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★ビートルズを誰にでも分かりやすく解説するブログ★

ビートルズを誰にでも分かりやすく解説するブログです。メンバーの生い立ちから解散に至るまでの様々なエピソードを交えながら、彼らがいかに偉大な存在であるかについてご紹介します。

(その80)「THE BEATLES」のロゴは誰が考えた?(その5) ドロップ-T第4号〜第6号登場 いわゆる「アメリカン・ツアー・ヘッド」の時代

1 ドロップーT第4号「ファースト・アメリカン・ツアー・ヘッド」登場
ビートルズは、1964年5月に休暇を取りました。5月31日には、プリンスオブウェールズシアターでコンサートを開催しました。このコンサートでリンゴのドラムに明らかな変化があったのです。この日にリンゴは、新しいオイスター・ブラック・パールのドラムキットを受け取りました。

 

それまで彼は、ラドウィッグの20インチのバスドラムを愛用していましたが、この時から22インチに変えました。理由は分かりません。ここでまた新たなバスドラムが登場したのです。そこで、必然的に新しいロゴが必要になりました。っていうか、写植で残しておくということは考えなかったんですね(^_^;)普通、バンド名を表すこんな重要なロゴは、一旦決めたらそう簡単に変更しないもんですが。

 

ストークスは、より大きくなったスキンの上に、レモ社のロゴを書くことになりました。「THE BEATLES 」のロゴは第1号に里帰りしたかのような体裁になり、ラドウィッグのロゴは手書きで書かれました。

 

このドラムキットは、1964年5月31日から1965年8月1日のイギリスのブラックプールナイトアウトというテレビ番組の出演までずっと使用されました。リンゴは、どんなライヴでも、撮影でも、少なくとも公の場では、二度と20インチのバスドラムには戻りませんでした。唯一の例外は、映画「ヘルプ」のスタジオシーンの撮影の時でした。

 

この新しい22インチのドラムキットは、オランダとニュージーランドツアーにも搬送されました。ですから、あのリンゴが病気で入院した時に代役としてドラマーを務めた「13日間のビートル」、ジミー・二コルもこれを使用したのです。また、1965年6月、7月に開催されたヨーロッパツアーにも使用されました。このドラムキットは、未だかつてどのメジャーオークションにも出品されたことはありません。

 

これは、1965年5月4日、イギリスのソールズベリー草原での映画ヘルプの撮影の戦場のシーンです。ここで使用されているドラムがドロップーT第4号です。

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 (beatlesuits.com)

2 ドロップーT第5号  「’65 アメリカン・ツアー・ヘッド」登場
ビートルズは、1965年8月に再びアメリカツアーのためニューヨークへ戻ってきました。リンゴは、このツアーでドロップーT第5号をデビューさせました。

 

この第5号は、「’65 アメリカン・ツアー・ヘッド」と呼ばれています。1964年の時と同じようにアメリカ・ツアーのために特注したんですね。ビートルズにとっては、これで最後となるオイスター・ブラック・パールのラドウィッグ・ドラムキットです。このスキンは、レモから再び22インチのラドウィッグ・ウェザー・マスターに戻されました。

 

第1号と同じようにまたラドウィッグのロゴ・ステッカーが貼られることになり、今までのより大きくなりましたが、逆に薄くなりました。どうやらやっつけ仕事でやったらしく、ほんの僅かですがやや右肩上がりに貼られています。今では信じられませんが、この頃の機材とかロゴとかの管理はほんとにいい加減でしたから。

 

ただ、どうやら今回の「THE BEATLES」のロゴは、今までのそれとは違ってあまりメンバーの気に入らなかったようです。というのも文字が今までより少し太くなり、ややイタリックになっていたからです。このドラムキットは、1965年8月14日のエド・サリヴァン・ショーの収録でデビューしました。それは、大成功を収めたシェイ・スタジアムのコンサートの前日でした。

 

エド・サリヴァン・ショーは4週間後に放映されましたが、初回は9月12日でした。第5号のドラムキットは、1965年のアメリカ・ツアー全体を通して使用されました。そして、10月3日の有名なシンディッグの収録にも使用されました。

 

この写真は、1965年8月19日、サム・ヒューストン・コロシアムで第5号を使用しているリンゴです。ラドウィッグのロゴがほんの僅かですが右肩上がりになっているのが分かりますか?

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 (beatlesuits.com)

第5号は、現在、名の知られたドラマーが所有していることが分かっていますが、本人の希望により名前は公表されていません。有名なドラマーだったら公表しても良さそうですが、所有してると分かると取材とか色々とめんどくさいんでしょうね。

 

これとよく似たドラムキットが大手のオークションに2回出品されました。一番最近では、1997年の東京のボーナム・オークションです。しかし、スキンの表面に銀色の光沢があることから、ラドウィッグ・ウェザー・マスターではないことが分かりました。結局、出品は取り下げられました。

 

ってことはですね、贋作だったってことですよね?いやはや、どこのどいつだか知りませんが、贋作を作って堂々とオークションに出品するなんて大したヤツですな。しかも、大手のボーナムも一時はそれを信用したんですからね。ビートルズアイテムなら鑑定人もたくさんいたでしょうに、それでも騙されるもんなんですね。

 

ビートルズから話題がそれますが、美術品の贋作は世界中にたくさん出回っていて、有名な美術館に展示されている物の中にも結構あるんだそうです。贋作者というのはとんでもない技術を持っていて、その当時の画材などを取り寄せ、一流の鑑定士でも見分けがつかない程完璧な贋作を作ります。ところが、おもしろいことにそれ程のテクニックを持ちながら、オリジナルを作らせると全然ダメなんですよ。才能って分からないもんですね。 

 

3  ドロップ-T第6号 「’66 アメリカン・ツアー・ヘッド」登場
1965年11月1日、2日、ビートルズは、テレビの特別番組に出演しました。その番組のタイトルは「The Music of Lennon & McCartney」でした。この番組でリンゴは、また、最初の22インチのドラムヘッドに戻り、新しいロゴが作成されました。ドロップ-T第6号の登場です。今回もラドウィッグ・ウェザー・マスターが使用されましたが、前回よりは光沢のない物が選ばれました。これは、「’66 アメリカン・ツアー・ヘッド」と呼ばれています。
 
この写真は、1966年8月21日、アメリカのシンシナティ・クロスフィールドでのコンサートの時のワンシーンです。

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(beatlesuits.com)

リンゴは、このキットをこの時から映画「マジカル・ミステリー・ツアー」の撮影まで使用しました。彼の1966年中のすべてのライヴとフィルムに登場するキットはこれです。1967年前半のアルバム、サージェント・ペパーのスタジオ収録の際に撮影された写真にもこれが写っています。

(参照文献)beatlesuits.com

(続く)

 

 

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