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(その54)リンゴのドラミングの凄さについて(その4)

リンゴのドラミングの凄さについて、具体的な作品での説明に戻ります。

  

2  RAIN

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リンゴのドラミングを評価する方で「Tomorrow Never Knows」を一番に挙げなかった方は、この作品の方を挙げたかもしれません。現にリンゴ本人も「The Big Beat」という雑誌の取材で、これが自身最高のパフォーマンスだと語っています。

ビートルズのサウンドの歴史は、「Rubber Soul」の前後で前期を「アイドル期」、後期を「アーティスト期」と区分するのが自然ですが、もし仮に「Rubber Soul」と「Revolver」を中期と定義するとしたら、この作品と「Tomorrow Never Knows」は、その時代に彼らがアーティストへと変貌を遂げる過渡期であったことを示す貴重なものと言っていいでしょう。以下は、ドラマーのルー・アボットの分析を参考にしました。

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この作品で彼のドラムは、ポールのベースととても良く絡んでいます。他の曲でもそうなんですが、特にこの曲全体で2人はベストマッチなんですね。特に、ポールは、リンゴが入れるフィルインのパートに良く合わせています。リンゴがフィルインを入れる時にポールがリッケンバッカーで高音のベースを入れ、コーラスに移るとハーモニーを強調するためにベースを低音に戻します。MVを観ると明らかにポールが高音のフレットを抑えているのが分かります。しかし、残念ながらリンゴの手元は全く見えないので、彼がどんなドラミングをしているかは判断できません。  

最初のコーラスパートでは、ポールがビートをハッキリさせてサウンドの流れを作りつつ、リードしながらきっちりとリズムを刻んでいます。そして、リンゴがスネアでフィルインを入れたところにポールがベースを正確に合わせています。このコンビネーションが素晴らしいです。 

 

ただ、おもしろいことに、ベースとドラムが協調してはいても、必ずしもシンクロしているわけでは無いんです。お互いに別々のことをやっているようで、それでいながら見事に協調しています。長年連れ添った夫婦みたいですね。リンゴも「この曲を底辺で支えているのは、バスドラムとベースだ。しかし、2人が同じことをやっているわけではない」とブルース・スプリングスティーンのイー・ストリート・バンドのドラマーであるマックス・ワインバーグに答えています。 

これは、近代的なロックのリズム・パターン、特にベースとドラムが協調するスタイルを確立したという意味において、中期のビートルズを完成させた作品の一つとして挙げられます。もはやこれらの楽器は、窮屈に押し込められる必要は無くなったのです。その代わり、ドラマーには、メロディアスなベースラインとは別に、バスドラムのパートをシンプルに作ることが求められます。 

最後のベースとドラムの間奏パートは、あらかじめ決められたパートとしてアレンジされたと解釈できるかもしません。ただ、ここでは恐らく、ポールがオーヴァーダビングでリンゴのフィルインにベースを合わせています。それほど大きくテンポを変えていないだろうとは推測できるのですが、あらかじめ決められたアレンジなのか、それともアドリブなのか、ライヴではやっていないので確かめようがありません。 

この曲でリンゴは、フィルインを28回も入れています。これはそれまで彼が目立たないよう演奏してきたこと、そして、ビートルズの演奏スタイルとも明らかに異なります。しかし、ドラムのあるべき姿から逸脱してはいません。しかも、写真で見てもわかる通り、タムは1個あるだけです。これでそれだけのフィルを入れられるのかとちょっと信じられない気持ちです。また、ポールのベースもメロディアスで、まるでソロのように演奏していますが、それでいて決してジョンのヴォーカルを邪魔していないのです。ここがこの2人の凄さであり、かつまたこの曲の凄いところでもあります。 

リンゴ自身、この曲のユニークさを良く理解していました。決め手はポールのベースと自分のドラムだと。だからこそ、それまでとはうって変わってフィルインを数多く入れ、激しく雨が降り注ぐようなサウンドを導き出したのです。 

リンゴは、「The Big Beat」誌でワインバーグにこう語っています。「『Rain』は、私を吹き飛ばしたよ。それはフィールドの場外にあったんだ。私は自分を知っているし、自分がどうプレイしたかも分かっている。『Rain』はそこにあったのさ(つまり、この曲がロック・ミュージックに革命をもたらしたものであり、彼自身がそこで重要な役割を果たしたことを良く理解していたことを指しています)」 

 

基本的なバスドラムとスネアの奏法は、ソウルミュージックの影響を受けたビートルズの中期に数多く発表されたものに近いです。この頃の彼らは、ゆっくりとしたテンポの曲を好んで作っていましたが、音楽学者のウォルター・エヴァレットは、彼らが「よりダンスに適したサウンド」を求めて作成していたことに基づくものだと分析しています。 

レン・マッカーシーが1999年に出版した「Slow Down! How The Beatles Changed the Rhythmic Paradigm of Pop Rock」によれば、こういうロック・ミュージックの傾向は今日に至るまで続いているとのことです。ロック・ミュージックといえば、アップテンポなノリノリの曲だというのがそれまでの常識だったのに対し、ビートルズがそれに重厚さを与えるという革命をもたらしたのです。 

シンバルの使い方も変わっていて、ピンク・フロイドなどが良く使った奏法ですが、コードが変わることを明確に示すサインとして、シンバルを入れています。リンゴは、意外なところでこれを入れ、リスナーの平衡感覚を失わせるという重要な役割を果たしています。彼は、早めにハイハットでフィルを入れていますが、これは彼が左利きだということが有利に働いています。もし、ビートルズのトリビュートバンドがこのテクニックを使っていたら、それはロックドラムのお手本となっていると言って良いでしょう。 

リンゴは、コーラスのパートで、パターンやフィルを入れずに、2拍目と4拍目にハイハットだけを入れています。あえて叩かないというのもドラム奏法の一つだということを教えてくれています。同時に彼の奏法が変化しつつあることも表しています。これは、ビートルズがドラムに頼らないという、アート・ロックの領域に到達したことを示しています。ポールは、これをビーチボーイズのアルバム「Pet Sounds」から発想したと発言しています。 

リンゴは、何度もリズムを変えていますが、このことは、現代のコンピュータで機械的に刻まれるドラムに対し、人間には歌詞に込められた意味をちゃんと理解した上でドラミングして欲しいという欲求があることを示しているともいえます。アメリカの小説家であるケニス・ウォーマックは、この作品全体を通して、リンゴが単に正確なリズムを刻むだけではなく、様々なパフォーマンスで他の楽器やジョンのヴォーカルにアクセントを付け、より豊かなサウンドに仕上げたとしています。 

この曲がロックをポップ・ミュージックからアートへ変えた転換点だったかもしれません。この曲そのものもコーラスもトリッキーであり、リンゴのドラミングはそれにピッタリハマっていました。そして、ビートルズジョージ・マーティンもそれをとても気に入っていたのです。 

原曲はもっと早いテンポでレコーディングされていましたが、それは、リンゴがどうタイミングを取るか、そして、どんなフィルを入れるかに影響を与えた可能性があります。その結果、最終的にリンゴは、4小節だけ別に作られた歌詞に、それまでとは異なる伴奏を提供したのです。ベースとハイハットだけで2つのコーラスを支えたのですが、それは対称的なものとなりました。短い間奏は、ベースとドラムが12ビートを刻んでいます。イントロとアウトロは対称になっています。 

第2小節は、第1小節より2拍多くビートが入れられています。音楽評論家のティム・ライリーやミュージシャンのロバート・ロドリゲスらは、リンゴがミスしたと示唆しています。ポールは、自分のパートでベースをスライドさせているようなのですが、それが仮にオーヴァーダブであったとしてもダブルテイクになっています。 

 

その反面、リンゴは、明らかに意識的にビートを加え、ベーシックなソウルのグルーヴ感を出そうとし、そのアイデアを完璧に活かすために8ビートでプレイしているように見えます。その結果、実際に何が起きたかというと、この部分のリンゴのドラミングは、リズミックな歌詞の枠組みをハズして演奏したことになります。 

「sun」と「shine」の間のクラッシュ・シンバルのサウンドを聴いて、彼がどんなアプローチをしたのかを検証してみましょう。「sun」のヴォーカル・パートと比較してみます。ボールは、コードチェンジのためにサウンドを探してスライドさせています。彼は、他の小節と同じようにしようとサウンドを探しているように聴こえます。 

ティム・ライリーは、ここでリンゴがつっかえて、完全にダウンビートを入れ損ねたと主張しています。また、ロバート・ロドリゲスは、リンゴが階段でつまづいて、コントロールを失い、止まらなくなってしまったようだと主張しています。つまり、ポールがそれに合わせようとして慌ててコードを探したということですね。確かに、この箇所だけ2拍多いのは不自然な感じはします。 

しかし、アボットはそうではないと主張します。リンゴのドラミングのパートにはためらいのかけらもないし、繰り返される彼の4ビートのソウルフルなグルーヴ感は、完璧なバランスを保っているからです。この瞬間は、彼がドラムキットに座った椅子から歌詞の持つ感覚に影響を与えようと、アーティストとして最高のパフォーマンスの一つを見せたのだというのです。 

全体的な効果としてはどうだったのでしょうか? 「Rain」は、第2小節で2拍余計にブレスを入れて予想外の歌詞を引き出します。このことを念頭に置いて最初のコーラスが始まるまでの美しい間に耳を傾けてみます。そして、第3小節へ移ると同じ個所が空白になっていることに気づきます。果たしてこれがミスなのか?アボットはあえて判断をしていません。 

ド素人の私が言うのも何なのですが(^_^;)、これはミスではなくリンゴの計算だと思います。彼がレコーディングの際に殆どミスをしたことがないということは、本人もマーティンも認めています。それに、本当にミスったのなら改めてもう一度テイクを取るよう求めたでしょう。ミスったのなら本人が一番良く分かっているはずです。それを素知らぬ顔をするのは、何より彼のプロとしてのプライドが許さなかったでしょう。 

第3小節と第4小節では、異なる奏法を採用しています。フィルを入れずにグルーヴ感を出しています。この両者の特徴的な取扱いは、コンピュータから作り出されるドラム・パターンでは軽視されがちな、生きたドラマーが創造的なサウンドを生み出す可能性があるのだということを思い起こさせてくれたのです。 

「Rain」一曲だけでこんなに長く書いてしまいましたf^_^;)それだけ意義が大きいということをご理解下さい。次回に他の作品について取り上げて、リンゴのドラミングについての総括としたいと思います。 

 (参照文献)YOUTUBE.COM, THE BIG BEAT, Joe Johnson's Beatle Brunch, Slow Down! How The Beatles Changed the Rhythmic Paradigm of Pop Rock, Across The Universe

 (続く)