
1 ビートルズの新曲がグラミー賞を受賞した
(1)解散から55年を経てリリースされた新曲
ビートルズは、2025年2月2日、新曲「Now and Then」で2025年度グラミー賞で最優秀ロック・パフォーマンスを受賞し、28年ぶりのグラミー賞受賞、通算14回目のグラミー賞受賞となりました。2025年グラミー賞のプレミア式典で、ビートルズは「Now And Then」でパール・ジャム、アイドルズ、ザ・ブラック・キーズ、セイント・ヴィンセント、グリーン・デイなどの曲を抑え、最優秀ロック・パフォーマンス賞を受賞しました。この曲は、2023年11月にリリースされましたが、グラミー賞の投票期間内で受賞資格がありました。
この曲は、1977年にジョンがレコーディングしたデモを元に、ポール、リンゴ、ジョージが参加しました。ジョンのヴォーカルを復元するためにAI技術が使用され、グラミー賞を受賞した初のAIで楽曲制作をアシストした作品となりました。
(2)ショーン・レノンが代表して受賞
ポールとリンゴが式典を欠席したため、ジョンとヨーコの息子であるショーン・オノ・レノンが、父親の1973年のLP「Mind Games」の拡張版再発盤で最優秀ボックスまたは特別限定版パッケージ賞を受賞したのとともに、ビートルズに代わって賞を受け取りました。彼はスピーチの中で「本当に信じられないことです…ビートルズは素晴らしい仕事をたくさんしてきましたし、彼らは今でも文化の中にいて、人々は今でも彼らの音楽を聴いています」と語りました。「私にとっては、彼らは史上最高のバンドです」とビートルズの不朽の遺産を賞賛しました。この受賞は、音楽制作におけるAIの活用をめぐって論争が巻き起こるなかでのことではありましたが、テクノロジーと芸術性の融合における画期的な出来事として祝福されました。
2 どのようにして制作したのか
(1)一度は断念した
今回はビートルズにとって8回目のグラミー賞の受賞であり、グラミー賞を受賞した最初のAI支援曲であるため歴史的に重要な意味を持ちます「Now And Then」は、ジョンが1970年代後半にレコーディングしたデモから生まれました。ポール、リンゴ、ジョージは、1990年代にザ・ビートルズ・アンソロジー・プロジェクトの一つとしてこの曲を完成させようとしましたが、当時の技術ではジョンのヴォーカルを分離できず断念しました。
(2)AIの活用により成功

2021年、ポールとリンゴは、映画製作者のピーター・ジャクソンと彼のチームの協力を得てこの曲を完成させました。彼らは、ジョンのオリジナルのヴォーカルとピアノを分離してクリーンアップするAIテクノロジーを開発しました。
この曲の制作にはAIがオリジナルのレコーディングを復元してクリーンアップするために使用されましたが、ポールは「人工的にまたは合成的に作成されたものは何もない」と強調し、「すべて本物で、私たち全員がそれに合わせて演奏している」と語っています。AIは、あくまでもオリジナルをサポートするために使用されたのです。このグラミー賞受賞は、ビートルズの伝説に新たな一章を加えるだけでなく、音楽の修復と制作におけるAIテクノロジーの活用においても画期的な出来事となりました。
3 なぜ受賞できたのか

「Now and then」がグラミー賞の最優秀ロックパフォーマンス賞を受賞した理由は、以下の点が評価されたためであると考えられます。
①技術革新:AIを活用した音声分離処理技術により、低品質のデモからジョンのヴォーカルを抽出し、高品質な楽曲として再構築したこと。
②歴史的意義:ビートルズの「最後の新曲」として、4人全員が参加する形で完成させたこと。
③音楽の価値:ジョンの未発表音源を元に、現代の技術で蘇らせた楽曲としての完成度が高いこと。
④文化的な影響力:ショーン・レノンがスピーチで語ったように、ビートルズの音楽が今も文化の中で生き続けていることを示したこと。
⑤技術と芸術の融合:AI技術を活用しつつ、オリジナルのアーティストの意図を尊重した制作方法であること。
この受賞は、AIを活用した楽曲として初のグラミー賞を獲得したという歴史的な出来事となり、音楽業界におけるAI技術の可能性を示す象徴的な事例となりました。
4 どのようにAIテクノロジーを活用したのか
AIテクノロジーは、「Now and Then」の修復と完成に重要な役割を果たしました。具体的な作業は次のとおりです。
①ステム分離: 高度なAIアルゴリズムを使用して、1970 代後半のジョンのオリジナル デモのミックスされたオーディオ・トラック内の個々の要素を分離しました。
②音声抽出:AIテクノロジーは、ノイズの多いピアノ伴奏や背景のノイズからジョンのヴォーカルを分離し、これまでにない明瞭さで抽出しました。
③音声修復:機械学習ベースの音声修復テクノロジーを採用し、古くてオリジナル音源の忠実性に問題のあるカセットテープ・レコーディングからジョンのヴォーカルをクリーンアップし、音質を向上させました。
④ノイズ低減:ビデオ通話プラットフォームで使用されるものと同様のAI搭載ノイズ低減システムを利用して、不要な背景音を除去し、全体的なオーディオ品質を向上させました。
こういったAI支援プロセスにより、ポールとリンゴは、バンドのオリジナルサウンドの信頼性を維持しながら曲を完成させることができました。AIテクノロジーは、新しいコンテンツを生成するのではなく、既存の素材を強化するために使用され、ジョンのオリジナルのパフォーマンスの完全性を保ったことは重要です。
5 世間の評価
(1)賛否両論がある

AIによって復元されたビートルズの曲「Now and Then」に対する世間の反応は、肯定的な反応と否定的な反応が混在しています。
①肯定的な反応
多くのファンがとても感激し、曲を聴きながら泣いたという人もいました。ビートルズの新曲を聴いて喜び、言葉を失うほど感動したと語る人もいました。ミュージシャンのイゴール・パスクアルはAIの使用を支持し、現代において「美は非常に必要」であり、AIが必ずしも音楽を非人間化するわけではないと主張しました。
②否定的な反応
リスナーの中には、音楽業界でのAI使用が標準化されることに懸念を表明する人もおり、あるソーシャルメディアユーザーは「音楽業界でこれを標準化するつもりはない」と述べています。
AIテクノロジーの使用は、故人の声や芸術的遺産を使用することの倫理性についての議論も引き起こしています。また、一部の評論家は、グラミー賞のノミネートに現代のアーティストと並んで伝説的なアーティストが選ばれたことに疑問を呈しました。
(2)AIが制作したとの誤解もある
この曲の制作におけるAIの役割の範囲については混乱があり、完全にAIによって生成されたと誤解する人もいました。この曲が最初にリリースされたとき、「AI」という言葉を使用したことによりSNSでいくらかの反発を招きました。
全体として、この曲は多くのファンや評論家を喜ばせただけでなく、音楽制作におけるAIの役割、芸術的遺産の保存、そしてますます自動化が進む音楽業界における人間の創造性の将来について、より広範な議論を巻き起こしました。
6 今後の課題
(1)AIが作曲したのではない
今回の受賞で重要なことは、「AIがビートルズ風の新曲を制作したということではなく、あくまでもジョンが制作したオリジナルを忠実に再現しつつ、高品質な作品に仕上げるために活用された」ということです。AIが過去のビートルズの作品を学習して新曲を制作するということもできますが、それはもはや ビートルズの作品とは言えません。さらには、著作権の問題や倫理的問題など様々な壁があってまず不可能でしょう。実際、アートの世界ではこの手法が広まっており大きな問題となっています。ただし、AIの活用方法によっては新たなジャンルが開かれることになるかもしれません。
もう一つの問題は、ジョン・レノンはすでに故人であり、このプロジェクトには関わっていないということです。もしかしたら、このプロジェクト自体が彼の遺志に反する可能性もありますが、こればかりは確かめることもできません。故人に対する冒涜と捉える人もいるかもしれませんが、それは、それぞれの人の判断に委ねるしかありません。
(2)音楽の分野でAIをいかに活用するか
今後は完全にAIを使って新曲を制作するということもあるでしょう。その場合には著作権など様々な問題をクリアしなければならないため、まだまだハードルは高いと思われますが、活用の方法次第では一つのジャンル としてグラミー賞の中に「AI作曲部門」が設けられる可能性もあります。
ただ、その場合、AIがゼロからオリジナル曲を制作することはできないので、必然的に過去のアーティストの楽曲を学習した上で制作するということになります。しかし、それが本当にオリジナルと言えるのかどうか疑問が残ります。もちろん、人間なら他のアーティストの影響を受けて楽曲を制作することはありますし、ビートルズもそうしてきました。しかし、人間とAIでは「創造性」という点で大きな違いがあります。
とはいえ、AIは日々進化しており、音楽の世界でもその活用は避けて通れないことです。今後どのように活用していくべきかについては難しい問題が残されています。
(参照文献)ハイズ、ジャザップス、センティサイト、ザ・ヴァージ
(続く)
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