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ジョン・レノンのメロディ、コード、構成の感覚(574)

『Lovely Rita』をレコーディング中のジョン(1967年2月24日)

はじめに

ジョンの作曲は、理論を先に立てて全体像を設計するというより、まず耳に残る断片をつかみ、そこから一曲へ育てていくやり方でした。ただし、単なる思いつきではありません。

短い入口をどう本編へつなぐか、どこで変化を入れるか、どこで元の感触へ戻るかという判断があり、そこではポールやジョージ・マーティンの役割も大きかったのです。第2回ではその流れを作品に即して見ていきます。

1 最初にできるのは、一曲ではなく「入口」

(1)『If I Fell』の導入部は本編とは別の「入口」

『If I Fell』の手書きの歌詞

その典型が『If I Fell』です。この曲は本編に入る前に、そこだけ一度しか出てこない導入部を持っています。ビートルズ・バイブルの解説でも、この導入部は曲の後半で繰り返されない独立した部分だと説明されています。ジョンは本編だけを並べたのではなく、聴き手を曲の中へ導く入口を、すでに構成の一部として置いていたわけです。

(2)ポールは、入口の役割を説明している

この導入部について、ポールは2013年5月号の『Q』誌の中で、昔のポピュラーソングに多かった「前置き」のようなものだと説明しています。ここで重要なのは、ポールが作者として語っているのではなく、後年、ジョンの曲を構造面から分析しているという点です。着想そのものはジョンにあり、その入口が曲全体の中でどう機能しているかを、ポールが言語化しているのです。

2 難しいのは、最初の思いつきのあとをどう続けるか

(1)ポールは「次のまとまり」の難しさを語っている

ビートルズ・インタビューズに収められたポールの1994年ごろの回想では、ジョンは最初の一節分のメロディと歌詞を持ってくることが多かったが、そこから先を作るのがいちばん難しかったと説明しています。次のまとまりでは、同じ拍子と同じメロディ感を保ちながら、内容は別の方向へ進めなければなりません。

繰り返しすぎれば退屈になり、変えすぎれば曲全体のまとまりが崩れます。ジョンの曲が自然に流れて聴こえるのは、この「似ているが同じではない」調整が丁寧だからです。

(2)『No Reply』では、ジョンの核にポールが後半を補っている

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『No Reply』は、その難しさが見える曲です。ジョン自身はビートルズ・バイブルが引く回想の中で、この曲を初めて完結した物語になった曲だと振り返っています。出発点にあったのは、夜に相手の家へ行き、返事がなく、窓越しに姿を見るという情景でした。

一方でポールは、同じく回想の中で、曲の出発点になる情景と発想はジョンのもので、後半の歌詞のひとかたまりや中間部(曲の途中で空気を変える部分)が足りないときには、そこへアイデアを入れたと説明しています。作った人がジョンであり、曲の途中をどう成立させるかを一緒に考えた相手がポールだった、という役割の違いがあります。

3 中間部は、曲に別の景色を入れる場所

(1)『This Boy』は、中間部で空気が変わる

ビートルズ、This Boyを演奏、1963年 : r/beatles

中間部の役割を耳でつかみやすいのが『This Boy』です。前半では緊密なハーモニーが続きますが、真ん中ではジョンの声が前に出て、感情の熱が一段高まります。そしてそのあと、また元のまとまりへ戻る。この流れがあることで、前後の部分まで強く印象づけられます。

中間部は、ただ長さを足すための部分ではなく、曲の空気を入れ替える場所なのです。しかも、中間部が効くのは、そこで別の景色を見せるからだけではありません。いったん熱を上げてから戻ることで、戻ったあとの響きまで変わり、最初の部分の切実さがかえって強く感じられるからです。

(2)『No Reply』の起伏を解説しているのはポール

『No Reply』についても、構成の起伏を具体的に言葉にしているのはジョンではなくポールです。ビートルズ・バイブルが引用する1964年11月14日付『Disc』誌の中で、ポールはこの曲を「静かに始まり、中ほどで盛り上がり、最後にまた静まる」流れとして説明しています。これは、ポールがジョンの曲をレコーディングし、仕上げていく過程に参加した一人として、構成面から解説しているのです。

4 ハーモニーは後から飾るものではなく、最初から曲の中にある

(1)『This Boy』における声の重なりの核

www.youtube.comジョンの曲では、ハーモニーが主旋律にあとから付け足された飾りではなく、最初から構造の中に入っていることがあります。『This Boy』は、そのことが特によく見える曲です。ビートルズ・バイブルでは、ポールが回想の中で、この曲は最初はジョンと自分の二声で作り、そこへジョージの第三声を加えたと述べており、さらに中間部はジョンが歌ったと振り返っています。

これに対してアラン・ポラックの研究資料では、ヴァースの三声ではジョンが主旋律に当たる線を下声で担っていることがこの曲の特徴だと分析し、中間部ではそのジョンが後ろのコーラスから前へ抜け出すように響くと説明しています。

つまり『This Boy』の魅力は、主旋律にあとからコーラスを添えたところにあるのではなく、最初からジョンとポールの二声を土台にジョージの第三声を加えることで、三つの声の関係そのものが曲の感情を形づくっている点にあります。主旋律だけを追っていると、この曲の成り立ちは十分に見えてきません。声の重なりそのものが、ジョンの作曲の核に近い場所で働いているからです。

(2)『If I Fell』二声の感情的な働き

『If I Fell』も同じです。ビートルズ・バイブルによれば、この曲の二声はジョンとポールが一本のマイクに向かって歌っています。³ ここでは、美しく揃うことだけが目的ではありません。寄り添いながらも少し緊張を含んだ二声の関係が、歌詞の慎重さやためらいと結びついて聞こえます。ジョンのメロディの感触は、一人で歌った線だけではなく、もう一つの声との関係まで含めて成り立っているのです。

5 コードは、感情の落ち着きどころを決める

(1)『If I Fell』コード解釈の一例

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『If I Fell』のコード進行については、公式に確定された決定版の譜面が広く共有されているわけではなく、公開音源をもとにした分析にも細かな違いがあります。したがって、ここではアラン・ポラックらの分析を一つの手がかりとしながら、聴こえ方に即して見ていきます。

ポラックの整理では、曲頭の導入部は本体のヴァースとは別に扱われ、そのうえで本体ではDからEm、F#mへと順に上がっていく流れが見られます。また、接続部や拡張部では、GmやD7/9のような陰りや緊張を含む響きが差し込むことで、まっすぐ進みきらない感触が生まれます。もちろん、こうした区分やコードの読み方には諸説ありますが、少なくともこの分析では、明るい流れの中へためらいをにじませる工夫として捉えられています。

(2)導入部から始まる足場の揺れ

導入部についても、ポラックはE♭mで始まる冒頭を本体とは別の不安定な入口として見ています。そこではDやD♭を経るため、聴き手は最初の数小節で、どこに落ち着く曲なのかを少し見失います。イーサン・ハインもまた、冒頭を単純な安定した出発点とは見ていません。

ですから『If I Fell』では、本体に入ってからのコードの動きだけでなく、導入部の段階からすでに、少し足場の揺れる感触が準備されていると考えた方が自然です。そうした揺れがあるからこそ、この曲はただ甘いバラードとしてではなく、「言いたいのに、まだ言い切れない」という慎重さを帯びて響くのです。

6 核を一曲として成立させる共同作業

(1)『In My Life』では、ジョンの歌詞にポールが中間部を加えた

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例えば『In My Life』についてジョンは、ビートルズ・バイブルが引くインタビューの中で、歌詞は自分が書き終えており、ポールは音楽面で中間部を助けたと説明しています。

つまり、出発点の情景や言葉はジョンのものであり、曲としての流れを整える部分でポールの感覚が働いた、ということです。ポールはジョンの核を否定せず、その核を一曲の長さへ持たせるために、どこを変え、どこを残すかを一緒に考える相手でした。

(2)ジョージ・マーティンは、その曖昧な発想を録音可能な形に訳した

ジョージ・マーティンの役割も、具体例を出すと理解しやすくなります。ジョンは、イマジン・ピースに収められた1971年の『Rolling Stone』誌インタビューの中で、自分たちの考えを「翻訳してくれた」と語っています。

たとえば『In My Life』のピアノ・ソロのように、ジョンたちが感覚的に持っていたイメージを、録音作品として通用する構成や響きに変える人が必要でした。曖昧な発想を、聴き手に届く具体的な音へ置き換えることも、曲を完成させる重要な仕事だったのです。

おわりに

こうして見ると、ジョンの作曲は「感覚的」という一語では片付きません。まず『If I Fell』のような入口をつかみ、コードの揺れで感情を形にし『No Reply』のように途中をどう成立させるかを考え『This Boy』のように中間部とハーモニーで空気を変え『In My Life』のように共同作業で一曲として整えていく。

流れ全体を見てはじめて、ジョンのメロディ、コード、構成の感覚が分かる形になります。第1回で見た作詞の方法と同じく、ここでも中心にあるのは、最初に強い核をつかみ、それを作品の長さまで育てるという姿勢でした。

参考文献

  • ビートルズ・バイブル(ビートルズの楽曲・録音情報の資料サイト)
  • ビートルズ・インタビューズ(各メンバーの発言・回想を集めたインタビュー資料集)
  • イマジン・ピース(ジョン・レノン関連の公式アーカイブ資料)
  • アラン・ポラック『Notes on “If I Fell”』(楽曲構成・和声・形式を分析した音楽評論資料)
  • ユーチューブ(映像・音源確認用資料)

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