1 長い間眠っていた貴重な写真を発掘した
(1)社員が保管していた
グランフロント大阪で開催中のポール・マッカートニー写真展「アイズ・オブ・ザ・ストーム」に行って来ました。今回はそのレポートです。ビートルズは1962年にデビューしてから、あっという間に世界的スーパースターとなり、社会現象にまでなりました。今回展示された写真は、1963年12月から彼らがエド・サリヴァン・ショーでアメリカに凱旋した1964年2月までの約3か月間にポールや周囲のスタッフが撮影したものです。
60年前からネガやコンタクトシート(複数の画像を一覧にまとめたシート)のままで、プリントされてこなかった貴重な写真を含む約250枚が展示されています。今回の写真展は、ポール・マッカートニーが撮影した未公開のプライベート写真を展示するものです。この写真展をポール自身が次のように紹介しています。
「これらの写真には歴史的価値があると思う。僕は写家家と見られるだけでうれしいよ。僕の会社で一緒に働いているサラ・ブラウンはアーカイブの担当なんだけれど、彼女は主にリンダ の作品の調査と保存をしているんだ。ある日、リンダの写真についてのミーティングで、僕はふとサラにこう言った。「あのさ、60年代にいくつかの写真を撮ったんだけど、まだあるのかな」って。すると彼女は「はい、ありますよ」と言ったんだ。
いやいや、サラさん、知ってたんならもっと早く本人に教えてあげなきゃ。それにしても60年も前のフィルムがよく劣化しないで保管されていましたね。
(2)タイトルの由来
「サラは多くのギャラリーと関係を持っていた。ナショナル・ポートレート・ギャラリーを始めね。そこでは(僕の娘の)メアリーが仕事をしていた。それで、そこの人たちが僕の写真を見たいと言っているとサラが言った。こうして、僕が古い写真を再発見し、それを彼らが見て、気に入ったというわけなんだ」
「素晴らしいことだったよ。その時代に僕の人生にいたいろいろな人たちとの絆を思い出したからね。つまりビートルズや当時のガールフレンドだったジェーン・アッシャー、そしてその時代は僕の人生に関わった他の人々に。驚きもあった。でもそれはとても暖かい驚きだった。ほとんど家族のスナップ写真と言っていいようなものを、ここまで遡れたのはね」
「もともとは、タイトルを考えながら『アイ・オブ・ザ・ストーム(嵐の目)』がいいなと思ったんだ。単数形でね、なぜならビートルズは自らが作り出した嵐の目の中にいて、その中心にいたからね。でも写真を見ているうちに、これはむしろ(複数形の)『アイズ・オブ・ザ・ストーム』(嵐の中のいくつもの目)だなと思った。なぜなら僕らが嵐の中心にいた瞬間は一度だけじゃなくて、何度もあったからさ」
確かに、ビートルズが世界中から曲を浴びた時期は何度もありましたからね。
2 メンバーだからこそ撮影できた瞬間
今回の写真展が貴重なのは、その多くがビートルズのメンバーであるポール・マッカートニー自身が撮影した写真であることです。ビートルズを撮影した写真は多数残されていますが、メンバーやスタッフが撮影した写真はそれほど多く公開されていません。
メンバーが撮影した写真というだけでも貴重な価値がありますし、メンバーでしか撮影できなかった写真という意味でも貴重です。なぜなら、彼らがファンやマスコミには見せないプライヴェートな姿を映しているからです。
ビートルはスーパースターとなり、写真を撮影されることには慣れていました。しかし、いくら慣れているとは言え、カメラマンの前で被写体となるとどうしても身構えてしまいます。
しかし、プライベートな空間では、彼らは、リラックスして普段見せないような表情や態度を見せます。こういう飾らない彼らを撮影できるのは、メンバーか彼らに近い人にしかできません。ですから、これまで今回されてきた数多くの写真とは違う彼らを見られるのです。
おどけた表情をしたり変な格好をしたり、彼らは、ポールのカメラの前ではしゃいでいます。ビートルズが世界的にブレイクしてとても仲の良かった時代ですから、余計彼らの親密さが写真から浮かび上がってきます。また彼ら以外の周辺の人たちは、ビートルズと違って、表に出ることはあまりありませんでした。ポールは、メンバーであるからこそ、そういったスタッフたちの姿を撮影できたのです。
プロデューサーのジョージ・マーティン、マネージャーのブライアン・エプスタイン、ローディのマル・エヴァンズ、運転手のニール・アスピナルといった人々です。普段はあまり表に出ることのなかった人たちですから、写真の数もメンバーに比べて圧倒的に少なかったので、彼らの写真が見られるという点でも非常に貴重です。またジョンの妻のシンシアやポールのガールフレンドのジェーン・アッシャーたちのリラックスした姿も写し出されています。
3 一部を除いて撮影OK
(1)音声ガイダンスも無料
それでは特に私の目を引いた写真をいくつかご紹介しましょう。なお、写真展では一部の写真を除いて、ほぼすべての写真が撮影OKでした。撮影禁止なのはおそらくカメラマンが撮影したものでしょうね。展示されている写真を無料で撮影できるのは大変珍しいことです。
さらにポールや彼の周辺の人々が当時を振り返って写真の解説をしている音声ガイダンスも、アプリを利用して無料で聞けます。無料でポールの生の声を聞けるんです。ちゃんと日本語に翻訳された文章も付いています。これは非常に嬉しいサービスですね。
(2)リラックスした姿
ジョン、ジョージ、リンゴのオフショットです。衣装を着ていることから、コンサートの合間でしょうか。ジョンとリンゴは、物思いに耽っているようにも見えます。ジョージは、カメラを意識して笑顔を見せていますが、とてもリラックスしてます。
ポールのお気に入りの写真の一つです。彼は、こう語っています。「二つの帽子をかぶったジョージはいいね。ジョージのいいポートレート写真だよね。大げさに振る舞っているわけではなくて、ただそこに立って帽子を二つかぶっているだけなんだ。彼がジョークを楽しんでいる感じはわかるけど、無表情でやっている。だから僕はこの写真がとても好きなんだ」
ジョージは、トリッキーなことをやりながら無表情な顔をしています。だから、逆にユーモラスなんですね。
4 ビートルズ・イン・パリ
ツアーでパリに滞在していた時に撮影した写真の解説です。
ア・デイ・イン・ザ・ライフ
1961年、ポール・マッカートニーはジョン・レノンとともにパリを訪れていた。ミュージシャン志望のヒッチハイカーとしてパリに到着し、フランスのロック・スター、ジョニー・アリディのコンサートを鑑賞した。1964年までに彼らはスターになっていたが、それでもポールが取ったパリの通りやランドマークの写真からは一観光客としてこの街の光景を楽しんでいることが伝わってくる。写真の多くは運転手のビル・コルベットがロンドンから運転してきたオースティン・プリンセスの車窓から撮影されていた。
パリ滞在中、ビートルズはイギリスのアーティスト、デビッド・ウィンによる胸像のためにポーズを取ることに同意し、ポールはその機会を利用して粘土で整形した彼らの肖像と並んだバンドの写真を撮った。またポールはバンドとフランスの象徴的な衣装を着たモデルのソフィー・ハーディーと一緒にポーズを取っている楽しい雑誌用の写真撮影の様子も撮影した。
5 ビートルズ・イン・マイアミ
(1)砂に書いたラブレター
写真の解説です。
ビーチにて、マイアミ・ビーチのドービル・ホテルからの眺めと景色
「ファンがホテルの部屋からでも読めるほど、砂の上にどうやっても見逃せない大きな文字でメッセージを残してくれた」ーポール・マッカートニー
ビートルズは、ドービル・ホテルに宿泊していましたが、ファンがビーチの砂の上にメッセージを書いて彼らにアピールしました。珍しくマーティンが妻をお姫様だっこしてますね。シンシア・レノンはとても美しいですが、一人でいる彼女が何となく寂しそうにみえるのは気のせいでしょうか。
(2)ポールが見たマイアミ
マイアミに到着すると本格的にカラー写真を撮り始める。写真のセレクションの視点が気に入っているんだ。なぜなら、他のツアー期間中、僕らは白黒の世界に住んでいたみたいだったけど、フロリダとか、太陽とか、プールとか、突然まるでワンダーランドにいるような感じだったからね。
僕らは太陽降り注ぐリゾートに行くのは『エド・サリバン・ショー』のためだと分かっていたけど、太陽、波、そのほか、すべてが魅力的だった。そして僕らに素晴らしいことが起こった。イギリスの自動車会社MGが僕らに1台ずつ車を貸してくれたから、僕らは突然 MGに乗ることになったんだ。MGでデートして夜はドライブイン・シアターに行った。それまで車の中から映画を見たことがなかったから、最高だったな。すごく刺激的だったし、若かったからすっかり心を奪われて飽きることなんてまったくなかったね。そのすべてがマイアミならではの興奮だったし、ショーをやることをワクワクしたけど実際にはそのまわりで起こったことが一番の魅力だったかな。
ロンドンは霧が多いし、冬は暗くて寒いですからね。仕事で行ったマイアミですが、ビートルズは、燦燦と降り注ぐ太陽の下で思う存分ヴァカンスを楽しんだのです。
写真展は、2025年1月15日までグランフロント大阪北館ナレッジキャピタル、イベントラボで開催中です。
(続く)
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