1 異色な存在
ややもすると、多くの人が「Love Me Do」をビートルズの記念すべきファーストシングルという位置づけに留め、この曲の革新性をあまり評価していないように思います。しかし、これまでご紹介してきたように、多くのアーティストたちは、幼児期や青少年期に「Love Me Do」がそれまでのどんな曲とも違っていることを敏感に感じていました。
イアン・ブルーディーに至っては、ビートルズ自身が後に作った名曲の数々とも違っている独特な存在であると断言しています。数多くのアーティストがこの一曲について語っているのが興味深いですね。なかなか一言では語らせてもらえない味わい深い作品です。最後に残った他のアーティストの意見を聞いてみましょう。
2 スティーヴ・ジョーダン
(1)マーティンのスタイルに合わなかった
スティーヴ・ジョーダンは、アメリカのマルチプレイヤー的なミュージシャンで数多くのアーティストたちと共演したり、作曲やプロデュースを担当しています。ローリング・ストーンズのレコーディングに臨時のドラマーとして参加したこともあります。チャーリー・ワッツが亡くなった後は、ドラマーとしてツアーに参加しました。
「ピート・ベストをドラムにフィーチャーした『Love Me Do』のオリジナル・デモは、テンポがとても遅く、哀愁漂うカントリー・ソングのように聴こえる。ビートルズが1962年にパーロフォンのシングル・ヴァージョンをレコーディングする頃には、リンゴが加わっていた。彼は、作曲家のように考えるので、ギターからフックを拾い上げ、ドラムでそれにアクセントをつけ、曲は発展していった。」
ドラマー出身であるジョーダンは、リンゴがまるで作曲するかのように、曲に一番合ったドラミングを考案して演奏したことを高く評価しています。
「しかし、ポップ・レコードを作るのが初めてだったジョージ・マーティンは、このドラムに満足していなかった。リンゴはバンドに加入したばかりで、他のメンバーとは違ってスタジオの経験がなかった。当時はすべてが時間との勝負のライヴ演奏だったので、ジョンとポールのパフォーマンスも見事なものではなかった。」
ジョーダンは、ドラマーならではの視点から、マーティンがリンゴのドラムを気に入らなかった理由まで分析しています。おそらく彼は、アンディ・ホワイトのような正統派のドラムが気に入っていて、リンゴのようなユニークなドラムを初めて聴いたため、戸惑いがあったのでしょう。また、リンゴは、レコーディングが初めてという緊張感もあったでしょう。それだけではなく、時間がなかったためジョンやポールのパフォーマンスも満足のいくものではなかったと指摘しています。
(2)リンゴは「Love Me Do」のクリエイティヴなDNAの一部
「1週間後、彼らは、再びこの曲をレコーディングした。セッション・ドラマーのアンディ・ホワイトがドラムを叩き、リンゴはタンバリンで参加した。これが今日誰もが知っているヴァージョンだ。より速く、ヴォーカルはより良い。ドラム・ビートもより良くなっているが、それでもこの曲はリンゴのものであり、彼は『Love Me Do』のクリエイティヴなDNAの一部なのだ。三つのヴァージョンを経て、この曲は、今日私たちが知っている陽気なデビュー曲となった。その直後、リンゴは、有名なラドウィッグのキットを手に入れ、彼が望むサウンドを手に入れた。そして、その後は歴史となったのだ」*1
私が知る限り、「Love Me Do」の三種類のヴァージョンのドラムについて、これほど音楽的に深く探求した人物はいません。彼によれば、アルバムにリンゴのヴァージョンが採用されなかったのは、マーティンのオーソドックスなスタイルにリンゴのユニークなサウンドが合わなかったこと、リンゴが初めてのスタジオでのレコーディングで普段の調子が出なかったこと、そして、彼が使っていたドラムキットがイマイチだったことを指摘しています。
ただ、採用されなかったとはいえ、リンゴのドラムが「Love Me Do」のサウンドのクリエイティヴなDNAの一部として組み込まれたと指摘しています。ドラマーならではの観点ですね。
3 ケイレブ・ニコルズ(シンガーソングライター)
(1)「Past Masters」から入った
ケイレブ・ニコルズは、アメリカのシンガーソングライターです。1998年生まれですからかなり若い世代ですね。
「私は11歳で、貧しく、カリフォルニアの田舎でシングルマザーと2人暮らしをしていた。母は、私が問題を抱えていることをある程度理解していて、ビートルズのコンピレーション『Past Masters』をくれたんだと思う。突然、私は孤独を感じなくなった。「Love Me Do」はトラック1、サイド1だった。私は、大音量でこの曲を聴いた。二人の声に引き込まれ、ギターとドラムの感触にも引き込まれた。」
「Past Masters」からビートルズを知ったとは、若い世代ならではですね。しかも、数ある曲の中で「Love Me Do」に惹かれたという点も面白いところです。
(2)自分の曲に「Love Me Do」を引用した
「彼らは、おそらくティーンエイジャーの視点から書いているのだろうが、私には共感できる独特の憧れがあった。ブライアン・エプスタインだけでなく、彼らの周りにはちょっと変わった人たちがたくさんいて、彼らはリトル・リチャードを愛し、自分たちとは違うコンセプトに興味を持っていた。私は、自分の曲『Ramon』の中で『Love Me Do』を引用しているし、『Listen to the Beatles』という曲がある。彼らの曲を聴くと、彼らが私の味方だとわかるんだ。」*2
ニコルズは、自分の曲『Ramon』の中で『Love Me Do』というフレーズを引用しただけではなく、『Listen to the Beatles』という曲まで制作しました。彼のビートルズへの傾倒振りが窺えます。
4 ジンダー・シン(コーナーショップ)
コーナーショップはイギリスのロックバンドで、シングル「Brimful of Asha」が1998 年に全英チャート 1 位を獲得しました。ジンダー・シンは、そのリーダーです。
「私が『Love Me Do』に出会ったのは8歳のときで、全校生徒が集会に参加するときに音楽を指揮するという縁起のいい役割を与えられたときだった。タクトを上げ......そしてカセット・マシンの再生ボタンを押した。ハーモニカは、フォグホーン(船の汽笛)のように高い位置でミックスされ、ヴォーカルは(バックヴォーカルを従えていたとしても)とても親密に響いた。ベースは、部屋の中でワルツを踊っているようだった。止まったり始まったりの繰り返しで、聴く者を飽きさせない。アメリカのゴスペルとカントリーの汗と、小さなクラブの汗と、ヨーロッパが与えてくれるすべてのものが混ざって、この瞬間に至ったのだ。」*3
シンもこの一曲にポピュラー音楽のありとあらゆる要素がぎっしり詰め込まれ、まったく新しい音楽となっていることを指摘しています。この曲のベースにこれほど注目したのは、おそらく彼だけではないでしょうか。
5 アンディ・マクラスキー(OMD)
アンディ・マクラスキーは、イギリスのシンガーソングライターです。彼は、1978年に結成された電子バンド、オーケストラル・マニューバーズ・イン・ザ・ダーク(OMD)のリードシンガー、ベーシストであり、数々のヒット曲を制作しています。
「『Love Me Do』は、かつて大工が大きなキャビネットを作る前に小さな引き出しを作らなければならなかったように、見習い用の作品だと私は考えている。天才の旅路が始まる一歩なんだ。ハーモニカのパートは強力な要素の一つだが、曲作りは未熟だ。」
マクラスキーもこの曲がビートルズの記念すべき第一歩であると位置づけています。ただ、曲に対する評価はあまり高くありません。
「G,D,C,G,D,C,Gのベースラインは、マッカートニーがわずか1、2年後に書くことになるメロディアスなカウンター・ハーモニーのベースラインとは比べものにならない。同じ歌詞が4節あり、唯一の区切りは『Someone to love ...』でコードが変わるところだ。とはいえ、この曲はひどくキャッチーで、デュアル・リード・ヴォーカルを聴くのはこれが初めてだった。その後のシングルは天才的で、私にとっての『Love Me Do』は、来るべき他のシングルを語る洗礼者ヨハネ(ユダヤ教、キリスト教などの重要な人物で、イエスに洗礼を授けた)のシングルである。」*4
シングル・リードヴォーカルが当たり前だった時代に、デュアル・リードヴォーカルは、とても新鮮だったんですね。歌詞やコード進行、ベースラインは単調であるとあまり評価はしていませんが、その後の素晴らしいシングルの到来を告げるヨハネのようなものだったと評価しています。
このように殆どのアーティストが「Love Me Do」を単なる ビートルズのデビューシングルだとは捉えておらず、それ自体が革新的でそれからビートルズが音楽で起こした革命の端緒であったことを指摘しています。さて、「Love Me Do」の深掘りは今回で一応締めくくりますが、これほど奥行きのある曲だと知ると感慨深いものがありますね。
(続く)
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