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ジョージ・ハリスンの愛機「ルーシー」奪還劇~盗難からメキシコ追跡、奇跡の帰還まで(571)

「ルーシー」を弾くジョージ

はじめに

George Harrison's Gibson 1958 ransom Les Paul

ビートルズのメンバーが手にした楽器には、それぞれ忘れがたい物語があります。その中でも、とりわけ映画のような展開をたどったのが、ジョージ・ハリスンの愛機「ルーシー」です。エリック・クラプトンから贈られ、ビートルズ後期からソロ期にかけて印象的な場面で使われたこの1957年製ギブソン・レスポールは、1973年に盗難に遭いました。

しかも話はそこで終わりません。ギターはロサンゼルスの店を経てメキシコ人ミュージシャンの手に渡り、ジョージはその行方を追跡し、交渉の末、別の名器まで用意してついに自分の手元へ取り戻したのです。
ポール・マッカートニーのヘフナーのように、長い歳月を経て戻ってきた楽器の話も胸を打ちます。しかし「ルーシー」の物語が少し違うのは、持ち主自身があきらめず、足取りを追い、交渉し、代償を払ってまで取り戻した点にあります。

だからこそこの話には、単なる盗難事件では終わらない生々しさと執念、そしてミュージシャンと楽器の結びつきの深さが宿っています。今回は、ジョージ・ハリスンの「ルーシー」がどんなギターだったのか、なぜそこまで特別だったのか、そしてどのようにして持ち主のもとへ戻ったのかを、流れに沿ってまとめます。

1 ルーシーという特別なギター

(1)クラプトンから届いた1本

www.youtube.com『While My Guitar Gently Weeps』のギター

「ルーシー」は、チェリーレッドの色合いが印象的な1957年製ギブソン・レスポールです。もともとはラヴィン・スプーンフルのジョン・セバスチャンや、リック・デリンジャーといったミュージシャンの手を渡ってきたギターで、後にエリック・クラプトンが手にしました。そのクラプトンが1968年ごろ、ジョージに贈ったことで、このギターはロック史の中心へ入っていきます。
もともと1957年製のゴールドトップで、デリンジャーの時代に赤くリフィニッシュされました。ジョージはこの赤いレスポールを、赤毛の大女優ルシル・ボールにちなんで「ルーシー」と呼ぶようになったといわれています。
誰かの工房からまっさらなまま届いたギターではなく、何人もの弾き手の時間をくぐり抜け、最後にジョージのもとへやって来た1本でした。その積み重ねが、ジョージにとって単なる道具以上の意味を持たせたのだと思います。

(2)ビートルズ後期を彩った音

www.youtube.com「ルーシー」について語るクラプトン

「ルーシー」は、ジョージのキャリアの中でも印象的な時期に寄り添ったギターでした。とくに『While My Guitar Gently Weeps』をめぐるエピソードでは、クラプトンがこのギターで同曲のリード/ソロをレコーディングしたと説明しています。上記の動画では、クラプトンがその時の話をしています。

そしてジョージ自身にとっても、このギターには強い個人的意味があったようです。アルバム『The Beatles』や『Abbey Road』の時期、そしてその後のソロ活動にまでつながるイメージを持つことから、「ルーシー」は単なる所有物ではなく、ジョージの音楽人生の一部を形にした存在だったといえます。
ギターには価格や希少性だけでは測れない価値があります。誰が、どんな作品で、どんな時間をその楽器と過ごしたのか。その記憶が重なったとき、1本のギターは楽器を超えて象徴になります。「ルーシー」はまさにそうした存在でした。

2 1973年の盗難事件

(1)ビバリーヒルズの自宅からの消失

1973年4月13日、「ルーシー」はジョージのビバリーヒルズの自宅から盗まれました。しかも事件は、単に家から消えたというだけでは終わりません。盗難のあと、このギターはロサンゼルスの楽器店へ流れ、さらにメキシコ人ミュージシャン、ミゲル・オチョアの手に渡ったとされています。

つまりジョージが気づいたときには、ギターはすでに別のルートに乗り、国境を越えて追跡しなければならない状況に入っていたのです。「ルーシー」の場合は、その後の移動があまりにも速く、しかも複雑でした。ジョージにとっては、ただ失っただけではなく、自分の一部をどこかへ連れ去られたような感覚だったのではないかと思います。

(2)誘拐劇のような展開

この話が今も語り継がれる理由のひとつは、ジョージ自身の表現にあります。後年のインタビューでジョージは、返還交渉のために相手へ連絡し、会う約束までしたものの、相手は車に飛び乗ってグアダラハラへ逃げ、「自分のギターを誘拐した」とでも言いたくなるような状況だったと振り返っています。
この言い方には、単なる怒りだけでなく、深い愛着がにじんでいます。もしそれが代わりのきくギターなら、ここまでの言葉にはならなかったはずです。ジョージにとって「ルーシー」は、失っても別の一本で済ませられる楽器ではありませんでした。だからこそ、盗難の話はそのまま“奪還の物語”へ変わっていくのです。

3 メキシコ追跡と返還交渉

(1)オチョアとの接触

ジョージは「ルーシー」の行方を追い、最終的にミゲル・オチョアのもとにあることを突き止めます。最初は購入代金を返すからギターを返してほしい、という形で話を進めようとしたようです。ところが、相手は簡単には応じませんでした。ここで話は、盗品の返還ではなく、事実上の交渉、あるいは身代金を伴うようなやり取りへと変わっていきます。
盗まれた側がここまで動かなければならないのか、と思わされますが、それでもジョージはあきらめませんでした。

(2)ラヴィ・シャンカールを通じた異例の呼びかけ

ラヴィ・シャンカールとジョージ

さらに驚かされるのが、ラヴィ・シャンカールまでこの件に関わってくることです。ジョージの親しい友人であり、シタールの演奏方法を教えるなど音楽的にも大きな影響を与えたラヴィが、ちょうどグアダラハラでテレビ出演する機会を持っていたため、ジョージはそこで自分のギターが盗まれてその街にあることを訴えてもらったとされています。
こうしたエピソードを知ると、「ルーシー」奪還劇がどれほど切実だったのかがよくわかります。ジョージは、ただ待っていたのではありません。使えるつながりをすべて使い、自分の大切なギターを取り戻そうとしていたのです。

4 身代わりのギター

(1)交換条件としてのレスポール

ギターと交換に「ルーシー」の返還に応じるというジョージの手紙

最終的にオチョアは現金だけでの返還には応じず、同時期のレスポールとの交換を求めました。報道によって細部には少し違いがありますが、1958年製レスポール・スタンダードに加えて、フェンダー・プレシジョンベースも条件に含まれていたと伝えられています。いずれにしても重要なのは、ジョージが自分のギターを取り戻すために、別の名器を差し出す必要があったという点です。
これは単なる売買ではありません。自分の歴史を取り戻すために、別の高価で貴重な楽器を手放すという選択でした。その決断の重さに、「ルーシー」の特別さがよく表れています。

(2)ノーマン・ハリスの協力

この交換劇で重要な役割を果たしたのが、ヴィンテージ楽器ディーラーのノーマン・ハリスでした。彼の証言によれば、ジョージは交換用のレスポールを探し、実際に購入して取引に臨んだそうです。しかも、その過程で別の1本まで気に入り、自分用に手に入れたという話も残っています。
こうした細部から見えてくるのは、スターの世界にも意外なほど泥くさい現実があるということです。書類だけでは解決せず、人脈と現物と交渉力を総動員して、ようやく1本のギターが戻ってくる。その現実味が、この話をいっそう魅力的にしています。

5 ルーシーの帰還

(1)ジョージの手元への帰還

数々の交渉の末、ジョージはついに「ルーシー」を取り戻しました。後年、ジョージ自身も「最終的には取り戻した」と語っていて、その言葉からは安堵と執着の両方が感じられます。しかも彼にとってこのギターは、音がいいだけのレスポールではありませんでした。クラプトンが弾き、自分もビートルズ後期の作品やその後の活動で使った、非常に個人的な意味を持つ1本だったのです。
だからこそ、この回収劇は単なる“盗難品の返還”ではありませんでした。ジョージにとっては、自分の音楽の記憶の一部を取り戻す行為だったのだと思います。

(2)ハリスン家に残る現在地

「ルーシー」はその後、ジョージの死後もハリスン家のもとにあるとされています。盗まれた名器の話は、行方不明のまま終わったり、別のコレクターのもとで神話化されたりすることも少なくありません。しかし「ルーシー」は、持ち主の生前にちゃんと帰還し、その後も家族のもとで守られてきました。
この結末があるからこそ、「ルーシー」の物語は悲劇だけで終わりません。失われたものが戻ってくること、しかも持ち主の強い意思でそれを実現できることを示す、めずらしくも希望のある楽器の物語になっています。

6 結論

ジョージ・ハリスンの「ルーシー」が今も特別なギターとして語られるのは、その来歴が華やかだからだけではありません。クラプトンから贈られ、ビートルズ後期の記憶と結びつき、盗まれ、メキシコへ渡り、それでも最後にはジョージ自身の執念で取り戻された。その流れのすべてが、1本のギターに宿るにはあまりにも劇的だからです。
そして何より心を打つのは、ジョージがこのギターを代わりのきく道具として扱わなかったことです。別の名器を差し出してでも取り戻したかったのは、そこに自分の音楽人生の一部が刻まれていたからでしょう。名器とは、値段や希少性だけで決まるものではありません。

誰がどんな時間をその楽器と過ごし、どんな思いをそこに重ねたのか。その記憶まで含めて、1本のギターは伝説になります。「ルーシー」は、まさにその典型です。

(参考文献)

ギター・ワールド

ギター・プレイヤー

BBC・カルチャー

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