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★ビートルズを誰にでも分かりやすく解説するブログ★

ビートルズを誰にでも分かりやすく解説するブログです。メンバーの生い立ちから解散に至るまでの様々なエピソードを交えながら、彼らがいかに偉大な存在であるかについてご紹介します。

(その36)初主演映画「ア・ハード・デイズ・ナイト」撮影開始!

ビートルズの勢いはとどまるところを知らず、1964年3月2日にいよいよ初主演映画「A Hard Day's Night (ア・ハード・デイズ・ナイト)」の撮影を開始します。 

 
 
この頃の洋画の多くは、タイトルに邦題が付けられています。その頃の日本人は(というか今でもですがf^_^;)英語が苦手なため、分かりやすいように邦題を付けるのが普通だったんです。で、この映画にも当然のように邦題が付けられました。それを付けたのは、水野晴郎です。どこかで聞いたことのある名前ではありませんか?そう、後に映画評論家として有名になったあの方です。もっとも、この頃はまだ映画評論家ではなく、日本ユナイト映画の宣伝総支配人に就任していました。他に彼が付けた邦題で有名なところでは、「史上最大の作戦」「真夜中のカウボーイ」「夕陽のガンマン」など多数の有名な作品があります、そして、彼にこの映画に邦題を付ける仕事が回って来ました。
 
 
彼が付けた邦題は、ビートルズがやって来る ヤァ‼︎ヤァ‼︎ヤァ‼︎」です。これを見てちょっと違和感を覚えませんか?余りにもフザけ過ぎだし、原題とも全然違うし。私も「何でこんな変てこな邦題を付けたんだろう?」とずっと違和感を覚えていました。この映画が、1963年に製作されたニュース映画「The Beatles come to town」と同じ頃に入って来たため、これと取り違えたとの説もあります。なるほど、これを訳したというのならしっくり来ますね。
 
 
これに「シー・ラヴズ・ユー」の歌詞の「Yeah‼︎Yeah‼︎Yeah‼︎」を「ヤァ‼︎ヤァ‼︎ヤァ‼︎」と訳してくっつけたというわけです。今程通信手段が発達しておらず、まだまだビートルズに関する乏しい情報しかなかった日本での作業だったため、取り違えたとしてもムリはなかったともいえます。ただ、当時のファンの心境を表現して、敢えて意訳したのだとする説もあり、本当のところは分かりません。ご本人はすでに他界されてますし。
 
 
ただ、私の推理では「水野さん、間違えちゃったんでしょ?(笑)」ってとこですね。私がそう推理するのは、もし、本当に意訳したのなら、ご本人が堂々とそう主張するはずだからです。「取り違えたなんて噂が流れてますが、あれはファンの心境を汲んで敢えて意訳したんです。」と。そうでなきゃ、間違った噂が真実とされてしまいますから。
 
 
しかし、ご本人がこのことについて何も語っていないのは、内心「やっちゃったなあ(−_−;)でも、今更間違いでしたとも言えないし…。」というような気持ちがあったからではないでしょうか?しかし、数々の素晴らしい邦題を付けた水野さんが、そんな初歩的なミスをやるとも思えないし。仮に間違えて付けたとしても、すぐに修正すれば良かったはずですしね。う〜ん、分かりませんf^_^;
 
 
仮に敢えて意訳したのだとしても、せめて「ヤァ‼︎ヤァ‼︎ヤァ‼︎」では無く、「イェー‼︎イェー‼︎イェー‼︎」として欲しかったところですね。ヤァなんてまるでドイツ語ですもん。実際、「シー・ラヴズ・ユー」のドイツ語ヴァージョンでは、タイトルではない箇所で「ヤァ」と発音してますけどね。もっとも、今ではタイトルもメジャーになったので「ハード・デイズ・ナイト」とされています。
 
 
まあ、その話は置いといて本題に戻りますが、ビートルズは、いつか本格的な映画を撮影したいと思っていました。それまでイギリスのミュージシャンが撮影したものは、本格的なものがなくありきたりのストーリーで撮影したようなものしかなかったのですが、彼らはそんなものでは満足せず、ちゃんとした脚本を元に撮影したかったんです。そこで、イギリスで短編コメディを作っていたTV界出身のリチャード・レスターが監督として選ばれ、彼が映画界へ進出するきっかけとなりました。
 
 
この映画のコンセプトは、ビートルマニアに追い回されるビートルズの日常をドキュメンタリー風に、しかも面白おかしく描くことでした。結果的にその目論見は大成功を収めます。これを観ていると、当時のビートルマニア達の熱狂振りが良く伝わって来ます。冒頭に印象的な「ア・ハード・デイズ・ナイト」の「ジャーン‼︎」というイントロとともに、向こうからこちらへ走って逃げてくるビートルズが映っています。
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実は、ビートルズが撮影を開始する時点では、タイトルは未定だったんです。メンバーは、ロンドンのパディントン駅に集合し、5番プラットホームから8.30amに列車に乗車しました。撮影用にチャーターされた列車はマインヘッド行きでした。撮影初日からの3日間は、とても窮屈なセットの中で撮影しました。列車には食堂車があり、ビートルズはそこで食事を採りましたが、それこそ毎日が「ア・ハード・デイ」でしたから、食事休憩の時間はたった40分しかなく、その束の間、彼らは走行する列車の中で走り回るよりはじっと座っていたかったのです。ビートルズのセリフは、彼らのシャツの内側に付けたマイクで録音されましたが、音がちゃんと録音できるまで何度も録り直しされました。
 
 
ジョンは、こう語っています。「列車のシーンはちょっと照れ臭かったよ。映画を観た人はあまり気が付かなかったと思うけど、僕たちは演技をするときにどうしても意識してお互いを見てしまったんだ。ポールが僕に向かってセリフをいう時に僕が彼の顔を見てると照れてたし、逆に僕が彼にセリフをいう時には彼の顔を見てて照れてた。それはお互いに分かってたんだけどね。どんな映画だって、役者が神経質になっているところがあるものさ。」
 
「映画って、ある日終わりの方を撮影したかと思うと、次の日には始めを撮影したりってことが良くあるじゃない?だけど、僕らは大体順番にこなしていった。最初は列車の中のシーンだったけど、無茶苦茶緊張したよ。」
 
 
まあ、彼らはミュージシャンで役者じゃないですからね(^^ゞそれも初主演映画ともなれば、緊張して当たり前です。確かに、映画を観てても表情を観てもぎごちなさが伝わってきます。ステージで自信満々に演奏してる時とは大違いですね。実は、この日に出演した女優の1人にパティー・ボイドがいたのですが、ジョージ・ハリスンが彼女を気に入り、彼らはその後まもなくデートし始めて1966年1月に結婚しました。 共演がきっかけで結婚、芸能人に良くあるパターンですな。

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ビートルマニアが撮影中にビートルズを追いかけ回したので、彼らの安全を確保するために、その後の撮影方法を再考することになりました。そこで、次の5日間、大きなパディントン駅を避け小さなアクトン駅で乗車し、夕方にあちこちの小さな郊外の駅で車で出迎えることにしました。この映画撮影は、1964年4月24日に終わりました。何とたった一カ月半のスピード撮影ですね。まあ、寝る暇もない程のハードスケジュールでしたから。
 
 
この映画はモノクロで撮影されました。というのも、それまでイギリスのミュージシャンを主人公にした映画が、アメリカでは散々な入りだったため、失敗を恐れて、できるだけ低予算で製作しようとしたからです。アメリカで成功を収めても、それはあくまで音楽が評価されたのであり、映画は別物ですから慎重にならざるを得なかったのも理解できます。日本でもアイドルが主役を務めた映画でヒットしたものは少ないですもんね。しかし、そんな心配を吹き飛ばし、映画は記録的な大ヒットになりました。75回も観たなんてファンもいたぐらいです。あ〜あ、カラーで撮影しときゃ良かったのになあ〜f^_^;
 
 
映画と同時にサウンドトラック・アルバムも制作しました。これは、ビートルズがデビュー後初めて、カバー曲を一切収録せず彼らのオリジナル曲のみを収録したアルバムで、その意味で単なるサウンドトラックを超えた作品に仕上がっています。しかも、役者ではなくミュージシャンですから、作曲とレコーディングも同時に行っており、それもたった2週間しかありませんでした。にもかかわらず、クォリティの高いアルバムに仕上がっています。ビートルズのアルバムの中でも「隠れた名盤」との呼び声が高い作品です。
 
 
ところで、タイトルの「ア・ハード・デイズ・ナイト」の由来が面白いんです。3月19日に撮影を終えて全員が疲れ果ててホテルに帰って来た時、リンゴが思わず「It's been a hard day...(今日は忙しかったなあ〜)」と漏らし、ふと窓を見るとすっかり真っ暗になっていたので、慌てて「...day ’s night(日の夜) 」と締めくくったんです。それを聞いたジョン、ポール、ジョージの3人は、「何だい、その『忙しかった一日の夜』って⁉︎」と大爆笑しました。文章としては、普通は「work(仕事)」とでも続けるところでしたからね。あるいは「day」で止めても良かったところです。それを「night 」をくっ付けたために変な表現になっちゃったんですが、咄嗟に口を突いて出ちゃったんですね(笑)
 
 
リンゴは、普段から話してる途中で違うことを思い付いて、それを口にしてしまう癖があったようです。それを他のメンバーは「リンゴイズム(リンゴ語)」と呼んで面白がっていました。ともかく、ジョンは、リンゴの漏らした言葉を聞くなり、「それ、頂き‼︎」ってことで、映画と曲のタイトルにしました。しかし、タイトルだけを思いつくだけならまだしも、ここからあの名曲を作っちゃったんですから、やはり天才は違いますね┐(´~`;)┌
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これは、映画が上映された「エンバッシイ劇場」の公開前の特別観覧チケットで未使用のものです。
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これは、リヴァプールのマシュー・ストリートにある「ハード・デイズ・ナイト・ホテル」です。私は、前を通り過ぎただけでここには泊まりせんでした。何せケチケチ旅行だったもので(笑)
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(参照文献)

THE BEATLES BIBLE, Twenty Four Frames, fanpop
(続く)