く知られることとなった)、ドリス・トロイ、ジャッキー・ロマックスなどのアーティストが、最初の1年以内にアップルと契約しました。新人もいればすでに成功していたアーティストもいました。

ジェイムズ・テイラーは、後にグラミー賞を獲得し、ロックの殿堂入りを果たすなど、ビッグなアーティストに成長しました。ビリー・プレストンは、ゲットバックセッションに参加してメンバーに気に入られ、アップルに移籍しました。

バッドフィンガーは、マル・エヴァンズがスカウトし、1970年代にブレイクしました。彼らのバンド名は、ビートルズの作品「With a Little Help From My Friends 」の元の題名だった「バッドフィンガー・ブギ」にちなんだビートルズの元運転手、ニール・アスピノールの案が採用されたものです。

彼らは、アラン・クラインによるアップルの財務整理の煽りを受け、しばらくレコードを出せないでいました。1971年、シングル「Day After Day 」をリリースし、全米チャート4位を獲得しました。

www.youtube.com

これだけのアーティストを成功させたのですから、ビートルズのプロデュース能力もなかなかのものだったと思います。

2 オフィスを転々と移転

 

アップルの最初のオフィスは、ロンドンW1のベイカーストリート94番地にオープンした傘下企業のブティックの上にありましたが、1968年1月22日に、メリルボーン地区にある95ウィグモアストリートという名の多目的ビルに移転しました。ここを選択したのはポールの考えでした。

彼は、当時のガールフレンドであったジェーン・アッシャーの家で数年間ウィンポール・ストリートに住んでいたことから、この地域をよく知っていたんです。アップルのA&R担当に任命されたジェーンの兄のピーターもそこに住んでいたので、二人にとっては便利な場所だったのです。

Apple Corps building at 3 Savile Row, site of the Let It Be rooftop concert  | Building, London, Apple corps

アップルは、短期間、ベーカー・ストリートとウィグモア・ストリートに事務所を置いた後、1968年7月、3サヴィル・ロウに移転しました。

サヴィル・ロウは、日本の背広の語源ともなったと言われている伝統的な紳士服の仕立て屋が揃った街並みで、街の周辺で起こっている社会の変化の影響など全く受けていないかのようでした。しかし、この古風で保守的なビジネス環境の中にアップル社が飛び込んできたことは、周辺のビジネスマンや住民たちに一種のカルチャーショックを与えました。

この頃になると、アルバム「サージェント・ペパー〜」の制作といい、ビジネスといい、いつの間にかポールがビートルズを主導するようになりました。サージェントは大成功でしたし、アップルも当初は上手くいっていたので、他のメンバーから不満が出ることはそれほどありませんでした。

しかし、ビジネスが上手くいかなくなりだすと、次第にメンバー間の不協和音が響き始めることになります。いつの時代もどこの世界も同じですが、金銭面のトラブルを抱えると途端に人間関係がおかしくなります。

 

3 アップルのロゴが誕生

(1)ロゴの完成

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ニール・アスピノール(中央)

アップルレコードを立ち上げたので、会社のイメージを象徴するロゴが必要となりました。そこで、当時、アップルのマネージングディレクターに就任していたニールは、ジーン・マホーンに連絡を取りました。

マネージングディレクターという役職は、外資系企業によくあるんですが、日本の企業にはピッタリと当てはまる役職がありません。取締役の中でも会社のかじ取りを担う結構重要な地位です。

マホーンは、ダブリン出身のグラフィック・デザイナーで、アルバム「サージェント・ペパー〜」のカヴァーを手がけ、歌詞の入ったバック・スリーヴをレイアウトしました。ニールは、彼にアップル・レコードのセンター・ラベルに使うために林檎の写真を使ってくれと依頼しました。

それを受けたマホーンは、早速、レコードのA面には緑色の林檎の写真を使用し、B面にはそれを半分にスライスした写真を使用して、両面のラベルコピーに白い背景を与えるという素晴らしいアイデアを思いつきました。

Why The Beatles Created Apple Music | by Barry Miles | Cuepoint | Medium

林檎の写真の左側にはサイド名、タイトル、アーティスト、再生時間、出版者、著作権情報が、右側にはと書かれ、裏面と同じ情報が印刷されています。レコードの両サイドにあしらわれた大きな林檎のロゴは、シンプルながら、スッキリとした素晴らしいデザインですね。

 

(2)社名とロゴを商標登録

1968年1月12日、1963年6月からザ・ビートルズ社として営業していたアップルミュージック社は、社名を変更してアップルコア社に、ザ・ビートルズ・フィルム・プロダクションズ社は、アップルフィルムズ社に社名を変更しました。ああ、もうややこしい!

その後、アップルコアは、数十の新しい会社を傘下に収めることになりました。Apple Records Ltd, Apple Films Ltd, Apple Music Publishing Ltd, Apple Electronics Ltd, Apple Wholesale Ltd, Apple Retail Ltd, Apple Television Ltd, Apple Publicity Ltdなどといった新しい会社です。その中の一つであるApple Schoolは、ジョンとポールを初めて引き合わせた旧友であるアイバン・ヴォーンによって運営されていました。

ニールは、これらの会社の設立に携わり、数週間かけて可能な限り、世界のありとあらゆる国でアップルレーベルを商標として登録しました。これが功を奏したのは、アップルコンピュータiPodを発売し、音楽配信に進出したときでした。アップルコアは、アップルコンピュータを被告として商標権侵害を理由として訴訟を提起し、何百万ドルもの損害賠償金を勝ち取ったのです。

これは、ニールのお手柄ですね。彼は、ビートルズがディック・ジェイムズに著作権を取り上げられたという苦い経験を踏まえて、商標登録に力を入れ、それも全世界で登録したのです。そのおかげで、後発のアップルコンピュータの商標権侵害を咎めることができました。

ちなみに、マイクロソフトの創業者であるビル・ゲイツは、大のビートルズファンです。 2016年5月、BBCのラジオ番組で彼は、アップルコンピュータの創業者であるスティーヴ・ジョブズとの関係をビートルズの「Two of us」になぞらえました。コンピュータ界の巨人たち二人は、ライヴァルではあったものの、お互いの才能を認めていたジョンとポールのような間柄だったのかもしれません。

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ティーヴ・ジョブズビル・ゲイツ

 

(参照文献)ズイーズ・アイランズ、キューポイント、ナイントゥファイヴマック

(続く)

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