★ビートルズを誰にでも分かりやすく解説するブログ★

ビートルズを誰にでも分かりやすく解説するブログです。メンバーの生い立ちから解散に至るまでの様々なエピソードを交えながら、彼らがいかに偉大な存在であるかについてご紹介します。

ライヴをやるのかやらないのか(377)

 

 

ライヴをやるかどうかで議論するビートルズ

※この記事は、映画「Get Back」の「ネタバレ」を含んでいるので注意してご覧ください。

1 「Don’t Let Me Down」は完成した

(1)アラン・クラインとの初顔合わせ

ビートルズは「Don’t Let Me Down」のレコーディングを再開し、このテイクは、シングルのB面に採用されました。そうしているうちに、アラン・クラインがアップルにやってきました。彼は、この上の階で初めてビートルズの4人と顔合わせすることになりました。結果的にこの人物がビートルズを解散させたラスボスということになりますが、この時点ではもちろんまだ誰も気づいていませんでした。
これで28日のレコーディングは終わりました。ルーフトップコンサートまで残すところあと1日となりました。

(2)いよいよライヴ前日

撮影20日目の29日を迎えました。ホッグ「おはよう。明日の午後1時までに何曲仕上がる?」リンゴ「6曲かな。ホントにやるの?」ホッグ「予報では良い天気だ。」ジョン「今日は早く終わりたいな。本番は、たったの6曲たろ?」ホッグ「昨日は遅くまで?」ジョン「クラインと12時半位まで色々と話した。」
ジョンはやる気だったようですが、リンゴは少々懐疑的だったみたいです。自信を持って観客の前でどれだけ演奏できるか不安だったのでしょう。  

2 ジョンズは気づいていた

ポールの意見を聴くジョンズ

ジョンがクラインを褒めると、ジョンズが「でも、要は詐欺師だろ?」と口を挟みました。どうやら、彼は、クラインが詐欺師だということに気づいていたようです。しかし、ジョンは「僕らもペテン師さ。僕らに詐欺師が付き、詐欺師集団と対決するんだ。」と脳天気に応えました。
ジョンズ「やり手だな。上手く言えない。君は別格だから、接し方は違うだろうけどね。彼は相手に質問し、気に入らない答えを聞くと、話してる途中で話題を変えるんだ。すごくイラつくね。」自分に不利な話になると話題を変える、典型的な詐欺師の特徴です。ジョンズは、当事者ではなかったため冷静にクラインの素性を見抜き、ジョンが騙されていることに薄々気づいていたようですが、彼の立場ではどうしようもありませんでした。

 

 

3 観客を入れるか入れないか

(1)ホッグ最後の粘り

ホッグ「明日はカメラ9台。やれれば何か起きる気がする。」ポール「昔からそうだけど、僕らの強みは追い詰められて発揮する。練習も重ねた。」そして、ジョンを指して「撮ると知ると彼は張り切る。」と話しました。そりゃ、世紀のエンターテイナーですからね。カメラが回ってるとなれば張り切りますよ。
ホッグ「結束するには観客の前でやるべきだよ。」彼は、最後まで有観客にこだわりました。監督とすれば観客がいるのといないのとでは取れ高が全然違いますからね。

(2)観客の前ではやりたくない

ポールとトニー・リッチモンド

それに対してポールは「僕らは変わった。トゥィッケナムから移り、全て変わった。今ならがらんとしたテレビスタジオで、アンプしかなくてもちゃんと演奏できる。」と応えました。ポールは、屋上をリンゴと下見して、そこでやる気になってたと思っていたのですが、どうやら違ったようです。トニー・リッチモンド撮影監督が「何が問題なんだ?準備できてるならやれば?」と痺れを切らしたように口を挟みました。
確かに、彼の言うとおりです。「ライヴはやる。でも、観客の前ではイヤだ。」というのでは筋が通りません。カメラの前で演奏するのは、それが生放送されるにしても観客がいないのですからライヴとはいえません。現代のようなストリーミング配信なんて、この頃はもちろんありませんでした。

 

 

4 ライヴをやるのかやらないのか?

(1)反対するポール

ライヴに反対するポール

ポールは、観客の前でやらない理由を長々と語りましたが、要するに「どの曲も完成していないから、観客の前で演奏はできない。」ということのようです。ここではむしろ、ジョンの方が積極的でした。

ジョン「明日に備え6曲でもいい。弾けるようにしよう。」彼にしてみれば演奏できるのは6曲しかないが、それだけあれば十分という考えのようです。ジョンは、少なくとも6曲については十分仕上がったと考え、ポールはまだまだ仕上がっていないと考えていました。
「Don’t Let Me Down」のテイクがシングルB面に採用されたことからしても、ここはジョンの言う通り、何曲かは、もう十分に仕上がったと判断してよかったでしょう。どうせビルの屋上で演奏すれば、すぐに警察官が駆けつけ演奏を中止させられるでしょうから、そんなに長い時間演奏できないに決まっているのですから。

(2)ジョンが切り込んだ

ポールに鋭く切り込むジョン

ジョンは、ポールの本心を探るように「実際問題、明日はどうしようと思ってる?」とズバリと切り込みました。それまで滔々と語っていたポールが、この一言でピタリと黙ってしまいました。どうやら核心を突かれて返答に窮したようです。
ジョンは、やや上目遣いでポールを見ながら(もうここまで来たんだ。いい加減ジタバタしないで腹をくくれ!)と諭すような語り口です。ジョンは、続けて「明日やらないのはバカげてる。明日が最終リハでもいい。とにかくやってみて…。」と語りました。ポールがずっと主導権を取ってきましたが、ようやくジョンがリーダーらしい所を見せました。

(3)堂々巡りが続いた

ポールに自分の意見を言うジョンズ

そこへ遅れてジョージがやってきました。途中から話に加わった彼は「あと6週間あればな。」とポツリと語りました。彼も自信がなさそうでした。ジョンは、「せめてあと1か月練習できれば14曲すぐに弾けるようになるんだが。7曲だけでもやろうよ。」と話しました。おそらく彼は、このチャンスを逃したら二度とライヴをやることはないだろうと思っていたのでしょう。そして、彼の判断は、正しかったと思います。

こうしてライヴをやるかやらないかで、メンバーの間でしばらく堂々巡りが続きました。マーティンも何曲かは最終リハレベルの仕上がりで、ライヴには使えるという意見でした。後はやるかどうかを決めるだけです。
ジョージは、ホッグに対して「つまり煙突の上に登ることを期待してるのかい?」と尋ねました。屋上でライヴをやりたいのかということですね。それに対してホッグは「もう期待する段階じゃない。考えてるだよ。」と応えました。当然ですね。明日がその本番なんですから。

そして、彼は、もう一度ビートルズに念押ししました。「それで明日は総意としてやりたい?」ジョージは「いいさ。やらなきゃいけないならやる。でも本当は屋上でやりたくないけどね。」と応えました。ここでずっと黙っていたリンゴが初めて口を挟みました。「僕はやりたい。」

意外ですね。ジョージがやりたくなかったのは分かっていましたが、リンゴは、やる気になっていたんです。つまり、屋上ライヴにジョンとリンゴは賛成、ポールとジョージは反対、というような形勢でした。

 

 

5 ソロアルバムを出したい

(1)ジョージがジョンに要求

ソロアルバムを出したいとジョンに相談するジョージ

ここでビートルズは、ライヴをやる場合に備えてセットリストの検討を始めました。マーティンがこれまでレコーディングした曲がタイプ打ちされたリストをポールに渡し、彼ががそれを読み上げました。しかし、話し合いがまとまらないうちに昼食休憩に入りました。

ポールが外出した後、ジョージがジョンに相談しました。
ジョージ「ジョン、やりたいことがある。今結構な数の曲が手元にたまってる。10年分、アルバム10枚分の質の良い曲ができてる。だからやりたいと思って。アルバムを作りたい。」
ジョン「自分のか?」
ジョージ「ああ。でも、僕が思ったのはたまった曲を外に出したいんだ。」
ジョン「いいと思うよ。」
ジョージ「自分の曲がどうなるか。まとまったら見たい。」
ジョン「LPを出して結束しようという時にソロか。」
 ジョージ「でも、全員が個別に活動できればいいと思うんだ。そうすることでビートルズが長続きすると思うし…。」
ジョン「ハケ口ってわけか。」
ジョージ「他人に曲をあげて活かすことも考えたけど、『バカげてる。自分のために使おう』と。」
ヨーコ「いいと思う。」

(2)ジョンは反対した

ジョージの切実な思いが伝わってきますね。彼は、作曲の才能に目覚めてもうこの時点で多くの質の高い楽曲を制作していたんです。後にそれは、彼のファースト・アルバム「All Things Must Pass」で証明されました。しかし、彼がビートルズに在籍している間は、ジョンとポールの壁に阻まれてなかなか採用してもらえませんでした。
それならソロで出したいと思うのは当然でしょう。それに、音楽は、最新の流行を追いかけなければいけませんから、時期を逃してしまうと古臭くなってしまいます。他人に楽曲を提供するというスタイルもありますが、ジョージは、自分でやりたかったんですね。
ジョンは、ジョージのソロ活動にはいい顔をしませんでした。でも、自分は「ホワイト・アルバム」がリリースされた直後に「トゥー・ヴァージンズ」をヨーコとともにリリースしていました。自分は、ソロアルバムを出しておきながら、ジョージが同じことをしようとすると反対するのは自分勝手ですよね。面白いのはヨーコが賛成していたことです。

(3)バンドとソロの両立は可能だった

確かに、ビートルズが解散するかどうかの瀬戸際でしたから、そんな時にメンバーがソロアルバムを出すのは、解散を世間にアピールするようで、あまり良いタイミングではなかったかもしれません。しかし、結果的に見るとジョージの主張した通り、ビートルズとして活動は継続するが、メンバーのソロ活動は認めるというスタイルを採用しても良かったと思います。そうすれば、ジョージの不満も解消したでしょう。

それならあと数年は解散しないで済んだでしょうし、解散するにしてももっとスッキリした形でできたでしょう。そうならなかったのが残念です。

(続く)

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