
- 1 デッカのオーディションテープがポールに返還された
- 2 「デッカ・オーディション」とは何だったのか
- 3 どのようにしてカナダへ渡ったのか?
- 4 ポール・マッカートニーに返還された
- 5 発見された音源の内容と意義
- 6 これからの展望と期待
1 デッカのオーディションテープがポールに返還された
(1)「幻のオーディション・テープ」
1962年1月1日―この日は、後に世界中の音楽史を塗り替えることになるイギリスの若き4人組、ザ・ビートルズが、ロンドンのデッカ・レコードのオーディションを受けた日として知られています。しかし当時、デッカは彼らと契約せず、音楽界はまた別の選択をすることとなりました。このセッションでレコーディングされた音源は長年、伝説や断片として語られるだけでしたが、2025~2026年にかけて、驚くべき「幻のオーディション・テープ」が発見され、世界中のファンを驚かせています。そしてその物語は最終的に、ポール・マッカートニー本人の手に渡るという、映画のような結末を迎えました。今回はこの歴史的な出来事についてお話しします。
(2)バンクーバーのレコード店で眠っていた貴重な音源
この物語の主人公は、カナダ・バンクーバーの老舗レコード店である「ネプトゥーン・レコーズ」のオーナーであるロブ・フリス(Rob Frith)です。彼は数年前、店の片隅で「Beatles Early Demos(ビートルズ初期デモ)」とだけ書かれたオープンリール・テープを手に入れました。その時は、ただのブートレグ(海賊版)の古い音源だろうと考え、特に気に留めていなかったと言います。
しかし、2025年春、彼は友人で音楽保存の専門家でもあるラリー・ヘネシー(Larry Hennessey)と一緒にそのテープを再生機にかけてみました。するとその音質は普通の海賊版とは比べ物にならないほど鮮明で迫力あるサウンドだったのです。フリスはその瞬間、「まるでビートルズが目の前で演奏しているようだ」と驚嘆したと語っています。
さらにヘネシーがテープの状態を詳しく調べたところ、それは「リーダー・テープ」と呼ばれる、トラック(曲)ごとに分けられたプロ仕様の編集が施されているものだと確認され、これが単なる海賊版ではなく、1962年のデッカ・レコードのオーディション・セッションの直接コピー音源である可能性が高いと見られています。
2 「デッカ・オーディション」とは何だったのか
(1)初めて受けたオーディション

まず、このテープがなぜ重要なのかを理解するために、1962年のビートルズ史を簡単に振り返ってみましょう。
ビートルズは1960年代初頭、リヴァプールやハンブルクのクラブで腕を磨いていましたが、まだ正式なレコード会社との契約はしていませんでした。彼らのマネージャーであるブライアン・エプスタインは多くのレコード会社に売り込みをかけ、1962年1月1日にはついにデッカ・レコードでのオーディション(商業テスト)が実現しました。これに合格すれば、ビートルズは自分たちのオリジナル曲でレコードをリリースし、メジャー・デビューできるはずでした。
(2)音楽史上最大の判断ミスの一つ
このセッションでは15曲がレコーディングされたとされ、そのうちいくつかは後に1995年のコンピレーション『Anthology 1』などで部分的に公式リリースされています。しかし当時、デッカはビートルズと契約を結ばず、代わりに同日オーディションを受けていた別のグループと契約しました。この決断は後に「音楽史上最大の判断ミスの一つ」とも評されるようになります。
その後ビートルズは、エプスタインの尽力とプロデューサーのジョージ・マーティンの支援を得て、EMI傘下のパーロフォン・レコードと契約しました。1962年10月5日にパーロフォンよりデビュー・シングル『Love Me Do』をリリースし、世界的な成功への道を歩み始めたのです。
このデッカ・セッションの音源は、長らく海賊版や断片のみが流通してきましたが、完全な形に極めて近いレベルの高音質音源が発見されるのは極めて稀な出来事です。
3 どのようにしてカナダへ渡ったのか?
では、この貴重なテープはどのようにしてカナダのレコード店にたどり着いたのでしょうか。
調査の結果、このテープは1970年代に当時バンクーバーで活動していたレコード業界人ジャック・ハーシュホーン(Jack Herschorn)に渡されたものである可能性が高いと判明しました。彼はロンドンのプロデューサーからこのテープを手渡され、「北米でコピーを販売するように」と勧められたものの、倫理的な理由で販売を断念したと言われています。
ハーシュホーンによれば、彼は「ビートルズは当時も今も偉大なアーティストであり、正当なロイヤリティを受け取るべきだ」と考え、このテープを商品化せず、自身の手元で保管していたとのことです。結果としてそのテープは流通せず、やがて忘れられた状態で別のコレクターの手に渡り、最終的にはフリスの下へと来たのでした。
このハーシュホーンという人物には敬意を表するべきだと思います。彼はこれをオークションにかけて大儲けしようと思えばできたのにそれをしなかったのです。本当に心からビートルズを愛している人だということがわかります。
4 ポール・マッカートニーに返還された

この発見はSNSを通じて世界中のビートルズ・ファンの間で瞬く間に話題となりました。そしてついには、ポール・マッカートニー本人の関心を引くまでに至ったのです。有名ミュージシャンへの尊敬と歴史的価値を重んじたフリスは、テープを売るつもりは毛頭なく、真の「持ち主」であるビートルズ側に返すことを望んでいました。ここでもビートルズは幸運に恵まれました。こんなにもビートルズを愛している人の手にテープが渡ったのですから。
最終的にフリスとその家族は2025年9月18日にロサンゼルスでポールと面会し、その貴重なオーディション・テープを彼本人に手渡しました。この時、写真撮影は控えられたものの、ポールは心から歓迎し、複数のサイン入り記念写真やアルバムをフリス家に贈ったと言われています。会食やセッションに誘われるなど、ただのコレクターと著名人という枠を超えた和やかな交流も生まれました。
この出来事は、多くのファンにとってまさに夢のような話であり、歴史的な音源が正しい場所に帰った瞬間として語り継がれることでしょう。
5 発見された音源の内容と意義
(1)プロのレコーディングセッションに近い形
www.youtube.com発見されたこのテープは、1962年1月1日のデッカ・オーディション音源の完全なコピーと考えられています。15曲が収録されているとされ、以下のような楽曲が含まれていると推測されています。
「Money (That’s What I Want)」/「Sheik of Araby」/「Like Dreamers Do」/「Hello Little Girl」その他、当時のライヴ・セットリストに由来する多数のカヴァーや初期オリジナル曲
これらの曲には、後にライヴや公式レコーディングで世に出るものもありますが、この初期の生々しい演奏を高音質で聴ける可能性は、ビートルズ研究やファンにとって計り知れない価値があります。
さらに音源が「リーダー・テープ」であることは、単なるブートレグではなく、プロのレコーディングセッションに近い形で音が保存されていた可能性を物語っています。こうした仕様は海賊版にはまず見られないもので、専門家の評価にも値する発見です。
(2)音楽史に残るエピソードとしてのデッカの契約拒否
この発見は単に珍しい音源が見つかったというだけではありません。デッカ・レコードがビートルズと契約しなかったという歴史的な判断そのものの再評価につながる出来事でもあります。当時デッカは「ギター・バンドは過去のものだ」という理由などでビートルズの契約を見送ったと言われていますが、そこから数年後のビートルズの爆発的成功を見れば、その判断がいかに誤りだったかは歴史が示しています。
このテープは、歴史に残る惜しい瞬間を生々しく聴き取ることのできる貴重な証拠です。デッカの契約拒否がなければ、ビートルズは、また別の道を歩んでいたかもしれない…そんな想像を掻き立てる材料でもあります。
6 これからの展望と期待
ポールの手に渡ったこのテープが、今後どのように扱われるのか、ファンや研究者の間で期待が高まっています。一部では公式リリースや保存プロジェクトへの活用が望まれていますし、彼自身がこの発見について語る可能性もあります。
またこの発見は、今なお眠っている可能性のある歴史的音源の発掘に向けて世界中のコレクターや研究者に刺激を与えています。ほんの些細な発見が、後の音楽史の見方を一変させるかもしれません。
1962年のデッカ・オーディション・テープの発見とその返還までの道のりは、ただの音楽ニュースを超えた人間ドラマでもあります。あるレコード店主の好奇心、保存家の専門知識、そして音楽史への敬意が重なり合い、時を超えた歴史的音源がついにそれが存在すべき場所に帰ったのです。これは単なる発掘ニュースではなく、ビートルズという時代の遺産が再び私たちの前に姿を現した瞬間でもあります。
私は、長年ビートルズの音源史を追ってきました。この音楽史に残る歴史遺産が奇跡的に発見されたことにとても感銘を受けています。それと同時に一ファンとしては、このテープが、ビートルズの貴重な作品として公式にリリースされることを願います。
(参照文献)ザ・グローブ・アンド・メール
(続く)
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