1 ファーストアルバムから才能を開花させた
(1)新しい扉を開いた
1963年3月22日、ビートルズの記念すべきファーストアルバム「Please Please Me」がリリースされました。2023年は、ちょうど60周年にあたります。これは、正にポピュラー音楽界の新しい扉を開いた金字塔といえるでしょう。
このアルバムを改めて聴いてみると、バンドの重要な要素であるエネルギーとヴァイタリティーが感じられますが、それ以外にすぐ目につくのは、彼らのキャリアを特徴づける中期以降の複雑で野心的な音楽とは全く異なる、純粋なポピュラー音楽のアルバムであるという事実です。わずか7年半のキャリアの中で、これだけ大きく音楽性を変えたアーティストも珍しいでしょう
(2)アルバムの概念を変えた
しかし、ビートルズは、この最も初期の段階でも明らかに普通のバンドとは違っていました。他のバンドがデビュー・アルバムを作る場合は、シングルA面のヒット曲とそれ以外にアルバムを穴埋めする曲を入れるのが一般的でした。しかし、「Please Please Me」では、まだ大成功を収めていないアーティストの初めてのアルバムであるにもかかわらず、アーティストにアルバムに入れる曲を決める自由が与えられていたのです。
まだ売れてもいないバンドにそれほどの特権が与えられるのは、この当時としては極めて異例のことでした。現代であればアルバムがアーティストにとって重要な表現手段であると認識され、アーティストの意向も尊重されやすくなっていますが、1963年当時ではまだまだレコード会社やプロデューサーの意向が絶対だったのです。
(3)14曲中8曲がオリジナル
現代ではアルバムの収録曲がすべてアーティストのオリジナル曲であることがむしろ普通になっています。しかし、1963年当時は、曲を作るコンポーザーとそれを演奏するミュージシャンとははっきり分業になっているのが一般的でした。しかし、ビートルズはその慣例を破り、ファーストアルバムの過半数の曲を自分たちのオリジナルで完成させました。これは、当時としては驚異的な出来事でした。
シングルなら2曲を制作するだけで済みますが、アルバム(当時はLPと呼ばれていました)を制作するには最低14曲が必要です。レコードとしてのクオリティーを保った曲をデビューしたばかりの新人が自分で制作するなどあり得なかったのです。
2 LPはティーンエイジャーには手が届きにくかった
(1)LPは高価だった。
1963年当時のポピュラー音楽界では、3分間未満の2曲を収録した45回転シングル盤をリリースすることが主流であり、時には4曲入りのEPをリリースしていました。後にアルバムと呼ばれるLP盤は通常、ほとんどのティーンエイジャーにとって金銭的に手の届きにくい存在でした。豪華版のような扱いですから、売れっ子のミュージシャンがリリースするものであり、デビューしたばかりのミュージシャンがリリースすることは、ほとんど考えられなかったのです。アートとしてのLPが登場したのはまさにビートルズからでした。
ただ、ビートルズも当時の傾向を無視できなかったのは、このアルバムのジャケットに「with Love Me Do and 12 other songs(Love Me Do に他の12曲を加えて)」というキャッチコピーを掲げていたことからも窺えます。しかし、その収録曲の質の高さは、ビートルズの野心と音楽的知識(理論ではなく実践的な)、そしてパーロフォンのスタッフ・プロデューサーであるジョージ・マーティンが、ビートルズから最高のものを引き出そうとする貪欲さを表しています。
(2)ティーンエイジャーにも買わせた
www.youtube.comこのアルバムは、そんなティーンエイジャーにとって「高嶺の花」だったLPでさえも買わせるだけの魅力にあふれた作品だったのです。ビートルズのライヴ会場にいるかのような、リヴァプールやハンブルクなどで観客を沸かせたサウンドは、このアルバムの熱狂的な締めくくりの曲である「Twist And Shout」に最も顕著に表れており、無限のエネルギーに満ちあふれたジョンの激しくシャウトするヴォーカルが全てを物語っています。そして、このグループの多才さは、ロッカバラードである「Anna(Go To Him)」と「Baby It's You」によって示され、ポピュラー音楽のスタンダードナンバーを愛するポールは「A Taste Of Honey」を違和感なく収録させました。
3 大英断だった
(1)デビュー間もない新人に
この当時は、ミュージシャンがシングルでヒットをいくつか飛ばし、それらに他の楽曲を組み合わせたボーナス版のような意味合いでアルバムを制作することが一般的でした。プロデューサーのジョージ・マーティンが、失敗するリスクを冒してまで、まだシングルでデビューし、チャート1位も獲得していないビートルズにアルバムを制作させたことは大英断だったと言えるでしょう。売れなければ会社に大赤字を計上させることになりますから。
このアルバムが実質的にはたった一日でレコーディングされたというのも、今では信じられないようなエピソードです。というのも、もうすでにこの頃の彼らは、ライヴの日程が毎日のように入っていて、その短い間を利用してレコーディングしなければならなかったからです。また、マーティンに与えられた予算も少なく、あまりレコーディングに費用をかけられなかったという事情もあります。
(2)高かったアレンジ能力
6曲がカヴァー曲というのは、マーティンが、リスクを冒しながらもまだ慎重にビートルズの実力を見極めようとしていたことを示しています。彼らは、すでにオリジナル曲をいくつか持ってはいましたが、さすがにレコーディングできるほどのクオリティーのあるものはまだまだ少なかったので、カヴァー曲をいくつか入れることになりました。とはいえ、ビートルズのアレンジ能力はとてつもなく、リスナーは、それらがまるで彼らのオリジナル曲であるかのように錯覚してしまいます。
4 アルバムの優れた点
(1)若々しいエネルギーにあふれている
では、このアルバムの優れた点は何でしょうか?最も重要なことは、すでに述べたように、このレコーディングの水面下には多くのエネルギーがマグマのように溜っていることであり、このことは、彼らの後期の音楽のような楽曲がどこにもないということに示されています。
セッションの最後にレコーディングされた「Twist And Shout」では、ジョンの喉は風邪と疲労で限界に達していました。しかし、それでも素晴らしい作品となったのは、むしろ最悪の状態だったからこそ、魂を込めた演奏ができたからではないかと思います。フレッシュで生き生きとしたビートルズがここに存在します。
アルバム全体は、荒削りでシンプルだし一曲は3分以内と短いけれど、とてつもないパワーと可能性を感じさせます。それぞれの作品が短いからこそ、すぐにリスナーを掴んで飽きさせない魅力があり、古さを感じさせません。
(2)すでにオリジナル曲が素晴らしかった
カヴァー曲が多く含まれていたとはいえ、このアルバム中には、当時のビートルズがいかに素晴らしいミュージシャンであったかを示す作品がいくつかあります。オープニングの「I Saw Her Standing There」は、いきなり「ワン、トゥー、スリー、フォー!」とポールのパンチの効いたカウントからスタートします。普通ならこの部分は編集でカットするところですが、ロックンロールの導火線としてこれほど素晴らしいものはありません。
ポールのメインヴォーカルにジョンとジョージがコーラスを加え、リンゴの炎のように燃えたぎるドラムと、曲の途中で入るジョージのギターソロが見事に曲を盛り上げています。非常に強力なオープニング曲であり、もはやロックンロールのスタンダードともいえるこの曲を聴けば、人々は間違いなく踊り出すでしょう。これをオープニングに持ってきたのは大正解だったと思います。これとは対照的に、カヴァー曲の「Misery」は、タイトルが示すように悲哀を歌っていますが、美しいハーモニーでしっとりとした曲です。
(3)アルバム収録曲でもチャート2位
しかし、ビートルズが他のバンドとは違うところを見せたのは、やはり一連のオリジナル曲でした「There's A Place」と「Ask Me Why」 ではメロディとハーモニーの才能が発揮され、「PS I Love You」と「Do You Want To Know A Secret」では単なるロックンロールバンドではない多芸振りをリスナーに見せつけました。
因みに「Do You Want To Know A Secret」は、アメリカでは、1964年にヴィージェイ・レコードからシングル盤として発売され、ビルボードホット100で2位を獲得し、ジョージがリードヴォーカルを取った曲がチャートインした最初のケースとなりました。さらにビリー・J・クレイマー&ザ・ダコタスは、この曲でデビューしチャート2位を獲得しました。ビートルズは、アルバム収録曲ですらチャート2位を獲得するほどの才能をすでに開花させていたのです。
(参照文献)スプートニク・ミュージック、ビートルズ・バイブル
(続く)
(追記)
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