1 素朴な疑問
ビートルズがコンサートで演奏している時の写真や動画は数多く残されています。皆さんは、それらを見た時ふと疑問に思うことはありませんか? ビートルズではジョン、ポール、ジョージの3人がヴォーカルを担当していました。1人だけで担当することはあまりなく、リードヴォーカルに加えて1人もしくは2人がコーラスを入れることが多かったのです。
でも、ここで素朴な疑問がわきます。「ヴォーカルが3人いるのに、どうしてマイクを2本しか使わなかったんだろう?」いや、こんな疑問を抱くのは私だけかもしれません。でも、今世界中でビートルズの楽曲をステージで演奏するバンドが存在しますが、ほとんどの場合マイクは3本使用しています。おそらくビートルズがライヴで3本のマイクを使ったのは、ルーフトップ・コンサートだけではないでしょうか?
そこで、そこには何か理由が隠されているのではないかと私なりに調査してみました。いくつか関連する資料が見つかったのでご紹介したいと思います。ただし、証言があるものを除くと、あくまでも推測の域を出ないことはご理解ください。
2 ステージが狭かった
(1)もっともシンプルな理由
「ステージが狭くてマイクを3本置くだけのスペースがなかった」というのがもっともシンプルな理由です。彼らがリヴァプールで下積みをしていた時代、彼らがメインに演奏していたのはキャヴァーン・クラブでした。キャヴァーンとは「洞窟」の意味で、文字通り洞窟のような地下室で彼らはギグをやっていたのです。
ステージがとても狭かったため、マイクを3本置くだけのスペースがありませんでした。リードヴォーカルは当然1本のマイクを独占しますから、コーラスを担当する他のメンバーは、必然的に1本のマイクを2人で共有することになります。
そして、メジャーデビューしてステージが広くなっても、自然とそのスタイルは変えずにコンサートを行ったのではないか、というのが最もシンプルな理由です。確かに、何か特別な理由でもない限り、長年やってきた同じスタイルを変えたくはないですよね。
(2)接触しないように距離を取ったはず
ただ、これは根拠として薄弱な気がします。彼らがコーラスグループで楽器を演奏しないのならわかるんですよ。実際、楽器を演奏しないコーラスグループは、ステージではかなり体を寄せ合ってコーラスを入れていますから。
でも、ビートルズの3人は、みんなギターやベースを演奏しますから、1本のマイクでコーラスをいれるにはお互いの楽器が邪魔になります。楽器を演奏しながらお互いが接近して一つのマイクを共有するわけですから、楽器が相手の体の一部、マイクスタンドやコードに接触してしまう危険性もあるわけです。ピックや指以外の物が弦に触れるとサウンドが変わってしまいます。
それに、彼らは、コーラスを入れる度に体の位置を変えていましたから、その際に接触してしまう危険がありましたし、実際そうなったこともあったでしょう。ステージが広くなればマイクを3本置くスペースができますから、むしろお互いに接触しないよう距離を取ると思うんです。なので、この見解はちょっと違う気がします。
3 ハーモニーを入れやすくするため
(1)相手のヴォーカルが聴こえる
上記のことと真逆のことを言ってるように思われるかもしれませんが、ハーモニーを入れやすくするためにあえてマイクを共有したとも考えられます。写真や動画を見れば分かりますが、メインヴォーカルは1本のマイクを独占して使用しています。残りの2人がコーラスを重ねる時に1本のマイクを2人で共有しています。そうしているのはお互いの声が聴こえてハーモニーを合わせやすかったからではないかと思われます。
(2)貧弱だった音響機器
ビートルズがプロとしてデビューしたばかりの頃は観客もあまりいなかったのですが、彼らのパフォーマンスはすぐに多くの観客を集め、彼らが大きな歓声を上げるようになりました。ビートルズが所有していたアンプなどの音響機器は非常に貧弱でしたから、歓声でヴォーカルがかき消されてしまってよく聴こえなかったのです。おまけに当時は、ステージ上にモニタースピーカーもありませんでした。PAシステムもありませんでしたから、自分たちで克服するしかなかったのです。
こんな状況ですからリードヴォーカルはまだしも、ハーモニーを入れる方はとてもやりづらいですよね。それで、お互いの声がよく聴こえて音程やテンポを合わせられるように1本のマイクを共有したという見解です。
私は、これがメインの理由ではないにしても、一つの理由にはなったのではないかと思います。というのも、ビートルズは、コーラスグループと呼んでも過言ではないほど、見事な三声のハーモニーを入れていました。1本のマイクを共有していても違うメロディーでハモっていたので、ハーモニーを正確に入れるために相手の生の声が聴こえるよう、1本のマイクを共有していたことは十分に考えられます。
(3)リンゴの証言
心強いことにこの見解には証言があります。リンゴは、1964年頃にスタジオでジョンとポールがヴォーカルをレコーディングしている写真について次のように解説しています。
「『僕たちは、このスタジオにいたんだ』と、ジョンとポールのこのショットについてリンゴは話す。『この2人の服装からして、ヴォーカルを歌っていることは間違いない。これは1964年だと思うけど、この服装はそれより少し後のものに見える。ジョンとポールは、ハーモニーを歌うときはいつも同じマイクで歌っていたし、ジョージが歌うときは彼も同じマイクで歌っていたんだ。だから、ハーモニーがすごくいいんだ。二人が近くにいると、お互いの声が聴こえるからね』」*1
ハモることがなかったリンゴの証言ではありますが、彼もメンバーですから内部事情には精通しています。彼がここまではっきり断言しているんですから間違いありません。
4 サウンドシステムが貧弱だった
これは証言はないのですが、可能性として考えられます。つまり、ジョンとポールは、リードヴォーカルを担当することが多かったので、それぞれ1本ずつマイクを持っていましたが、ジョージはハーモニーを入れることが多かったので、ジョンかポールのマイクを共有しなければなりませんでした。
この当時は、現在のライヴでは当たり前になっているPAシステムがまだ導入されていませんでした。1965年のメイプルリーフ・コンサートでは、6チャンネルのAltec Lansingミキサーを使用していたことが確認されています。翌年のシェイスタジアム・コンサートで初めてPAが導入されましたが、ほとんど役に立ちませんでした。
シェイスタジアムのコンサートのステージを見てみると、スタンドマイクが4本並んでいるんですが、それでもあえて1本のマイクを共有しています。おそらくサウンドシステム上の制約からそうせざるを得なかったのではないかと考えられます。
5 その他の理由
(1)マイクが無指向性だった
これは副次的な理由になりますが、当時、一般的に使用されていたマイクはほとんどが無指向性で、現在のような単一指向性のものはあまり普及していませんでした。無指向性のマイクは、周囲の雑音を拾ってしまうという欠点があったのですが、逆
に複数のヴォーカリストが1本のマイクでコーラスを入れるのには適していました。
(2)エヴァリー・ブラザーズのスタイルが気に入っていた
エヴァリー・ブラザーズは、アメリカのミュージシャンでビートルズのお気に入りのデュオでした。彼らは二人で歌っていましたが、2本のマイクを使うことなくあえて1本のマイクで素晴らしいコーラスを聴かせました。ビートルズがそのスタイルを気に入っていたという見解もあります。
(3)ポールが左利きだった
ポールは左利きだったため、ジョージとマイクを共有しやすかったという見解もあります。 ポールは左利きですから、ベースのネックが自分の体の右側に来ていました。逆にジョージは右利きなのでネックは左側です。ですから、彼らがマイクを共有する時は、ハの字のような形になりギターとベースがぶつからないポジションになっていました。もっとも、ジョンとジョージがハモることもあったのでこれは怪しいです。
(4) ブライアン・エプスタインが好んでいた
これも何の根拠もありませんが、マネージャーのブライアン・エプスタインがこのスタイルを好んでいたという見解もあります。元々ビートルズがスーツを着るようになったのも、ステージ上でタバコを吸ったり酒を飲んだりしなくなったのもブライアンの方針でした。そして、彼は、ステージ上で特にポールとジョージが「フー!」とファルセットでコーラスを入れる時に激しく首を振るシーンを気に入ってたので、このスタイルを続けさせたというものです。これも根拠のない見解なので真偽のほどはわかりません。
なお、着目すべきなのは1本のマイクを共有したのはビートルズに限らず、キンクスやビーチボーイズなどのバンドも同じスタイルを採用していたことです。
(参照文献)ザ・ストレート・ドープ・メッセージ・ボード
(続く)
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