- 1 トランジスタラジオとは
- 2 トランジスタラジオの普及が若者文化を変えた
- 3 「I Want to Hold your Hand」が予定より早くリリースされた
- 4 どこでも音楽を聴けるようになった
- 5 トランジスタラジオからビートルズがガンガン流れた
1 トランジスタラジオとは
トランジスタラジオと言っても若い方にはピンと来ないでしょう。1950年にソニーが全世界に先駆けて発売を開始し、瞬く間に世界中に普及しました。トランジスタとは、電子回路で信号を増幅またはスイッチングできる半導体素子のことで、それまで一般的に使われた真空管に取って代わりました。真空管よりずっと小さく耐久性もあるため、それを使うことでラジオなどの電化製品が一気に小型化されました。トランジスタラジオは、戦後日本の高度成長を支えた一つの象徴です。
それまでの大きくて重いラジオは家の中で聞くのが一般的でしたが、トランジスタラジオの普及により外へ持ち出すことができるようになりました。いつでもどこでも好きな放送を聞けるようになったのです。これは音楽の普及にとっても大変有益なことでした。さらにリスナーは、単にラジオから流れる音楽を聴くだけではなく、音楽番組のDJにはがきを書いてリクエストすることもできました。
1964年には全世界でビートルマニア現象が起きましたが、それは彼らの楽曲そのものが優れていただけではなく、それを放送してくれたラジオ番組の存在も大きかったのです。そしてハード面ではトランジスタラジオの普及により、音楽番組をいつでもどこでも聴けるようになったということが大きく貢献しています。今回はこの件についてお話しします。
2 トランジスタラジオの普及が若者文化を変えた
(1)自分だけの音楽を楽しめた
1960年代のトランジスタラジオの普及は、若者の音楽の楽しみ方を根本的に変え、家族と一緒にではなく自分たちだけで好きな音楽を楽しむという新しい若者文化を生み出しました。音楽のようなエンターテインメントの普及にはハード面の技術革新が大きく貢献してきました。ソニーのウォークマンやCD、iPodの開発などがその典型的な例です。トランジスタラジオは時代の最先端を走っていました。
トランジスタラジオのおかげで、若者は音楽をリビングルームから寝室、車、野外など自分の好きな場所に持ち出すことができるようになりました。これは革命的とも言える大きな変化であり、若者は、家族の拘束から逃れて自分のラジオで好きな音楽を聴けたのです。しかも、イヤホンを使えば、誰に遠慮することもなく個人的に音楽に没頭し、アーティストや楽曲の世界にのめり込めるようになりました。彼らは、自分好みのアーティストや楽曲を追いかけ、自分と嗜好を同じにする友達とグループを作りました。ビートルズの登場に親たちは眉をひそめましたが、若者は親にはお構いなく彼らの楽曲を楽しんだのです。
(2) ビートルマニアの発生にトランジスタラジオが大きく貢献した
ヒット曲がリリースされるとすぐにラジオで聴けるようになり、流行するスピードが格段に速くなりました。DJは影響力のあるヒットメイカーとなり、若者に新しいアーティストや楽曲を紹介するようになりました。人気のあるDJは大きなインフルエンサーとなったのです。ラジオで新曲が紹介されそれが自分の好みに合うと知ると、若者たちはすぐにレコード店にレコードを買い求めに行くようになりました。
ビートルマニアは熱狂的なビートルズファンの集団ですが、誰かが集めたわけではなく自然発生して一つの集団を形成したのです。トランジスタラジオの普及とビートルマニアの発生との間に因果関係があることを示す明確なエヴィデンスはありません。しかし、トランジスタラジオが若者文化へ影響を与えたことや、ビートルマニア現象が起きたことが時期的に重なることなどを考慮すると、そこに何らかの関係があったと考えるのが自然でしょう。
(3)音楽産業への影響
若者の嗜好が大きくレコードの売り上げに反映されることに気づいたラジオ局は、10代のリスナーをターゲットにしたトップ40フォーマットを普及させました。レコードの売り上げやリクエストの回数などがカウントされランキングされることで、どんな曲が人気があるかがすぐにわかるようになりました。レコード会社も10代に受けるアーティストの発掘や楽曲の制作に力を入れるようになりました。
「ティーンに受けるものは売れる」そういったビジネスモデルが音楽業界で形成されたのです。もちろん、それはファッションなど文化全般に広がっていきました。若者たちは少ない資金を有効に活用するため、レコードを買う際の指標としてラジオのランキングを活用していたのです。
3 「I Want to Hold your Hand」が予定より早くリリースされた
(1)キャピトルが「I Want to Hold your Hand」のリリースを前倒しした
もし、キャピトル・レコードがビートルズの「I Want to Hold your Hand」のリリースを当初の計画通りに進めていたなら、アメリカの10代の若者たちを熱狂させた1964年2月9日のエド・サリヴァン・ショーのブレイクは起きなかったかもしれません。当初、キャピトルは、ビートルズのシングルを1964年1月中旬にリリースする予定でした。
ところが、ワシントンDCのラジオ局が「CBS・イヴニング・ニュース・ウィズ・ウォルター・クロンカイト」で放送されたイギリスのビートルマニアに関する報道を見た10代の少女のリクエストに応えてレコードを発売日より先にフライングして放送してしまったため、やむを得ずリリース日を1963年12月26日まで前倒ししました。
(2)トランジスタラジオの爆発的普及
しかし、リリース日を早めたことは予想外の効果をもたらしました。ショーの放送までにティーンの間で曲が十分浸透したのです。1963年当時、平均的なアメリカの10代の若者は、平均して1日3時間強をラジオを聞く時間に当てていました。クリスマスの週は子供たちが学校を休んでいたため、その数字は間違いなくさらに高かったと思われます。そして、重要なのは、その年のクリスマスに10代の若者がプレゼントとして最も多く受け取ったのが、かつてないほど安価になっていたトランジスタラジオだったことです。
日本製のトランジスタラジオは50年代半ばから大人気でしたが、安価な偽ブランド品が急増したため60年代半ばに売り上げが急激に伸びました。1962年にアメリカで550万台が販売されましたが、1963年までにその数はほぼ2倍の1,000万台に増加しました。1963年の祝日のギフトとしてトランジスタラジオがあまりにも普及したため、人気コメディソングライターのアラン・シャーマンは、イギリスで古くから歌われてきた「12 Days of Christmas」を替え歌にして、日本製のトランジスタラジオをクリスマスの初日にプレゼントされたという曲を作ったほどです。
4 どこでも音楽を聴けるようになった
(1)公共の場でもプライベートでも
トランジスタラジオは、60年代のティーン文化の導火線に火をつけた技術的なきっかけでした。それは、それ以前の技術にもその後の技術にも匹敵しない組み合わせで、公共の場でも私的な場でも音楽を聴くことができるようにしました。校庭やビーチなど公共の場に持ち運べて、友達と音楽を共有できるようになったのです。逆にプライベートでは、道を歩きながらイヤホンをして、あるいは教室の後ろの席に座りながら、あるいは夜、両親に知られないように布団をかぶってベッドに横になりながら、音楽を聴くことができるようになりました。
(2)ビートルズもトランジスタラジオを持ち歩いていた
以前のラジオには携帯性がありませんでした。その後の技術、つまりラジカセ、ウォークマン、iPodは、公共または私的なリスニング体験を向上させましたが、両方を同時に向上させることはできませんでした。メイスル兄弟がビートルズの初アメリカ訪問を撮影したドキュメンタリー映画では、バンドのメンバーがペプシブランドのトランジスタラジオをどこにでも持ち歩き、全員でまたはイヤホンでトップ40を紹介する局の放送を聴いている様子が映し出されています。ビートルズが、ホテルのスイートルームでニューヨークのDJであるマレー・ザ・Kから直接インタヴューを受けながら、同時に同じインタヴューをトランジスタラジオで1010 W-I-N-Sという番組の生放送で聴いているという面白いシーンがあります。
5 トランジスタラジオからビートルズがガンガン流れた
1963年のクリスマス休暇中にアメリカ中の若者が、新品のトランジスタラジオのスイッチを入れ、一人でも友達とでもどこでも何時間もラジオを聴き、新しいハードウェア以上に興奮する新しいサウンドを何度も何度も聴いているところを想像してみてください。「I Want to Hold your Hand」は発売から3日間で25万枚を売り上げ、同時期の他のどのシングルよりも確実に多く、ビートルズはたちまちアメリカで最も話題になるグループになりました。
DJは、すぐにリスナーにバンドが2月にエド・サリヴァン・ショーのためにアメリカに来ることを知らせ、彼らを興奮させました。これでビートルズは、彼らを熱狂的に待ち焦がれるファンの大群の真っただ中に飛び込むことになりました。「I Want to Hold your Hand」は、1964年を迎える若者にとって数え切れないほどの大晦日のパーティーでフロアを埋め尽くすお気に入りの曲となったのです。
(参照文献)CBSニュース
(続く)
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