★ビートルズを誰にでも分かりやすく解説するブログ★

ビートルズを誰にでも分かりやすく解説するブログです。メンバーの生い立ちから解散に至るまでの様々なエピソードを交えながら、彼らがいかに偉大な存在であるかについてご紹介します。

レコーディング技術の発達~「Eleanor Rigby」で使用した弦楽器の近接マイキング(489)

「Eleanor Rigby」における弦楽器のレコーディング

1 「Yesterday」の二番煎じは嫌だった

エリナ・リグビーのブロンズ像

ビートルズは、レコーディング・テクニックの点でも音楽界に革命をもたらしましたが、今回もその話題の一つです。それは、ポールの曲「Eleanor Rigby」に焦点をあてたアルバム「Revolver」のレコーディング・セッションの15日目のことでした。

この曲ではビートルズのメンバーは誰も楽器を演奏しなかったため、セッションに参加したのはジョンとポールだけでした。代わりに、4人のヴァイオリン、2人のヴィオラ、2人のチェロからなる8人組のスタジオ・ ミュージシャンがスタジオに招かれ、ジョージ・マーティン作曲の楽譜を演奏しました。これは午後5時から午後7時50分までの短いセッションでした。

「Yesterday」では弦楽器がレガート(音をなるべくつなげて演奏すること)で演奏されるのに対し、「Eleanor Rigby」は主にスタッカート・コード(音を短く切って演奏すること)で演奏され、メロディーの装飾が加えられています。ポールは、「Yesterday」でやったことを繰り返すのをためらい、弦楽器のサウンドが甘ったるくなるのは嫌だとはっきり主張しました。マーティンは、最終的に彼を説得し、適切な弦楽編曲を書くと約束しました。

マーティンは、こう語っています。「『わかった。でも、弦のサウンドはすごく鋭いサウンドにしたいんだ』とポールはアイディアにサインしながら私に警告した。私は、彼の言ったことをメモして、どうすればそれを一番うまく実現できるか考え始めた」彼を含めてビートルズは、いつも二番煎じを嫌ったんですね。ほとんどの部分で、楽器は、二つに分かれています。つまり、一つの弦楽四重奏団として演奏しながら、四つのパートを二つの楽器でそれぞれ演奏するのです。

 

 

2 弦楽八重奏になった

(1)バーナード・ハーマンの影響

マーティンは、こう語っています。「ある日、ポールが私のアパートにやって来て、彼がピアノを弾き、私もピアノを弾いて、彼の音楽のメモを取った。私は、バーナード・ハーマン、特にトリュフォー監督の映画『華氏451度』の楽譜にとても感銘を受けていた。特に耳障りな弦楽器の書き方がとても気に入っていた。ポールが『Eleanor Rigby』の弦楽器にリズムを刻んでほしいと言ったとき、特に影響を受けたのはハーマンの楽譜だった」*1

(2)マーティンがオーケストレーションを考案

www.youtube.com

ポールは、こう語っています。「これをジョージ・マーティンに見せたのを覚えている。私たちはすでに『Yesterday』を演奏していたので、『この曲は(弦楽器に)合うと思う』という感じだった。でも、四重奏ではなく、ちょっと違うことをするために八重奏になった。それで私はそれを…(ピアノで実演しながら)…に持ち込んだ。するとジョージが私に見せてくれた」

「彼は『ああ、オーケー、これは一種のロックンロールだ。ほとんどすべてが1オクターブだ』と言った。それから彼は『オーケー、チェロはここに、次にヴィオラはここに、そして…』と言った。彼はすべてのサウンドを分離し、それが彼が行った素晴らしいオーケストレーションだった。」

「あれは、「Yesterday」がギター1本だけだったから、もう少し踏み込んで、これを使って私が歌うことにした。それで、私は、ジョージ(マーティン)にコードを見せて彼がそれを移調したんだ。」*2

ポールは、ヒッチコック監督のホラー映画の「サイコ」のストリングスを気に入っていて、その要素も取り入れるようマーティンに依頼したようです。どちらかというと、私にはこちらのイメージの方が強い気がします。

 

 

3 演奏者を震え上がらせた近接マイキング

(1)マイクを近づけられて演奏者は震え上がった

現代の近接マイク

エンジニアのジェフ・エメリックは、こう語っています。「弦楽四重奏は、伝統的に弓が擦れるサウンドが聴こえないように、約1mの高さに設置された一つか二つのマイクでレコーディングされていた。しかし、ポールの指示を念頭に置いて、楽器にマイクを近づけることにした。これは新しいコンセプトだった」

「演奏者たちは、その指示にびっくりした!そのうちの一人が私を軽蔑した表情で見つめ、目を天井に向け小声で言った。『そんなことはできないよ』」

「彼の言葉は私の自信を揺るがし、私は、自分自身を疑い始めた。しかし、私は、とにかく少なくともそれがどんなサウンドか聴いてみようと決心して作業を続けた」今では弦楽器にマイクを付けてレコーディングするのは常識になっていますが、当時はまだそんなことは考えられていなかったのです。

(2)僅か3センチの距離にマイクを設置した

「1テイク目はマイクをかなり近づけてレコーディングしたが、次のテイクではもっと近づけることにした。各楽器から約3センチ程度離したくらいだ。絶妙なバランスだった」

「ミュージシャンを不快にさせて最高のパフォーマンスができない状態にしたくはなかったが、私の仕事は、ポールが望むものを実現することだった。それが彼の好きなサウンドだったので、弦楽器奏者たちが不満だったにもかかわらず、私たちはそのようにマイキングした」

「彼らがなぜそんなに動揺していたのか、ある程度は理解できた。彼らは、間違ったサウンドを演奏するのが怖かったし、顕微鏡で細かくチェックするということは、演奏のどんな矛盾も拡大されてしまうことを意味していた。また、当時の技術的な制限により、簡単にドロップインできなかったので、彼らは毎回最初から最後まで曲全体を正しく演奏しなければならなかった」

当時のレコーディング技術では、良い演奏ができたパートだけを抜き出して繋ぐということができず、全体を完璧に演奏しなければなりませんでした。演奏者たちはささいなミスでも許されなかったため、大変なプレッシャーを感じたでしょう。

「コントロールルームのガラス越しに覗かなくても、8人の演奏家がテイクごとに椅子を後ろに滑らせる音が聞こえたので、テイクごとにそこに行き、マイクを近づけ直さなければならなかった。本当に滑稽だった」マイクを近づける→演奏者がイスを後ろに下げる…これを延々と繰り返していたのです。まるでコントですね。

「結局、演奏者たちは良い仕事をしたが、明らかにイライラしていて再生を聴くよう勧められても断った。とにかく、彼らがどう思うかは気にしていなかった。私たちは、ポールのヴィジョンと私のヴィジョンを組み合わせた新しいサウンドを思いついたことに満足していた。」*3

エメリックは、演奏家たちが反発しても構わずに自分のアイデアを実行し、結果として素晴らしいサウンドを手に入れたのです。

 

 

4 ギャラは格安だったが完璧な演奏だった

(1)演奏者の感想

ポールは、こう語っています。「アビイ・ロードの階下で、8人の男たちが集まってライヴをやったんだ…僕は、階下に行って『こんにちは』と挨拶してそこでそれを聴いたんだ。最初に聴くのはいつも楽しいよ。そこで階上に上がってエンジニアたちがどんな風に作っているかを見るんだ。ほら、彼らはそれを全部まとめて、それに魔法の粉を少しかけて、レコードみたいに仕上げるんだよ!」*4

www.youtube.com

ヴィオラ奏者のスティーブン・シングルズは、こう語っています。「私は、約5ポンド(音楽家労働組合の標準セッション料金は9ポンド)を受け取ったが、何十億ポンドもの利益が上がった。私たちは、バカみたいにアイデアをすべて無料で彼らに提供したのだ」*5

演奏者の側からも色々とアイデアを出したようです。それにしても、ギャラは組合の基準を下回る格安料金でちょっと気の毒でしたね。でも、彼らがやった素晴らしい仕事はあの名曲とともに永遠に残ります。

(2)ジャイルズ・マーティンの意見

ジョージの息子でプロデューサーのジャイルズは、こう語っています。「『Eleanor Rigby』は『サイコ(アルフレッド・ヒッチコック監督の1960年のホラー映画)』の楽譜から生まれた曲で、だからこんなに耳障りな弦楽器なんだよ…弦楽器やヴォーカルだけでプログレやクラシックとみなされないバンドの曲を他に思い浮かべることはできない。とても珍しい曲だよ。とても馴染み深いから変な曲には思えないけど、実際はそうなんだ」

ジョージ・マーティンが、それがどうあるべきかというコンセプトに深く関わっていたことに人々は気づいていない。それはパンクの弦楽器のようなもので、セッションを聴くと全体がいかに協力的であるかが分かる。私の父は、演奏者に『何か言いたいことがなければ、ヴィブラートは使わない』という、素晴らしい言い回しをした。とても心地よい言い方だ」*6

弦楽器でヴィブラートをかけないなんてありえないんですが、マーティンは、演奏者たちのプライドを傷つけないようソフトに指示したのです。セッションの最後に、弦楽器セクションを一つのトラックに減らし、ヴォイス・オーヴァーダブ(翌日にレコーディング)を可能にするために、テープ・リダクション・ミックス(テイク15)が作成されました。

(参照文献)ポール・マッカートニー・プロジェクト

(続く)

 

 

この記事を気に入っていただけたら、下のボタンのクリックをお願いします。

にほんブログ村 音楽ブログ ビートルズへ
にほんブログ村

下の「読者になる」ボタンをクリックしていただくと、新着記事をお届けできます。

*1:ジョージ・マーティン – マーク・ルーイスン著「ザ・コンプリート・ビートルズ・レコーディング・セッションズ」2004年

*2:ポール・マッカートニー –マッカートニー 3,2,1ドキュメンタリーシリーズより、2021年 – beatlesebooks.com

*3:ジェフ・エメリック –「Here, There and Everywhere: My Life Recording the Music of The Beatles」2006年

*4:ポール・マッカートニー –マッカートニー 3,2,1ドキュメンタリーシリーズ、2021年 – beatlesebooks.com

*5:ティーブン・シングルズ – ヴィオラ奏者– マーク・ルーイスン著「ザ・コンプリート・ビートルズ・レコーディング・セッションズ」、2004年

*6:ジャイルズ・マーティン –ビートルズの「リボルバー」より:ジャイルズ・マーティンによるリミックスリリースの裏側(nme.com)、2022年10月24日