1 LSDの使用を拒否して疎外される
ジョージは、ジョンとともにLSDを体験したことが二人の結びつきを強めたと語っています。しかし、ポールは、リンゴとは異なり、ジョンやジョージからLSDを使用するように勧められても断りました。
ポールと他の3人との間に溝が入ったのは、意外なことにこの時でした。ポールがジョンとジョージの誘いを断った時点で、彼らは「こいつは、オレたちの仲間じゃない。」という想いを抱いたのです。アイドル時代は、あれだけ一枚岩だった彼らがこうなると誰が予想したでしょうか?
結局、その後ポールも LSDを使用することにはなったのですが、一旦できてしまった溝は、その後も埋まることはありませんでした。これもビートルズに打ち込まれた一つのくさびだったのかもしれません。第三者の目から見れば、そんな些細なことでと思うかもしれません。しかし、気が合うとか合わないといった感覚は論理的に説明できません。
それにしても、薬物とは恐ろしいものですね。同時代に活躍した数多くのアーティストたちも、薬物のせいでこの世を去りました。幸いにしてビートルズはそんな目には遭いませんでしたが、ポールと他の3人との間に亀裂が入るきっかけを作ったのです。
2 ポール、パリで休暇を取る
コンサートを止めたビートルズは、メンバーがそれぞれ自由に行動するようになりました。ポールは、1966年11月6日、休暇を取るためにロンドンからパリへ飛びました。
彼は、フランスの税関を通過した後、変装しました。ビートルズが映画「ア・ハード・デイズ・ナイト」で使用した映画専門のメーク会社であるウィッグ・クリエーションズ社が、彼のために口ひげを作ってくれたのです。ポールがプライベートで変装したのは、おそらくこの時が初めてでしょう。
彼は、こう語っています。「スタッフがサイズを測って、髪の色に合わせて作ってくれたから、本物の口ひげみたいだったよ。それに、透明なレンズのメガネを2個作ってもらい、ちょっと変わった感じにしてもらった。ブルーのロングコートを着て、ワセリンで髪をなでつけて、あちこち歩き回ったんだけど、誰も私に気付かなかった。良かったよ、とても自由を満喫できた。」*1
いくら変装していたとはいえ、パリの人々が誰もポールに気づかなかったとは信じられませんね。上の写真を見てもポール本人にしか見えません(^_^;)おそらく、多くの人が写真で彼を見たことがあっても、実際に動いてる姿はほとんど見たことがなかったからかもしれません。それはともかく、彼は、ローディーのマル・エヴァンズとボルドーで落ち合い、ビートルマニアから解放された自由を存分に味わいました。
3 「Sgt Pepper~」のアイデアを思いついた
(1)帰りの飛行機の中で
その後、ポールは、ケニアへ飛び、そこでガールフレンドのジェーン・アッシャーと合流し、3人で旅を楽しみました。マルは、2人の世話係だったんでしょうね(笑)
彼らは、11月18日、ナイロビから飛行機でロンドンに帰りました。ポールは、このフライト中にアルバム「Sgt Pepper’s Lonely Hearts Club Band」のアイデアを思いついたのです。
ポールは、こう語っています。「我々は、ビートルズであることにウンザリしていた。あのふざけた4人のモップトップヘアのアイドルであることが本当にイヤだった。我々は、もう少年ではなく大人になっていたんだ。あのアイドル時代のクソさ加減やファンの絶叫、そういったものがすべてなくなったことに満足して、我々は、それ以上のものを望んでいなかった。 」
「さらに、我々は、マリファナに目覚め、自分たちを単なるパフォーマーではなく、アーティストだと考えていた。ジョンと私が曲を書いていただけでなく、ジョージも書いていた。我々は、映画にも出演したし、ジョンは本も書いていた。我々がアーティストだと名乗るのは自然なことだった。」*2
彼らは、「もう、オレたちは、アイドルじゃなくてアーティストだ。」と考えていたんですね。しかし、ジョンは、アイドルでなくなったビートルズがどこへ向かうかを示さず、バンド自体への関心が薄らいでいました。この時点でポールが他のメンバーを動かさなければ、ビートルズは解散しないまでも、活動そのものを休止してしまった可能性は大いにあります。
(2)ビートルズの分身のバンド
ポールの話を続けます。「飛行機の中で突然、こんなことを思いついたんだ。私は、自分自身であることをやめよう。分身を作って、自分たちが知っているイメージを投影する必要がないようにしよう。そうすれば、もっと自由になれる。」
「本当に面白いのは、実際に別のバンドのパーソナリティを身につけることだ。他の誰かだったらこれをどう歌うか、彼ならもう少し皮肉っぽく歌うかもしれないとかね。」
「そこで私は、ビートルズの分身である架空のバンドを作って、その連中に演奏させるというアイデアを思いついた。そうすれば、ジョンがマイクに向かうときも、私がマイクに向かうときも、ジョンやポールが歌うのではなく、このバンドのメンバーが歌うということになる。それは自由な要素でもある。」
「この我々の分身であるバンドでは、サウンドを出しているのは我々ではなくビートルズでもなく、別のバンドなんだから、自分たちのアイデンティティーを失ってもいいじゃないか、というコンセプトをアルバム全体に貫くことができると思ったんだ。」*3
4 活発に活動を開始したポール
(1)ジョンに代わってビートルズを主導した
ツアーを止めてから虚脱状態に陥っていたジョンとは対照的に、ポールは、活発に活動を始めました。彼は、ロンドンの中心部に住み、様々なアートシーンにも積極的に参加するようになったのです。恋人のジェーン・アッシャーの影響で、彼は、他に類を見ないほど業界で顔が広くなり、彼が望むものは何でも手に入れることができました。
アルバム「Revolver」の頃から彼の曲作りはますます意欲的になり、「Sgt.Pepper~」の頃には、ビートルズを芸術面からしっかりとコントロールするようになっていました。リーダーのジョンと入れ替わるような形になったんですね。ビートルズ時代におけるポールの絶頂期だったかもしれません。
(2)ポールが主導するようになった
1967年8月にビートルズのマネージャー、ブライアン・エプスタインが亡くなると、ポールは、ますますビートルズのリーダーであるかのように彼らの芸術活動をコントロールするようになりました。この頃のポールの行動については、ファンの中にも「リーダーのジョンを差し置いて出しゃばり過ぎだ。」などと批判する人が存在します。確かに、自己中心的な振る舞いがあった面は否定できませんが、私は、もっと評価されるべきではないかと考えています。
ジョンがコンサートを止めた後、ビートルズに対する熱意を失ってしまったただけでなく、メンバー全員がこれから何をしたらいいのか方向性を見失っていました。ポールは、自分が何とかしなければビートルズが崩壊してしまうと危機感を抱いたのです。
ジョンは、アーリー・ビートルズ時代から気まぐれなところがあり、気が向かなくなったら活動を止めてしまう傾向がありました。ポールの積極的な活動がなければ後期のビートルズは存在しなかったとまではいえませんが、かなり低いテンションで活動を続けた可能性があります。
若い頃人気絶頂だったアイドルの多くが、年を重ねるとともに人気を失い消えていきました。ビートルズもそんな試練の時期を迎えていました。コンサートという彼らにとって重要な活動を止めてから、自分たちがこれからどんな活動をしたらいいのか分からず戸惑っていたのです。
そんな中で彼らが「Sgt.Pepper~」を大成功させたことは、「オレたちは、コンサートをやらなくてもアーティストとして活動していける。」という自信を付けさせることになりました。完成したアルバムを発表する彼らの晴れやかな笑顔がそれを象徴しています。
しかし、ここまではうまくいっていた彼らの人間関係も、この後、ポールがビートルズのために懸命に活動すればするほど、むしろ、他の3人との溝を深める結果となってしまいました💦
(3)金字塔であることは揺るがない
アルバム全体が一つのコンセプトで貫かれているという、いわゆる「コンセプト・アルバム」を制作したのは、ビートルズが初めてではありません。しかし、ポピュラー音楽界に革命をもたらしたほどの成功を収めたのは、おそらく彼らをおいて他にはないのではないでしょうか?
ポールが構想し、彼がメンバーを主導する形で制作されたのがこのアルバムです。「作り込まれ過ぎている」という批判もありますが、1967年にリリースされた時は、記録的なセールスで大成功し、「ポピュラー音楽界に革命をもたらした」と日頃は辛口な批評家もこぞって賞賛しました。
さらに50年後の2017年に50周年記念としてオリジナルの音源がリマスターされ 、50周年記念盤としてリリースされました。すると、2017年6月8日付の全英チャート1位を獲得し、最初に首位となった1967年6月10日付のチャート以来、実に49年363日ぶりに再び1位に返り咲くという離れ業をやってのけたのです。
現在では「過大評価されている」との声もありますが、50年という長い年月を経てもなお世界中の人々が購入したのですから、このアルバムを過大評価と片付けるのは、購入した人々に音楽のセンスがないと批判しているようなものです。その人々の多くは、事前に試聴したうえで購入したのでしょうから。このアルバムが未だに光り輝いていて、ポピュラー音楽界における金字塔としての地位を堅持していることに間違いはありません。
(参照文献)ザ・ビートルズ・バイブル
(続く)
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*1:ポール・マッカートニー「メニー・イヤーズ・フロム・ナウ」(バリー・マイルズ)
*2:ポール・マッカートニー「メニー・イヤーズ・フロム・ナウ」(バリー・マイルズ)
*3:ポール・マッカートニー「メニー・イヤーズ・フロム・ナウ」(バリー・マイルズ)