★ビートルズを誰にでも分かりやすく解説するブログ★

ビートルズを誰にでも分かりやすく解説するブログです。メンバーの生い立ちから解散に至るまでの様々なエピソードを交えながら、彼らがいかに偉大な存在であるかについてご紹介します。

And In the End〜ビートルズがビートルズであることをやめた(341)

The Daily Beatle has moved!: 50 years since the Beatles break-up became  public

1 ついに総括する時が来た

Rock History In Pics on Twitter: "The Beatles, 1969… "

このブログで解散をテーマに記事を書き始めてからとうとう1年が経過しました。まさか、これほど長くなるとは予想もしませんでした(^_^;)話題は尽きませんが、そろそろ総括したいと思います。

書きながら辛いと思うこともありました。あれほど仲の良かった4人が険悪な間柄になっていたことに目を向けるのは、ファンとしては辛いものです( ノД`)

しかし、私が今さら取り上げるまでもなく、解散直後から今日まで、全世界でこのテーマについてありとあらゆる形で取り上げられてきました。2020年も私が引用したビートルズの解散について書かれた「AND IN THE END」が出版されたばかりでした。

このブログを開設してから5年間、解散の話題には一切触れてきませんでした。一番辛い時期ですから、話題にするだけでも古傷が痛むような気がして、とても書く気にはなれなかったのです。

しかし、解散から50年が経過し、もう封印を解いても良いのではないかと考えました。ドキュメンタリーを書くつもりなら、そこは避けちゃダメだ、ちゃんと向き合わないと思い直したのです。

解散直後から今日まで、ビートルズに関してこのことが話題にならなかった時期はありません。それは何故かといえば、「解散の原因がはっきりしないから」です。

「ポールの脱退宣言」という誰も予想しなかった形である日突然解散してしまったため、メンバーから公式な説明がないままになってしまいました。ですから、原因を巡って様々な憶測が流れることになったのも無理からぬことです。

 

2 収穫も大きかった

(1)真っ暗なトンネルではなかった

ザ・ビートルズ:GetBack」がディズニープラスで11月25、26、27日に配信! | Shunsukeのまったりディズニー生活

しかし、正面から取り組んだ結果、暗い部分だけではなく多くの光明を見出せたので、収穫は大きかったなと思います。書きながらあの時代がトンネルのように真っ暗だったのではなく、いくつか窓があって外から光が差し込んでいたことも分かりました。それを考えると、勇気を奮って書いたこともまたビートルズを見直す良いきっかけになったと感じています。

(2)アビイ・ロードをラストアルバムにするつもりはなかった

特に「ビートルズは、アビイ・ロードをラストアルバムにするつもりはなかった。」という事実はよく誤解されがちなので、そこはこの際、強調しておくべきだと考えました。ファンも含めて音楽ファンの多くが「ビートルズは、アビイ・ロードをラストアルバムにするつもりで制作したから、最高傑作と呼ばれる作品が誕生したのだ。」と誤解しています。

しかし、それはいわゆる都市伝説であって、アビイ・ロードの制作後に彼らが開いた会議を録音したテープを聞いてみると、次のアルバムについて議論していたことがわかります。このテープの内容は、上記の著書でもそっくりそのまま紹介されています。著者のケン・マクナブはガチのビートルズファンですが、やはり、彼もこの解散については、50年という節目の年だからこそ積極的に触れるべきだと考えたのでしよう。

また、リンゴも2019年10月にBBC6ミュージックでのインタヴューで、アルバムが完成した時点で解散するつもりは全くなかったと断言しています。彼らは、まだビートルズとして活動を続け、ニューアルバムを制作しようとしていたのです。

(3)映画「Get Back」は明るい部分に焦点を当てた

ちょうど映画「Let It Be」が再編集され、新たに「Get Back」として公開されることが決まりました。前作はあまりに暗く、観ていてとても哀しい気持ちになりました💦

私は、まだ新作映画を観ていませんが、プレビューでは好評を博しているようです。何よりあの頃のビートルズが険悪だったばかりではなく、実は楽しくレコーディングしていたり、その合間には和やかに談笑していたり、ふざけ合っていたことが明らかになったことでほっとしました。これもあの時代に触れることが、もはやタブーではなくなったことを示していると思います。

 

3 解散の要因

(1)数多くの要因が重なった

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ビートルズが解散に至った要因を整理してみました。

1 著作権を失った

2 高額な課税

3 コンサートの中止

4 ジョンがヨーコから影響を受けた

5 ジョージがコンポーザーとしての実力をつけた

6 インドでの超越瞑想の修行

7 音楽の方向性の違い

8 ブライアン・エプスタインの死

9 ポールの独走

10 ポールがLSDの使用を拒否

11 アップルの放漫経営

12 ジョンの薬物中毒

13 アラン・クラインがマネージャーに就任

14 ジョンのトロント・ロックンロールフェスティヴァルへの参加

15   ジョンの「Cold Turkey」がアルバムに採用されなかった

16   ATVとの著作権争奪戦に敗北

17  フィル・スペクターがポールに無断で「The Long And Winding Road」にオーケストラを加えた 

18 ポールのソロアルバムのリリースに待ったがかかった

これまで、遠因も含めて解散の要因と考えられるものを取り上げて来ました。ここにはこれまで何度も取り上げられたものもあれば、そうでないものもあります。他にも見落としている要因はあるかもしれませんが、この辺りが概ね妥当なところでしょう。

私は、「解散は様々な要因が積み重なった結果であり、決定的なものはない。」と考えています。おそらく、大方の人も同じではないでしょうか?そもそも決定的な要因があれば、それで決まりで議論の余地はありませんから。

上記に挙げたいくつもの要因でダメージが重なり、彼らを結んでいた絆が徐々に傷んで、最後はプツンと切れてしまったというところでしょう。もちろん、それぞれの要因によりダメージの大きさは異なります。

(2)触れられてこなかった要因

60年代のイギリスは累進課税で、高額所得者には高い税金が課せられていました。ビートルズは、スーパースターになったものの、収入から95%もの税が徴収されました。ビートルズが節税対策として会社を設立したのは当然の成り行きでしたが、その会社に著作権を譲渡したうえ、経営権まで奪われてしまいました。過酷な高額課税がビートルズやブライアンの節税を急がせ、結果的に自分たちの首を絞めることになってしまったのです。

やがて彼らは、自分たちの稼いだ巨額のマネーと、支払われる対価とのギャップの大きさに気づいて不満を抱くようになりました。この問題は、重い十字架となって彼らにのしかかることになりました。これがなければ、あれほど険悪な間柄にはならなかったでしょう。

 

4 解散を避けるシナリオは残されていたか?

(1)活動を続ける選択肢もあった

いずれ解散は避けられなかったでしょうが、メンバーのソロ活動を認め、緩い連合体という形にすれば、あと数年は存続できたのではないかと思います。自分のやりたいことはソロでやり、ビートルズには楽曲を提供してレコーディングするという方法なら、それぞれ納得がいったのではないでしょうか?ジョンも1969年12月のインタヴューで応えたように、直ちに解散するというつもりはなく、円満に解決できる方法がないかと模索していたように思えるからです。

(2)最も望ましかったのは?

私は、次の何れかが望ましかったと思います。

①「ビートルズとして活動を続ける一方で、メンバーのソロ活動も認める」

②「正式に記者会見を開き、事情を説明したうえで解散する」

私は、①の実現可能性も僅かながらあったのではないかと思います。ただし、ビジネス上のゴタゴタや人間関係のもつれは、どうしようもないほど複雑に絡み合っていました💦となると、やはり、②ですね。

(3)ファンに説明するべきだった

解散したことはやむを得なかったとしても、世界中に数多くのファンがいたわけですから、やはり、メンバー全員で記者会見を開いてファンやマスコミに解散に至った事情を丁寧に説明し、質疑にも応じ、解散までに何らかの形でファンサービスをしておけば、何の問題もありませんでした。もちろん、ファンは悲しんだでしょうが、仕方ないと受け入れてくれたはずです。

アラン・クラインとの戦いは、続けざるを得ませんでしたが、そこは全員一致で対応できたでしょう。何よりその後暫く続いたゴタゴタは避けられました。それを省略してしまったため、彼らの関係が修復するのにかなりの時間がかかってしまいました。

 

5 夢物語

(1)ビートルズもソロも人気

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All Things Must Passのアルバムジャケット

ここからは、あくまで夢物語として聞いて下さい。

ビートルズは、1970年に記者会見を開き「1972年一杯をもってビートルズは解散する。それまでは、ビートルズとしてのシングル、アルバムをリリースすると共に、メンバーのソロ活動も行う。そして、最後の1年間でファンのために最後のワールドツアーを行う。」と発表します。もちろん、そこには日本も含まれています。

そして、ファンは、彼らの最後のライヴを記憶に刻み込もうと会場に殺到します。その間、ジョージは、ソロとしてファーストアルバム「All Things Must Pass」を発表し、大ヒットを記録します。そして、ビートルズは、1972年末にロンドンで最後のツアーを終えて解散します。

(2)ライヴエイドに参加

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ライヴエイドの会場

時は流れ、1985年、アフリカ難民救済を目的とした「ライヴエイド」の開催が計画されると、ジョンは、他のメンバーに電話し、参加を呼びかけます。もちろん、全員が喜んで集合し、ビートルズが一日限りで復活します。

彼らは、大トリで登場します。ジョンは、観客に向かって「オレたち、20年前は、ビートルズってバンドをやってたんだ。知ってるかい?」とジョークを飛ばします。もちろん、観客は、歓声を上げて大きな拍手を送ります。

そして、聴き慣れたイントロが流れ、ポールがヴォーカルを始めます。「It was twenty years ago today〜」そう、サージェント・ペパーズです。20年前に世界中の人々を熱狂させたバンドがここに復活したのです。

彼らは、懐かしいビートルズナンバーを何曲か演奏した後、それぞれのソロ曲を披露し、最後は「Imagine」で締めくくります。その時は、観客も一緒に大合唱します。そして、演奏を終えると彼らは、またそれぞれの道に帰って行きます。

これで、長らく連載してきた解散の話題を終えることとします。また、折に触れて話題にする時があるかもしれません。

最後は、ポールの有名な言葉で締めくくります。「僕がビートルズをやめたんじゃない。ビートルズビートルズであることをやめたんだ。誰も切り出したくないのさ、パーティーは終わったって。」

(続く)

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