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ビートルズを誰にでも分かりやすく解説するブログです。メンバーの生い立ちから解散に至るまでの様々なエピソードを交えながら、彼らがいかに偉大な存在であるかについてご紹介します。

ビートルズはクリックなしでどうやって重ね録りしていたのか(572)

レコーディング中のビートルズ(1963年)

はじめに


www.youtube.com

「昔のバンドはクリックなしでレコーディングしていた」と聞くと、「それで本当に大丈夫だったの?」と思う方は多いのではないでしょうか。

とくに、先に演奏を録っておいて、あとから歌やコーラス、別の楽器を重ねていくレコーディング方法を思い浮かべると、どこかでテンポがズレてしまいそうに感じます。今の感覚だと、きちんとタイミングをそろえるための“目印”が必要に思えますよね。

しかもビートルズは、ただスタジオで一発録りをしていたバンドではありませんでした。時代が進むにつれて、歌を重ねたり、鍵盤を足したり、曲によってはかなり複雑に音を積み上げたりしていました。そう考えると、「クリックなしでどうやって合わせていたのか」は、たしかに気になる話です。

この話が少しわかりにくく感じられるのは、そもそも「クリックとは何か」が一般の読者にはあまりなじみがないからかもしれません。音楽制作にふだん触れない方にとっては、まずそこを知らないと、何がそんなに不思議なのかも伝わりにくいはずです。

そこでこの記事では、まずクリックとは何かをできるだけかみくだいて説明したうえで、ビートルズはそれがない中で何を頼りに演奏を重ねていたのかを順番に見ていきます。

1 クリックとは何か?

(1)テンポを揃えるための目印

To Click Or Not To Click? That Is The Question | Third Circle Recordings

クリックというのは、簡単にいえば一定の速さで鳴る合図の音です。レコーディングするとき、演奏する人がヘッドホンの中で「カッ、カッ、カッ、カッ」という音を聴きながら、それに合わせて演奏します。イメージとしては、メトロノームにかなり近いものです。

たとえば、みんなで歩くときに「いち、に、いち、に」と声をかけてもらうと、足並みをそろえやすくなりますよね。クリックは、それの音楽版だと思っていただければ大丈夫です。曲の速さがぶれないように、全員が同じ基準を共有するためのものです。

音楽に詳しくない方にとっては、「クリック」という言葉だけで少し専門的に聞こえるかもしれません。ですが、役割はとてもシンプルです。あとからいろいろな音を重ねてもズレにくいように、最初からテンポの目印を用意しておく。それがクリックの基本的な役目です。

(2)いまのレコーディングでは当たり前の存在

いまのレコーディングでは、クリックを使うのはかなり一般的です。なぜなら、そのほうが作業しやすいからです。

たとえば、先にドラムを録って、そのあとにベース、次にギター、最後に歌を入れるとします。このとき、全員が同じクリックを聴いていれば、曲の速さの基準がずれません。さらに、レコーディングしたあとで一部だけ録り直したり、別のテイクと差し替えたりするのもやりやすくなります。

つまりクリックは、演奏をそろえやすくするだけでなく、レコーディング全体を整理しやすくする道具でもあるわけです。

だからこそ、いまの感覚で「ビートルズはクリックを使わずにレコーディングしていた」と聞くと、少し信じがたく感じるのです。

2 なぜクリックなしでもレコーディングできたのか?

(1)先に録った演奏が基準だった

アルバム『Revolver』をレコーディング中のビートルズ

ここがいちばん大事なポイントです。ポール・マッカートニーによれば、ビートルズは少なくとも一般的な意味でのクリックトラックを使わずにレコーディングしていました。とはいえ、何の基準もなしに録っていたわけではありません。彼らが頼りにしていたのは、先に録ってあった演奏です。

つまり、最初にドラムやギターやベースなどで曲の土台を作っておき、そのレコーディングを聴きながら、あとから歌や別の楽器を重ねていったのです。言い換えると、クリックの代わりをしていたのは「カチカチ鳴る機械音」ではなく、「すでにレコーディングされている人間の演奏」でした。

あとからレコーディングする人は、その演奏を聴いて、どこで入るか、どこで伸ばすか、どこで少し前に出るかを感じ取りながら重ねていきます。そう考えると、クリックがないこと自体は、すぐに「無理」という話ではないのです。

(2)最初の演奏そのものがテンポの地図になった

いまのレコーディングでは、テンポは数字で決めることが多いです。「この曲はこの速さ」と数値で決めて、その基準に全員が合わせていくイメージです。

でもビートルズのレコーディングでは、そうした数字以上に、最初に録られた演奏の流れそのものが大事でした。その演奏が少し前に進めば、あとから入る人もその流れに乗ります。少し落ち着けば、その落ち着き方に合わせます。

ここで大切なのは、「テンポがまったく変わらないこと」だけが正解ではない、ということです。ほんのわずかに速くなったり、少しゆるんだりしても、全員が同じ流れを共有していれば、音楽としてはちゃんとまとまります。むしろ、その小さな動きが曲に勢いや呼吸を生むこともあります。

3 誰がテンポの土台を支えていたのか?

(1)リンゴ・スターの安定したドラミング

レコーディング中のリンゴ

ビートルズがクリックなしでもレコーディングを進められた理由を考えるうえで、やはり大きいのがリンゴ・スターの存在です。ポール・マッカートニーは、ビートルズはクリックを使っていなかったが、リンゴはとてもいいテンポを保っていた、と語っています。

これは単なる身内へのほめ言葉ではありません。クリックがない環境では、ドラマーの安定感がそのまま曲の土台になります。最初にレコーディングするドラムがしっかりしていれば、その上にベースもギターも歌も安心して乗せられます。逆にそこが不安定だと、あとから何を重ねてもまとまりにくくなってしまいます。

ここでいう安定感は、機械みたいにまったく同じ間隔で叩く、という意味だけではありません。曲の流れに寄り添いながらも、全体が崩れないように支えられる、という意味での安定感です。

(2)メンバー全員で流れを共有していた

もうひとつ大事なのは、テンポをリンゴひとりだけに任せていたわけではないことです。ポールは、もしリンゴが少し動いたとしても、自分たちはそのままついていった、という趣旨のことも話しています。これはとてもバンドらしい感覚です。

外から鳴っているクリックに全員が合わせるのではなく、メンバーの誰かが作った流れに、ほかのメンバーも自然についていく。こうすると、テンポが少し動いていても、演奏全体はバラバラになりにくいのです。たとえるなら、みんなで歩いているときに、地面の線だけを見るのではなく、先頭を歩く人や周りの人の動きを見ながら歩幅を合わせる感じに近いかもしれません。

完全に機械的ではないけれど、だからこそ自然にそろう。ビートルズのレコーディングには、そういう人間同士の合わせ方があったのです。

4 重ね録りはどのように進められたのか?

(1)まず曲の骨組みを録っていた

www.youtube.com『She Said She Said』のバッキングトラック

4トラック録音が本格化して以降は、まず曲の土台を録って、あとから音を重ねる方法が目立つようになっていきました。ドラム、ギター、ベース、ピアノなどで「この曲はこういう流れです」という土台を作っておき、そのあとで歌やコーラスや追加の楽器を重ねていく、というやり方です。

この方法だと、あとから録る人はゼロから合わせる必要がありません。すでに録ってある演奏を聴けば、その曲の勢いも、ノリも、タイミングもわかります。だからクリックがなくても、ちゃんと乗っていけるのです。

しかも当時は、いまのように無限にトラックを増やせる時代ではありませんでした。録音できる数に限りがあったので、最初の段階でしっかりした演奏を録ることがとても重要でした。

「あとで何とかすればいい」ではなく、「まず土台をちゃんと作ろう」という考え方だったわけです。バッキングトラックを先に聴いてから完成版を聴くと、あとから重ねられた要素によって曲がどう完成形に近づいたのかが感じ取りやすくなります。

(2)あとからその土台に音を重ねていた


www.youtube.com

『She Said She Said』の完成版

ビートルズのレコーディング手順がよくわかる例として、『She Said She Said』があります。この曲では、まずリズム・トラックが録られ、そのあとでリード・ボーカルやバック・ボーカル、追加のギター、オルガンなどが重ねられていったとされています。

この流れを見ると、ビートルズのレコーディングがどう成り立っていたかがよくわかります。最初に「この曲の土台です」という演奏があり、あとから加わる音はその土台に対して重ねられていく。だから全体がバラバラにならず、ひとつの曲としてまとまるのです。つまり、クリックがないからといって、手探りで合わせていたわけではありません。

すでにそこにある演奏が、次に入る人のガイドになっていたのです。音楽に詳しくない方にも、このイメージを持ってもらうと、ビートルズのレコーディングの不思議さが少し身近に感じられるのではないでしょうか。

5 クリックがなかったことで何が生まれたのか?

(1)テンポのわずかな揺れが自然さになった

クリックを使うと、テンポはそろえやすくなります。それはとても便利ですし、いまのレコーディングでは大きな強みです。

ただ、その一方で、少しだけ前に出る感じや、サビで自然に熱が上がる感じまで、きれいにそろいすぎてしまうこともあります。もちろんそれが悪いわけではありませんが、ビートルズのレコーディングには、そうした機械的なそろい方とは少し違う魅力があります。

ほんの少しテンポが動いても、それが不安定さではなく、演奏の呼吸として感じられる。この「人が演奏している感じ」は、ビートルズのレコーディングがいまでも生き生きと聴こえる理由のひとつでしょう。

(2)いま聴いても生き生きと感じられる理由

結局のところ、ビートルズがクリックなしで演奏を重ねられたのは、偶然でも昔だからでもありません。しっかりした土台の演奏があり、それを支えるドラマーがいて、メンバー全員が同じ流れを共有していたからです。

そして、そのやり方だったからこそ、テンポのわずかな揺れまで含めて、曲の表情として残りました。数字どおりにそろっているから気持ちいいのではなく、人が人の音を聴いて合わせているからこそ、独特のあたたかさが出る。ビートルズのレコーディングには、そんな魅力があります。

もしビートルズの曲を聴いて、「なんだか生きている感じがする」と思ったことがあるなら、その理由のひとつはここにあるのかもしれません。

クリックがなかったのに成立していた、のではなく、クリックがなくても成立するだけの演奏力と一体感があった。

そう考えると、この話は単なる昔話ではなく、音楽のおもしろさそのものを教えてくれる話にも思えてきます。

(参考文献)

ワイアード
「ポール・マッカートニーが語る、ビートルズはクリックトラックを使わなかったという話」

ウィキペディア
「ビートルズのレコーディング手法」

ビートルズ・バイブル
「『She Said She Said』の楽曲情報とレコーディング解説」