★ビートルズを誰にでも分かりやすく解説するブログ★

ビートルズを誰にでも分かりやすく解説するブログです。メンバーの生い立ちから解散に至るまでの様々なエピソードを交えながら、彼らがいかに偉大な存在であるかについてご紹介します。

(その36)初主演映画「ア・ハード・デイズ・ナイト」撮影開始!

1 初の主演映画 2 奇妙な日本語タイトル 3 映画の撮影 4 サウンドトラック・アルバムも制作 5 タイトルの由来 1 初の主演映画 ビートルズの勢いはとどまるところを知らず、1964年3月2日にいよいよ初主演映画「A Hard Day's Night (ア・ハード・デイズ…

(その35)アマチュア時代のジョンのギターについて

1 最初はアコースティック・ギター (1)Gallotone Champion (2)長い間行方不明になっていた 2 最初のエレキギター~ヘフナークラブ40 3 先に手に入れていたエレキギターがあった? (1)Dallas Tuxedo (2)屋根裏部屋で発見された (3)ビートルズ・…

(その34)ついに不滅の記録を達成!!

おかげさまで、このブログの月間PVが現時点で1,400件を超えました。このペースで行くと、今月の月間PV は1,500件に達しそうです。閲覧して頂いている皆さん、ありがとうございますm(_ _)m このレベルに到達すると上位3割以内にランクインするとのことで、ブ…

(その33)6番目のシングル「キャント・バイ・ミー・ラヴ」の制作

アメリカで大成功を収めてイギリスへと凱旋した彼らでしたが、早速、新しい楽曲の制作とレコーディングが待ち受けていました。しかも、初の主演映画「A Hard Days Night(ア・ハード・デイズ・ナイト)」の制作も控えていたのです。この映画についてはまた改…

(その32)〜 ビートルズとブライアン・エプスタインとの出会い(その2)

海岸を散歩するレイモンド・ジョーンズ 1 なぜ名乗り出なかったのか? 2 まさかの大どんでん返し 3 過去の歴史が覆ることもある (1)でっち上げ説 (2)スペンサー・リーが裏付けた 4 レイモンド・ジョーンズは本物だ (1)客観的事実に符合する (2)…

(その31)〜 ビートルズとブライアン・エプスタインとの出会い(訂正その1)

ビートルズと敏腕マネージャー、ブライアン・エプスタインとの出会いについては、(その5)で書きました。しかし、その後の調査で、事実が少し異なることが判明しましたので、ここで訂正させていただきます。 ブライアン・エプスタインが、公式にビートルズ…

(その30) ビートルズを批判した人々(その2)

前回書いたノエル・カワードよりもっと辛辣だったのは、イギリスの歴史家であり、ジャーナリストであった「ポール・ジョンソン」です。 彼は、1964年2月28日にロンドンで出版されている政治と文化に関する雑誌「ザ・ニュー・ステイツマン」に、「ビートリズ…

(その29) ビートルズを批判した人々(その1)

その20で触れたアメリカのジャーナリストのアレクサンダー・ケンドリックは、1963年にビートルズを批判しましたが、1964年に彼らがアメリカで大成功を収めてもなお、ビートルズを批判した大人たちは沢山いました。それは著名人であると一般市民であるとを…

(その28)AFM(アメリカ音楽家協会)の妨害

前回、カーネギーホールでのコンサートの収録についてAFM(American Federation of Musicians アメリカ音楽家協会)の許可が下りなかったと言う記事を書きました。その理由を今回書きます。 キャピトルは、カーネギーホールでのコンサートをライブ・アルバム…

(その27)カーネギーホールでの演奏とマイアミビーチ

ビートルズは、1964年2月12日、ニューヨークのカーネギーホールに舞台を移しました。このホールは、ニューヨーク・フィルハーモニー交響楽団が本拠地としている格式高いコンサートホールです。 当然、クラシック音楽が演奏されるのが一般的で、ポピュラー音…

ビートルズの足跡を訪ねて〜リヴァプールとロンドン一人旅日記〜 (その26) アメリカ初のコンサートをワシントンD.C.で開催

ビートルズは、記録を塗り替えた歴史的なエド・サリヴァン・ショーの翌日の10日に、シングル「I WANT TO HOLD YOUR HAND」の売り上げが100万枚、アルバム「MEET THE BEATLES」の売り上げが1万ドルを突破したことで、キャピトル・レコードのアラン・リヴィン…

ビートルズの足跡を訪ねて~リヴァプールとロンドン一人旅日記~ (その25) エド・サリヴァン・ショーの初出演を終えて

1 オープニングは「オール・マイ・ラヴィング」 2 「シー・ラヴズ・ユー」で絶叫に変わる 3 あのデイヴィ・ジョーンズも出演していた 4 アメリカを制覇 5 大人たちには酷評されたが 1 オープニングは「オール・マイ・ラヴィング」 THE BEATLES - ALL M…

ビートルズの足跡を訪ねて〜リヴァプールとロンドン一人旅日記〜 (その24) 全米を熱狂させたエド・サリヴァン・ショーへの初出演

ジョージはまだ体調が回復していなかったので、彼を欠いたままビートルズは、2月8日午後1時30分に、エド・サリヴァン・ショーへの初出演のリハーサルをするために、BBCスタジオへ向かうリムジンでブロードウェイを走っていました。彼らの車は、ファンに追…

ビートルズの足跡を訪ねて~リヴァプールとロンドン一人旅日記~ (その23) ビートルズ・ハリケーン、遂にアメリカ上陸‼︎

ビートルズは国内で成功した後、当然、アメリカへの進出を望んでいました。しかし、ポールは、マネージャーのブライアンにこう語っていました。「僕達の曲が全米チャートNo. 1になるまでは、アメリカへは行かないよ。」ブライアンもビートルズのアメリカへの…

ビートルズの足跡を訪ねて~リヴァプールとロンドン一人旅日記~ (その22) エド・サリヴァンとの運命的な出会い

「エド・サリヴァン・ショー」は、ニューヨーク・シティのスタジオ50で公開されました。そもそも、この番組にビートルズが出演するキッカケは、もちろん、マネージャーのブライアン・エプスタインが売り込んだからなんですが、実はそれには伏線があったんで…