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「吟遊詩人」ジョン・レノンはどこから言葉を得たのか――歌詞の発想の源と作り方(573)

『Strawberry Fields Forever』を制作中のジョン・レノン(1966年、スペイン)

はじめに

In His Own Write': John Lennon, Writer, Storyteller, And Poet

「ジョン・レノンの作詞」というと、新聞記事や広告、あるいは自分自身の体験から言葉を得た、という説明がよく語られます。もちろんそれは間違いではありません。ただ、実際のジョンは、もっと柔らかく、もっと複数の入口から詞へ入っていたように見えます。昔の歌の言葉遊び、ふと目に浮かぶ場面、与えられた題名、過去の記憶、そして書いたあとで初めて気づく本音。ジョンの詞は、そうした断片が互いに結びつきながら形になっていきました。

この記事で語りたいのは、ジョンが「何を歌ったか」だけではありません。むしろ、その前段階にある「どこから言葉をつかんだのか」「どうやって素材を歌になる形へ変えたのか」を掘り下げたいと思います。結論を先に言えば、ジョンは思いついたことをそのまま書く人ではなく、外から来た素材を自分の感情に引き寄せ、削り、残し、歌の言葉に変える人でした。その変換の仕方にこそ、ジョン・レノンの作詞の面白さがあると思います。

1 着想の入口

(1)小さな引っかかり

ジョンの作詞について考えるとき、まず押さえておきたいのは、彼がいつも最初から「深い告白」を書こうとしていたわけではない、ということです。ジョンの詞は、もっと小さな入口から始まることが多かったようです。

耳に残る言葉、昔の歌の一節、ふと浮かんだ場面、誰かから与えられた題名、自分のなかに沈んでいた記憶。そうした断片が、まず先にありました。よく広告や新聞記事が着想源として語られますが、実際にはそれより広く、日常のなかで言葉やイメージに引っかかる感覚そのものが、ジョンの出発点だったのだと思います。

(2)素材を歌に変える力

ここで大事なのは、ジョンが無から言葉をひねり出す人というより、外から来た素材を自分の歌に変える人だった、という見方です。しかも、その素材は大げさである必要がありません。たった一つの言葉でも、一つの光景でもよかったのです。

ジョンの作詞は、いきなり完成形で現れるものではなく、拾ったものを削り、変え、感情に引き寄せる過程のなかで形になっていきました。だから彼の詞は衝動的に見えて、実はかなり選び抜かれた言葉になっています。ジョンの秘密は、特別な題材を持っていたことより、断片を歌へ変える感覚の鋭さにあったのだと思います。

2 外から拾った言葉

(1)既存曲の響き

www.youtube.com当初のヴァージョンを想像して作成した音源

初期のジョンを考えるうえで象徴的なのが『Please Please Me』です。この曲についてジョンは、ロイ・オービソン風の曲を書こうとしたこと、さらにビング・クロスビーの歌詞にある “please” の言葉の使い方にも惹かれていたことを振り返っています。

ここから見えてくるのは、ジョンが最初から「自分だけの真実」を書こうとしていたのではなく、まず既存曲の雰囲気や言葉の響きをつかみ、それを手がかりにしていたということです。つまり出発点は、完全なオリジナルというより、外の世界にある魅力的な断片でした。

(2)借り物のままで終わらない書き方

youtu.beただし、そこで終わらないのがジョンの面白さです。『Please Please Me』は重いバラードとして始まったのに、最終的には鋭く前へ進むビートルズの最初のシングルヒット曲になりました。借りたのは完成品ではなく、あくまで型や語感の入口だけだったのです。

ジョンは既存曲の空気を写しているようでいて、そのまま模倣することにはあまり興味がなかったのでしょう。むしろ、借りた入口を自分たちの勢いやテンポのなかで押し変えていく。その感覚が、初期からすでに強くありました。作詞というと「何を言うか」に目が向きがちですが、ジョンの場合はその前に「どんな響きに引かれたか」があります。ここを見落とすと、ジョンの詞の出発点は見えにくくなります。

3 場面から立ち上がる詞

(1)説明しない感情

www.youtube.com

ジョンの詞がさらに面白くなるのは、感情をそのまま説明せず、まず場面を置くようになるところです。『No Reply』はその変化がよく見える曲です。ジョンはこの曲を、自分にとって最初の「完結した物語」に近い歌だったと振り返っています。

ここで重要なのは、「私は傷ついた」と先に言うのではなく、「家の前まで行く」「返事がない」「窓越しに姿が見える」という状況を置いていることです。感情は説明されるのではなく、見える形で立ち上がるのです。ここを説明に走ってしまうと、途端に凡庸な歌詞になってしまいます。

(2)一場面で心理を見せる方法

しかもこの曲には、別の既存曲から受けたイメージの手がかりがあります。つまりここでもジョンは、完全な無から書いているわけではありません。外から入ってきた一つの情景を、自分の詞のなかへ組み替えているのです。ただ、『No Reply』では借用の跡そのものは前に出てきません。残るのは、見てしまった者の居心地の悪さや、言葉にしきれない敗北感です。

ジョンは感情を大きく語るよりも、一つの光景に封じ込めることで、かえって強く伝えることができました。ここで彼の詞は、単なる恋愛の定型句から、場面のなかに心理を沈める書き方へ進んでいきます。短い曲なのに妙に生々しいのは、説明が少ないからこそ、聴き手がその空気を自分で吸い込むことになるからでしょう。これは一種の「引き算の美学」かもしれません。

4 記憶の編集

(1)場所の列挙からの離脱

『In My Life』 の手書きの歌詞

ジョンの作詞法をもっともはっきり示しているのは、『In My Life』かもしれません。この曲は、最初からあの形だったわけではありません。もともとは、リヴァプールの地名や通り道を並べた、かなり具体的な草稿だったといいます。

けれどジョンは、それではうまくいかないと感じました。場所をたくさん書けば記憶が深くなるわけではない。むしろ、細かく書きすぎると歌は狭くなってしまう。そこで彼は、場所の一覧を捨て、その場所に結びついていた感情だけを残す方向へ進みました。

(2)普遍的な詞への変換

ここにジョンの作詞の核心があります。彼は体験をそのまま記録したのではなく、歌として残る形へ編集したのです。これはとても重要です。ジョンの詞はしばしば私小説的だとか日記的だとか言われますが、実際にはかなり強い取捨選択があります。

『In My Life』が多くの人に届くのは、具体的な地名の列挙をやめて、「過去の友人や恋人を思い返す」という感情の輪郭だけを残したからでしょう。つまりジョンは、思い出をそのまま歌にしたのではなく、思い出のなかから何を削れば歌になるかを知り始めていたのです。具体的な固有名詞を挙げると、自分だけの思い出になってしまい、リスナーの共感を得にくくなります。

ここで初めて、ジョンの詞は「個人的なのに普遍的」という独特の強さを持つようになります。自分の話をしているのに、自分の話だけで終わらない。ジョンの詞の魅力は、この編集の感覚に支えられています。

5 題名から本音へ

(1)注文曲という入口

『Help!』の手書きの歌詞


『Help!』は、ジョンの作詞のもう一つの特徴をよく示しています。この曲の出発点は、映画のタイトル曲という注文でした。つまり最初にあったのは、内面の告白ではなく、外から与えられた題名です。

それでもジョンは、後年になってこの歌は本当に自分が助けを求めていた歌だったと語っています。ここがとてもジョンらしいところです。最初から「本音を書こう」と決めて書くのではなく、与えられた言葉をきっかけに書き進めた結果、あとから振り返ると、そのなかに自分の状態がそのまま入っていたのです。

(2)あとから追いつく自己理解

www.youtube.com

この感覚は、作家としてかなり独特です。多くの人は、まず気持ちがあり、それをどう言葉にするかを考えます。けれどジョンは、先に言葉や題名があり、そこへ自分が追いついていくことがある。つまり、歌を書いたあとで初めて「これは自分のことだった」とはっきりわかる場合があるのです。『Help!』はその代表でしょう。

しかもここでは、タイトルの単純さが逆に強みになっています。「助けてくれ」という一語の強さが、そのまま本音の直通路になったからです。ジョンは、感情を整理してから書く人ではなく、書くことで感情の正体に近づいていく人でもありました。外から来た題名を、自分の本音へ変えてしまう。この力は、ジョンの作詞を考えるうえでとても大きいと思います。

6 作詞法の共通点

(1)共通しているもの

ここまで見てくると、ジョンの作詞には一つの公式がないことがよくわかります。既存曲の言葉遊びから入ることもあれば、窓越しの光景のような場面から始まることもある。過去の記憶を素材にすることもあれば、注文として与えられた題名から出発することもある。

ただ、そのどれにも共通しているのは、ジョンが素材をそのまま出していないことです。借りた言葉は借りたままでは終わらず、体験もそのままの記録では終わらない。必ずそこに、削る作業と感情への引き寄せが入っています。

(2)第2回への橋渡し

だから、ジョンの作詞の秘密を一言で言うなら、彼は「思いついたことを書く人」ではなく、「拾った素材を歌の言葉に変える人」だった、ということになるでしょう。『Please Please Me』では言葉遊びと既存曲の型をつかみ、『No Reply』では場面に心理を埋め込み、『In My Life』では記憶を編集し、『Help!』では与えられた題名を本音へ変えました。こうして見ると、ジョンの詞は衝動だけでも技術だけでもありません。その両方のあいだで、何を残し何を捨てるかを選び取る感覚によってできています。

そして次に見えてくるのは、こうして得た言葉が、どうやってメロディーになり、コードを持ち、歌として立ち上がったのかという問題です。次回は、ジョンが言葉をどのように音へ変えていったのかを見ていきます。

(参照文献)

ビートルズ・バイブル、ビートルズ・インタビューズ、イマジン・ピース

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  • 作者:和田晋司
  • 幻冬舎メディアコンサルティング
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