ジョン・レノンのギター・テクニックについてのお話を続けます。ビートルズも後期になると色々な楽器を使用するようになり、それにつれてジョンのギターが登場する場面は減りました。しかし、それでも彼のテクニックが生きている作品がいくつもあります。
1 ハピネス・イズ・ア・ウォーム・ガン
ギター・テクニックのお話とは離れますが、このタイトルを見ただけでは意味が分からないと感じるのが普通ですよね。「幸福は暖かい銃である。」って普通に翻訳してもどどういう意味なのかさっぱり分かりません。でも、歌詞を読めばこの作品に対する理解が深まると思います。
中間部分を除けば、マイナーで始まる全体的にアコースティックなサウンドなので、抒情的な作品と勘違いしている人も多いかもしれませんが、歌詞の内容はかなりぶっ飛んだ激しいものになっています。そのためドラッグとの関連が連想されがちですが、ジョンははっきりとそれを否定しています。
ただ、これを制作した頃は、彼が薬物中毒で苦しんだ時期であったこともまた事実であり、彼の言葉を額面通りに受け取って良いか疑問も残ります。ポールもその事実を認めており、悩み苦しんだからこそこの作品が生まれたとも考えられます。彼は、この時期に、他の作品においても、雄叫びを上げるような捻じ曲がったサウンドを奏で、狂気に満ちたような歌詞を書きました。
この作品のタイトルは、偶々彼が目にしたアメリカの銃専門誌の広告で使われていた言葉を引用したものです。暖かい銃というのは「弾丸を発射した直後の銃」のことを指しています。弾丸を発射した直後の銃は暖かくなっている、つまり、銃を使用することが幸福を招くのだという意味です。
もちろん、銃こそが自分の身を守る手段であるというアメリカならではの広告です。ジョンは銃で身を守るなんて馬鹿げた考えだと感じたことが、この曲を作るきっかけになりました。
この作品でジョンは、フィンガーピッキング奏法を採用していますが、これは、ドノバンとその友人のジプシー・デイヴが、インド滞在中にジョンに教えた「トラヴィス・ピッキング」と呼ばれるフォークソングではよく使われるテクニックです。ドノヴァンによれば、ジョンは、たった2日でこの奏法を会得したそうです。彼は、おそらくこの作品で初めてこれを採用したと思われます。
テープには録音したものの、なかなか作品に仕上げるのが難しかったので、それからしばらく間を置いてレコーディングしました。しかし、この作品は途中で複雑にリズムが変わるため、他のメンバーとどうやったら上手く演奏できるか何度も議論しました。
説明すると長くなるので別稿に譲りますが、2分47秒という短い曲なのに、5つの異なるセクションで構成されているうえ、曲の途中でリズムが複雑に変わります。元々3つの曲を繋ぎ合わせた結果そうなったのですが、それを一種の組曲のように一つの完成品として仕上げるところにジョンの天才ぶりを見ることができます。彼が音楽理論に精通していたら、却ってこんな発想はできなかったでしょう。
彼はリード・ヴォーカルなので、リズム・ギターのコードはシンプルにしています。イントロは美しいアルペジオですが、途中からブルージーなサウンドに変えることで苦しみ悶える自分自身の姿を描いています。他の3人は、複雑に変わるリズムに合わせる困難な作業をしていますが、そのかいがあり傑作が完成しました。
ところが、これほどの傑作であるにもかかわらず、ファンでも知っている人が少ないのが残念です。ローリングストーン誌が2011年に挙げたビートルズの作品ベスト100においても24位にランクインしていますし、ジョン自身も1970年の同誌のインタヴューで、大変この作品を気に入っていると応えています。
また、ポールは、ジョン・ケリーというビートルズのポートレートを撮影した写真家にこの作品のデモ・テープを聴かせ、「これを聴いてごらん。私が今まで聴いた中で最高の作品だよ。」と語ったのです。特に歌詞が素晴らしいと称賛しています。また、多くの音楽評論家も絶賛しました。
アマチュアバンドによるカヴァーです。
2 ジュリア
この作品においても、ジョンのアコースティックギターの才能を見ることができます。やはり、スリー・フィンガーピッキングで弾いています。ポールもこのジョンのギターを称賛しています。彼のアコースティックギターの作品の中でも最も優れたものかもしれません。
彼は、この作品を制作する際にドノヴァンに「君は、子どもの気持ちで曲を作れる天才だ。手伝ってくれるかい?」と依頼しました。「私は、母親を想う子どもの気持ちを曲にしたいんだが、子どもの頃に母親とあまり接したことがないんだ。」ドノヴァンは、ジョンの気持ちをすぐに理解し、ヒントを与えてくれたのです。このお話も長くなるので別稿に譲ります。
ジョンは、愛用のギブソンJー160Eの2フレットにカポを装着し、レコーディングに臨みました。テイク2でギターを弾いたのですが、途中で失敗して弾くのを止めました。どうやらまだ克服しなければならない課題があったようです。
スタジオで聴いていたポールは、「もう一度やってみたらいい。1カ所か2カ所、僅かだけど違うところがある。」と励ましました。ジョン「1カ所だけじゃないのかい?どこが違うのか分からない。完璧だと思ったんだけどな。」ポール「素晴らしかったよ。きっと上手くいくさ。」この頃もう2人の間には溝ができていたのですが、こういったやり取りをしているところは、やはり長年連れ添った戦友ならではですね。
ジョンは、不思議なコードを使っていますが、その創造的で美しいハーモニーには思わず引き込まれてしまいます。前期では、ジョンのエレキギターの激しいストロークを多く紹介してきましたが、彼は、ドノヴァンとの出会いにより、このようなアコースティックギターにおける繊細なピッキングの才能をも開花させたのです。
3 ヤー・ブルース
ジョンは、上記でご紹介したアコースティックなサウンドから一転して、重厚なサウンドを響かせています。これは、ビートルズでの演奏ではありませんが、「ロックンロール・サーカス」というローリングストーンズが1968年に制作した映像にジョンが参加した時のものです。
ジョンは、エリック・クラプトン、ミッチ・ミッチェル、そしてキース・リチャーズと、一日限りのバンド「ザ・ダーティー・マック」を結成しました。ん?「ダーティー・マック(汚いマック)」って、ひょっとしてポールをディスってるの?
ジョンの悲痛な魂の叫びがそのまま作品になっています。「マッド・ジョン」ともいうべき彼の激しいギター・サウンドが、絶望に打ちひしがれた彼の心境を的確に表現しています。リードギターとリズムギターとが相互に特色を出しています。彼の作品の中でも最も重厚なサウンドを出しているといえます。相変わらずジョン独特のタイミングの取り方が、この作品のグルーヴ感を存分に引き出しています。
各ラインの終わりにアクセントを入れ、スウィングのリズムを刻んでいますが、それがまた一種独特の味わいを醸し出しています。マディー・ウォーターズ風の歪んだリックを入れ、力強いコードをストロークし、ソロではまるで別世界にいるかのような重厚な歪んだサウンドを奏でています。その結果、彼がそれまでに見せたことのないブルージーな力強い作品に仕上がっています。
(続く)
(参照文献)The Beatles Rarity, Jas Obrecht Music Archive, The beatles Music History