1 「I Am The Walrus」を制作した背景
前回に続いて「I Am The Walrus」の歌詞について、無謀な試みと知りつつあえて分析してみます。
「I Am The Walrus」は当初、ビートルズが発表した曲の中に隠されたメッセージを見つけたというファンへの返答としてジョンが制作しました。「ふ〜ん、君は僕が書いた曲に隠されたメッセージを見つけたんだね。じゃあ、これならどうかな?」といったところでしょうか。その意味を読み解こうとする人々を混乱させ、困惑させるような曲を作ろうと決意した彼は、意図的に不明瞭でナンセンスな歌詞を作りました。彼は、曲の歌詞には常に深い意味があるという世間が決めつけた考え方に挑戦したかったのです。
ところが、全くランダムに言葉を並べたわけではなく、文章としてはちゃんと成立しているんです。だからこそ、人々は、その奥に何か隠された意味があるのではないかと必死で探ろうとします。私も今からそうしようとしているのですが、これこそジョンが仕掛けた罠に自らハマりにいっているわけです。でも、それはそれで面白いじゃないですか。天国からジョンが「それ違うよ」って、腹を抱えて大笑いしていると思えばそれもまた楽しいです。
2 無秩序な言葉の羅列ではない?
歌詞を読むと、一見無秩序に言葉を羅列しているとしか思えません。しかし、シュールな言葉の映像が鮮烈に脳裏に浮かび、アニメーションのようにスムースに流れていきます。ですから、必ずしも無秩序に羅列したわけではなく、相互に関連しているようにも思えます。
まずは、冒頭の「私は彼で〜」の箇所です。この歌詞は、集団を構成する人々の一体感と相互のつながりを示唆していると考えられます。ジョンは、私たちは皆、より大きな全体の一部であり、集合意識の重要性を強調しているという考えを伝えようとしたのかもしれません。ソロになってから彼は、世界平和のメッセージを盛んに発信するようになりましたが、ひょっとするとその現れだったのかもしれません。
「黄色いカスタードの膿」
シュールでグロテスクな映像が、聴く者の脳裏に鮮烈なイメージを描き出します。このような奇妙なビジュアルを使うことで、曲全体のシュールさが増しています。
「専門家」
このセリフは、一見博識そうに見えても、結局は人生の本質をつかみ損ねている知識人や専門家に対する批判として解釈されることが多いようです。ジョンは、時には権威を疑い、物事を額面通りに受け取らないことが最も賢明な行動であることを示唆しているのかもしれません。そして、彼の日頃の権威に対する反抗的な態度から察すると、この分析はあながち間違いではないような気がします。
「魚を行商する女(口汚い女)」
魚を行商する女あるいは口汚い女は俗語です。曲中の他の言及から辿って考えると、後半の歌詞の「セモリナのイワシ」と関係があると考えられます。これは、地中海諸国でよく見られるセモリナ粉をイワシにまぶしてカラッと揚げた料理です。
あるいは彼女は、曲の後半に登場する「初等のペンギン」に餌としてあげる魚を持っているのかもしれません。ジョンは、曲を書いている間、海の生き物、特にタイトルの「セイウチ」のことを念頭に置いていたと考えられます。このように言葉が関連していますから、まるっきりランダムに言葉を選んでいるわけではないことがわかります。
また、(336)でご紹介した麻薬取締官ノーマン・ピルチャーを指しているとも考えられます。彼は、ジョンとヨーコなど数多くの大物芸能人を逮捕しました。
3 淫乱な尼僧とcrabalocker
(1)倒錯したイメージ
尼僧という聖職者の神聖さと性的イメージの倒錯を並置しています。「やれやれ、君は悪い子だったな」とジョンは歌います。「パンツを下ろしたな」およそ聖職者にはありえない行動ですがこの取り合わせが何とも言えずシュールです。ただ、この猥褻な歌詞のためにBBCでの放送が禁止されました。
「魚を行商する女」と彼が言及した「尼僧」とが合致しているのかもしれません。どちらも、彼が覆そうとしている伝統的に女性に課せられた性別の役割の例です。つまり、女性は労働で男性に奉仕するか、あるいは聖職者として男性との縁を断つかです。
ジョンは、幼い頃に母親の下から離され叔母に育てられたことで、女性に対する特別な想いを持っていました。解散後は、性差別への反対を明確に表現するようになりましたが、この作品は、あるいはその始まりだったのかもしれません。
(2)crabalockerはテレビ番組からヒントを得た造語?
では、最大の難物である「crabalocker」はどうでしょうか?「crabalocker」という言葉は、英語の辞書には載っておらず、ジョンがそれで何を意味していたのかは永遠に明らかにならないでしょう。しかし、少なくとも彼がその言葉をどこから得たのかは明らかにできるかもしれません。
「I Am the Walrus」が書かれる約1年前、イギリスのテレビで、有名な人形アニメーションTVシリーズ「サンダーバード」の「Paths Of Destruction」というエピソードが初放送されました。このエピソードでは、新しい道路を建設するために森林地帯を伐採するために使用される機械式車両が取り上げられ、番組の脚本家であるジェリーとシルビア・アンダーソンはそれを「Crablogger」と呼んでいました。
これに搭乗した運転手が車内で食べた食事で食中毒を起こして車両が暴走してしまい、サンダーバードが出動してそれを止めるというストーリーです。この回の放送は日本でも放映され、私もテレビで観ていまだによく覚えています。ジョンはこの放送を観ていて、名前を記憶した可能性があります。
(3)偶然の一致に過ぎないかもしれないが
もちろん、これは、偶然の一致に過ぎないかもしれません。ただ、テレビが放映されたタイミングが制作の1年前だったことや、「Crablogger」と「crabalocker」という言葉の類似性から見て、ここからヒントを得たと考えても不自然ではないでしょう。ジョンは、その乗り物の名前を別の綴りの単語にまとめ、それをアレンジしたとも考えられます。実際、彼は、雑誌、広告などあらゆる媒体からヒントを得て歌詞を書くのが得意でしたから。
ただ、仮にそうだとしても、私たちはそれが何らかの意味を持つのか、あるいはまったく意味を持たないのかまではわかりません。「カニ」の部分は、歌の中で海と関連していることを示していますが、「ロッカー」に至っては何の関連もありません。だからこそ、余計に上記の推論が信憑性を帯びてくるのです。
4 なぜ不可解な歌詞を書いたのか?
長年にわたり「I Am The Walrus」の意味について数多くの解釈や理論が生まれてきました。その中でも最もポピュラーなものをいくつか挙げてみましょう。
①薬物の影響
この曲が書かれた時代を考えると、多くの人が「I Am The Walrus」には薬物への言及が含まれていると推測しています。直接的な言及こそありませんが、シュールでナンセンスな歌詞は、1960年代に流行した薬物によるサイケデリックな体験の反映と見ることもできます。まあ、これは、関連付けるなと言う方が無理でしょう。
②社会批判
音楽評論家の中には、「I Am The Walrus」はジョンが現代社会の不条理さや表面的な部分についてコメントしたものだと考える人もいます。この曲の意味不明な歌詞は、私たちが生きている世界の混沌とした混乱した側面を表していると見ることもできます。実際、60年代は世界が発展しながらも、東西冷戦の激化、あらゆる国では体制側と反体制側とが激しくぶつかり合い、世界は成長しながらも混乱を極めていました。
③批判への反応
前述したように、「I Am The Walrus」は当初、ビートルズの曲に隠されたメッセージを見つけたと主張するファンへの回答として書かれました。ジョンはこの曲を、過剰に分析し、何もないかもしれないところに意味を探し求める人々に対する、遊び心のあるジャブとして意図していたのかもしれません。
④単なる言葉遊び
上記のように何とか意味を見つけようとする解釈がある反面、これは単なる言葉遊びであり、伝統的な曲作りの慣習に挑戦する習作曲だとする説もあります。ジョンは、解釈を覆すような曲を作り、聴き手に文字通りの意味ではなく、それが呼び起こす感情や感覚に焦点を当てさせたかったのかもしれません。
5 結局どうなのか?
(1)いまだに議論されている
そして、「I Am The Walrus」の意味は、いまだに全世界で議論と憶測の対象となっています。ジョンが意図的に曖昧でナンセンスな歌詞を用いたことが、この曲の不朽の神秘性を高めています。それが社会に対するコメントであれ、批評家への遊び心に満ちた皮肉であれ、あるいは単なる言葉遊びであれ、この曲のシュールさはリスナーを魅了し続け、数え切れないほど多くの人々に解釈のインスピレーションを与え続けています。例えばモナリザなど多くの偉大な芸術作品がそうであるように、この曲の真の意味は、最終的には聴く人の耳の中にあるのかもしれません。
(2)自由に解釈してよい
音楽は個人的に自由に解釈してよい芸術であり、この作品の美しさは、聴く人それぞれに異なる感情や思考を呼び起こす能力にあります。ビートルズを象徴するこの曲を口ずさむときは、想像力を膨らませ、謎めいた歌詞に隠された意味を自分なりに考えてみると楽しいでしょう。
ジョンの歌詞は、私たちがさらなる手がかりを探し尽くした後も、人々をずっと推測させ続けるのに違いありません。そしてそれは間違いなく、彼が意図的に招いた世間の推理を無意味なものとしてしまう、彼の作曲の素晴らしさの証しでもあるのです。
(参照文献)ファーアウト、デイリービートルズ
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