
1 ブラスサウンドをもっと大きくしたい
(1)クロースマイクを使用した

「Got To Get You Into My Life」でのブラスセクションの導入についてのお話しを続けます。レコーディング・エンジニアのジェフ・エメリックの回想です。
「そのような弦楽器のサウンドは、それまで誰も聴いたことがなかったし(おそらく「Eleanor Rigby」のこと)、『Got To Get You Into My Life』で私がレコーディングしたようなブラスサウンドも、誰も聴いたことがなかった」
「ここでも、私は楽器にクロースマイク(楽器に非常に近い距離にマイクをセットすること)を使用した。つまり、マイクを4フィート(約1.2ⅿ)離れた場所に置くという標準的な手法ではなく、実際にマイクをベル(管楽器の音が出る先端)の中に直接設置し、そのサウンドに厳しいリミッティング(音量が設定した「しきい値」を超えないように制限する処理)を施した。セッションには5人の演奏者しか参加していなかったため、この曲をミックスする段階になって、ポールは『ブラスサウンドをもっと大きくしたい』と繰り返し言っていた」*1
「マイクは楽器から離す」というのが当時の常識でしたが、エメリックはそれを覆し、より十分な音量を得るために楽器のすぐ近くにマイクをセッティングしたのです。
(2)エメリックのアイデアで音量が倍増した

ポールの要求に対し、ジョージ・マーティンは「もう彼らを再びセッションに呼ぶことは不可能だ。アルバムを完成させなければならないし、外部の演奏者に支払う予算ももう残っていない」と答えました。完璧主義者のポールはブラスセクションに物足りなさを感じ、もう一度レコーディングしたかったのです。しかし、彼らをもう一度スタジオに呼び戻すことは現実的に不可能でした。
そこでエメリックは、素晴らしいアイデアを思いつきました。「私は、ブラス・トラックを新しい2トラック・テープにダビングし、マルチトラックと少しずらして再生することで、ブラスを2倍に増やすというアイデアを思いついた。私は、この曲でのポールのヴォーカルも大好きだった。彼は、本当に自由奔放に歌っていた。ポールがリードヴォーカルをレコーディングしている最中、ジョンがコントロールルームから飛び出してきて激励の声を上げた-これは、リヴォルヴァー・セッション中に普及していた結束とチームワークの証拠だった」*2
ポールの過剰な要求をエメリックがアイディアで見事に解決し、倍のブラスが参加したようにゴージャスに聴こえます。ポールの要求も適切だったことがわかります。
2 アメリカのR&Bやソウルに影響を受けた
(1)レコードからヒントを得た

ポールは、こう語っています。「『Got to Get You Into My Life』は『Revolver』に収録されている曲で、アレンジにさまざまな楽器を試して楽しんだ。このアルバムの前の曲『Eleanor Rigby』は、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロだけで演奏されている。『Love You To』ではジョージがシタールを演奏している。そしてこの曲ではブラスセクションが登場する」
「私は、アメリカのR&Bやソウルをたくさん聴いていたが、ジョー・テックス、ウィルソン・ピケット、サム&デイヴなどのレコードにはブラスセクションが入っていた。それが『私もやってみよう』と思うきっかけになった。私には、そういうことがよくあるんだよ。ラジオで何かを聴いて『おお、これを自分のヴァージョンでやってみよう』と思うんだ。そこで、トランペットとサックスのブラス奏者をアビイ・ロード・スタジオ2に招き、私が望むことを説明したら、彼らはすぐに理解してくれた」*3
(2)ヴォーカルをやり直した
テープが満杯だったため、オーヴァーダブを可能にするためのリダクション・ミックスが必要でした。3回の試みが行われ、テイク9から11とラベル付けされました。そのうちテイク9が最も良いと判断されました。このプロセスの一環として4月11日にレコーディングされたポールのリードヴォーカルは破棄され、2つのトラックが利用可能になりました。
ポールはその後、リードヴォーカルを再びレコーディングしました。このレコーディングでは周波数制御を使用し、通常より遅い速度でレコーディングされ、やや高いピッチで再生されました。ジョンとジョージは、リリースされたヴァージョンで使用されなかったバックヴォーカルをレコーディングしました。リンゴはタンバリンのパートを追加し、ジョンはオルガンのパートを追加しました。
「トラック3には、1分49秒から2分6秒の間に、ポールとジョージが演奏する『ドロップイン』のギターパートが収録されている。この部分ではタンバリンとポールの2番目のヴォーカルが削除され、その時点から彼の歌声が二重にレコーディングされないようにされている」*4
使用されなかった二つのモノラルミックスでセッションが終了しました。1966年6月17日にこの曲を完成させるための最終的なオーヴァーダブが追加されました。
3 ビートルズとジャズミュージシャンの初めてのコラボ
(1)最高のジャズミュージシャンが揃った

「今週はリンゴ、ポール、ジョージ、ジョンの週間!そして『Paperback Writer』(明日金曜日に発売)の週に、ビートルズがトップクラスのイギリス人ジャズミュージシャンとLPトラックをレコーディングした」とのニュースが伝えられました。
ジョージ・フェイムは、ビートルズに「ビートルらしい」考えを持つ最高のミュージシャンを紹介しました。セッションには、イアン・ハマー、レス・コンドン、エディ・サザランド(トランペット)、アラン・ブランズカム、ピーター・コー(テナーサックス)が参加しました。
(2)ビートルズは何も指示しなかった
ポールの希望にトランペッターのレス・コンドンは、メロディー・メイカー誌のインタヴューで、ビートルズのセッションに参加した感想を語りました。インタヴューの前半は前回ご紹介した通りです。彼らは、ポールとマーティンが主導する中で手探りしながらセッションを続けたのです。「そのほとんどはワンテイクでうまくいった。イアンと私はいくつかのハーモニーをメモしたが、皆が参加したのでアレンジの功績は均等に分けられるべきだ。私は、エンディングのトランペットについて何か提案し、私たちはそれをダビングした。彼らはそれがまだ十分ではないと思ったので、3本のトランペットで再びダビングした」
「そのコーダでは、実際には6本のトランペットが聴こえるんだ。それは、私がこれまで参加した中で最もリラックスしたセッションだった。ビートルズは皆、とてもいい連中だったよ。そして、みんな知ってるかな?彼らは、何も私たちに指示しなかったんだ。彼らはただ、質問を繰り返し続けたんだよ」*5
ビートルズは管楽器に関してはあまり詳しくなかったので、ジャズミュージシャンたちに任せたのでしょう。ビートルズは彼らに指示するというよりも、むしろわからないことをたくさん質問しました。ミュージシャンたちは、ビートルズの期待に応えて殆どワンテイクで完璧に演奏しました。
4 ニュー・ミュージカル・エクスプレス誌の記事

ニュー・ミュージカル・エクスプレス誌は「ビートルズの新作LPにジャズレコーディング初収録、新計画」とのタイトルでビートルズのアルバムの概要を報道しました。
「ビートルズの次回作となるLPには、彼ら初のジャズレコーディング作品が収録され、5人のイギリスを代表するジャズミュージシャンがバックを務めた。このトラックには、ビートルズの4人全員に加え、トランペット奏者のイアン・ハマー、レス・コンドン、エディ・サザランド、テナーサックス奏者のアラン・ブランズカムとピーター・コーが参加している。アルバムのリリース日は未定だ」
「ビートルズはドイツでのコンサートのため、予定より1日早くロンドンを出発する。彼らは6月23日木曜日の午前11時にロンドン空港から出発する。4日後、ハンブルクから直接東京へ飛び、6月28日に到着し、2日後の3夜連続コンサート最初の公演を行う。マニラでのコンサート後、彼らは7月5日にロンドンに戻る」
「ビートルズのアメリカツアーのスケジュール変更により、彼らはルイビルではなくクリーブランドに8月14日に向かう。彼らは8月11日木曜日にロンドン空港を出発し、ツアーを開始し、8月30日火曜日に帰還する」
「ビートルズの映像クリップは昨夜のグラナダ・テレビの『シーン・アット・6.30』には挿入されなかったが、月曜日に使用される可能性がある」*6
1978年にアース・ウィンド・アンド・ファイアがこの曲をカヴァーしました。ビートルズがいかに先進的であったかがわかります。
(参照文献)ポール・マッカートニー・プロジェクト
(続く)
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