1 いよいよレコーディング
解散のお話からは少し逸れてしまいますが、せっかくジョージの処女作「Don’t Bother Me」について語り始めたので、もう少し詳しく掘り下げます。ジョージは、1963年7月1日の「She Loves You」のレコーディングの際にファズ・ボックスをメンバーで最初に使おうとしたんです。これがビートルズが「サウンド革命の扉を開いた」瞬間でした。
1963年8月19日から24日までの間に、ジョージは、この曲を作曲し、編集するという作業を自宅で行っていました。これらのレコーディングは、彼自身の準備のためでもありましたし、スタジオで行われるレコーディング・セッションに備えて、他のバンドのメンバーに曲を覚えてもらうためでもありました。
この時のジョージの心境を表現した資料をまだ見つけていないのですが、おそらく彼自身は、初めて自分の曲がアルバムに収録されて日の目を見るということで、結構興奮していたのではないでしょうか?それまで彼は、自分の役割をリードギターとヴォーカルだと認識していたのですが、自分もミュージシャンである以上、作曲してみたいと思うのは当然ですよね。何よりジョンとポールが、シンガーソングライターとして成功するお手本を目の前で見せてくれたわけですから。
そして、いよいよ9月11日、彼が作曲した曲のビートルズによる初のレコーディング・セッションが行われました。これは、この日にレコーディングされた5曲のうちの最後の曲で、彼らの2枚目のイギリスのアルバム「With The Beatles」の3回目のレコーディング・セッションの時でした。
この曲のレコーディングは、19時から22時15分までの夜のセッションで行われました。ジョンが作曲した「Not A Second Time」は、このセッション中にレコーディングが開始されて完成したので、「Don't Bother Me」のレコーディングの開始は21時頃になりました。
2 ファズ・ボックスはお蔵入りした
この日は、4回のフルバンド演奏がレコーディングされました。ジョンは、数か月前にロンドンの楽器店のセルマーで購入したギブソン・マエストロ・ファズトーンを試しに使用していました。上の写真で彼の右足の斜め右上に黒い箱が写っていますが、これがファズ・ボックスです。
ジョージは、上記のとおり、7月1日の「She Loves You」のセッション中に初期のディストーション効果を使おうとしていたんですが、最終的にレコーディングでは使わないことにしました。しかし、ジョンはこの日、この効果をどうしても使いたいと考え、リズム・トラックの初期のテイクで試してみました。
クリーンなサウンドをあえて歪(ひず)ませるのがディストーションです。このテクニックは、「ギュイイ~ン」というエレキギターのあのカッコいいサウンドを作りだし、ロックなどのジャンルでは欠かせないものとなっています。両者を比較してみたプレイがこれです。ディストーションを使うと、いかにもロックって感じになりますね。
Clean Guitar Vs Distorted Guitar - Brennan
エレキギターのサウンドをアンプで増幅してそのまま出すのをクリーンサウンドと呼びますが、エレキギターが普及し始めた頃は、それで演奏するのが当然と考えられていました。しかし、ギタリストの誰かがアンプのヴォリュームをいっぱいに上げてオーヴァー・ドライヴ(過負荷)をかけると、サウンドが歪んで格段にカッコ良くなることに気づいたのです。
さらに、別のギタリストがアンプに傷をつけるとサウンドが歪むことに気が付き、ギタリストたちがこぞってアンプに傷をつけ始めました。やがてファズ・ボックスが開発され、そんなことをしなくても済むようになりました。
メロディメーカー誌の1963年9月28日号によると、この日のスタジオにはジャーナリストが立ち会っていました。「彼らがオープニングの小節をアレンジし直したとき、ジョンはファズボックスを取り出した。彼は、その効果に衝撃を受けたが、ジョージ・マーティンはあまり満足していなかった。『そいつは何とかした方がいいよ、ジョン。アンプから出力している時点でサウンドが歪んでいるけど、本当にそれでいいのか?』とマーティンは言った。」
ビートルズがレコーディングでファズ・ボックスを使用したのはこれが最初でした。先見の明を持っていたマーティンでさえ、クラシックから音楽の道に入った彼には、初めて耳にした歪んだギターのサウンドは不快に聴こえたようです。
3 新しいサウンド作りに熱心だったジョージ
この装置の使用は、その日のうちにお蔵入りとなり、2年後にジョージの「Think For Yourself」がレコーディングされるまで使用されなかったようです。まだ何か新しいことを試したいと思っていたジョージは、エンジニアのノーマン・スミスに「このギターにコンプレッサーを付けられないか?オルガンみたいなサウンドにしたいんだ。」
そこで彼らが思いついたのが、ジョンのアンプのトレモロを使用することでした。これによって、サウンドにリズミックなゆらぎを表現させることができたのです。アンディ・バビュイックの著書「Beatles Gear」の中で述べられているように、「これは、グループがスタジオでギターのサウンドに電子的な効果を使用した最初の明確な具体例であり、珍しいサウンドの探求の始まりであって、後年のスタジオ実験家としてのグループの役割を告げるものであった。」と記載しています。ビートルズは、まだ初期の段階であったとはいえ、レアなサウンドを加工することを始めたのです。
ビートルズは、1966年にリリースされたアルバム「Revolver」からスタジオで実験的なサウンドを作ることに熱心になっていました。そして、その先鞭をつけたのが、他ならぬジョージだったのです。彼は、それまでのサウンドでは飽き足らなくなり、何かもっと面白いサウンドが出せないか常に探求していました。
ジョージが様々な実験的なサウンド作りを試みるようになって、他のメンバーも関心を抱き、最終的にはアルバム「Sgt.Pepper~」として結実しました。それは、ビートルズに大きな成功をもたらすとともに、ポピュラー音楽界に革命を起こしたのですが、一人一人の音楽性の違いがはっきりしてきました。
ジョージ自身も成長したのですが、彼のアイデアがジョンやポールのインスピレーションにも火をつけ、それがメンバーの個性を引き出したことが解散を早める結果となってしまったのかもしれません。いや、この論理展開はいささか強引かな(^_^;)
4 テイクを何度も重ねた
3つのオーヴァーダブ(おそらくリード・ヴォーカル)が4回目のテイクでレコーディングされましたが、この演奏は、満足のいくものではないと判断されました。この段階では、この曲は、よりストレートなビート・スタイルを持っており、グループによるリハーサルが十分に行われていませんでした。新しく曲を構成し直す必要があったため、レコーディングは、一時的に棚上げとされました。
翌日の1963年9月12日、ビートルズは、EMIスタジオ2でこの日の夜のセッションで再びこの曲の制作を再開しました。午後7時から11時半までという通常より長いこのセッションは、この曲の新しい取り組みから始まりました。一番良いと考えられたテイク10を素材にしてスタートし、リードヴォーカルとギターソロなどの基本的な要素を全て含んでいます。
The Beatles - Recording Session, September 12 1963
上の動画の6分辺りからこの曲のテイク10~13のレコーディングが残されています。私たちが知っている完成されたヴァージョンよりテンポは遅いですが、ほぼ完璧に近い演奏でした。
唯一の欠点は、ジョージが時折キーを外したヴォーカルをしていたことと、最後の最後でリンゴがアクセント(スティックのヘッドとの距離やスピードを調節することで強弱の差を付けること)を間違えてしまったことでした。このテイクが使えないと分かり、ジョージは、思わず「oh yeah, rock and roll now」と皮肉を込めてヴォーカルを終えました。
その後、ビートルズは、ジョージが最初の歌詞を歌い始める直前に「ビートルズ・ブレイク(ビートルズが効果として演奏を一瞬止めること)」を入れることにしました。このことを念頭に置いて、テイク11は最初の歌詞のところだけブレイクを入れました。
テイク12はもう少し先まで進めましたが、リンゴがブレイクを間違った場所に入れ続けたため、ジョージが「ダメだ、ダメだ、ダメだ」と言って演奏を止めました。最初のブレイクを省いたテイク13がベストとされました。ただし、最初のブリッジの直前の「I know I'll~」のところで、リンゴが間違ってブレイクを入れてしまっています。
もう少しこのお話を続けます。