1 歴史的名曲に秘められたミステリー
「Let It Be」…本当に美しい曲ですね。何度聴いてもうっとりします。ビートルズが解散する寸前に作られたということもあり、余計にポールがこの曲に込めた悲壮な思いが伝わってきます。この曲は、ポールが制作し、自らピアノを弾きながらリードヴォーカルを担当しています。しかし、一箇所だけポールがピアノのコードを間違えたのではないかと指摘されているところがあります。
これはずっと以前から、ミスだったのかそれとも意図的なものだったのか、音楽関係者やファンの間で論争になってきましたが、結論は出ていません。もちろん、ポールは当然知っていますが、彼は沈黙を貫いています。ビートルズにはたくさんのミステリーがありますが、これもその一つといっていいでしょう。おそらく、本人は、世間がああだこうだと議論しているのを楽しんでいるんでしょうね。これもある意味でコンポーザーの特権かもしれません。今回は、この点について検討したいと思います。
2 指摘されている箇所
(1)ユニークなコード進行はビートルズのお家芸
では、この曲のどの箇所のピアノコードが違っていると指摘されているのでしょうか?ここで注意しないといけないのは、その箇所のコードが本来あるべきものとは違っているということがはっきりわかっている点です。ビートルズが一般的なコード進行を選択せず、ユニークなコード進行をあえて使って数々の名曲を誕生させたことは広く知られています。
ほとんどの場合、それらは彼らが意図したものであって、決して間違いではないとされています。それどころか、そのような ユニークなコード進行を選択したことが、ビートルズが音楽界に衝撃をもたらし、今なお天才として賞賛され、多くのアーティストが彼らの影響を受けてきた部分でもあります。
(2)一箇所だけコードが違う
では、なぜ「Let It Be」の中でもピアノのコードの一箇所だけが違っているといえるのでしょうか?それは同じメロディーが3回繰り返されるのに、3回目だけが1回目、2回目と違うコードが使われているからです。もちろん、音楽的効果を狙って意図的にそうすることは十分ありえます。
3番のコードに注目してください。この曲は、シングル、アルバムなど複数の音源がありますが、問題のコードは、ほとんどの音源の約2:59辺りの「mother」という単語のところだと指摘されています。曲を聴くと1番と2番は同じコードなのですが、3番だけが違っていることがわかります。ピアノだけを独立させた音源を聴くとよりはっきりわかります。
1番と2番はC\G\Am\Fmaj7というコード進行なのですが、3番だけAmのところをBm♭5で弾いているように聴こえます。ただ、ここはE7♭7、E7♭9など様々な見解があるところですが、少なくともAmでないことだけははっきりしています。
3 ピアノの鍵盤では?
(1)一つずらせば
ピアノでこの箇所を弾くと、Amであれば右手でラ、ド、ミの鍵盤を弾きます。しかし、Bm♭5であれば、これを一つずつ右にズラしてシ、レ、ファの鍵盤を弾きます。レコーディングの映像は「Let It Be」として映画化されたので残っていますが、肝心の場面ではポールの手元、特に右手は左手で隠れていてどの鍵盤を弾いているのか確認できません。
これがミスタッチだとすれば、まんざらわからなくもありません。シ、レ、ファは、そのままラ、ド、ミのちょうど一つ右隣の鍵盤だからです。指の形はそのままで一つズラすだけですから、うっかりミスタッチした可能性も十分あります。
(2)関係者は気づいていたはず
もちろん、ピアノのコードが違っていることは、ポール本人はもちろん、メンバーやレコーディングスタッフはみんな気づいていたはずです。しかし、結局修正されることなく、そのままリリースされました。とすれば間違いではなく意図的なものだったという可能性も出てきます。
何よりポールは、メンバーの中でもケタ違いな「完璧主義者」で、レコーディング・エンジニアのジェフ・エメリックから「ワーカホリック」と呼ばれていた位です。何度も納得がいくまでテイクをやり直すので、毎回それに付き合わされる他のメンバーがウンザリしてしまって、彼が孤立してしまう一因にもなりました。もし、これがミスだとはっきりわかっていれば、ボールがそれをそのまま放置しているはずはありません。もう一度、レコーディングし直したはずです。
4 二つの可能性
(1)意図的なもの
ところが、コードが違うことがわかっているにもかかわらず、そのまま使われたということになると二つの可能性が考えられます。一つは意図的にそうしたということです。これは、先にも述べたように、作曲するメンバーがコードに対して非常に強い関心を持っていたため、普通なら選択しないユニークなコード進行をあえて行ったということです。
この曲に関しても、間奏が終わりブリッジを経て、これからいよいよクライマックスにかかる直前というところもポイントですね。これから盛り上がる寸前であえてユニークなコードを使って、クライマックスをより盛り上げようとしたことは十分考えられます。
(2)ミスタッチだった
もう一つの可能性として考えられるのは、やはりミスタッチだったということです。レコーディングが終わった後、テープを再生してみて関係者は全員、ピアノのコードが違っていることに気づいたはずです。しかし、改めて聴いてみるとこれはこれで悪くない、それどころかむしろ、何とも言えない荘厳なイメージを受けます。
例えて言えば、飛行機が離陸する瞬間に似ていますね。飛行機が猛スピードで滑走して離陸した瞬間、搭乗者の身体全体がフワっと浮き上がる感覚がします。あの何とも形容しがたい不思議な感覚に似ていませんか?曲がクライマックスに向かう直前ですから、そこへ向けて離陸した瞬間のように聴こえます。
つまり、レコーディングではミスタッチしてしまった。しかし、かえってこちらの方がより悲壮感を漂わせるというか、なんともいえない絶妙な響きに聴こえる。それならこれをそのまま採用しようと全員が考えたのかもしれません。1番2番と同じくAmでも何ら問題はないのですが、それだとちょっと物足りない気がしてしまいます。実際、アルバム「Let It Be... Naked」ではAmで弾いています。聴き比べてみると、やはり、シングルやアルバムの方が曲のイメージにピッタリきます。
5 検討
(1)他の楽器のコード
ここからは、あくまで私の個人的な意見です。皆さんは、それぞれ自由に考えてください。そして、それらはいずれもどれが正しくて、どれが間違いとは断定できません。
私は、ポールがミスタッチしてレコーディングを終えたが、テープを聴いてみてこちらの方がより曲のイメージを高めるために効果的だと判断してそのまま残したという説をとります。
そう考える根拠なんですが、最近は技術が発達して楽器それぞれの音源を分離できるようになりました。それを聴いてみると、ポールのピアノのコードだけが違っていることがわかります。特にわかりやすいのは、ビリー・プレストンのハモンド・オルガンですね。彼が1番、2番とまったく同じコードを3番でも弾いているのがわかります。
かすかにピアノの音も聴こえるのですが、明らかに調和していないのがわかります。おそらく、ギターも同じでしょう。すべての楽器の中でピアノだけが違うコードを弾くというのはまず考えられません。意図的なものだとしたら、全員同じコードにしたはずですから。となると、やはりミスタッチの可能性が高いと言えます。
(2)変えるならメンバーに伝えたはず
それから、もしポールがここだけ意図的にコードを変えたとしたら、必ずそのことをメンバー全員に伝えたはずなんです。ここだけ違うコードを使うからみんなそれに合わせてくれと指示したでしょう。実際、このゲットバック・セッションでは、ポールが主導する形でレコーディングが進められていました。彼がメンバーにあれこれと指示する場面は映画で残されています。もし、彼がコードを変えるのであれば当然そう指示したはずですし、彼がメンバーに渡した歌詞とコードを書いたメモにはそのようにコードが振られていたはずです。
なお、ポールは、ソロライヴで何度もこの曲を演奏していますが、コードは変えていません。レコードとは違うコードを弾いています。
(3)他にもミスを採用した曲はたくさんある
ポールも人間ですからミスすることはありますし、実際、レコードでもミスがそのまま残されているものがいくつもあることは以前にも指摘しました。そして、ビートルズは、偶然やミスを面白がって採用する傾向にありました。例えば、「I Feel Fine」のギターのフィードバックやテープの逆回転を取り入れた「Tomorrow Never Knows」などは偶然の産物がもたらしたものです。
また、「Her Majesty」もポールがエンジニアにマスターテープを破棄するように伝えていたのですが、彼がEMIがテープの破棄を禁じた方針に従ってそのままテープの最後に残しておいたのを聴いて、面白いと感じて隠しトラックとして採用したことは有名な話です。
上記のことがそのまま根拠となるわけではありませんが、ミスがかえって面白い効果をもたらしたということで採用したのではないかというのが私の考えです。
(続く)
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