1 ソングライターとして成長したジョージ
(1)初めて2曲以上が収録された
「I Want To Tell You」は、ビートルズの1966年のアルバム「Revolver」に収録されている曲であり、ジョージが作詞作曲して歌っています。「Taxman」「Love You To」に続き、このアルバムでレコーディングされた彼の3番目の曲です。ビートルズのアルバムで彼の曲が2曲以上割り当てられたのは初めてのことであり、ジョンやポールと並んでソングライターとして成長し続けていることを反映しています。
この作品を作曲する際、ジョージはLSDを体験してインスピレーションを得ました。自伝「I, Me, Mine」の中でジョージは、この歌詞が彼が「書き留めたり、言ったり、伝えたりすることが非常に難しい雪崩のように襲い掛かってくる考え」と呼んだものを取り上げたとしています。要するにコミュニケーションのツールとして言葉があるけど、それではどうしても伝わらないものがあるんだということを言いたかったのです。
曲の哲学的なメッセージと相まって、ジョージのたどたどしいギターリフとメロディーに使われている不協和音は、意味のあるコミュニケーションを達成することの難しさを反映しています。歌詞だけではなく、サウンドでもそれを表現しているんですね。このレコーディングは、バンドが曲のリズムトラックを完成した後でポールがベースのパートを演奏した初めてのレコーディングであり、このテクニックはその後のビートルズのレコーディングで一般的になりました。全員が同時にレコーディングしなくてもよくなり便利になった反面、ビートルズの硬い絆が緩んだ原因にもなりました。
(2)ソロになっても演奏した
音楽評論家やビートルズの伝記作家の中には、この曲でのグループのパフォーマンス、特にポールのインド風のヴォーカルメリスマ(歌詞の一つの音節に付けられた、単音ではなく複数の音階を付けた装飾的なメロディー)を賞賛するライターが数多くいます。ジョージは、1991年にエリック・クラプトンと行ったジャパンツアーのオープニング曲として「I Want to Tell You」を演奏しました。そのツアー中にレコーディングされたヴァージョンは、彼のアルバム「Live in Japan」に収録されています。
彼が亡くなってから1年後の2002年11月に行われたコンサート・フォー・ジョージのトリビュートでは、この曲がイヴェントの西洋パートのオープニング曲として使用され、ジェフ・リンが演奏しました。テッド・ニュージェント、ザ・スミザリーンズ、シーア・ギルモア、ザ・メルヴィンズなど、他にもこの曲をカヴァーしたアーティストがいます。
2 制作の背景とインスピレーション
ジョージは、1966年初頭に「I Want To Tell You」を書きましたが、この年は、彼の作曲が主題と生産性の面で成熟した年でした。ビートルズではメインのソングライターであるレノン=マッカートニーに次ぐソングライターとして、ジョージは、インド文化への没入とLSDの体験から得た視点を通じて、独自の音楽的アイデンティティーを確立し始めていました。作家のゲイリー・ティレリーによると、この曲は、ジョージが1966年初頭に経験した「創造的な高揚」から生まれたものだということです。
同時期、ビートルズは、ユナイテッド・アーティスツの3作目の映画「Talent for Loving」の制作を断ったため、異例なほど長い間仕事から解放されていました。ジョージは、この時間を利用してインドのシタールを学び、ジョンと同様にバンドの次のアルバム「Revolver」のレコーディングの準備をしながら作曲における哲学的な問題を探求しました。
3 「I Want to Tell You」が伝えるメッセージ
(1)宇宙から地球を見ている
「I Want to Tell You」について作家のラッセル・ライジングとジム・ルブランは、「Rain」や「Within You Without You」と共にこの曲を、ビートルズが歌詞の中で「猫を被った」表現をやめ、代わりに「切迫した口調を採用し、LSD体験から得られる心理的、哲学的な啓示という重要な知識をリスナーに伝えようとするた」初期の例として挙げています。彼らは、それまでアイドルとして大衆に受け入れられる曲を作っていました。ただ、それを一切やめてしまったというわけではなく、哲学的に深く思考した曲も作るようになったということです。その両方を軽くこなせたことが彼らの天才ぶりを示しています
「The Beatles Anthology」の中でジョージは、薬物摂取によって刺激を受けたものの見方を「月面、あるいは宇宙船に乗っている宇宙飛行士が地球を振り返るようなものだ。私は、意識の中で地球を振り返っていた」と述べています。これまたジョージらしい哲学的な表現で理解が困難ですが、世界を内側からではなく外側から観察できるようになったということでしょうか。
(2)表現が困難だった
作家のロバート・ロドリゲスは、この曲は、ジョージが自分の意識を向上させるにはどうしたらいいか探求した結果を反映したものだと見ています。それは、「彼の考えがより速く、より広範囲に浮かぶほど、それを表現する言葉を見つけるための苦闘はより大きくなった」という点においてです。「I, Me, Mine」に再現されているように、ジョージが制作した元の歌詞は、完成した曲の哲学的な焦点と比較して、より直接的で個人的なものでした。
それでも、リリースされた作品は、主人公が慎重にロマンスに入っていく標準的なラヴソングであるという解釈を招いています。もう一つの解釈は、コミュニケーションが上手くいかないというテーマは、ビートルズが絶叫するファンの前でコンサートをすることに疲れていた時期に、ファンとの間に距離ができたことを表現したものだというものです。どっちも違う気がしますね。
私は、ジョージが哲学的な深い思考から得られた結果をリスナーに伝えるのに、そのまま表現してしまうと難しすぎて伝わらないので、あえてラヴソングのような分かりやすい形式にしたのではないかと考えています。哲学書を読むって難しいじゃないですか。そんなことを歌詞で表現してもなかなか伝わらないと思うんですよね。ジョージは、どう表現すれば伝わるかということについて相当苦しんだと思います。
4 曲の構成について
(1)モッズ・ロックの典型
「I Want to Tell You」のキーはAメジャーで、4/4の標準拍子です。音楽ジャーナリストのリッチー・ウンターバーガーが「循環的で豊か」で「1966年のイギリスのモッズ・ロックの典型」と評する、低音域で下降するギターリフが含まれています。モッズ・ロックとは、ザ・フー、スモール・フェイセスなどに代表される1950年代後半から60年代前半にかけて流行したポップなロックのことです。このリフは曲の冒頭と終わりを飾り、ヴァースの間でも繰り返されます。
特にイントロでは、リフのシンコペーション音符の間の休符がまるでつかえているような効果を生み出しています。この効果によって示唆される数学的な異常性は、ヴァースが11小節と不均等な長さであることでさらに強調されます。こんな長さはとても中途半端で、ものすごく気持ち悪く聴こえるため普通は使いません。曲の主要部分は、2つのヴァース、ブリッジ(ミドルエイト)、それに続くヴァース、2番目のブリッジ、最後のヴァースで構成されています。
(2)メッセージを音楽に込めた初めての曲
ロドリゲスによると、「I Want to Tell You」はジョージが「メッセージを音楽に合わせた」初期の例であり、曲のリズム、ハーモニー、構成の側面が組み合わさって、意味のあるコミュニケーションを達成することの難しさを表現しています。彼が初めてメッセージを曲で伝えようとしたんですね。1965年の作曲「Think for Yourself」と同様に、ジョージのコード選択は、ハーモニー表現への関心を反映しています。
5 曲の構成
(1)ジョージが発見したE7♭9
ヴァースはAメジャーコードの上で調和のとれたEABC#-Eのメロディー音の進行で始まり、その後メロディーはII7(B7)コードに移行して急激に上昇し始めます。音楽学者のアラン・ポラックは、冒頭のリフの不規則さに加えて、このコード変更が小節の始めではなく4小節目の途中で始まるため、ヴァースが幻惑的に聴こえる特徴を持たせていると指摘しています。
音楽的かつ感情的な不協和音は、ジョージがフラストレーションを適切に伝えるサウンドを模索しているときに偶然見つけたコードであるE7♭9の使用によってさらに強調されます。ギター リフが Iコードに戻ると、ヴァース全体のハーモニー進行は、著者のイアン・マクドナルドが「インドというよりアラブ的」と呼ぶ「Aメジャースケールの東洋版」を示唆しています。
(2)ミドルエイト及びアウトロ
ミドルエイトのセクションは、詩の激しい進行に比べて、より柔らかいコード構成になっています。メロディーは、Bマイナー、ディミニッシュとメジャー7 コード、Aメジャーを網羅しています。このコードパターンの内部では、F♯からC♯までの各半音を通して、半音階的に下降する音を生み出します。音楽学者のウォルター・エヴェレットは、2番目のセクションを締めくくる「Maybe you'd understand」という和やかな歌詞の適切さについてコメントしています。メロディーが完全な正統的カデンツで結ばれていることから、音楽用語で「あらゆる集まりの自然な象徴」を表しているとコメントしています。エッジが利いているようで、実はマイルドにしてあるんですね。長くなるのでこの続きは次回で。
(参照文献)ポール・マッカートニー・プロジェクト
(続く)
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