※この記事は、映画「Get Back」の「ネタバレ」を含んでいるので注意してご覧ください。
1 メンバーがアップルに集合
(1)アップルでレコーディングを再開
撮影11日目、20日を迎えました。スタジオがまだ完成していなかったため、この日はレコーディングは行われず、リハーサルだけでした。
アップルのドアの前に、アイリーン・ケンズリーとスー・アハーンという名の2人の女性ファンがずっと立っていました。彼女たちは、トゥィッケナム・スタジオからずっとビートルズを追いかけていました。
撮影スタッフから何をしてるのか尋ねられると、アイリーンが「見たいだけ」と応えました。サインを求めるわけでも写真を撮るわけでもなく、ただスタジオ入りする彼らを見たかっただけなんですね。
(2)メンバーが次々と到着
と、玄関前に真っ白なキャデラックが横付けされました。降りて来たのはもちろん、ジョンとヨーコです。彼らは、玄関の左手にある地下室への階段を降りて行きました。アイリーンとスーは、彼らをチラッと見ただけでした。
スタッフが彼女たちにジョンとヨーコについてどう思うか尋ねました。スーは、少し考えてから「いいと思うけど。彼の選択だし。他人は何もできないでしょ。」と応えました。模範解答ですが、彼女が本心でそう思っていたかどうかは分かりません。彼女たちがインタビューを受けている間に、ジョージが自分の愛車である白のベンツを運転して玄関の前に停め、そのまま路上に置いていきました。
(3)思わぬ形で映画に参加することになった
スタッフが続けて新聞に解散の可能性と書かれていたことが気にならないかと尋ねると、アイリーンは「解散はして欲しくないけど。私はポールのために来てるからね。彼を見られれば満足。」なんと皮肉なことに彼女がそう応えている間に、ボールがスタジオの前の歩道を彼女たちの反対の方向からゆっくりと1人で歩いてきたのです!
どうやらポールは、玄関の近くで彼女たちの存在に気づいたようで、「ああ、あの子たち、また来てるな。」とチラ見してドアを開けて入っていきました。アイリーンは、彼に背を向けてインタヴューに応えていたので全く気付きませんでした。彼女は、インタヴューを受けたために彼を見る絶好のチャンスを逃してしまいましたが、それと引き換えに歴史的映画に出演するという幸運に図らずも恵まれたのです。世の中何が幸いするか分かりませんね。
スタッフがビートルズに何をして欲しいかと尋ねると、二人は口を揃えて「ショー」と即答しました。やはり、彼らが生で演奏する姿を観たいという思いは、ファンならみんな同じだったんですね。
2 マスコミも解散を取り上げ始めた
(1)ホッグが粘った
撮影12日目の21日を迎えました。リンゴがホッグと一緒にスタジオに入ってきました。リンゴは「昨日ここに入って何かほっとしたよ。」「(トゥィッケナム・スタジオは)僕らには大きすぎた。こっちの方がいい。」と話しました。ホームグラウンドに帰ってきて、彼もほっとしたのでしょう。この時点では、まだビートルズは、編集や重ね撮りなしでライヴ盤のレコードを作る気でいました。ジョージやジョンも遅れてやってきました。
TV特番は中止になりましたが、ホッグは、まだ屋外でのライヴの実現に執念を燃やしていたのです。彼としては、このまま何の撮れ高もなく終わってしまうのは、プロとして納得がいかなかったのでしょう。ルーフトップ・コンサートが実現したので、結果的にこの彼の粘り腰は、最高の結果をもたらしました。
(2)新聞に解散の噂が掲載
グリン・ジョンズは、ロサンゼルスでの仕事が入っていて、残り時間が限られていました。ビートルズは、彼がいる間にレコーディングを完結させたいと考えていました。彼らが読んでいた新聞の見出しには大きく「美しき友情の終わり?」と書かれていました。
「(ジョンとジョージの)2人が殴り合うのは初めてではない。」とジョージが記事の一部を読み上げました。この記事は、マイケル・ハウスゴーという記者が署名して書いたものでした。上の写真は、その記事をきっかけにジョンがふざけてジョージに殴りかかるマネをしたときのものです。
(3)「ロックンロール・サーカス」は編集まで終了していた
ホッグは、この撮影と平行してローリング・ストーンズの「ロックンロール・サーカス」という映画を撮影していました。ジョンもこの映画にゲストとして出演し、久しぶりに有観客のライヴを行ったのです。このことからも、彼がライヴをやりたくなかったわけではないことが分かります。こちらの方は、無事に編集まで終了していたのです。
ところが、これも皮肉なことに、編集までできたその作品の方が諸事情によりお蔵入りになってしまいました。逆に、ビートルズのゲットバックセッションを撮影し、編集した「Let It Be」の方が劇場で公開されました。世の中何がどうなるのか、本当に分かりません。
3 解散を報道し始めたマスコミ
(1)「Dig A Pony」の歌詞を手直し
ジョンズのレコーディング機材の調整に時間がかかり、ビートルズは、なかなかレコーディングを開始できませんでした。しばらくダラダラとオールディーズを演奏して時間を潰していましたが、その間にもスタジオへ次々と新しい機材が運び込まれてきました。
アルバムをレコーディングするというのに、機材のセッティングができていません。EMIのスタジオを借りればこんなことにはならなかったでしょうが、アップルを設立した彼らは、意地でも借りたくなかったのでしょう。
この日、最初にレコーディングを手掛けたのは「Dig A Pony」です。ジョンは、歌詞の一部が気に入らないと当初の「skylight」から「road hog」にすると言って書き直しました。
(2)マスコミは感づいていた
ポールは、無造作に置かれた新聞に気が付いて取り上げ、記事に目を通しました。他のメンバーが先に話題にしていたビートルズの解散の噂についてのものです。ジョンやジョージは、全く気にも留めていませんでしたが、ポールは、無言でじっと記事を読んでいました。
ビートルズは、解散について公けに語ることは避けていたのですが、もうこの頃になると「隠し切れない秘密」になっていたんですね。改めてその事実を確認して、彼は、とても切なく悲しい気持ちだったでしょう。
4 核心を突いた新聞記事
(1)ポールが記事を音読し始めた
突然、ポールは、何を思ったのか、マイクを通して記事に即興でメロディーを付けて音読し始めました。彼の声にはエコーがかかっているので、スタジオ中に声が反響しました。彼の行動に他のメンバーが思わず顔を上げて彼を見つめました。
「美しき友情の終わり」「マイケル・ハウス・ゴー・ホーム(マイケル・ハウスゴーという記者の名前をもじってマイケルよ家に帰れ)」「閉じ込められたストレスがTVのリハーサルで爆発」「ジョンとジョージとポールとハロルドで、悪意ある言葉が飛び交った。」「ビートル・マジックを失った神秘的な彼。裸の彼女。」「となりの男の子から4人へ。彼らの突然の転落は、人々を騒然とさせる結果となった。」「彼らの個人的な輝きに限りが見え出したのは1960年代の半ばからだろう。」「あえてリンゴは除外しよう。彼は突飛なことに傾倒しなかった。」「レノンは幸せに結婚。」「マッカートニーは恋人が。ハリソンは結婚間近。」「彼らの庭はバラ色だった。でもそれは昔の話だ。」「4人は私生活も友人も別々になり、指導や仲間を求める際、お互いを頼らなくなった。」
(2)ジョンが歌い始めた
すると、ジョンがポールの声を遮るようにオールディーズを歌い始めました。ポールが記事を読み上げるのを聞きたくなかったのでしょう。しかし、ポールは、それに対してさらに声量を上げて読み続けました。
「その行き着く先は。私はこう思っている。」「彼らは悲惨な結末に近づいていると言っていいと。」「現在4人全員がお互いに各人の奇妙な行動や振る舞いを耳にしてひどく困惑している状態だ。」「インドの神秘主義へと逃避するハリスンにポールとリンゴは驚き、ハリスンに倣い霊的導きが必要か試すしかないと思ってしまった。」「麻薬と離婚と堕ちたイメージは多大な影響を与え、4人はこう思っている。」「自分たちを嫌う理由を大衆は手にしたと。」
5 ポールの訴えは虚しく響いた
(1)ポールは記事を読み続けた
ここでポールは、うつむいて記事を目にしたまま、しばらく黙り込みました。記事の内容があまりにも核心を突いていたことに、もうここまで世間に知られてしまったのかとショックを受けたのでしょうか。彼は、さらに読み続けました。
「それでもグループを解散するにはまだ至らない。彼ら個人に才能はあるだろう。それは否定しないが、彼らはグループとしてパフォーマンスしてこそ、稼ぐことができるのだ。そんな心配も無用なほど金持ちになるのか、ウンザリして別れたくなるまで、彼らは一緒にいるだろう。要は経済的な問題だ。」「私は断言しよう。離れられないほどに髪を結びあったような仲良し4人組はもういない。彼らは再び昔に戻ることはないのだ。」
ビートルズについてデタラメな記事を書くことが多かった新聞でしたが、この記事だけは、見事なまでにビートルズが置かれていた危機的状況を描き、その指摘は核心を突いていました。ハウスゴーは、ビートルズに直接取材したわけではありませんが、かなり丹念に彼らの周辺を取材し、鋭い洞察力で的確に状況を分析したと思われます。そして、彼の予測は、恐ろしいほどの精度で的中したのです。
(2)ポールと3人の隙間
ポールがわざわざみんなに聞こえるようにそれを読んだのは、「この記事に書いてある通りじゃないか。お互いもっと自分を見つめ合って、昔のように音楽活動を続けようよ。」というメッセージのつもりだったのでしょう。
しかし、他の3人は、全く耳を貸さずお互いに顔を見合わせながら笑っていました。「そこに書いてある通りさ。昔に戻るなんてもう無理だよ。」声にこそ出してはいませんが、そんな気持ちだったのでしょう。
このシーンも切なかったですね。「彼らは、もう昔にはGet Backしない。」という冷厳な事実を改めて突きつけられた気がしました。
(続く)
この記事を気に入っていただけたら、下のボタンのクリックをお願いします。
下の「読者になる」ボタンをクリックしていただくと、新着記事をお届けできます。