1 ついに完成
テイク14からは、ジョージがリード・ヴォーカルをダブル・トラックし、ポールがクレーブ(木やプラスティックなどでできた2本の拍子木からなる打楽器)、ジョンがタンバリン、リンゴがアラビアン・ボンゴを演奏するという大規模なオーバーダブが試みられました。
よくもまあこれだけの楽器をかき集めたものですが、これらは、全てEMIのクローゼットの中から見つけてきたものでした。ビートルズは、テイク19までオーバーダブを続けましたが、2回目のオーバーダブ(テイク15)が最終的にはベストとされ、この曲は、午後8時半頃には完成したと判断されました。
モノラル・ミックスは、1963年9月30日にテイク15と考えられているテープから作られましたが、実際に作業をしたのは、プロデューサーのジョージ・マーティン、エンジニアのノーマン・スミスと若き日のジェフ・エメリックの3人だけでした。ステレオミックスは、10月29日、同じEMI のスタッフによって急遽行われましたが、そこにはイニシャルが B.T という謎のエンジニアが参加していました。
今となっては、これが誰なのか分からないんですよ。当時のEMIのスタッフであったことは間違いありませんが、何だかホラーっぽくてちょっと怖いですね(^_^;)
2 曲の構成
(1)王道のパターン
これまでのレノン=マッカートニーの曲のほとんどのパターンに倣い、ジョージは「Don't Bother Me」の曲の構成を「Aメロ/Aメロ/ブリッジ/Aメロ」(AABA)という王道のパターンにしました。彼は、リード・ギタリストなので当然のことながら、ギターソロのパートが曲の中に入っていて、そのパターンは、ソロに合わせてブリッジ/Aメロからフェイドアウトしていきます。
この曲は、ビートルズの作品の中の多くのジョージの作曲のパターンと同じであり、マイナーキーで、どこか切なく怒りに満ちた歌詞になっています。作品の中にも何となく彼の性格が表れているような気がしますね。
4小節のイントロから始まっているのですが、その間にジョージがバッキング演奏のスタートが早すぎると文句を言っているのがかすかに聴こえます(It's too fast!(早すぎるよ!))。確かに、初期のテイクを聴くと、彼のカウントダウンよりもかなり早く演奏が始まっています。イントロですから、普通は演奏を止めてしまうところですが、実際には止めることなくそのまま最後まで演奏しました。っていうか、こんな余計な音が入ってるのに、何で誰も気が付かなかったのかな(^_^;)
(2)Aメロ
最初のAメロは12小節で、ジョージのダブルトラックのヴォーカルが前面に押し出されています。8小節目で演奏がブレイクし、ジョージのリード・ヴォーカルだけが聴こえてきます。続いてレノン=マッカートニーの初期の作曲(当時のポップス界の多くの作曲)のパターンを踏襲して、歌詞の意図をリスナーに伝えるため、各パートの最後に曲のタイトルが入っています。
2つ目のAメロは、歌詞が違うだけで1つ目のAメロと同じですが、そこから16小節の長さのブリッジに移ります。ブリッジとAメロは、特に、ジョージが歌っているメロディーラインに明確な違いがあります。
(3)ブリッジ(Bメロ)
ブリッジでは、ほとんどが半音符で構成されている苦心の跡が見える4小節があります。ここはゆったりとしたテンポで、Aメロのテンポの速い叙情的なフレーズと好対照をなしています。また、9 小節目から始まるドラマチックな小節は、ブリッジの「get her back again」という歌詞とピッタリとはまる主人公の悲しみを表現しています。
ブリッジから3つ目のAメロに入りますが、これも他のAメロと同じで歌詞が違うだけです。ここで同じコードパターンのギターソロが演奏されます。こういったギターソロのパターンは「From Me To You」のソロパートと類似していて、このソロのメロディラインの一部は、実際にヴォーカルで歌われているメロディラインをベースにしています。
ジョージが音楽性の高さを示そうと頑張っています。もう一つの類似点は、ソロの最後の4小節でヴォーカルに戻り、再び曲のタイトルが入っている聴かせどころを作って強調していることです。
情熱的なブリッジを繰り返した後、再び3つ目のAメロを繰り返しますが、今度は最後のフレーズを何度も繰り返して曲がフェイドアウトするまで延ばします。最後のフレーズはたまたま曲のタイトルになっているので、曲のタイトルがはっきりとリスナーに伝わります。
ジョージは、ここでダブル・トラックで自分のハーモニーを重ねながら、タイトルフレーズの他の部分では出てこない高い音程まで上げています。これが自然に出たものなのか、計算したものかは分かりません。もう一つの興味深い特徴は、タイトルフレーズを歌う直前にシンコペーションのアクセントを入れていることです。これもまた、この曲のタイトルをリスナーに思い起こさせるという効果を上げています。
こうしてみるとサラっと作られているように見えて、実は、結構細く神経の行き届いた曲作りがされていて、歌詞とメロディーが見事に調和していることが分かります。
3 完成度の高い歌詞
音楽の専門家は、この曲の歌詞を評価していて、最初の一文で曲全体の要点がまとめられていると指摘しています。ジョージは、初めて取り組んだ作詞で成功したのです。冒頭の「Since she’s been gone, I want no one to talk to me」は、この曲の背景が何であるかを簡潔にまとめています。
リスナーは、これを聴いただけで「あ、この曲の主人公は、彼女に振られて落ち込んでいるんだな。」とすぐに分かります。それに続く歌詞も冗長になったり、ストーリーを変えたりすることなく、より詳細に説明を加えています。しかも、同じフレーズの繰り返しがないんです。これ、なかなかセンスがありますよ。
歌詞では、一人になりたい理由を「今だけでいいから」とでも言っているかのように、周囲の人たちにしばらく自分のことは放っておいてほしいと語っています。彼の悲しみの深さは、彼女が帰ってくるまで「stay away(離れていてくれ)」と周囲の人々の関わりを強く拒否するほどのものであることが描かれています。
主人公は、自分が彼女に振られたのは「I'm to blame(自分のせい)」だと自分を責めています。自分の性格のせいなのか、他の女性に目が移ったのかまでは分かりません。いずれにしても、彼女が帰ってこない可能性が高いことがわかります。歌詞に表現されている悲しみは、マイナーキーとブルージーなコードパターンと完璧にマッチしていて、歌詞に説得力を与えています。
私自身、この歌詞を覚えるのに結構苦労しました(^_^;)そんなに難しい言葉を使ったり、言い回しをしているわけではないのに、なぜだろうと不思議に思ったんです。決してストレートではなくむしろ婉曲的な表現なんですが、繊細な歌詞で主人公がひどく落ち込んでいることが伝わってきます。私は、音楽のプロではないので、高尚な評価はとてもできませんが、これは、もっと評価すべきなのではないかと思います。
4 ジョージが切り開いた新しい世界
ジョージは、この処女作でこれまでのビートルズの曲作りに別の次元を加えました。主人公が彼女に振られるという悲しい設定がなかったわけではありません。例えば、初期の作品である「There's A Place」では悲しみが楽観主義に大きく影を落としていますが、「Don't Bother Me」の方がより深い悲しみと絶望感が伝わってきます。
何が違うかというと、この曲では、主人公が彼女を裏切るような行為をしたことをほのめかしている点です。だから、「Don't Bother Me」は、ビートルズ自身がアイドルでありながら「悪役」になって、誰かを騙すような酷いこともできるんだよと暗示しているんです。アイドルには似つかわしくない歌詞ですね。
また、この歌詞には、主人公が「自分が蒔いた種で失恋した」ことを匂わせているので、ファンは、少なくともビートルズが「自分が犯した過ちを認める良心を持っている」ことに気付くわけです。この時期にこういった「自己批判的な歌詞」を書けたというのは、多分にジョージの性格も影響していたのかもしれません。
演奏面では、ジョージの印象的なギターワークとヴォーカルが際立っているのは間違いありません。彼の情熱的なギターソロはもちろんのこと、曲中のリズムギターも、初のオリジナル曲の自信を感じさせます。
ジョージの初めてのオリジナル曲を歌った時の自信に満ち溢れたヴォーカルが印象的です。ダブル・トラックでの初挑戦ということで、2回目のヴォーカルは1回目からかなりずれていますが、曲全体の雰囲を損なわないようにうまくパフォーマンスされています。曲のタイトルが歌われる時の彼のコミカルな「me」という声は、彼の強いリヴァプール訛りと、ダブル・トラックで彼の声にわずかなビブラートがかかった結果です。
5 リード・ヴォーカルのみだった
また、この曲ではジョージのリードヴォーカルだけがレコーディングされているのも注目すべき点です。これまでのビートルズの曲では、ハーモニーやバック・ヴォーカルを入れるのが定番でしたが、このアルバムではヴォーカルが1人だけの曲が収録されており、「Don't Bother Me」はその中の一つです。
リンゴのドラムは、少しラテン風のビートと、ブレイク前や曲中での情熱的なドラム・フィルが際立っています。フェイドでの彼のシンコペーションされたアクセントが他のメンバーへの指示になっています。バンドにおいてドラマーがいかに大切な存在であるかがよく分かりますね。
ジョンのリズム・ギターは、アンプのトレモロを高く設定して演奏されており、その複雑さが印象的です。彼は、ジョージのオリジナル曲に興味がないため、スタジオに顔を出すことはあっても、彼の演奏には力が入っていないことが多かったんです💦彼がジョージの作品を高く評価したのは「Something」が初めてではないでしょうか。
さて、長くなりましたが、これで解散に関するジョージのシリーズは完結です。ビートルズカタログの中でも「小品」と扱われがちな作品ですが、なかなかどうしてよく作り込まれています。彼のアーティストとしての成長がビートルズ解散の一因だったと指摘する人は少ないかもしれませんが、私は、重要な意義があると考えています。
(続く)
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