1 ホワイト・アルバムからのスピンオフ企画
前回投稿した記事について、読者の方から次のようなコメントを頂戴しました。
「いつもブログを楽しく拝見させて頂いております。さて、「Dear Prudence」の曲後半部分のドラムはリンゴが叩いている、と私は予々考えております。あの嵐のようなフィルは正にリンゴのスタイルですし、(ポールが叩いている)前半部とは音色が余りにも違っています。一人のドラマーが前半と後半でそのような使い分けが出来るものでしょうか。」
「私の推測は、ポールのドラムに物足りなさを感じたジョンが、バンドに戻ってきたリンゴに後半部分のオーバーダビングを頼んだのではないか、というものですが、残念ながらそれを証明する根拠がある訳ではありません。
「こちらの過去の記事でもリンゴのドラムテクニックに対する過小評価について言及されておられましたが、相対的にポールのドラムテクニックについては少しばかり過大な評価が為されているような気がしています。「リンゴよりポールの方がドラムが上手い」等という言説も屡々見聞きします。」
「私はポールのドラムが下手だとは思いませんし、(ドラムの)専門家ではない点を考慮すれば、充分上手い方だとは思いますが、プロレベルでどうかとなると話は違うと思います。ましてや、リンゴより上手いなんて ! そこら辺についての貴兄の識見を是非ともお伺い致したく思っております。」
今回の記事ではアルバムの全体像について解説しようと思い、個々の楽曲については、また別の機会に掘り下げようと考えていました。しかし、せっかくこのようなご指摘を頂いたので、スピンオフ企画として「Dear Prudenceの後半のドラムはリンゴが叩いたのか? 」という点について検討してみたいと思います。
2 以前から議論されてきた
実は、「Dear Prudence後半のドラムはリンゴが叩いたのではないか?」という議論は今に始まったことではなく、全世界のファンの間でずっと囁かれ続けてきました。「リンゴは、ドラムの演奏についてポールと口論になり、一時的にビートルズを脱退したため、この曲のセッションには参加していなかった。」というのは事実です。
しかし、曲の後半でのテクニックがあまりに優れているため、「ドラムが本職ではないポールにしては上手すぎる。復帰したリンゴが叩いて後からオーヴァーダブしたのではないか?」とファンの間で論争が起きたのです。
公式記録ではポールがドラムを担当したことになっていて、リンゴの名前は登場しません。ただ、何しろ60年代のことですから、その辺りのことは結構ラフに扱われていて、本当のところは分からないんです。
記録に残っていない以上、後は関係者からの証言を得るか、音源から推測するしかありません。
3 ポール派とリンゴ派それぞれの主張
ドラムのサウンドに焦点を当てたものがこれです。これを聴いたうえで双方の主張を比較してみて下さい。
(1)ポール派の主張
・マーク・ルイソン(ビートルズの伝記作家)の「ビートルズ・レコーディング・セッション」その他の記録にはリンゴの名前は登場しない。
・クライマックスのフィルは、ポールのものでありリンゴのそれではない。
・リンゴは、派手なドラムプレイは好まなかった。
・曲のラストは、ジョンとポールが協力してレコーディングした。ジョンがハイハットを叩き、ポールがスネアを叩いている写真が残されている。
・50周年記念のセッショントラックを聴くと、3人でレコーディングしているがベースすら入っていない。その段階でドラムフィルは完全に仕上がっている。
・1969年にSteve Millerがリリースした「My Dark Hour」のポールのドラムを聴くと、彼が十分なテクニックを持っていたことが分かる。
・ポールの最初のソロアルバムで披露された彼のドラムと同じフィーリングがある。これは、ウィングス時代のポールのドラムです。
・50周年記念アルバムにもリンゴの名前はクレジットされていない。ポールのドラムをダブルトラックしたのではないか。
(2)リンゴ派の主張
・ポールのドラムにしては華麗すぎる。彼のドラムは、基本的にはキャヴァーン時代から変わっていない。
・ソロアルバムのポールのドラムを聴くと、「Dear Prudence」とはフィーリングが異なっている。
・ドラムトラックだけを聴いてみると、少なくとも2人あるいは3人のドラマーが叩いているように聴こえる。
・「A Day in the Life」「Strawberry Fields」のラストのドラムのサウンドに近い。
・ポールは、確かにドラムは上手いがリンゴには及ばない。「Sexy Sadie」と比較してみれば分かる。
・ビートルズにカムバックしたリンゴがポールのドラムを聴いて、「オレならもっと上手くやれる」とスティックを取った。
・エイブ・ラボリエル・ジュニア(ポールのツアーに参加しているドラマー。リンゴをこよなく敬愛している。)が表現したような「階段から水が流れ落ちてくるようなジメッとしたサウンド」であり、「Blue Jay Way」「Hello Goodbye」と同じだ。「Back In The U.S.S.R.」とは違う。
4 で、結論は?
(1)どちらも決め手に欠ける
こうなってくると、完全に水掛け論ですね(笑)「A Day In The Life」の ミドルエイトのラストの♫Ah~のスキャットがジョンかポールかと長年にわたり論争されてきましたが、ここでも似たような論争が続けられているわけです。
なぜ、このような論争が起きるかというと、「リンゴは、できるだけシンプルにプレイすることを日頃から心がけていて、余計なフィルを入れたりしなかった。」「ポールは、かなりのドラムテクニックを持っていた。」ということに原因があると思います。
リンゴが日頃から派手なプレイをしていたり、ポールのテクニックが劣っていたりしたら、そもそもこんな論争は起こらなかったでしょう。まったくビートルズというバンドは、どこまでファンを振り回せば気が済むんでしょうね(^_^;)
どちらも決め手に欠けますが、リンゴ派にとって痛いのは、50周年記念アルバムでも彼の名前がクレジットされていないことです。もっとも、ビートルズに関していえば、実際にセッションに参加していても、公式に名前がクレジットされていないことは珍しいことではありません。
(2)当時の状況から推測
そこで、私なりに推測してみます。私の耳はそれほど精密ではないので、残念ながらドラムのサウンドだけからはどちらとも断定しかねます。なので、当時の状況から推測するしかありません。
時系列で考えると、9月3日にリンゴはスタジオに戻ってきましたが、この曲のレコーディングは8月30日に終わっていたんです。すなわち、彼がこの曲でメンバーとセッションしたという事実はないので、リンゴのドラムが収録されているとすれば、それだけ別にレコーディングしてオーヴァーダブしたとしか考えられません。
しかし、現実問題として「わざわざそんな面倒なことをしただろうか?」という素朴な疑問がわきます。仮にそうしたとすれば、よほどポールのドラムの出来が悪くて、気に入らなかったからということになるでしょう。それもリンゴだけではなく、ジョンやジョージも含めてそう判断したということになります。
「Back In The U.S.S.R.」を聴けば分かるとおり、ポールのドラムテクニックはかなりのものです。メンバーに復帰したリンゴがそれを聴いて「上手い」と褒めたぐらいですから。ただ、リンゴと比べるとちょっと「あっさりとして乾いた」感じがするんですよね。リズムは正確に刻んでいますが、グルーヴ感に少し欠けている感じがします。あくまでもフィーリングの問題で、テクニック的なことは分からないのですが。
(3)中途半端な妥協はしなかったはず
ホワイト・アルバムのセッションでは、メンバーの間にギスギスした雰囲気が漂っていたことは事実です。とはいえ、いざレコーディングとなると、彼らは、超一流のプロとしての仕事を完璧にこなし、アルバムを完成させました。
ジョージの「Sour Milk Sea」は107回もテイクを繰り返した挙句、アルバムには収録されずに終わりました。それほどまでにサウンドにこだわった彼らですから、中途半端な妥協はしなかったと思います。
ですから、もし、彼らが、ポールのドラムを気に入らなかったとしたら、もう一度最初からリンゴのドラムでテイクし直したと思います。「Back In The U.S.S.R.」はポールの曲ですから、仮に他の3人がそのドラムを気に入らなかったとしても、そのままにしておいたという可能性は考えられなくもありませんが、それでもその可能性は0に近いでしょう。リリースする以上、最高のクオリティーを追求したはずですから。
(4)やるとすれば頭から
しかし、「Dear Prudence」はれっきとしたジョンの曲です。それでなくても関係が険悪になっていたポールのドラムが気に入らなかったとしたら、もう一度リンゴにやらせて差し替えたのではないでしょうか?
まして、頭からやり直すならまだしも、後半だけリンゴのテイクを使うというのは、どう考えても不自然です。つまり、他の3人もポールのドラムで十分だと考えたのではないでしょうか?
もちろん、編集でつなぎ合わせること自体は簡単でした。しかし、プロがそれを聴いた時に違和感を覚えるのではないでしょうか?ドラムというサウンドの基盤となる重要なパートが、前半と後半とでタッチが変わってしまうのは、プロとしては耐え難いと思うんです。何かしっくりこないというか、何とも言えない気持ちの悪さを感じると思います。
まして、編集に編集を重ねた「リヴォルヴァー」や「サージェント」と違い、「ホワイト」は、ビートルズが原点に立ち返って、出来る限り余計な編集を加えないという方針で制作したアルバムです。別のテイクをつなぎ合わせるということは昔からやっていたことではあるものの、あえてそうする必要を認めなかったのではないでしょうか?
5 真相は分からないが
2018年12月現在、ポールもリンゴも健在ですが、過去にこのことについて触れたかどうかは寡聞にして知りません。もちろん、当の本人である彼らは事実を知っています。
彼らが沈黙しているのは、話すと都合が悪いというよりはむしろ、公表されていることが事実なので、あえて言及する必要がないと考えているからではないでしょうか?真実と違うのであれば、彼らが生きているうちに訂正しておかないといけませんから。
さらに言えば、彼らは「ファンが好きに論争してくれればいい」と放任しているのかもしれません。ドラムを叩いたのがポールであれリンゴであれ、彼らが「ネタバラシ」をしてしまえば、その時点でこの論争は終わってしまいます。
そんなことをすれば、全世界のビートルズファンにとって大切な「酒の肴」が一つ消えてしまうことになるのです。彼らとしては、今さらそんなことをしてもファンの楽しみを奪うだけだと考えて、あえて沈黙しているのかもしれません。私がこうして記事を書けたのも、彼らが沈黙を守ってくれているおかげです(笑)
さて、ここから先は、皆さんのご想像にお任せします。
(参照文献)THE BEATLES BIBLE
(続く)
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