1 古いサーカスのポスターがヒント
ビートルズの驚くほど鮮明な「Being for the Benefit of Mr. Kite!」は、最も意外なところからインスピレーションを得ました。ジョンにとっては、それは額に入った19世紀のビクトリア朝時代のサーカスのポスターであり、プロデューサーの ジョージ・マーティンにとっては、この曲のフィーリングをできるだけ直感的にリスナーに届けるという何気ない一言でした。
ジョンは、後にアップル・レコードの社員となるトニー・ブラムウェルと、ビートルズが宿泊していたケント州セブノークスのホテル近くの骨董品店をぶらついていたときに、偶然パブロ・ファンケの「サーカス・ロイヤル」のポスターを見つけました。彼らは、ホテルの近くの骨董品店で「Strawberry Fields Forever」のプロモーション・ビデオを撮影していました。ウィリアム・カイト、ジョン・ヘンダーソン(「有名なサマセット投げの名手!」)、ザンサス(「世界一調教された馬の一頭として有名!」)らは、英国初の黒人サーカス団主と言われているファンケが経営する一座で実際に演じていました。その昔懐かしい不思議な感覚、そしてその幻想的な言葉遣いに魅了されたジョンは、インスピレーションを得るためにウェイブリッジの音楽室にそのポスターを飾りました。
「これは1800年代に開かれたフェアのポスターだ」とジョンは、「オール・ウィー・アー・セイイング」の中でデイヴィッド・シェフに語っています。「歌の内容はすべてあのポスターから取ったものだが、馬の名前はヘンリーではない。当時、ヘンリー・ザ・ホースがヘロインだという話はいろいろあった。あの時代にヘロインを見たことはなかった。いや、すべてあのポスターから取ったんだ」
後にジョンは本当にヘロイン中毒になってしまいますが、この頃はまだそうではありませんでした。そういう時代だったからですが、ビートルズが制作した楽曲の中には、薬物に結びつけられたものがあり、これもその一つでした。
2 ポールも制作にかなり協力した
(1)人々はすべてジョンの作品だと思っている
途中のある時点で、ポールは、制作過程に参加したと語りました。彼らは、微調整を続け「Being for the Benefit of Mr. Kite!」が焦点に定まりました。歌詞は「don't be late」と韻を踏むため、ロッチデールからビショップスゲートに変更されました。また、サーカスもフェアに変更され、「will all be there」という歌詞に会うように変更されました。タイトルは「over men and horses, hoops and garters」「somersets on solid ground」「hogshead of real fire」などのキーフレーズとともに、一語ずつ引用されました。
「時々、人々が『ああ、あれはジョンが書いたんだ』と言うのを目にする。私は、『ちょっと待って、じゃあこのポスターを見ながら彼と過ごしたあの午後は一体何だったんだ?』と言うんだ」とポールは、後にローリングストーン誌のインタヴューに答えています。
(2)ポールも作詞にかなり協力した
「たまたま彼の自宅の居間にポスターが貼ってあったんだ。私は、彼の家にいて、そのポスターに『Being for the Benefit of Mr. Kite!』と書いてあったから、このアイデアを思いついたんだ。そして『今夜ショーがある』と書いてあって『もちろん』って感じだった。そして『ヘンリー・ザ・ホースがワルツを踊る』と書いてあった。まあ、何でもいいんだけどね。『ヘンダーソンズ、パブロ・ファンケス、サマーセット…』って。『サマーセット』って何だ?』って僕たちは言ってたんだ。きっと昔ながらのサマーソルト(宙返り)って意味だったんだろう。曲は自然にできたんだ」
初期と違ってこの頃の作品は、ジョンとポールがほぼ単独で制作することが普通になっていましたが、作品によってはかなり協力したことが窺えます。
3 アレンジはマーティンに託された
(1)サーカスの雰囲気を出す
ビートルズは、1967年2月17日に7つの初期テイクに取り組みました。それは、ジョンが1月31日に初めてポスターを見たわずか数日後のことでした。偶然にも、同じ日に「Strawberry Fields Forever」は「Penny Lane」との両A面シングルとして英国で発売されました。ポールは、最も表現力豊かなベースラインの一つを提供し、リンゴの各ヴァース前の激しいドラムロール、そして陽気なハイハットのスマッシュは、この曲に酔わせる雰囲気をさらに高めました。
3日後、マーティンは「ミスター・カイト」を完成させるためにジョンがリクエストしたカーニヴァル音楽の雰囲気を出す作業に取りかかりました。ジョンは、感覚で制作するタイプで、今回も伝説のプロデューサーとあまり詳細を話し合っていなかったため、頼れるものは多くありませんでした。
(2)ジョンの抽象的な要求にマーティンが応えた
「私に特定の解釈を求めるという点では、ジョンは最も表現力が乏しかった」とマーティンは、アンソロジーで回想しています。「彼は、雰囲気や色彩で物事を扱い、私がどの楽器やどのラインを使うかは具体的に言わなかった。それは私が自分でやっていた」
「『Mr. Kite!』に関しては、レノンが単にこう言ったと記憶している。『あのサーカスの雰囲気の中にいたい。あの曲を聴くとおがくずの匂いを嗅ぎたい』そして、それを提供するのは私の役目だった」
凡人の私でもジョンの言っていることはなんとなくわかります。あのちょっとカビ臭さくてむせ返るような匂いですよね。それはわかるとしても、それをどう音で表現しろというのでしょうか。ジョンは、こういう常人では理解不能なアレンジを要求することが数多くありました。そして、それを実現する仕事をマーティンやエメリックに託したんです。その困難なリクエストをクリアした彼らも称賛に値します。
4 テープを切り刻んで放り投げた
(1)マーティンは作業に取りかかった。
最終的にはハーモニウム、オルガン、グロッケンシュピールを追加し、ハーフタイムにいくつかの楽器を演奏し、その後、カーニヴァルの雰囲気を高めるためにテープのスピードを上げました。しかし、それでもまだ何かが欠けていました。
週末の休みの間に、彼は、ビートルズのサウンドエンジニア、ジェフ・エメリックの大胆な提案を採用し、以前「Yellow Submarine」の短い2小節の金管楽器のソロで採用したコンセプトに戻ることにしました。古いサウンドをつなぎ合わせて渦巻くような効果を生み出すのです。まさに万華鏡のような音楽で、歌詞と同じくらいリスナーの感情を揺さぶります。
(2)テープを切り刻んで空中へ放り投げて繋ぎ合わせた
「遊園地に行って目を閉じて耳をすませるような、全体的にごちゃ混ぜの音が必要だとわかっていた。ライフルの音、ハーディガーディ(弦楽器の一種)の音、人々の叫び声、そして遠くから聞こえるものすごい混沌とした音」とマーティンはマーク・ルーイスンの著書「ザ・コンプリート・ ビートルズ・レコーディング・セッションズ」で語っています。「だから、古いカリオペのテープを手に入れて、『星条旗よ永遠なれ』や『スーザの行進曲』を演奏しているテープを細かく切り刻んでジェフ・エメリックに空中に投げてもらい、ランダムに組み直してもらったんだ」
確かに、遊園地にいると周囲から色んな音が聞こえてきます。それを再現するというわけです。
(3)テープが元の順番で戻って来た
この30秒の音を録音するために、全部で19本のテープが使われました。しかし、最初の試みではまだマーティンは満足しませんでした。「テープを空中に投げてみたのだが、驚いたことに、ほとんど同じ順番で戻ってきた」とエメリックはルーイスンに語りました。「みんな、音が違うだろうと思っていたが、ほとんど同じだった。そこで、テープを入れ替えたり、一部をひっくり返したりした」
ランダムにしたつもりが、元とあまり変わらない順番で戻って来たのです。今ならコンピュータで簡単にできますが、当時は手作業でしたから仕方ないですね。
5 ジョン自身の評価が変化した
(1)歌詞は元の言葉のまま
3月28日、29日、31日にも追加のセッションが開かれ、2 回目にはマーティンが遊園地の断片をミックスしました。ジョンは、完成品について二つの考えを持っていたようです。「ほとんど言葉は作らず、リストをつなぎ合わせただけだ。本当に、一言一句同じだ」と彼は 1968年に伝記作家ハンター・デイヴィスに語っています。「あまり誇りに思っていなかった。本当に作業したわけじゃない。ただ形式的にやっただけだよ。そのときはサージェント・ペパーズに新しい曲が必要だったからね」
ジョンは、淡々と語っていますが、昔のポスターで使われた言葉をそのまま歌詞にして、それにピタリと当てはまる曲を作る方がすごくないですか?
(2)やがてジョンも認めた
しかし、やがてジョンも、この驚くべきサイケデリックな発明の爆発に対するファンの熱狂を共有するようになりました。「宇宙的に美しい」と彼は1980年にデイヴィッド・シェフに語りました。「この曲は純粋でまるで絵画、純粋な水彩画のようだ」
作詞が得意な彼にしては、あまり歌詞に手を加えなかったことにいささか残念な想いがあったのかもしれません。しかし、逆に昔の言葉をそのまま生かすセンス、それに合わせて作曲する才能、サーカスの雰囲気を出すというインスピレーション…正に彼だからこそ制作できた作品です。
(参照文献)アルティメット・クラシック・ロック
(続く)
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