1 行きはよいよい帰りは怖い
(1)自画自賛
クラインは、ビートルズのビジネス・マネージャーとしての自分の仕事は成功と呼べるものであり、報酬として20%を受け取ったと語っています。「エプスタインの下では~ちなみに彼は25%を受け取った~彼らがツアーをやり、何百万枚ものレコードを売り、映画を作っていた時、彼らは、6年間で650万ポンドを稼いだ。私の下では、19か月で900万ポンドを稼いだ。彼らは、それ以前の年よりも多くのアルバムを出している。これが生産性であり、ビジネスから解放された自由から生まれたものだ。芸術的な自由さ。」と彼は1971年に自分のビジネスを自画自賛しました。
つまり、彼がビジネスを一手に引き受けたおかげで、ビートルズは、音楽に専念することができ、多くの楽曲を制作し、利益を得られたと言いたかったわけですね。確かに、ビジネスの上でクラインは、ブライアン以上に多くの利益を上げたことは事実です。ただ問題は、それを独り占めにしようとした点ですね。
ジョンもクラインがマネージャーに就任した当初は、ビートルズのために貢献したことを認めています。当時のアップルは、放漫経営で赤字を垂れ流していました。誰が何をしているのかさっぱり分からない状態だったのです。
クラインは、そういったアップルのムダ遣いをすぐに止めさせました。それから、彼は、ビートルズのレコード契約を見直すようにレコード会社と交渉し、そのことによって彼らは、必要としていた資金を手に入れることができました。「アランは、今まで我々が持っていた資金よりも多くの資金を銀行に預けてくれた。」と、ジョンは、1970年にローリング・ストーン誌のインタヴューで語っています。
(2)根こそぎ持っていかれた
しかし、クラインと長く良好な関係を保てたアーティストは稀でした。ローリング・ストーンズのキース・リチャーズは、こう語っています。「クラインは、最初のうちは素晴らしかった。」
クラインにとって最初の重要なクライアントであったサム・クックは、1964年、ロサンゼルスのモーテルで従業員とトラブルを起こし、射殺されてしまいました。クックが亡くなった後、クラインは、彼の作品の権利を取得し、アブコという自分の会社の名義にしました。そのため、彼がクックの死に何らかの関与をしていたのではないかとの噂を生みました。
しかし、事件は全く偶発的なもので、クラインが関与していたとは思えません。彼が、金の卵を自ら殺してしまうような愚かなことをするはずがありませんから。クラインのビジネスモデルは、常にアーティストの資産を保有し、彼らに一定の金額を支払いながら、上がった利益を維持するように取引をすることでした。
クラインは、このようなスキームなら「アーティストは全く傷つかない」と口グセのように主張していましたが、彼の行動を見る限り、あまり説得力はありません。まともな代理人なら、ブライアンほど献身的ではないにせよ、自分のためではなく、クライアントのためにどうやって利益を上げるかを考えるものです。しかし、クラインは、常に自分の利益が最優先でした。
2 ハゲタカビジネス
(1)ストーンズも被害者だった
クラインは、1960年代半ばにローリングストーンズの経営を引き継いだ後、自分の経営するアブコに、それまでバンドの元マネージャーが所有していたすべての楽曲の権利を所有しました。ストーンズは、1960年代の音楽の所有権を取り戻そうとして、クラインを相手に10年以上に及ぶ訴訟を起こすことになりました。ストーンズは、ようやくクラインとの関係を解消したものの、それでもまだ彼の権利は残っていたようです。
アーティストを食い物にしたクラインに比べれば、ディック・ジェイムズはまだ良心的な方でした。ビートルズから著作権を取り上げたとはいえ、印税の50%は支払ってくれましたから。クラインは、「やらずぶったくり」でアーティストを食い物にしていたのです。
(2)骨の髄までしゃぶり尽くした
アップル社の事業を再構築した後、クラインは、自分の会社にビートルズのレコードをアメリカでプレスする権利を与えたのです。2000年代初頭から活発化した通称「ハゲタカファンド」と呼ばれる企業買収ファンドの手口に似ていますね。
ハゲタカファンドは、経営の行き詰まった企業を安く買収して、その企業を食い物にするのです。ある意味ではその企業を再生させる役割も果たしますが、目的は、あくまでも自分たちの利益を図ることであり、企業はもちろん、株主や利害関係者なども犠牲にされます。
3 ビートルズにトドメを刺した
(1)ポールが提訴した
1970年、ポールは、ロンドン高等裁判所にバンドメンバーを訴えてビートルズのパートナーシップを解消しました。彼の脱退宣言でビートルズは事実上解散状態になりましたが、法的に解散したのはもっと後のことでした。彼だって、かつての仲間を被告として法廷に引きずり出すなどということはしたくなかったのです。
しかし、クラインは、ビートルズを縛り付けていた契約の当事者ではなかったため、彼を被告にすることはできませんでした。それで、彼は、やむを得ず他のメンバーを被告としたのです。クラインをビートルズから引き離さないと、彼は、寄生虫のようにビートルズから利益を吸い上げ続けることになりましたから。ポールは、一方的に脱退宣言しただけでなく、元メンバーを訴えたことで世間から非難を浴び、ストレスのあまり、アルコール漬けの毎日を送りました。
ポールは、他の3人が多数決でクラインと契約することにした時が、「ビートルズの歴史の中で初めて、我々の間に絶対に折り合えない違いがある可能性が生まれた瞬間だった。」と宣誓供述書に書き記しました。まさに彼の中で「ビートルズはもう終わった。」と感じた瞬間でした。
ロンドン高等裁判所は、1971年にビートルズのパートナーシップを解消しようとしたポールの訴えを認め、元メンバーが解散のために互いに受け入れられる条件で合意するまで、元ビートルズの財務状況を管財人に委託する判決を下しました。他のビートルたちとクラインの関係は、その後まもなく悪化しました。
1973年にビートルズがクラインの契約を更新しないことを決定した後、クラインは、自らビートルズに1900万ドルの損害賠償を求めて提訴し、最終的には和解して、約500万ドルを受け取ったといわれています。つまり、ビートルズは、解散後もクラインに手切れ金として大金を支払わなければならなかったのです。
(2)ポールが正しかった
クラインがいなければ、アップルの経営は、破綻してビートルズは解散していたかもしれません。しかし、彼がいたからこそ、確実にビートルズは解散したのです。瀕死のビートルズにトドメを刺したのがクラインでした。
ジョンは、クラインの会社「ABKCo」をもじって「grABKCo」と呼ぶようになりました。「grab」は「横領する」などという意味があることから、ビートルズの資産を根こそぎ分取っていったクラインに対して、皮肉を込めてそう呼んだのでしょう。
ジョンは、「ポールが(クラインに)疑惑を持っていたことは正しかったのかもしれない。」と珍しく認めたのです。それまで、彼は、ポールとはことごとく対立していたのですが。
4 ビートルズ解散の遠因はイギリス政府?
ここまでずっとビートルズ解散の原因を探ってきたのですが、私は、「そもそも解散の原因を作ったのはイギリス政府じゃないのか?」と疑問を持つようになりました。「いくら何でも、それは関係ないだろう。」と一笑に付されるでしょうが、案外、的外れではない気がします。
というのも、当時のイギリスの税金は累進課税がエゲツなくて、高額所得者は、収入の90%を税金で持っていかれました。ビートルズの人気が高まるにつれ、彼らの収入はうなぎのぼりに上がりましたが、その殆どが税金に消えたのです。ジョージが「Taxman」で「あれにもこれにも税金をかける」と皮肉たっぷりに歌っていましたね。
高額課税がなければ、ビートルズも節税対策として会社を設立することはなく、ブライアン亡き後、ビジネスを巡ってメンバー同士が対立することもなかったかもしれません。これも「たられば」の話ですが。
高額課税が彼らに自分たちの会社を作らせる動機となり、それにつけ込んだディック・ジェイムズが彼らの著作権を取り上げてしまいました。彼らは、アップルという自分たちの会社を立ち上げましたが、今度はそれが放漫経営で赤字を垂れ流し、ブライアンの急死というアクシデントもあって、ビジネスは完全に行き詰まってしまいました。そこにアラン・クラインが付け込んだのです。
5 瀕死のビートルズにトドメを刺した
これまでご紹介したように、クラインは、レコード会社などから搾取されていたアーティストの立場を強化させるという意味で、大きな功績を残したことには違いありません。しかし、それを足がかりにして、結局は自分自身の利益のためにアーティストを食い物にしたのです。
不幸なことに、ビートルズもその犠牲となりました。彼の行為により瀕死だったビートルズは、トドメを刺された形となりました。この点は弁護の余地はありません。メンバー全員が合意しないと重要な意思決定はできないという不文律を犯して、多数決で3人がクラインと契約した瞬間、ポールは、ビートルズが終わったと悟ったのです。
ストーンズの初期のマネージャーだったオールダムは、クラインのビジネスを簡潔にこう表現しています。「アランは、農場の収穫があまり期待できない時に入り込んでくる。その代償の一部は、彼が農場をそっくり手に入れることだ。」
(参照文献)インデペンデント、ニューズウィーク、NBCニュース
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