- 1 脚本の巧みさ
- 2 大人に反抗する若者たちの代表になった
- 3 セミ・ドキュメンタリー・スタイルが成功の決め手だった
- 4 後のミュージック・ビデオの先駆けとなった
- 5 本物のビートルマニアが現場に乱入した!
1 脚本の巧みさ
(1)ビートルズに演技をさせる難しさ
映画「ハード・デイズ・ナイト」についてもう少し深掘りしてみます。この作品が、同時期に制作された他の数十のポップ・ミュージカルより際立っている理由はいくつかあります。
まず、ビートルズと同じくリヴァプール在住のアラン・オーウェンによる脚本です。ビートルズの会話の多くを機知に富んだ一言に巧みに集約し、それによって彼らの演技経験の欠如を隠しました。彼らは、天才ミュージシャンではあっても、俳優ではありませんから演技はヘタです(リンゴは別ですが)。そして、それはミュージシャンにとってはごく普通のことです。
(2)ビートルズの素人っぽい演技を巧みに隠した
しかし、映画となると演技がヘタでは観るに耐えないものになってしまいます。多くのポップスターが、スクリーンデビュー時には著しく不快だったり、素人っぽかったりしてしまうものですが(たとえば、「ファスト・ギター・アライブ(1967年)」のロイ・オービソン)、それに比べると、4人は自然でリラックスしているようにみえます。もっとも、彼らは、リヴァプールというコメディーが盛んな街で生まれ育ったおかげで、コミカルな演技やジョークは得意でした。上の動画は、彼らが一生懸命台本を覚えて慣れない演技に取り組んでいる姿をとらえています。
オーウェンが脚本でアカデミー賞にノミネートされたのは、この映画の核となるスマートでコミカルな風刺があったからです。ビートルズの人気は、イギリスのスウィンギング・シックスティーズ(1960年代にロンドンから始まり世界中を席巻したポップカルチャー)という大きなブームのムーヴメントを表現していました。
2 大人に反抗する若者たちの代表になった
ビートルズは、イギリス北部の海運都市出身の生意気な労働者階級の少年たちで、彼らの前例のない成功は、階級構造や権威者たちの古い世代を覆そうとする新世代の若者たちの挑戦を示しているようにみえました。リチャード・レスター監督は、ビートルズを「金魚鉢の中の革命家」とみなしていて、これがこの作品で描いた彼らに対する見方です。実際には金魚鉢どころじゃなかったんですがね。
このミュージカルは、このジャンルの常套手段ともいえる手法、つまり、アイドルたちを若者文化の模範であり、賞賛に値するものとして全面的に押し出しています。レスターは、ビートルマニアの誕生に貢献したメディア業界を含む、さまざまな組織と彼らを対決させることによってそれを実現しています。
彼らを追い回すビートルマニアやメディアも風刺しているところがユニークです。オーウェンの脚本は面白く、ギャグ満載で鋭く、そして少しシュールです。アメリカで発刊されているエンターテイメント専門誌であるヴァラエティ誌によれば、「全盛期のマルクス兄弟以来観たことのない種類の映画的滑稽さ」をもたらしています。ちなみにマルクス兄弟は、アメリカで、1910〜40年代にかけて舞台や映画で大人気だったコメディアンの兄弟です。
3 セミ・ドキュメンタリー・スタイルが成功の決め手だった
(1)ビートルズの日常を描いた
「ハード・デイズ・ナイト」がありきたりのポップ ミュージカルを超えているのは、その構成の巧みさです。男の子と女の子が出会う、ショーが上演される、歌とダンスで演技の隙間を埋めるなど、このジャンルにありがちなお決まりのパターンを避け、この映画をセミ・ドキュメンタリーとして構成することにしました。
この作品は、ビートルズの日常生活のある一日を描いたのですが、これが見事にハマりました。これなら少々演技がヘタでも気になりませんし、彼らのリアルな息遣いが聴こえてきます。そして、それらは、ファンにとって決して見ることのできない彼らのプライベートをあたかも現実のように観せてくれるのです。これは「シネマ・ヴェリテ」と呼ばれるドキュメンタリー映画制作のスタイルです。即興演奏とカメラの使用を組み合わせて、真実を明らかにしたり、現実の背後に隠された主題を強調したりします
もっとも、この映画は、依然としてライヴ・コンサートが無事に成功するという演出で終わっています。そして、現代の映像作品によく用いられる、シーンに臨場感を持たせるテクニックである手持ちカメラや、意図的に構図を緩やかに配置するテクニックも使用しています。そうすることで、レスターと撮影監督のギルバート・テイラー(後に「スター・ウォーズ」の撮影も行った)は、平均的なポップ・ミュージカルには見られない、スター街道を駆け上りつつある若きビートルたちの野性的でエネルギッシュな感覚をこの作品で観せることに成功したのです。
(2)ユニークな撮影手法
さらに、レスターは、セミ・ドキュメンタリー映画ではありながら、リアリズムの枠に制約されませんでした。批評家のジョージ・メリーが指摘したように、レスターは、シュールレアリスム、モダニズムの映画製作、前衛的な実験、テレビコマーシャル、ポピュラー音楽などの知識を独特かつ堂々独自の監督スタイルとして組み込んでいます。
例えば、ジョンがショーの時間になってもバスタブに入ったまま出てこないため、業を煮やしたマネージャーがバスの栓を抜いてしまいます。するとジョンが排水溝から流れ出てしまったので、マネージャーが慌てているとジョンがシレっと登場するシーンがあります。実際にはあり得ないシュールなことをコミカルに描いています。
カメラは、高速ズームと低速ズームの両方を使いこなしています。レンズと被写体の距離は、時に非常に長かったりワイドであったりします。カメラは常に動き回り、時には予期せぬ動きをします。 「I Should Have Known Better」のコンサート・シーンは様々な角度からビートルズを撮影したかと思えば、自転車の車輪から川岸に沿って歩き回るリンゴの低広角ショットもあるという、印象的で珍しい構図がたくさんあります。
4 後のミュージック・ビデオの先駆けとなった
(1)MTVから表彰された
ヴァラエティ紙が正しく指摘したように、 「ハード・デイズ・ナイト」はこれまでも、そして今もなお多くの議論の対象となっています。この作品は、1960年代後半のニュー・ハリウッド映画に大きな影響を与えたものとして引用され続けており、多くの映画音楽史家にとって、ロックン・ロールが社会にもたらす無秩序と反乱に相当する表現を採用した唯一のポップ・ミュージカルです。
この映画は、ミュージック・ビデオの歴史の中心でもあり、実際に後世で広く普及することになるMVは、レスターが「ハード・デイズ・ナイト」とその続編「ヘルプ!」で使用したテクニックの多くが採用されています。そのことは、1984年にMTVがレスターに「ミュージック・ビデオの父」として特別賞を授与したことで裏付けられています。MTVは、Music Televisionの略で、1981年に開局したアメリカのケーブルテレビチャンネルです。マイケル・ジャクソンのダンス・パフォーマンスが大ブレイクしたのは、この放送が大きく貢献したことは間違いありません。
(2)後のスターや本物のビートルマニアも出演した
後に60年代以降の大衆文化でお馴染みになったスターで、当時はまだ無名だった人々については、多くの記録が残されています。20歳のモデル兼コマーシャル女優のパティ・ボイドは女学生役を演じ、1966年1月にジョージと結婚しました。13歳の子役だったフィル・コリンズは、3月31日にロンドンで行われたスカラ座公演のエキストラとして出演しました。70年代後半には、彼はジェネシスのメンバーとなり、80年代にはソロ・アーティストとして大ブレイクしました。
俳優のリチャード・ヴァーノンは、ビートルズが乗車した列車の上流階級の乗客役でした。彼は、その後、ジェームズ・ボンド映画である「ゴールドフィンガー」ではボンドのマッサージ師であるディンクの役で、ただ一人両方の映画に出演しました。
監督のレスターは、テレビ出演のシーン中(映画の1時間15分46秒のところ)、スカラ座の舞台袖から外を眺める人物として登場します。まさにホラー映画の巨匠アルフレッド・ヒッチコック風ですが、これが計画的な撮影だったのかどうかはわかりません。しかし、監督が画面に映り込むなど通常はありえないので、おそらくヒッチコックをオマージュしたのでしょう。
5 本物のビートルマニアが現場に乱入した!
「ハード・デイズ・ナイト」には、そのモノクロのドキュメント的な風景以外にも、この映画をさらに面白くしている風変わりな要素があります。映画の冒頭に登場するビートルマニアは本物ではなく、あくまでもプロのエキストラです。いかにセミ・ドキュメンタリーとはいえ、本物のファンを使ったら現場が大混乱に陥って危険すぎますから。
ところが、ビートルマニアがメリルボーン駅構内でビートルズを追いかけるという象徴的なオープニング・シーンの撮影中、現在ならありえないことですが、本物のファンの一団がプロダクションの厳重な警備を突破して現場に乱入したのです。ビートルズは、ファンが突撃してくる危険性を普段から十分に認識していたため、素早く何とか列車の開いているドアから避難しました。
偶然にも、レスター監督はその瞬間、手持ちカメラを持っていました。彼の直感は当たり、ビートルズが列車に飛び込む実際のショットを撮影することができました。この予期せぬ偶然のおかげで、レスター監督は、本物のビートルマニアが彼らに向かって突進する迫真的なシーンを撮影できました。このシーンは、2分33秒のところで観られます。
(参照文献)シネマティック、カルチャー・ソナー
(追記)
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