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★ビートルズを誰にでも分かりやすく解説するブログ★

ビートルズを誰にでも分かりやすく解説するブログです。メンバーの生い立ちから解散に至るまでの様々なエピソードを交えながら、彼らがいかに偉大な存在であるかについてご紹介します。

(その51)ビートルズを育てた名プロデューサー、ジョージ・マーティンの偉大な功績について(その2)

ジョージ・マーティンの偉大な功績について、具体的な作品を挙げながら話を続けます。

 
 
 Being for the Benefit of Mr. Kite!1967)
ポールは、念入りにマーティンと彼の曲のアレンジについて議論しましたが、この作品についてのジョンのアプローチは、それよりはるかに印象的でした。彼は、古いサーカスのポスターから、この曲の歌詞を引き出した後、曲にカーニヴァルの雰囲気を与えたいと思い、マーティンに「床の上にあるおがくずの匂いがするような感じにしてくれ。」と依頼しました。これがその発想の元になったポスターです。 

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はあ?「床の上にあるおがくずの匂いがするような感じ」って何?いや、匂いのイメージは凡人の私でも分かりますが、それをサウンドでどう表現するの?いやはや天才の発想は、常人の理解の域を遙かに超越しています。マーティンもとんでもない仕事を押し付けられたもんです。並のプロデューサーなら頭を抱えるか、そんなもんできるかい!って拒否したでしょう。「Tomorrow Never Knows」もそうなんですが、ジョンの指示は抽象的なものが多かったんですよf^_^;)

 
 
マーティンは、ジョンのムチャ振りに応え、具体的な作業に掛かりました。彼は、この効果を出そうとして、様々な遊園地の蒸気オルガンのテープを取り寄せました。それらは、「自由の鐘」とか「スーザの行進曲(有名なのは星条旗よ永遠なれです)」といった色々な曲でした。集めてきたテープをエンジニアに渡し、それらを長さで15インチ、時間で約1秒に当たる小さな断片に切らせました。彼は、その断片を机の上に並べました。マーティンは、「それじゃあ、そいつを空中へ放り投げて、掴んで繋ぎ合わせてくれ。」と指示しました。当然、ランダムに繋ぎ合わされた音は、グチャグチャの訳の分からないサウンドになりました。それをバックグラウンドで使ったのです。
 
 
そして、何とロード・マネージャーのマル・エヴァンスに低音のハーモニカを吹かせ、マーティンはハモンドオルガンを、ジョンもロウリーオルガンを演奏して、さっきのテープのサウンドに重ねたのです。ジョンはメロディーを演奏し、マーティンはハーモニーを演奏しました。ジョンが「襲い掛かるようなサウンドをくれ」と要求したため、マーティンは、半音階でハモンドオルガンを半分の速度でサウンドを上下させました。彼らはテープを遅く再生し、1オクターブ低くしました。マーティンは、コメディアンのピーター・セラーズと組んでやっていたコメディー映画を再現したかのようなサウンドを得ることができ、とても喜びました。この頃のジョンの作品は、ポスターを見るというようなちょっとした観察から生まれたのです。
 
 
こうした大変な作業の結果、リスナーに悪魔のメリーゴーラウンドの方向感覚を失わせるような回転を想起させるという、 とてつもない効果を得ることができたのです。ジョンは天才ですが、その天才の意図を理解して具現化したマーティンもまた天才ですね。
 
 
6  Within You Without You((1967)
ビートルズは、「Sgt. Pepper」のセッション中に痛烈な皮肉を込めたジョージ・ハリスンの「Only a Northern Song」をレコーディングしていました。しかし、マーティンは、この曲を酷く嫌っていて(彼は後に、ジョージが作った曲の中で最も嫌いだったと語っています)、アルバムへの採用を阻止しようとしました。その代わり、ジョージは、約1か月後、メンバーに「Within You Without You」を提出しました。マーティンは、インドの弦楽器をゴージャスに演奏して、東洋と西洋を融合させるというアレンジを監督しました。この曲が「Sgt. Pepper」に採用されたことで、60年代のレコード界でインド音楽がその地位を確立することになりました。
 
 
7  Lovely Rita(1967)
ビートルズのピアノのテクニックは、彼らがレコーディングの経験を重ねるにつれ大幅に上達したものの、マーティンには及びませんでした。ポールのこの曲は、安酒場をイメージするちょっとしたピアノのサウンドが必要だったので、トリッキーな間奏のパートは、プロデューサーのマーティンに任されました。実にお洒落で小粋な感じが良く出ていますね。彼は、また「Rocky Raccoon」でも、バーで聴くようなバラードを同じように演奏しました 。
 
 
 Strawberry Fields Forever(1967)

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ビートルズは、これまでのどのトラックよりも幻想的なジョンのこの新曲のために、スタジオの時間をふんだんに使ってテイクを何度も重ね、テープの価値を高めるために55時間を費やしました。最終的には2つの異なるヴァージョン、一つは、マーティンにより大げさにオーケストラアレンジされたもの、もう一つは、より幻想的で穏やかなリハーサルのものです。ジョンは、後者の静かなスターティングと前者の騒々しいエンディングのどちらも気に入っていて決めかねていました。
 

彼は、「1回目のテイクのスターティングと2回目のテイクのエンディングを繋いでみたらどう?」とマーティンに尋ねました。 マーティンは「それには2つの問題がある。キーも違うし、テンポも違うんだよ。」と答えました。デジタル時代の今日なら簡単にクリアできますが、アナログの時代では深刻な問題でした。しかし、技術的なことにあまり詳しくないジョンはそれでも譲りませんでした。 「ふ~ん」と彼は言った後にこう続けました、「あなたはそれを修正することができるよね!」
 
 
あのね、ジョン、君が言うほど簡単な作業じゃないんだよ(^_^;)とマーティンは言いたかったでしょうね。何しろコンピューターのないアナログの時代ですから、全部手作業でやらないといけません。それでも彼は、文句ひとつ言わずに黙々と作業を開始しました。
 

2台以上のテープ・マシンと2本のハサミを用意し、マーティンと彼の片腕であるエンジニアのジェフ・エメリックが作業に取り掛かり、両方のテイクの速度を調整し、きっちり60秒の箇所で同時に2本のテープをカットすることにより、奇跡を起こしたのです。これは、ロックの歴史の中で最も有名な編集の一つとなっています。
 
 
 9 All You Need Is Love(1967)

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ビートルズは、衛星による世界同時中継でこの夏の愛への参加をレコーディングしました。フェイドアウトの時に、マーティンは、「グリーンスリーブス」「Fメジャーのバッハのインヴェンション8番」とビッグバンドスイングのクラシックである「イン・ザ・ムード」といった曲を取り上げ、これらをすべてオーケストラでそれぞれ異なるパートを引用して繋ぎ合わせるという構成をしました。これはマッシュアップという2つ以上の曲の一部を取り出して重ね合わせるというテクニックのごく初期のものでした。しかし、それは、ほぼ著作権侵害に当たるという問題にマーティンが陥ってしまった最後の曲でした。
 

EMIはマーティンに対し、「あなたがやったアレンジで何か問題が起きたら、補償してもらわなければなりませんよ。」と告げました。マーティンは、「冗談じゃない。私は、そのアレンジで15ポンドもらっただけだ。」と答えました。彼らはジョークを言っただけです。ありがたいことに、「イン・ザ・ムード」の出版元のラベルは、マーティンに著作権料を請求しませんでした。
 
 
10 Happiness Is a Warm Gun(1968)
「Octopus's Garden」と並んで奇妙なタイトルのこの曲は、ジョージ・マーティンがある日スタジオに持ってきた「AMERICAN RIFLEMAN」という雑誌の表紙から来ています。

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ジョンは、1970年にローリング・ストーン誌にこう語っています。「マーティンは、『Happiness Is a Warm Gun』と書かれた雑誌の表紙を私に見せた。それは銃の雑誌だった。私は、とんでもなくばかげた言葉だと思った。『暖かい銃』というのは、何かを撃ったことを意味するからね。」実は、このタイトルも有名なスヌーピーのマンガのタイトルの「Happiness is a Warm Puppy」をもじったものです。



ただ、ビートルズ研究家のジョン・ペニントンによれば、この表紙には男の子の写真も掲載されており、これは銃の広告で父親が息子に銃を買い与えてやるのが親子の愛情の温かさを示すのだ、みたいなニュアンスだったようです。アメリカの雑誌で、しかもスヌーピーもアメリカのマンガです。ですから、イギリス人のマーティンもジョンもそのニュアンスが分からなかったのではないか。「Warm Gun」=「撃ったばかりの銃」と思い込んでしまったのではないかと主張しています。だから、ジョンやマーティンが受け取ったようなダークなイメージではなかったのだと。もっとも、本当のところは今となっては分かりません。

 
 
仮に雑誌の広告がそういうニュアンスだったとしても、ケネディ大統領が暗殺されたというのに、銃を規制するどころか、むしろ銃を持っている方が幸せなんだ、しかも子供に銃を買い与えてやるのが親の愛情という価値観の違い…。そして、後にジョンがその銃(しかもそれが38口径のリヴォルヴァー)で殺されるという悲劇。彼が歌っているこの曲を聴く度に複雑な想いにかられます(ノдヽ)ただ、ジョンもポールも、そして、マーティンもこの作品自体はとても気に入っていました。
 
 
 
11 Eleanor Rigby(1966)
「Yesterday」が成功を収めた後、ビートルズは、ポールの他の作品にも弦楽器を追加することを決めました。それがこの曲です。しかし、「Yesterday」よりは複雑なアレンジになりました。マーティンは、バーナード・ハーマンというアメリカの有名な映画音楽の作曲家(ヒッチコックの「サイコ」など多数の傑作があります)の「華氏451度」という作品からヒントを得て、譜面を八重奏のために書き直しました。ここで彼は、「Darning his socks in the night when there’s nobody there」という箇所にメロディーを支えるヴィオラを、最後の小節で高音のヴァイオリンを入れ、ギターでは表現できなかった方法で、主人公が死んだことから来る悲しみを引き出すことに成功したのです。
 
 
彼は、弦楽器の演奏を作曲したのですが、ポールがそのメロディーをピアノで弾いてくれたおかげで、それをバーナード・ハーマン風にアレンジして譜面に落とすだけで完成させることができました。この辺り、抽象的な指示しかしてくれないジョンと違って、ポールは具体的に指示してくれたのでかなり助かったようです。
 
 
ポールは、数か所、どうしても歌詞が出てこなくて、何と運転手のニールやロードマネージャーのマルにまでアドヴァイスを求めました。マーティンも交えて皆で何とか完成に漕ぎ着けたのです。
 
(参照文献)ULTIMATE ROCK MUSIC , The BEATLES Wiki, THE WEEK,peterdevilee.nl, ABOUT THE BEATLES, UNIVERSAL1051.COM, Quora
 
(続く)