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★ビートルズを誰にでも分かりやすく解説するブログ★

ビートルズを誰にでも分かりやすく解説するブログです。メンバーの生い立ちから解散に至るまでの様々なエピソードを交えながら、彼らがいかに偉大な存在であるかについてご紹介します。

(その73)ビートルズが日本にやって来た!(その2)

1 日本と他の国とのファンの違い
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Wikipedia

ビートルズは、武道館が武道のための神聖な場所であること、そこでロック・コンサートが開催されること自体が極めて異例であることを良く理解していました。また、国内で彼らを排斥するデモが起こっていることも知っていました。

 

彼らは、空港から警察の厳重な警備体制の下で整然と車でホテルや武道館へ連れていかれましたが、沿道にファンがいなかったことに驚きました。他の国では沿道に群衆が密集し、少しでも彼らに近づこうと警官の制止を振り切って突進したり、運河に飛び込んだりしたのです。日本のファンは、警官に制止されると大人しく引き下がりました。

 

武道館には武将の鎧や兜が整然と展示されており、彼らはそれを見てとても感動しました。彼らが驚いたのは、女性ファンが主催者側の人間に座席から追いやられたことです。女性にそんなことをするのは、西欧では考えられなかったからです。そして、女性がそれに反抗しなかったことにも驚きました。日本では「男尊女卑」という考えがまだまだ根強かった頃ですからね。彼らもカルチャーショックを受けたのでしょう。

 

アメリカやヨーロッパだったら観客が自分の席を離れて、どんどんステージに近づこうとするのですが、日本人はちゃんと自分の席についていたことにも驚きました。もっとも、警官がそうさせたのですが。とても行儀が良く座って何とか警官の隙間から彼らを一生懸命に観ようとしているファンの姿が、彼らには微笑ましく映ったようです。

 

2 こぼれ話

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(Theguardian)

余りにも有名な羽田空港でタラップを降りるビートルズですが、日本航空(JAL)のハッピを着てますね。これは、JALの戦略で彼らにこれを着てもらって会社の宣伝に使おうと、当時の若手社員が考え抜いたアイデアでした。でも、ジョンはあまり気乗りしなかったんです。それで乗務員が「日本では若者がこれを着てお祭りをやるんです」と説明すると、やっと彼は興味を持って着てくれました。この戦略は大当たりし、JALは、一躍世界的に有名な航空会社として知られることになりました。


JALは、とにかく彼らに快適な空の旅を満喫してもらおうと徹底的にリサーチし、ポールはシャンパン、リンゴはジンが好きだという情報をゲットして、飛行機に大量に積み込んでいました。リンゴにジンを勧めると「Good Idea」という返事が返って来たとか。彼の口癖だったようですね。


彼らに雑誌の取材でインタビューしたのが星加ルミ子で、当時日本で大ヒットしていたマンガ「おそ松くん」の「シェ~」のポーズをジョンにやってもらったのも彼女です。ジョンは気難しそうに見えたので、まさか本当にやってくれるとは思わなかったとか。リンゴが「君達、何やってんの?」って不思議そうに見てるのが面白いですね(*^_^*)

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Naver

3 前座
彼らは、前座を務めたミュージシャンにも興味を持ちました。その当時はまだロックンロールを十分にこなせているとはいえなかったが、今では素晴らしいテクニックを持っていると語っています。若き頃の内田裕也と尾藤イサオのことですね。「Welcome Beatles!」と歌ってくれるのは嬉しいんだけど、ロックンロールとしてはダサいと感じたようです。いやはや、彼らにかかっては流石の内田裕也と尾藤イサオもかたなしですね(^_^;)

 

4 ビートルズのパフォーマンス
初日と2日目は日本テレビが録画し、編集して7月1日の午後9時から放送しました。彼らは、ファンが興奮しているのに警官によって制止され、それを表現できないでいることを感じ取っていました。相変わらずリンゴがつまらなそうな顔をしてますね。

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初日は黒いスーツでしたが、2日目は白いスーツで登場しました。ジョージはこう語っています。「観客は座っている席で立とうとしたんだけど、警官が至る所に配備され、望遠レンズを付けたカメラで監視されてた。そして、観客が立とうとしたり、ステージへ駆けつけようとすると写真撮影されていた。彼らは、もっとロックコンサートの観客らしく振舞いたかったんだろうけど、それが強く制止されていることが分かったよ。日本の観客の反応は暖かかったが、ちょっと傍観者的な感じがした。」

 

ただ、ビートルズの広報担当者だったトニー・バーロウは、ジョージの記憶はやや正確さに欠けると語っています。「ジョージの警備に対する感想は大分控えめだ。警官は騒ぐ観客を見つけ出そうと血眼になっていたし、カメラは武器みたいに途中で交換されていた。ポールがアンソロジーで語っていたように、警察は、我々が東京ヒルトンから武道館までの2マイルを効率的に警備し、集まったファンを無秩序にうろつかせることなく、ちゃんと道路の隅に集めていた。

 

真相は、当局が、武装したテロリストの小さなグループがファンの中に紛れ込んで沿道やスタジアムに潜み、放火や発砲することを恐れてその可能性を消そうとしたことにある。」

 

いくらなんでもやり過ぎだったんじゃないかと思いますけどね。政治集会じゃないんだから。ただ、殺害予告があったのは事実で、それだけに警察も厳重な警備体制を採らざるを得なかったんでしょう。それに場所がよりによって武道館でしたからね。

 

もっとも、オーストラリアみたいに何万人もの大群衆が押し寄せていたら、どれだけ厳重に警備しても突破されていたでしょう。まだ、その頃の日本は大群衆が押し寄せるほどではなかったということです。むしろ、日本のポップスの歴史はここが大きな節目というか転換点になったのではないでしょうか?

 

ビートルズが来るまではまだ目覚めていなかった多くの人々が、これで一気に目覚めたんですね。結局、彼らは、3日間で5回のコンサートを開催し、それぞれ1万人のファンが詰めかけました。

 

そして、この「静かな観客」のおかげで、ビートルズ自身が何年振りかで自分たちのライヴ演奏を聴くことができました。しかし、それは、彼らにとって自分たちのパフォーマンスが低下していることに気付かされるという皮肉な結果をもたらしたのです。最初の演奏は特に出来が悪く、彼らはショックを受けました。2回目では持ち直したんですが。

 

絶叫が続き自分達のサウンドが聴こえない状態で何年も演奏を続けているうちに、自分達の演奏を見失っていたのかもしれません。

 

やがて彼らは、アメリカ、キャンドルスティックパーク・コンサートを最後に一切のライヴを中止してしまいますが、武道館での初日のコンサートの不出来がその引き金になったのかもしれません。う~ん、何とも皮肉な巡り合わせですね(=_=;)

(参照文献)THE BEATLES BIBLE

(続く)