【4】幻想的な楽曲部門
1 これこそ正にジョン・レノン!
この幻想的な楽曲に関しては、正にこれこそジョン・レノンのヴォーカルという感じですね。この部門に名を連ねる数々の彼のヴォーカルには、他の追随を許さないユニークさと魅力を兼ね備えています。あるいは、この部門が最も彼らしいというか、彼のヴォーカルでなければ成立しなかった楽曲でしょう。
2 ア・デイ・イン・ザ・ライフ
(1)究極の幻想的ヴォーカル
この部門の筆頭に上がる曲です。ビートルズが音楽界に革命を起こした伝説的なアルバム「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」の最後に収録されている作品です。正にこの画期的なアルバムの最後を飾るに相応しい作品です。特に、エンディングは、壮大な交響曲のようです。
ジョンのヴォーカルにはかなりのエコーが掛けられていますが、これは、幻想的な雰囲気を出す効果を狙ってのことでしょう。
(2)ジョンのヴォーカルはテイク1から鳥肌ものだった!
1967年1月19日、午前7時30分から1回目のセッションがEMIスタジオで開始されました。
プロデューサーのジョージ・マーティンは、ドキュメンタリー映画「The Making of Sgt. Pepper」(未公開)の中でこう語っています。「ジョンは、テイク1で、アコースティックギターを弾きながら歌った。この最初のテイクでさえ、彼は、脊椎が震えるような声を出していた。それを聴いた我々は、全員呆然として黙り込んでしまった。」
そして、レコーディング・エンジニアのジェフ・エメリックも語っています。「彼の生々しい歌声は、私の首の後ろの髪を逆立たせた。」これがそのテイク1です。
彼らの証言で、ジョンのヴォーカルにいかに鬼気迫る程の凄まじい迫力があったかが窺えますね。しかも、まだ何も編集していない生の段階ですよ⁉️彼は、もうこの段階でリスナーに、鳥肌を立たせる程の感動を味あわせるヴォーカルを完成させていたのです。
素のヴォーカルだけで、耳の肥えたマーティンの魂をこれだけ揺さぶったのは、やはり彼のヴォーカルに力があればこそでしょう。
ジョンは、テイク2でまた背筋が凍るような声で「1、2、3、4」とカウントを入れました。
このテイクは、結果的にはリリースされなかったんですが、それは、ビートルズのローディーだったマル・エヴァンスが、ミスってカウントを早く入れてしまったためです。この両テイクは、このアルバムの50周年記念エディションに収録されています。
エメリックは、こう語っています。「ジョンは、リードヴォーカルのテイクを重ね、テイク4をレコーディングした後、強いエコーをかけた。前のテイクよりもっと驚くべきものになった。その夜の彼のヴォーカルは、正に離れ業と言って良い程の仕上がりだった。そして、マーティン、フィル・マクドナルドと私は、セッションが終了してからも、ずっとこの時のレコーディングについて語り合った。」
いかにジョンのヴォーカルのパフォーマンスが素晴らしかったかを良く示したエピソードです。
(3)ジョンのこだわり
これらのヴォーカルのオーヴァーダブに関して、マーク・ルイソンは、「ザ・ビートルズ・レコーディング・セッションズ 完全版」(日本語版)で次のように記述しています。
「第4テイクでは、ジョンが2つの空きトラックに一連のボーカル・オーヴァーダブを録音。従って、この晩のセッションが終わったとき、4トラック・テープにはレノンのボーカルが3通り(いずれも大量のエコーをかけて)フィーチャーされていた。『ア・デイ・イン・ザ・ライフでは、やたらとエコーをかけたね』とジェフ・エメリック。『ジョンのボーカル・マイクからモノ・テープ・レコーダーへ信号を送り、そのアウトプットを録音して-録音ヘッドと再生ヘッドが別々だったんで-またインプットに戻したんだ。それからそいつが勝手にフィードバックするところまで録音レベルを上げて、ボーカルサウンドが小刻みに震えるようにした。ジョンは、歌いながら、ヘッドフォンであのエコーを聴いていたのさ。後でエコーをかけたわけじゃない。彼は、自分が歌う曲では、リズミックな感じを持たせるためによくエコーを使って、ヘッドホンでそのエコーを聞きながらボーカルのフリージングを考えていた。』」
一般的にヴォーカルにエコーをかけるのは、レコーディングが終わった後の編集作業で行うものですが、この時のジョンは、エコーがかかった自分のヴォーカルをヘッドフォンで聴きながらレコーディングしたんですね。エメリックによると、ジョンは、他の曲でも良くエコーをかけた状態でレコーディングしていたようです。
ジョンが、一生懸命ヘッドホンで自分のヴォーカルを聴きながら、レコーディングしている姿がまざまざと目の前に浮かびます。彼は、そうやってこの作品にはどんなヴォーカルが一番ピッタリとはまるか、自分の耳で丹念に確かめていたんですね。
(4)フレージングとは?
ところで、皆さん「ん?フリージングって何だろう?」って思いましたか?当然の疑問ですね。日本語版ではphrasingを「フリージング」と翻訳していますが、これでは「冷凍」という意味になってしまいます。正しくは「フレージング」です。
フレージングとは、そのフレーズをきちんと理解して音のまとまりの区切れを決めることで、句説法と翻訳されます。一つの旋律も区切り方によって異なったニュアンスとなるため、これ次第で演奏がリスナーの心に響くかどうかが決まる位、非常に重要なテクニックです。
脱線しますが、日本語版でもこんな風にちょいちょい誤訳があるので、過信しないことです。といっても原文を読まない限り、気がつかないことが多いですが(;^_^A
こうして1回目のセッションは、午前2時30分に終了し、マスターテープの4つのトラックすべてが一杯になりましたが、それでも完成した状態にするためにはまだまだ多くの作業が必要になることは明らかでした。しかしながら、それを実際にどこまでやれば完成した状態といえるのかは、明らかでなかったのです。
(5)完璧だったジョンのヴォーカル
ビートルズは、再び1月20日の夜にEMI第2スタジオに集合しました。エメリックは、こう語っています。
「次の夜のセッションは、テープに記録されていたサウンドを集中的にレビューすることから始まった。」
「我々の仕事は、ジョンのリードヴォーカルのどれをメインにするかを決めることだった。もっとも、パフォーマンス全体を使用する必要はなかった。我々は、4トラックで作業するという余裕があったので、各テイクの中からベストラインを1つのトラックにコピーできた。これはコンピング(ピアノ、ギターなどによるコード・バッキングのこと)と呼ばれるプロセスだ。このレコーディング・テクニックは、今日でも良く用いられている。我々がジョンのヴォーカルをコンピングしていた時、注意して聴いていたのは、フレージングとインフレクション(音調)だった。彼の音程は、どの部分を抜き出しても問題がなかった。ジョンは、ジョージ・マーティンと私が作業していたのミキシング・コンソールの後ろに座り、自分の気に入った部分を選んだ。ポールは、コントロールルームでも自分の意見を言っていたが、ジョージとリンゴはスタジオに残り、この作業にはかかわらなかった。」
「え?たった4トラック?」なんて思わないで下さいね。50年前のEMIではこれでも最新のテクニックだったんですから。もっともアメリカではもう8トラックを導入してましたけどね。
エメリックはポールびいきで有名ですが、流石にこの作品のジョンのヴォーカルには文句の付けようがなかったんでしょうね。
すいません。長くなるので続きは次回で。
(参照文献)BEATLES RECORDING HISTORY、「ザ・ビートルズ・レコーディング・セッションズ 完全版」(日本語版)
(続く)
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